『スティール・ボール・ラン』アニメ化おめでとう!
「ロスヴァイセさん…素直になってください。」
白瀬とロスヴァイセしかいない2人っきりの空間で、彼は薄く目を細めてロスヴァイセに語りかけた。
「…できません。私は
「でも分かってるんでしょう?この先がとっても素敵だってこと。」
ロスヴァイセは首を横に振って抵抗するも、その動きは弱い。きっと彼女も、この先に待つ快楽を理解している。それを理解している白瀬は妖しく笑みを浮かべたままに続けた。
「これはそんな大層なことじゃありません。みんな、そうみんなやってますよ。だからそう、思うままに…」
「くっ…!」
2人は既に上着を脱いでいた。白瀬の細身でありながらも鍛え上げられた腕に意識を持っていかれながらもロスヴァイセは抵抗する。分かっているのだ。ここで誘いに乗ればもう戻っては来れないということが。だけどその誘惑はあまりにも魅力的すぎた。
「さあ、ロスヴァイセさん。早くしないと冷えてしまいますよ。」
その言葉にロスヴァイセは唾を飲んだ。そして覚悟を決め、その先に進むと決める。自分ならきっと戻って来れると信じて。
「…分かりました。」
そっと髪をかき上げる。絹糸を思わせる銀の髪が手の動きに合わせて揺れ、それを見た白瀬がとても素敵なものを見たように微笑んだ。そして覚悟を決めたロスヴァイセはぎこちなく手を動かして、
「……っ!」
目の前で湯気を上げる厚切り肉を口に運んだ。暴力的なまでの肉の旨みが彼女の口の中で爆発し、その整った顔を綻ばせる。あまりの美味しさにロスヴァイセのアホ毛が動くのを幻視しながら白瀬は微笑んだ。
「そうです、ロスヴァイセさん。それこそがこの世に残された至上の快楽、その一つ─『経費で食べるいいお肉』ですよ。」
「駄目、駄目ですこんなの!こんなの知ってしまったら、私、もう…もう特売のお肉に戻れません…!」
「でも美味しいでしょう?」
「美味しい…美味しいですう…!」
涙を流しながらいいお肉を味わうロスヴァイセを、白瀬は温かい目で見守っていた。
数時間前、2人が空港で怨嗟の声を一通り撒き散らした後。冷静になった両者はとりあえず上司に連絡するという現場ムーブに移行した。オーディンにしか電話を掛ける相手のいないロスヴァイセはすぐに電話を終えたが、白瀬の方はそこそこ心当たりがあったのかまあまあの長電話になっている。それを終えた白瀬はゆっくりと首を振った。
「駄目ですね。
「言えない、ですか。…言えない?」
「ええ。『知らない』ではなく『言えない』と。」
含みを持たせたその言葉に白瀬が唸った。
「そもそもグラムの返還はオーディン様の出した条件だと聞いています。おそらくそこに、俺が自力でグラムに辿り着くことが含まれていたのでしょう。…ところでロスヴァイセさんの方はどうでした?」
「オーディン様に聞いてみましたが『頑張れ』とだけ。」
この際妙に楽しそうな声音だったのは気にしない方向で行こうと決めてロスヴァイセは敢えてその情報を伏せた。だが、それを聞いて白瀬が真面目な顔つきになる。
「頑張れ、ですか。ということは多少なりオーディン様には心当たりがあるんですかね。」
「さあ…
オーディンは紛うことなき知恵の神。その神の考えていることなど、到底人には理解できない領域であると2人は知っている。だからこそ今一周回って諦めの境地に辿り着きかけ、
「いや待て。もしかしたら…」
スマホを勢いよくたぷたぷと叩き始めた。突然様変わりしたその行動にロスヴァイセが首を傾げる。
「何をしてるんですか?」
「欧州各地に広がっている教会ネットワークに目撃情報を尋ねています。…まあこれでうまくいく保証はないですが。」
「目撃情報?グラムのですか?」
「いえ。グラム、というかジークさんは既に離反者として教会のお尋ね者になってますから聞くだけ無駄です。ですから別方向でやってみます。」
ふう、と小さく息を吐きながら白瀬がスマホを叩いて情報を求め続ける。その顔は深刻そうな表情をしていた。
「『
それはありえる可能性ではあるがありえてほしくはない話。担い手の魂を蝕む魔剣であるからこそ起こる最悪の事態。
「─もし『竜種』に引き寄せられているのだとすれば、もはやジークさんは魔剣に乗っ取られているとみていいでしょうね。」
そして現在。2人は
「美味しい…これが幸せの味…」
「それは何より。ところでロスヴァイセさん、これからどうします?」
白瀬がわざわざ個室を選んだのはここでする話があまり外でできる話ではないから。念のため聖護結界も張り、防諜には備えている。
「これから、ですか。その前に聞いてもいいですか?」
「勿論。」
「では…『ジークさん』とはどういう方なんですか?」
その言葉にしては少し考え込んだ。それはあまり両者の間に面識が無いからでもあり、ジークという剣士の特異性からでもあった。
「ジークさんは、ですね。教会最高の剣士にして魔剣グラムの所有者でして。」
「はい。それは薄々察してました。」
「それ以外にもバルムンク、ノートゥング、ディルヴィング、ダインスレイブも使ってた正真正銘『魔剣に愛された男』です。」
「…ちょっと待ってください。」
情報量が多い、とロスヴァイセが手で制した。混乱する頭を抑え、どうにか疑問を絞り出す。
「グラムとバルムンクはわかります。同一人物扱いされることも多いですけどシグルドとジークフリートは別人ですから。ですが、ノートゥングってバルムンクと同じじゃなかったですか?」
「…お気づきになりましたか。」
痛いところをつかれた、と白瀬が苦笑いを浮かべた。
「実はノートゥングはその…ジークフリートの死後にバルムンクを模して作られた魔剣でして。そのために複数本造られた中で一番出来が良く、龍殺しの力を宿しているということでそう名付けられたようなのです。」
「ということは伝説の武器では無い?」
「それはそうですが…ただ魔剣としてなら超級であることは間違い無いです。魔剣に寄りすぎたこと、それ以外はバルムンクと大差ない出力と聞いてますよ。」
俺は見たことないので本当かどうかは知りませんが、と言って白瀬は水を口に含んだ。だが今の白瀬の言葉に思うことがあったロスヴァイセがまたしても疑問を口にする。
「魔剣に寄りすぎた?」
「はい。…これは教会内でもあまり知られてないんですが、実は聖剣と魔剣は両立します。」
「え?」
「意外かもしれないんですがこれマジなんですよ。」
腕を組んで白瀬が答えた。
「たとえば
「バルムンクが魔剣になったのは、龍殺しをなしたからですか?」
「ええ。バルムンクは本来聖剣でしたが、魔龍ファブニール…ファーブニルの名で通ってるんでしたっけ?あの龍の血を浴びたことで魔剣になったと聞いてます。…というか。」
そこであることに気がついた白瀬がおそらく詳しいであろうロスヴァイセに尋ねた。
「あの、シグルドとジークフリートって別人ですよね。」
「はい。北欧と北ドイツで場所が微妙に違いますし、生きた時代が離れてます。英雄シグルドは
「ですよね?じゃあ…ファーブニルってどっちが殺したんですか?同じ名前の別の龍?」
割と疑問ではあった。頭サイコな機関の連中は気にしていなかったようだが、両者が同じ龍を倒したというのはジークの話を聞いた時から不思議ではあったのだ。だが、その疑問をああ、と頷いたロスヴァイセが即答した。
「両方です。」
「え?」
「両方です。最初にシグルドが殺して、蘇った際にジークフリートが殺してます。」
しばらく沈黙が流れた。脳が理解を拒むのを抑えつけて、恐る恐る口を開く。
「…心臓食べられてませんでしたっけ、あれ。」
「その程度で龍王は死なない、ということです。結局その後も復活果たしてどこか行ったみたいですし。」
怖すぎる。死んだならそのままでいてほしい。これがマジなら魂が消滅したはずのコカビエルもひょっこり復活したりするんじゃないだろうか。本当に遠慮願いたい。白瀬は切実にそう思った。
「…よし、やめましょうこの話。えーと、ジークさんについて、でしたっけ。」
「はい。魔剣を5本持っているところまでは聞きました。」
「あとは…神器持ちですね。生まれついて
「龍殺しの魔剣に龍の手、ですか。…それはなんというか。」
「難儀ですよねえ。まあそれ抜きでもクソ強いですよあの人。」
ジークは教会を離反する前には
「俺も真正面から戦えば火力面なら勝てますが技術では怪しいですね。ついでに今の問題がそこでして。」
眉を顰めた白瀬が続けた。
「下手したらあの人魔剣に乗っ取られてる可能性があるんですよね。じゃなきゃ急に教会を離反した理由もわからないし。そうなったら火力も俺に匹敵します。」
「魔剣の暴走、ですか。」
「特にダインスレイブ、あれはやばいですから。魔剣は精神に影響を与えやすい武器ですが、あの魔剣はその性質が群を抜いている。精神汚染喰らってたら冗談抜きで
魔剣の代償として自分の身を削りながらの狂戦士化。フィジカルだけが弱点だった男が、理性と寿命を引き換えにしてその欠点を埋めてくる。
「今でも教会はジークさんを探してるみたいですが、なんの手がかりもないと。ですのでとりあえずは今も点在する竜を探しに行きます。魔剣に乗っ取られてるとすれば間違いなくそれに引き寄せられるはずですから。」
「わかりました。…ですが、会って、どうするんですか。」
「………。」
ロスヴァイセの疑問に白瀬は沈黙した。白瀬自身、どうしたらいいのかわかっていない節がある。
「…もし魔剣に乗っ取られているんだとしたら、無理矢理にでもジークさんから魔剣を引き離すのが最善です。ですが、もし、もしです。そうでなかった場合。あの方が別の理由で離反していた場合。」
終わらない戦い。それが嫌になって逃げ出した戦士は多い。そしてその戦士は皆一様にPTSDを発症していた。武器を持ち、毎日怯えて生活すらままならないものばかりだった。もしもジークが魔剣に蝕まれていなかった場合は、おそらくこれに該当すると白瀬は考えていた。
「…魔剣を取り上げるということはあの人の唯一の拠り所を奪うという意味になるでしょう。」
身命を賭して戦ってきた戦士に対してそれはあまりにも残酷なことだと思う。だからこそ、彼ごと北欧に向かわせるしかないのではないかと考えているのだ。北欧の田舎で、戦いから離れた場所で戦いの傷をゆっくりと癒してほしいと、そう思っているのだ。
「まあ最善はジークさんは単に色々嫌になって出てっただけで、魔剣ちょーだい、いーよ、で回収できることなんですけどね!」
無理に明るい声を出して白瀬は笑った。その可能性が極めて低いことをわかっていたから。
「…そうですね。それが一番です。」
北欧の戦乙女も釣られて笑う。彼女は、戦の神がこの指令を出した時点で戦いは避けられないということを薄々察していた。
「じゃあまあこの先はその方針で行きましょう。ついでにサウナ行きたいですね。サウナ入ったあとに湖に飛び込むやつやりたい。」
「…観光が何かですか?」
「いつ終わるかわからないんだしこのくらいの役得はあって然るべきですよ。」
白瀬は笑ってそう言って伝票を手に立ち上がった。
あの男を殺す。そのためには場所が必要だ。
あいつは周りに被害が出るとなると即座に尻尾巻いて逃げる。そんなの許してたまるものか。だから最初から逃げられない場所で戦ってやる。ゲオルクの神滅具。それならそれが可能だ。魔術師であり、好奇心旺盛なあいつなら適当に誘えば乗ってくる。
変な仕掛けはしない。そんなので勝っても僕の強さの証明にはならないから。
「僕が、僕が最強の剣士なんだ…!」
アーサーなんてもうどうでもいい。狙うのは白瀬ただ1人のみ。あの憎い男を殺すことだけしか考えられない。
どこともしれない場所で、狂気の剣士が立ち上がった。
『聖剣にして魔剣』と『聖魔剣』は似ているけど違う存在。
『聖剣にして魔剣』の方は使い手によって完全に性質が切り替わる。
『聖魔剣』は併用可能。