聖なる剣を携えて   作:チキンうまうま

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魔剣 ③

 

 私がまだ薄暗い時間に目を覚ました時、彼はまだ隣のベッドで眠っていた。眼鏡を外し、穏やかな顔で眠っているその様は随分とあどけなくて、普通の年頃の少年のように見える。

 

 初めて彼と会ってからまだ一月くらいで、こうやって旅が始まってからも2週間も経っていない。そんな相手と何かあった時のため、と言う理由ではあれどまさか同じ部屋で寝るのが普通になるなんて思わなかった。彼氏が欲しい、男との出会いがないと嘆いていたのが嘘みたいな現実に苦笑する。

 

 考えてみれば大神(オーディン)の命令とはいえ歳の近い男性と毎日朝起きてすぐ挨拶をして、捜索のために色んなところを旅して、お腹が空いたら美味しいご飯を食べて、その辺を彷徨いていた魔獣を仕留めて、夜には同じ部屋で寝る。任務だからとはいえ文字通りおはようからおやすみまで一緒にいる関係。これって下手なカップルよりも余程─

 

(…待って、落ち着くべさ私。)

 

 浮ついた心を鎮めるべく両頬を手で挟む。若干熱い気がするのは気のせいだ、多分。

 

 いや確かに顔は悪くないし、性格的にも問題はない。強さに関しても聖剣頼りかと思えば魔獣を銃剣(バヨネット)と拳銃だけで仕留める強さも持つ。金銭感覚もだいぶ近いし持ち物のセンスも…仕事柄か耐久性を重視しすぎて軍用品を愛用していることを除けば問題はないだろう。ただ身長が低い(北欧基準)ことと喫煙だけはどうかと思うが、前者は将来に期待するとして後者は一緒に旅をし始めてから吸っているのを見ていない。もしかして自分が吸わないから気遣われているのだろうか。…アリだな。

 

(いえ、そうではなく。)

 

 頭をぶんぶんと振って正常な思考を取り戻す。まあ色々と言ったがその、自分の感性に刺さる相手であることは認めよう。これは自分がここまで親しくなった男性が初めてとか惚れっぽいとかそんなのではなく、これでも戦乙女(ヴァルキリー)の端くれとして勇士を見定めた結果なのだ。それに多分、思い上がりで無ければ向こうも自分を憎からず思っている。

 

(けど、この人。多分…)

 

 眠り続ける彼の側に寄って、そっと寝顔を覗き込む。警戒を解いているのか、近寄っても彼は目を覚ます様子は無かった。

 

(この人には、好きな人がいる。)

 

 別にそれを口に出されたわけではないが、なんとなく分かる。この人は私を通じて私じゃない誰かを、きっともうこの世にはいない誰かを想って私を見ている。私を見る目が時折、何かを懐かしんでいるような目になるのがその証拠だ。

 

 これは憶測でしかないが、恐らく最初に会った時に言っていた『私にそっくりな人(ねーちゃん)』がその人なんだろう。その女性(ひと)と一体どんな関係だったのかは分からないが、その女性は今でも彼の心の大事なところにいる。彼の心の奥底に、大事に大事にしまわれている。

 

(…ちょっと気に食わないですね。)

 

 むいむいと彼の頬を軽くつつくと完全に気の緩んだ彼からんが、と普段ならまず聞けない間の抜けた声が出た。ちょっと面白い。思わず自分の頬が緩むのを感じる。その直後、違和感に気がついたのか彼がゆっくりと目を開いた。

 

「…ん、朝、ですか?」

「起きましたか?おはようございます。」

「ふぁい、おはようございます…」

 

 寝起きだからか目をしぱしぱさせて彼は欠伸を噛み殺した。それから直ぐに目をぱっちり開いて、私がすぐ側にいるのに気がついたんだろう。不思議そうな顔をしていた。

 

「ロスヴァイセさん。なんで俺のベッドの横に?なんかありました?」

 

 あまり見ないその顔を見れたことにくすりと笑みを浮かべて、私は返事をした。

 

「いいえ。なんでもありませんよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝からロスヴァイセさんの様子がおかしい。起きた時からベッドの横にいたし、なんか全体的に距離感が近い気がする。いや別に嫌なわけではないんだが、思いっきりどストライクな相手に距離感詰められたらまずい。うっかり手が出そうになる。そんなこと許されるはずもないのに。

 

 ホテルをチェックアウトしてから今になっても妙にふわふわしてる感じがある。上機嫌そうではあるのでそれはそれで嬉しいことではあるのだが。

 そんな街中を歩く上機嫌な美人を見て、すれ違う人が彼女に目を奪われている。おい待てそこのナイスミドル。隣の奥様を見なさいよ浮気と思われる…あ、靴踏まれた。可哀想に。

 

(まあ嬉しそうでなによりだよねほんと。)

 

 どうもこの人が楽しそうにしているのに弱いのは自覚している。それはきっとあの一夏が、俺を俺たらしめる始まりになったあの出会いと別れがきっとそうさせるんだろう。─この人といると、どうもあの日々を思い出す。

 

(ダメだダメだ、余計なことを考えるな俺。今はジークさんを探すことに集中。)

 

 ぺしぺしと頬を叩いて気持ちを切り替える。そんな俺をロスヴァイセさんが不思議そうに見ていたがとりあえずスルー。冷静さを取り戻した頭でこれからのことを考える。

 

(…今のところこの辺りで自然発生した竜種(ドラゴン)は狩られてなかった。捜索はまた振り出し、かな。)

 

 この辺りがダメなら別の地方を探そう。とりあえずはそれを繰り返すことを提案しようとして、

 

 生暖かい何かが頬を撫でる。

 

「…え?」

 

 それと同時にゾクリと背中を寒気が駆け抜けた。コカビエルと戦った時以来の、命のやり取りの直前の感覚。誰だ、何だ。一体何が来た!?あまりの異質な感覚に考えが追いつかない。だけど、しなければならないことは理解していた。

 

「ロスヴァイセさん!!」

 

 彼女の名を呼んで、その手を引き寄せる。幸いと言うべきか、彼女は最初から俺のそばを離れていなかった。ロスヴァイセさんも突然の出来事に理解が追いついていないんだろう、私服姿のまま焦っていた。

 

「白瀬さん、これは…?」

「わかりません。何が起こっているのかも、誰がやっているのかも。全くなんの情報もありません。ですが、ロスヴァイセさん。」

 

 グッと力を込めて彼女の手を握った。そうだ、今回だけは絶対にしくじるわけにはいかない。

 

「俺から離れないでください。─貴女は、俺が護ります。」

「─はい。」

 

 そうだ。この人は。この人だけは絶対に守り抜いて見せる。あの日みたいなことは絶対にさせない。そう決意を固めて俺は手元に聖剣を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その街は無音だった。街並みは先ほどまでいたところと同じ。なのに人の姿が全く見当たらない。人がいないのに人の営みだけが再現されている、不気味な場所だった。

 

「ここは結界の、それも相当高位なものの中です。私たちは今、外界から完全に隔離された場所にいます。」

 

 いくつもの魔法陣を展開して周囲を探っていたロスヴァイセが断言した。流石は魔法に秀でた北欧(アースガルズ)の戦乙女と言うべきか、その動きに一切の迷いがない。

 

「結界。転移はできますか?」

「無理です。既に試しましたが転移の陣そのものが反応しません。おそらくそういうルールの結界なんでしょう。」

「…転移ができない。『閉じ込めることに特化した結界』ってことですか?」

「その可能性は高いです。…ですがこの手の結界は縛りを建てる必要があります。それをクリアすれば出られるはずです。」

 

 なるほど、と白瀬は頷いた。白瀬は魔術については全くの門外漢。それ故にロスヴァイセの言うことに従うことに決めた。

 

「じゃあとりあえず周囲を調べましょう。もし戦うようなことがあればそっちは俺がやりますので、ロスヴァイセさんは魔力を温存してください。この先はロスヴァイセさんが頼りですから。」

「ええ。では行きましょう。」

 

 無人の街では足音が嫌に響く。少し歩くたびに音が反響してどこまでもどこまでも届いていき、それが2人の神経をすり減らす。また、一回も会敵しないこともそれはそれで2人の緊張感を高めていた。それでも2人は少し進んでは探知をかけ、また少し進んでは探知をかけることを繰り返す。

 

「…っ!反応ありました!人間です!」

「人間!?」

 

 それを繰り返すこと数十回。偽りの街(ゴーストタウン)の中心に近寄ってきたところで探知に反応があった。その情報に白瀬がついにきたか、と生唾を飲む。

 

「人間ってどんな…『日輪抱きし勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』!」

「え、きゃあ!?」

 

 探知に掛かった相手のことを聞こうとした直後、思いっきり目を見開いた白瀬はロスヴァイセを勢いよく抱き寄せ、即座に聖剣の真名を解放した。本能にも等しいその反応によって周囲に爆炎が撒き散らされ、一瞬にして辺りの建物全てが燃え上がって火の海を作り出す。

 

「白瀬さん、何が…!?」

「…例の人、が。武器持って襲いかかってきました。でも、でも今のは…」

 

 白瀬の胸元でロスヴァイセが叫ぶ。白瀬もそれに応えるが、彼は息を荒くして、自分の見たものが信じられないように顔を青ざめさせている。

 

「嘘だ、今のは…!」

「白瀬さん、何を見たんですか!白瀬さん!」

「…なんであの人がここに!」

 

 叫んだのと同時に、()()()()()()()

 

 世界最強の太陽の聖剣。それが作り出した火の海が、自分たちを守るべく生み出した壁がするりと切り裂かれ、1人の男が現れた。嘘だろ、と白瀬が息を呑む。白瀬の知る限りそんなことができる剣士はこの世にただ1人。全ての魔剣の頂点である太陽の魔剣を持ちながら世界最高の技量を持つ剣士のみ。白い髪に黒いコート、そして都合6本の剣を携えたあの剣士のみ!!

 

「ジークさん!なんであなたがここに!」

 

 ジークフリート。魔剣に愛された、元教会最強の剣士がそこにいた。ジークは目に絶対の敵意を浮かべ、白瀬とロスヴァイセを睨みつけている。

 

「…ようやく会えたね、白瀬。あの日からずっと君に会いたいと思ってたんだ。」

「ジークさん?どうしたって言うんですか?ジークさん!」

 

 剣を構えた白瀬が困惑しながらもロスヴァイセの前に立つ。その様子を見てジークは【龍の手(トゥワイス・クリティカル)】を背中に発現させると剣を構えた。今のジークは左右の手にグラムとバルムンクを、背中の【龍の手】にノートゥングを持った状態。その状態で歯を噛み締めた。

 

「白瀬。僕は─」

 

 言葉の途中でジークの姿が消える。ただ姿が消えて砂埃が立ったと、ロスヴァイセがそう思った瞬間。

 

「─────っっ!!」

「お前を!殺す!!」

 

 ジークは白瀬のすぐ目の前にいた。3本の魔剣全てを使って白瀬に襲い掛かり、白瀬もガラティーンだけではなく銃剣まで動員してそれを受け止める。2人の間で金属が軋みを上げ、火花が散る。

 

「意味が!分かんねえですよ!」

 

 その均衡を白瀬が崩した。【聖者の数字(ライジング・サン)】で強化された肉体をもってジークに蹴りを放ち、どうにか鍔迫り合いを解除する。追撃はしなかった。それよりも何故自分がジークに襲われているのか、それを知りたかった。

 

「ああそうとも君にはわからないだろうさ!それでいい!それでいいんだ!」

「一体何があったって言うんですか!?もしかして─」

 

 それは言ってはいけない言葉だった。だが、今の白瀬にはそんなことを判断できるほどの冷静さが残っていなかった。

 

「俺がグラムの回収に来たからですか!?」

 

 それを聞いてジークが固まった。あまりに衝撃的な言葉だったからか一度武器を下ろし、思いっきりその目をかっ開いている。開き切った瞳孔が、獣のように白瀬を見つめていた。

 

「グラムの、回収…?」

「…っ白瀬さん!今のはまずいです!」

 

 ロスヴァイセの忠告は遅かった。彼女は今言うのではなく、白瀬が口を漏らす前に止めるべきだった。だが後悔してももう遅い。過ぎた時は戻らないのだから。

 

「…ふざけるな。ふざけるなよ白瀬…!お前はまた僕から奪うっていうのか…!」

「ちょ、違うんですジークさん!これは俺の意思じゃなくて命令で、」

「五月蝿い五月蝿い五月蝿い!!」

 

 ジークが叫ぶ。その叫びに呼応するかのように背中からまた腕が生える。その数、3。最初の1本を合わせた4本の銀腕がジークの背中から生えていた。

 

「なんなんだ、なんなんだよお前は…!楽しいか、そんなに僕から全部を奪って楽しいか…!?」

「話を、話を聞いてくださいジークさん!」

 

 銀腕がそれぞれに魔剣を掴む。彼の殺意に満ちた瞳はただ1人、世界で最も憎い相手しか映っていない。6本の腕全てに剣を持ったジークは白瀬を絶対の殺意を込めて睨みつけ、

 

「死ねぇぇぇぇぇ!!!」

 

 勢いよく白瀬へと飛び込んだ。ただの踏み込みで大地が砕け、たったの一歩で白瀬との距離を完全に詰める。その速度は、【聖者の数字】によって強化された白瀬をもってしても見えないほどに速く、そして鋭かった。

 

「───っっっ!!」

 

 それでもどうにかガラティーンと銃剣で剣を防ぐ。だが白瀬の武器はたったの2本。対してジークの武器は6本。絶対的な数の暴力が白瀬を襲い、

 

「白瀬さんっっ!!」

 

 ジークの魔剣が白瀬の脇腹をえぐり、全身から血飛沫が上がった。

 

 

 





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