聖なる剣を携えて   作:チキンうまうま

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─いい悪魔っているんですか?

「いないことはないと思うよ。ただ俺たちの目の前にはいないだけで。」

─どういうことですか?

「いい悪魔ってのはね。人の前に姿を現さず、光の当たらない地獄の片隅で塵と埃を食べて生きているような、そんな悪魔だよ。生憎と俺たちが
それを目にすることはないだろうけど。」

「人界に己の欲を満たしに来る。その時点でそいつは人間にとって悪なのさ。…まあ例外もあるけど。」

─例外?

「…身に降りかかった理不尽から救いを求めて逃げ出して、最後に人界に流れ着いた“元”人間。俺はそいつをただの悪とはみなせないね。」





『元』祓魔師 ①

 

「この任務は大変なものだとわかっていたはずだった。」

 

 日差しが照りつける中、駒王の街を巡回していたゼノヴィアは息を切らしながら、顔を赤くして本当に辛そうに言った。

 

「この任務を受けるに当たって覚悟はしていた。もう二度とヴァチカンの地を踏めないのではないかと。親しい友人たちに別れを告げて私は日本に来たんだ。だが、私には覚悟が足りていなかったのかもしれない…」

「ゼノヴィア…。」

 

 イリナがゼノヴィアの不安を少しでも和らげようとそっと手を取った。そしてイリナの整った眉根が顰められる。

 

「待ってゼノヴィア。これ…」

「ああ。」

 

 ぽた、とゼノヴィアの顎から一滴の汗が滴り落ちた。頭を額にやって、天でギラギラと輝く太陽を忌々しげに睨みつけた。

 

暑すぎるだろう、日本の夏。」

熱中症じゃねえか。」

 

 呆れたように白瀬が頭を抱える側で、イリナがゼノヴィアの頭からペットボトルの水をぶっかけた。一瞬にして全身濡れ鼠になったゼノヴィアのあちこちからポタポタと水滴が落ちるが、本人は気持ちよさそうにしていた。

 

「ああ、涼しい…。」

「いややばいだろこれ。任務とか言ってる場合じゃなくない?」

「いやでも正直日本の夏を甘く見てたわね。湿度が半端ないわ。」

「確かにこの湿度はゼノヴィア(イタリア育ち)にはきついか…。」

 

 余談ではあるがイタリアの夏は気温こそ高いが湿度は低いことでお馴染みである。白瀬はとりあえず持っていた水をゼノヴィアに飲ませつつ他に何かないかとポケットを漁るが、塩飴の類いは生憎待ち合わせていなかった。

 

「そうね。どうするキヨシ?いくらなんでもゼノヴィアこのままって訳にはいかないでしょ。」

「うーん…どっかエアコン効いた場所で休ませないとまずいか?」

「そうね、そうしましょ。」

 

 よっと声を上げて白瀬がゼノヴィアを背負った。ゼノヴィアの濡れた髪が顔に張り付き、柔らかいなにかが背中に押しつけられるが今はそんなのを気にしていられない。イリナはそんな2人の横でスマホをたぷたぷといじって近くのカフェを探していた。

 

「カフェ、いや別にファミレスでもなんでもいいけど…若干遠いわね。」

「まじか。まあ別に()()()()()()()問題はないぞ。」

「じゃあこっちね。」

 

 スマホを頼りに歩き出したイリナの後ろをゼノヴィアを背負った白瀬がついていく。そんな白瀬の背の上でゼノヴィアが力なく呟いた。

 

「すまない、2人とも…」

「気にしないでゼノヴィア。熱中症は仕方ないわよ。」

「それこういう時のための小隊(チーム)だ。俺に何かあった時にはフォロー頼むよ。」

 

 3人はその場を離れ、住宅街を突っ切ってすすむ。蝉の声だけがやたら響く道を歩いていたところで、イリナが突然足を止めた。

 

「…妙ね。」

「なにが?」

「さっきから人が少なすぎると思わない?」

「っ!!」

 

 イリナに言われて白瀬も気がついた。さっきから3人は昼間の住宅街を歩いているのだが、彼らは人も車も何一つとしてすれ違うことがなかった。確かに昼間の住宅街なら朝夕に比べれば人の数は少ないのかもしれないが、明らかに異常だ。

 

「人払いの結界か…?」

「多分そうじゃないかしら。一回撤退()く?」

「…そうしたいね。ゼノヴィアもそれでい」

 

 いよね、とは続けられなかった。ある乾いた音が白瀬を遮ったからだ。パン、と乾いた音がして、それと同時に白瀬は側頭部から真っ赤な血を噴き出し、どさりと地面に倒れ伏した。

 

「「キヨシ!!」」

 

 白瀬が倒れる直前に背中からとびおりて離れたゼノヴィアと、倒れゆく白瀬を見て即座に聖剣の擬態を解いたイリナが叫ぶ。叫んだが、熱いアスファルトの上で白瀬はぴくりとも動かなかった。彼女らに緊迫感が走るなか、それをぶち壊すかのようなおちゃらけた声が響く。

 

「当たった?当たったね?さすが僕ちん、パーフェクトな腕前でござい!」

 

 ふざけた物言いをしながら現れたのは腰に剣を佩き、片手に拳銃を持った白髪の男。ヘラヘラと笑いながら近寄ってくるその男に2人は驚愕に目を丸くした。

 

「フリード・セルゼン…!」

「おんやあ?なになに?俺さまのこと知ってんの?もしかして俺ちょー有名人?」

 

 ゲラゲラと笑いながら近寄ってくる男、フリード。元法王庁(ヴァチカン)所属の祓魔師(エクソシスト)であり、わずか13歳という若年で祓魔師に任命された経歴を持つ、紛うことなき天才。

 彼は魔獣を、悪魔を殺し続け、そして最後には同胞である祓魔師すらも手にかけて教会勢力から異端と認定され追放された男。

 

「あなたの悪名を知らない祓魔師(エクソシスト)なんていないでしょうね。」

「悪名とはひどいでやんすねえ。俺はやりたいことやって生きているだけだってのによぉ。」

 

 笑いながらそう言ってフリードが剣を抜いた。陽光の元で剣が光を反射し、眩く光る。だが、2人はその剣を見て息を呑んだ。

 

「盗まれた聖剣の一つ、天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)…!お前が持っていたのか!」

「てことは、今のあなたは堕天使陣営…!?」

「まるまるはなまる大正解!俺さまってば大人気だからさ!前の気に入らない上司見捨てて可哀想な子犬みたいに彷徨ってたらさ?そしたらあの爺さんたちにスカウトされちゃったってワケ!」

 

 その場の3名がそれぞれ聖剣を構える。イリナのゼノヴィアが真剣な顔で戦いに挑むなか、フリードはふざけたような笑いを崩していなかった。

 

「んんんん?まさか俺と戦うつもり?やめときなって。勝てるワケないんだからさぁ。」

「それはどうかな。数の利はこちらにあるぞ。」

「あまり舐めないでよねっと!!」

 

 先手はイリナの擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)だった。先程まで普通の日本刀の形をしていたそれが、一瞬にして鎖分銅へと変わり高速でフリードに襲いかかる。

 

「おおっとあぶねえ!でも残念、あたりませーん。」

 

 ひょい、とイリナの攻撃を身を屈んで躱したフリードに、ゼノヴィアの破壊の聖剣(エクスカリバー・ディストラクション)が襲いかかる。

 

「おおおおおっ!!」

 

 ゼノヴィアの聖剣、破壊の聖剣は特殊な能力を持たない代わりにその名通り破壊力に特化した聖剣。そこから放たれる一撃は当たればフリードなど粉々に砕け散るであろう。

 

「うわあおこっええええ!でもさあ!」

 

 だが、それは当たれば、だ。

 ゼノヴィアの大ぶりな一撃は空を切った。それどころかフリードは突然に姿を消し、ゼノヴィアの動揺を誘う。

 

「そんな一撃が俺に当たると思ってんですかい?」

「速いっ……!?」

 

 ゼノヴィアの攻撃を避けたフリードは一瞬にしてイリナの背後(うしろ)に回っていた。これこそが天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)の能力である圧倒的速度。その能力を発動したフリードはもはや目に追えないほどの速度となってイリナに迫っていた。

 

「まずはお前からだ!大人しく首チョンパされなぁ!」

 

 それは常人には反応できない速度。フリードは圧倒的な速度でイリナの白い首筋を狙って剣を振るう。だが、ここでフリードはあることに気がついた。

 

 男エクソシスト(白瀬)の死体がない。

 

 血溜まりはある。なのに本体は消えている。幻覚か?いや、違う、これは─

 

「させねえよ。」

「……っっ!!」

 

 フリードがその声に反応できたのは奇跡だった。聖剣の振るう向きを無理矢理に変更し、その声の方へと向ける。そしてそれは奇跡的にギリギリ間に合った。振るわれた聖剣と襲いくる聖剣がぶつかり合い、重い金属音が響いた。

 

「…お前!なんで生きてやがるんでござんすかねえ!?」

「簡単な話だよ。」

 

 震えつつも鍔迫り合いをするフリードに対し、相対する聖剣使いである白瀬には余裕があった。むしろ徐々に押し込んでいっている。

 

「そもそもあの銃弾で俺は死んでいない。それだけだ。」

「っあああああ!?」

 

 ガキィィンと音を立てて2人の距離が開いた。それはフリードにとって千載一遇の好機。今がおそらく唯一の、逃げ出せるチャンス。その機を逃さないようにフリードは聖剣の能力を使って全力で走り出した。逃げてさえしまえば、あとはコカビエルの旦那にでも頼んでこいつらを殺してしまえば─

 

「どこ行くつもりだ?」

 

 なのに

 

「逃がすとでも、思った?」

 

 なぜこの男はここにいる?

 

「ふっざけ」

 

 全力で逃げるフリードの顔面に剛拳が突き刺さり、フリードは罅を生みながら塀に叩きつけられた。その衝撃でフリードは全身の骨が砕け散り、辺りに血を撒き散らす。轟音と共に塀が崩れ、周囲に激しい砂埃が立つ。

 

(なんなんだよ、こいつ…)

 

 薄れゆく意識の中でフリードが恨み節を垂れ流す。

 

天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)に追いつける速度の聖剣だと?そんなのあるわけがないっ…!)

 

 それは正しい。天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)はまさに最速の聖剣。本来ならばその使い手であるフリードに追いつける聖剣使いは存在しない。

 

 そう、()()()()()

 

 白瀬は聖剣使いにして神器使い。世界でも稀な、天然モノのハイブリッド。

 

「フリード・セルゼン。人界の敵に堕ちたクソ野郎よ。」

 

 彼の持つ神器の名は【聖者の数字(ライジング・サン)】。

 そしてその能力は『日中における自身の能力の爆発的増加』。円卓の騎士の逸話そのものが昇華された神器であり、発動に条件こそつくもののその能力自体は極めて強力。

 発動さえしてしまえば膂力も速度も耐久力も体力も魔力も。その全てが人類の枠組みを超越する。それこそ砕けた聖剣の加護を超えうるほどに。

 

 つまり、フリードは。

 

「ここで死ね。」

 

 太陽の下で彼に挑んだ時点で既に敗北していた。

 

(ああ、クソッタレが…。)

 

 フリードが最後に見たのは、自身に向けて振るわれる白銀の聖剣であった。

 





聖者の数字(ライジング・サン)
 円卓の騎士ガウェインの逸話が昇華された神器。
 神器の完全解放ができるのは日の出から正午までという制限がある。午後でも発動自体は可能だが倍率が極めて低下する。但し禁手に至ればその制限の撤廃が可能。
 これに加えて聖剣の真名解放をすれば白瀬は教会のエクソシストたちの中で三指に入る戦闘力を手に入れる。




【ある祓魔師の記憶】
「ふんふんふーん」

 海のそばにあるとある田舎町で、2つの人影が歩いていた。片方は見たところ10代後半の、絹のような白い髪に目鼻立ちの整った美少女だった。彼女は随分とご機嫌そうに、防波堤の上をバランスをとりながら歩いている。

「えらいご機嫌そうだね。」

 もう片方はランドセルを背負った小学生。年相応に小さな身長をした少年は、自身の隣、というか上でご機嫌そうに鼻唄を歌う少女に呆れた目線を向ける。

「そりゃあね!あたしあの時もう死んだって思ってたもん!」

 歌いながら少女は楽しそうに応えてそのまま防波堤の上でくるりとターンを踏んだ。ふわりとスカートが揺れてその中が見えそうになる。それを察して少年は思わず目を逸らした。

「…パンツ見えるよ。」

 ちょっとだけ頬を赤らめて少年は目を逸らしたままそう言った。

「え?別に少年になら見られてもいいよ?」
「ボクが!気にするんだよ!」

 首を傾げた少女に、少年は叫んだ。確かに彼女を追手から匿ったのは自分だが、思ったより気をゆるされているらしい。そう思ったところで少女の方を見ると、少女は不思議そうな顔をしていた。

「いや、だって少年は子どもだし。別に見られてもどうでもいいっていうか。」
「あっそう!」

 少年は歩調を速めた。ゆっくりした歩調を、早歩きくらいの速さまで。その速さに出遅れた少女は、一瞬慌てた表情をした後防波堤から飛び降りて少年の後を追った。

「えー、急にどうしたの少年ー。」
「なんでも、ない!」

 歩幅の大きさと身体能力の差であっという間に追いつかれた。ニヤニヤと笑いながら自分の側を離れずついてくる少女に、少年はムキになって息を荒げながら早歩きを続けていた。

「あ、まさか…」

 その様子に顎に指を当てて考えていた少女は、あることに気がついて声を上げた。

「まさか少年、あたしのパンツ見たかったとか?」
「そんなわけ、ないだろ!」

 突拍子のない発言に少年の足が止まり、顔を赤くしながら叫んだ。そして足を止めたその隙に、少女は少年を正面から抱きしめた。体格差で少女の胸に少年の顔が埋まる。

「……もっ?もがががが!?」
「もー!ほんと可愛いヤツだなあ少年は!」

 耳まで真っ赤になった少年の違う!と叫んだ声はくぐもった声にならない声になって少女の耳には届かなかった。そんな様子に少女は楽しそうに笑って、少年を抱きしめたままくるくると踊るように回った。

 そんな2人を見ているのは夏の海と僅かの命を燃やす蝉だけだった。

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