「空崎ヒナ………か」
ふと思い出したのは私が、元居た世界の事だ
シャーレの仕事部屋のドアが開き、コツコツと足音を響かせながら入って来たのは、空崎ヒナ
大人になっても殆ど背丈は変わっておらず、存在感も威圧感もそのままだ
「……手伝って欲しいことがある、と呼び出されたのだけど…先生はどこ?」
「…あ、あぁ…空崎ヒナか……先生なら今はさっきシャーレに来ていた子を学園まで送っている。もうそろそろ帰って来るだろうから、そこのソファー等でゆっくりして貰って構わないが…」
……やはり少々気まずい。私のせいで彼女は大怪我をしたし……目の前で先生を撃ったのも私だ
書類を処理しつつ彼女の応対をする
「………そ、分かったわ。その書類、半分寄越して。二人でやったほうが早いでしょう」
「…あぁ、頼む」
空崎ヒナは先生から私と同じく特別に権限を貰っている。シャーレの仕事を行っても問題は無い
大人になっても彼女の忙しさはあまり変わっていないようで、私のようにそこそこ訪れる…という事はできていないようだが
「……………」
「……………」
私も空崎ヒナも、淡々と書類仕事を進めていく
「…………錠前サオリ、ここは───」
「あぁ、それは私の方で───」
「そう。ならそれはこっちね」
「ならばこれは私が請け負おう」
必要最低限の会話は行うがそれ以上は話さない
この距離感で、丁度いいのかもしれないな…
私は許されたい訳では無いし、許されるとも思っていない。しかし、先生の仕事仲間としては…空崎ヒナも多少は認めてくれている…と思いたいものだ
もし認めていなかったとしても…公私をしっかりと分けてくれているのは有り難い
「「ふぅ……」」
息をつくタイミングが偶然にも被ってしまい、何故か咄嗟に顔を逸らしてしまう
一瞬視界の端に写ったのは私と同じように顔を逸らす空崎ヒナだった
「………こほん…そ、空崎ヒナ、飲み物を持ってくるが…何が良いとかはあるか?」
「………そうね、ならコーヒーをお願いするわ」
「分かった」
少し仕事部屋を出て、私用のペットボトルの紅茶と、ヒナのための缶コーヒーを持ってくる
「缶コーヒーだが…これで大丈夫か?」
「えぇ、眠気覚ましだもの。味はどうでもいいわ。勿論、味も良い物は好きだけど」
「……目の下に隈が薄っすらと…また徹夜か?」
「……寝る時間も惜しいから。それより、その…貴女、紅茶なんて飲むのね」
「基本飲めれば何でも良いがな…ただ、紅茶は嫌いじゃない」
「そう、結構分かるわ、それ」
軽い雑談の後、静まり返った部屋は紙をめくる音とペンの音だけになる
「空崎ヒナ、これについてだが───」
「見せて。………なるほど、これは──」
「ふむ。分かった、感謝する」
そうして、数分後……
空崎ヒナに再び声をかけられた
「…ねぇ」
「…あぁ」
「先生、遅いわね」
「妙なトラブルにでも巻き込まれ───」
瞬間、私と空崎ヒナの携帯から音が鳴り響く
「………巻き込まれてるみたいね」
「……急ぐとしよう」
先程の音は、先生がどうしても助けて欲しい時に使う救難信号だ
宛先は、今の所私と空崎ヒナしかいないが…
そうして、私達はシャーレを飛び出した
「座標は……トリニティとゲヘナの境界付近の市街地か」
「数キロ先ね…私が正面から先行する。交戦を開始したら、いつも通り宜しく」
「あぁ。了解だ」
ヒナが地面を蹴って加速し、羽で更に加速する
さて……先生はどんな輩に絡まれているんだ?
私も速度を上げ、最短ルートを駆け抜ける
「……なるほど?企業の兵士じゃないか」
ギリギリ目視できる距離まで近付き、よく目を凝らして見てみると、アーマーを纏った兵士に囲まれている先生とトリニティの生徒、ゲヘナの生徒が居た
先生の指揮でなんとか堪えているが、二人共あまり戦闘力は無いようで、少しずつ追い詰められていた
………っと、空崎ヒナが到着したようだ
響き渡る爆発音と射撃音
始まったか……私もいつも通りやらせて貰おう
天井まで跳躍してその上を駆ける
指揮官は………
「………居た」
『えぇい!何が起こっている!早く始末せんか!』
『で、ですが!空崎ヒナ相手は流石に…!』
典型的な喧しいタイプの指揮官だな
『もっとだ!もっと兵を送れ!』
『は、はい……ガッ』
一人。頭部を撃ち抜き、屋根から飛び降りる
その勢いのまま、二人目の頭部も蹴り飛ばした
妙な体制で吹っ飛んでいき、壁に激突して動かなくなる
こいつらを含めて護衛は8人程度か。戦力を空崎ヒナの方へと回し過ぎだな
「本陣だと言うのに、手薄だな」
『だ、誰だ!えぇい!撃て!撃て!』
射撃を回避しつつ、一人撃ち抜く
一度遮蔽で姿を隠し、スモークグレネードを投擲した
『し、視界が……!クソッ!何処に……』
「後ろだ」
背中へ向かってほぼゼロ距離で拳銃の引き金を引く
オマケに近くに二人固まっていた彼らには普通のグレネードをプレゼントしておこう
爆発音が鳴り響き、2つの影が吹き飛んでいった
恐らく最高戦力であろうこいつらがこの程度ならば、練度はそこまで高くないか
『っ!そこか!!』
煙幕の効果が薄れてきたか
私に向かって放たれた数発の弾丸を太ももに隠していたナイフで全て弾き、受け流す
懐まで入り込み、ナイフの持ち手の部分を使って全力で頭部を殴り飛ばした
その勢いのまま身体を一回転させ、持ち手の部分を相手に向けて投擲する
カコーンと気持ちいい音が鳴り響き、頭部に強い衝撃を受けた最後の一人も気絶した
「終わりだ。ヴァルキューレが来るまで大人しくしていろ。お前もあぁなりたいなら話は別だがな」
指揮官に向かって、倒れている護衛を指差しつつ言う
『ク……クソッ……!!だが、まだ兵士達が…』
「残念だけど来ない。増援部隊含め、全員制圧したから。大人しく投降しなさい」
空崎ヒナと、先生、そして生徒二人がやって来た
流石の制圧力だな、傷一つ負っていない
"サオリ、来てくれたんだね"
「あぁ。それにしても、どれだけトラブルに巻き込まれるんだ先生は……この信号が起動するのももう10回を超えたんじゃないか?」
"ははは…"
「錠前サオリの言う通りよ。毎度毎度、妙な事に巻き込まれて……」
そう話していると、視界の端でこっそりと動こうとする指揮官らしき男
私と空崎ヒナが同じタイミングで男の頭部の側面を掠めるように弾を放った
「大人しくしていろと言った筈だが?」
「次は無い」
そう脅しつつギロリと睨む
『は………はい…………』
その後、ヴァルキューレに突き出し、元々の目的である二人の生徒を見送りを済ませた
"ふう…改めて助かったよ、サオリ、ヒナ"
先生が笑いつつそうお礼を言ってくる
「気にするな、大した事じゃない。こういう時の為の私達だろう」
「そうね、遠慮なく呼んで。所で、本来私に手伝いを頼もうとしていたことって何?」
"あぁ、実はさっきの奴らが関係してる事なんだけど…一旦、戻ってから話そうか"
そうして私達はシャーレに戻る為に歩き出した
"いつも思ってたけど、サオリとヒナって戦闘の時とか、仕事を手伝って貰っている時とか、凄く息ぴったりだよね"
思わず飲んでいた紅茶が肺に入りそうになり、咳き込む。空崎ヒナも疑問符を浮かべまくっていた
「先生、それ、本気で言ってる?」
「その…私達の初遭遇の事、忘れたのか?」
"覚えてるよ。でも実際、二人が居ると物凄く早く書類仕事が終わるし、敵もあっという間に制圧するから。多分、根本的な部分で相性がいいんじゃないかな?"
まぁ……確かに、空崎ヒナと共に活動していて、性格的にやりにくい…だとかは感じない
私の苦手意識は……私の罪から来るものだ
………空崎ヒナの方は、違うだろうが
そう考えていると
「……そうかもしれない。彼女…錠前サオリと一緒に動く上で、不便を感じた事は無い。…正直に言って、別に今はそこまで恨んだり、敵対視はしていない。その…少し…気まずいだけ」
「……空崎ヒナ…」
驚きを隠せない。きっと、今もずっと私の事を恨みつつも、先生の為だから仕方なく接してくれていたと思っていた
"…そういうわだかまりは、時間をかければ徐々に解決していくものだよ。これからも、私は君達を頼る事になるかもしれない。その時はまたよろしくね?"
「あぁ、任せてくれ」
「えぇ、任せて」
同じタイミングでそう言ったものだから、私達は顔を見合わせて、少し笑い合えた
そんな、記憶
結局、その後すぐにここへ飛ばされた
「もう少し、早めに………」
もう、彼女とは会えないかもしれない
これは私の未練の一つだ
机に置いてあった飲み物を飲み干す
……まだまだ下手だな。コーヒーを淹れるのは
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「…………錠前サオリが、行方不明?」
シャーレの一室、暗い顔をした先生とヒナが椅子に座って話していた
"………正体も分からない穴…のようなものに吸い込まれて…連絡もつかないし、キヴォトス中を探しているんだけど、まだ、見つからない"
「…………そう、私も個人的に捜索しておく」
ヒナにとって、サオリは妙な存在だった
一時期は負の感情でいっぱいで、見かける度にあの事を思い出し、気分が沈んでいた
しかし、ふと、先生から彼女について話を聞くと、同情心が芽生え始め、恩返しの為、先生の為…と必死で動いている彼女を、もう敵…として見る事は出来なくなっていた
そのうち、一緒に仕事をする事になり、共に戦ったり、仕事を処理し、更に彼女についての理解を深めていると、彼女とは波長が合うのを感じていた
やっと、少し近付けたと思っていたのに
「………私、そろそろ行かなきゃ。先生、無理な事かもしれないけど、気にし過ぎちゃ駄目。ゆっくり、休んで」
"……そうだね、ありがとう。ヒナ"
悲しげに笑みを浮かべる先生に背を向け、荷物を纏めてシャーレを出る
「…ティーバッグ、無駄にさせないでね」