「ふぅ…今日はかなり少ないな?」
終わらせた書類の束を見てそう呟く
『ですね!連邦生徒会の皆さんも頑張っているようですし…先生の尽力も…』
「うぅん…多少は平和に……」
遠くで爆発音が響くのが聞こえ、遅れて振動もやってきた。テーブルの少し残ったコーヒーが揺れる
「……なってないみたいだな」
苦笑し、コーヒーを飲み干した後、机に座る
「さて、何をしようか」
等と考えていると、シャーレの固定電話が鳴り響いた
「おや」
そう思いつつ、受話器を取る
「はい、連邦捜査部シャーレの月司サラと──」
『先生!今暇!?暇よね!よし!手伝って欲しい事があるの!すぐに来て!』
そう言うだけ言って、電話は切れた
「………せ、セリカ…?」
普通に連絡先を知っているだろうに、なんでわざわざ固定電話の方にかけてきたんだ…?
正直何が何だか分からないが、手伝って欲しいというのなら行くしかないだろう
準備をして、シャーレを出る
ふと私は足を止めた
「……いや、何処に行けばいいんだ」
場所ぐらい言ってくれ、セリカ………
─────────────────────
あの後、セリカもその事に気がついたらしく、モモトークで目的地が送られてきたのでそこへ向かう
壁にもたれかかってスマホを弄るセリカを発見したので声をかけた
「来たぞ、セリカ」
「あ、先生、思ったより早かったわね」
「まぁ、仕事も運良く少なかったしな。実際暇…と言っても間違いじゃなかった。それで、手伝って欲しいことってなんなんだ?」
なにをするのか、内容は聞かされていないからな…
「はい、これ」
セリカから渡されたのは……チラシの束
「…なるほど?つまり…アルバイトの手伝いか」
「流石先生、話が早いわね!今日は量が多いから、流石に手伝いが必要なの」
ふむ、そういう事情か…等と思いつつ、受け取ったチラシを読んでみる
うん、至って普通のチラシだな
「分かった、手伝おう。配れば良いんだな?」
「いやいや、何言ってんの…私が先生を呼んだんだから大変な仕事をさせるわけないでしょ。私が色んな場所に行って配るから、先生は戻ってきた私に次の束を渡してくれれば良いの。あ、給料もちゃんと先生の分は渡すから!」
誘い方は多少無理矢理な所もあったが、やはりセリカは優しい。こちらの事も考えてくれていたようだ
「そ、そうか。分かった。でも、給料は全部セリカが受け取って構わないぞ。これも『先生』としての仕事の一環だし、給料は既に貰っているからな」
「そう?…いや、でも、先生が正当に働いて手に入れた報酬でしょ!ちゃんと受け取って!」
「うーん…まぁ、この話は終わってからで良いか…ほら、最初の束だ」
「そうね、じゃ、行ってくるわ!」
チラシの束を渡すと、セリカは走っていった
その姿は人混みに紛れ、見えなくなる
「ふむ……私もここで少しずつ配っておこうか」
通りすがりの人に少しずつだが配っていると…
「はぁ……先生、次!」
「はい」
少し息切れしたセリカが戻ってきたので次のチラシの束を渡す
それを受け取ると、セリカはまた走り去っていった
そんな感じの事を十数回繰り返していたのだが…
「はぁ…はぁ…せ、先生、次!」
「だ、大丈夫か?ほら、スポーツドリンクだ」
息切れが酷いセリカに先程自動販売機で買ったスポーツドリンクを渡す
「あ、ありがと、先生…ふぅ…」
スポーツドリンクをゴクゴクと飲むと、息を吐いて落ち着くセリカ
大丈夫だろうか…
「次の束…だが、無理は良くないぞ?」
「別に、無理はしてないわ…時間との勝負だから、これぐらいはしないと…」
そう言ってセリカはまた走っていった
「………私も本格的に配ろうか。もう少し早めに判断すべきだったな…」
私も少しその場を離れて、配るペースを増やしたのだった
セリカが戻ってきそうな時間になる少し前辺りに元の場所に戻り、何でもなかったかのように振る舞ってセリカに束を渡して見送り、またその場を離れて私も配る
少々骨が折れる作業だったが……
「はぁ……はぁ………先生、次…」
「いや、もう終わりだ。ほら、空っぽ」
チラシが入っていたバッグの中は既にすっからかんで、それはバイトの終わりを示していた
「あ、あれ?あと数回往復しないといけない量はあったと思うんだけど…」
不思議そうにバッグを覗き込むセリカ
まずい、気付かれる
「…疲労で見間違えてたんじゃないか?」
「そ、そうなのかな…?まぁ、終わったのなら良いわ!バイト代を受け取りに行きましょ!」
セリカの言葉に頷き、私達はバイト代を受け取りに行くと、無事に給料を貰う事ができた
「お疲れ様、セリカ。全部配ったからか、結構なお金になったな」
「そうね!補助ありがとう、先生!えーっと、先生の給料だけど……」
「……それじゃ、私はシャーレに戻るとしようか、またな、セリカ。また手伝いが必要ならいつでも呼んでくれ」
身を翻してその場を全力ダッシュで後にする
「ちょっと!?待ちなさいよ!!!」
そんな私をセリカは追いかけてきた
あまり運動しない生徒ならともかく、セリカはいつも走り回ってバイトで鍛えられている
そんなキヴォトス人の身体能力を存分に活かせるセリカが相手では素の私じゃ逃げ切れる筈もなく、あっさり捕まるのだった
腕を掴まれ、少し力を入れて抜け出そうとしてみるが、微動だにしない
…………無理だな、これは
「うぐ…不覚………」
「なに何処ぞの武士みたいな事言ってるのよ…」
セリカは呆れた目を向けてきた
「はいこれ、先生の分ね」
私のシャーレの制服のポケットにお金が入った封筒をねじ込むセリカ
「いや、私はいいと……」
「頑張りには相応の報酬が〜ってモモトークで言ってたのは先生でしょ?大人しく受け取りなさい!」
「うぅん…」
……仕方ない、大人しく受け取るか…
これはアビドスの為に使わせてもらおう
「あぁ、分かった。受け取る…受け取るから、腕を離してくれないか?少し痛い」
「あっ、ご、ごめん!先生!」
パッと腕を離してくれた
「気にするな、大丈夫だ。それで…そのバイト代はやっぱりほぼアビドスに?」
私の言葉にセリカは頷いて言う
「うん、少しでも、借金を減らさないとね。先生が色々と解決してくれてはいるけど、借金の問題はまだまだ解決は遠いだろうから。地道にでもやっていかなきゃ」
「……そうか。さっきも言ったが、手伝いが必要ならまたいつでも呼んでくれ。大きな仕事が入っていないうちはほぼ毎日でも行けるぞ?」
最近は大きな事件も無いし、書類仕事も少ない
結構平穏な日々と言えるだろう
エデン条約に関しては……様々な事を調べているが、やはり限界がある
「分かったわ、一人じゃ大変そうだったら先生に連絡するから!それじゃ、またね!」
「あぁ、またな」
そうして私達はそれぞれ帰路についた
─────────────────────
その後も数日間、セリカのバイトを手伝った
彼女の働きぶりは凄まじく、物凄いペースでバイトを終わらせ、また次のバイトをする
気がかりなのは……彼女の体の事だ
最近頑張り過ぎているのか、少し疲労が見て取れている。休息での疲労の回復が間に合っていないようだ
「ふぅ……どうしたものかな…」
説得して少しバイトを減らしてもらうか、私が一緒にやって負担を減らすか……
今日もバイトの手伝いを頼まれたので、指定された場所でセリカを待つ。お昼頃なので食事は既に取っている
「………遅いな…大丈夫だろうか」
いつもなら予定時間の5分前には絶対に来ているのに、もう既に予定時間から10分経っている
そんな事を考えつつ、もう数分待つと…
「…あ、先生…早いわね」
…少しふらつきながらセリカが現れた
いつもの元気も無いようで、あまり覇気が感じられない
「…ふらついてるじゃないか。セリカ、今日は休もう。無理しちゃいけない」
「大丈夫よ…このぐらい………」
そんな言葉を吐きつつ前のめりに倒れそうになるセリカを急いで私は受け止めた
「大丈夫じゃないだろう、ここまでなるだなんて、もしかして徹夜したのか?」
「あ、いや…まぁ…徹夜で夜間パトロールのバイトをして、その後朝方まで牛乳の配達を……っていうか、ち、近い!大丈夫だから!」
私から少し離れつつ、そう言うセリカ
「…セリカ、体を壊すと元も子もないぞ」
「わ、分かってるけど…まだ…大…丈夫…だから…」
今度は後ろに倒れようとした為、私は再び急いで受け止めた
「ッ…セリカ!……寝ているだけ…か。不幸中の幸いだな。今日は休むしか無いだろう。このまま寝かせておこう…バイト先は……っと、ここだな」
スマホを使い、バイト先に連絡を取る
「もしもし。連邦捜査部シャーレの顧問、月司サラだ。うちの生徒の黒見セリカだが、体調が優れないようでな。今日は休みを貰いたい。駄目なら、私が代わりに働くが…」
『あぁ、シャーレの先生ですか。セリカさんは本当によく働いてくれていましたから、しっかり休むようにお伝え下さい。今日のシフトも大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます』
「そうか、此方こそ感謝する。では」
そう言って、電話を切った
「さて…と。しっかり寝かせてやるか…ベンチは…あった。少し失礼するぞ」
セリカをお姫様抱っこで持ち上げ、横長なベンチに寝かせる
「…硬いベンチに頭があると流石に寝にくいか」
まさか自分からする時が来るとはな
私も隣に座り、セリカの頭を太ももに乗せる
「……うん、これで良いな。今だけは、アビドスに人が少ないことを感謝するべきか」
静かな空間に、風が吹く音、鳥の囀りだけが響く
これならうるさくて起きる、なんて事は無いだろう
私はシッテムの箱の生徒名簿を起動した
「トリニティは終わったな。次はゲヘナだ」
やる事は、生徒の名前と顔の暗記だ
一人一人、しっかり脳内に焼き付ける
先生として、生徒をしっかり覚えなくてはな
すやすやと眠るセリカを膝に、黙々と私は先生としての勉強を行うのだった
何時間経っただろうか
私達を照らす日光がオレンジに染まり、周囲も少しずつ暗くなってきた頃
「ん……ぇ…柔らか…………!?!?!?!」
セリカが飛び起きた
「おはよう、セリカ。いや、まぁ早くはないか」
「え、今…夕方!?バイトは…!」
「今日は休みを貰ったぞ、バイト先の人も、しっかり休むように、と言っていたからな。それより…」
シッテムの箱をバッグに戻し、セリカに詰め寄る
「無理は良くない、と言った筈だがな。一度だけじゃなくて、もうこれまでで数回言ったぞ?」
「う、うぐ…だって…」
目を逸らし、しどろもどろなセリカ
「………責任感が強いのも、学校の為を思うのも、自分の出来ることを全力でやれるのも良い事だ。でも、何事も限度がある」
「……うん…」
「体を壊すと元も子もないんだ。元気に活動できる範疇でのバイトは私も応援しよう。手伝いもしよう。でも、こうなるのなら私はセリカがバイトに行くのを止めなきゃいけない。例え生徒がそうしたいと願っていても、私は生徒を守るのが仕事だからな」
「分かったわ…」
耳をシュンとさせ、反省した様子を見せるセリカ
「全く……アビドスの皆が頑張り屋さんなのは美点だが、皆抱え込んで頑張り過ぎてしまうのも欠点だ…ほらセリカ、今日は家に帰ると良い。疲れが溜まって尚、あんなに働いたんだ。まだまだ疲労は取れきっていないだろう。ゆっくり休め」
コクリと頷いたので、セリカを家まで送り届ける為に私も立ち上がる
「家まで送ろう。歩けるか?歩けないなら、私がお姫様抱っこで家まで運ぼうか」
冗談混じりにそう言うと、顔を真っ赤に染めてセリカが言葉を返してきた
「あ、歩けるわよ!!!」
「そうか、おんぶの方が良かったか?」
「歩けるって言ってるでしょ!!!」
いつもの調子を少し取り戻してきているようだ
そんな風にセリカをからかいつつゆっくり歩き、セリカを家まで送り届けるのだった