スクリーンが消失した
「…………なるほど、な」
ドクンドクンと、心臓が激しく鳴る
地獄……そう形容しても仕方無い程の物語…いや、人生を見た
『……覗き見とは、趣味の悪いヒトですね』
声が響き、振り返るとそこには彼女が立っていた
「……」
『御機嫌よう、霧がかった私』
不満気にそう皮肉を込めた挨拶をしてくる、白いドレスを纏った虚ろな目の私
「……?私が…霧がかっている?」
手等を見てみるが、特に変わった所は無い
『此方からは見えづらいというだけです。それにしても、勝手に入り込んで……いえ、もうどうでもいいですね。……一つ、問います。希望を諦めない私…きっと、全てを救えた私。貴女は……私と同じ状況になっても、それでも…と足掻けますか?』
「……過去の私なら…無理だっただろうな。でも、今の私なら、迷いなく言える。私は…それでも足掻き続けるだろう。私は…多くを経験し、既に答えを得ている」
『…………』
「正直、かなり怖かった。情けない事に、今も少し身体が震えているんだ」
そう、怖かった。一つ…そう、先生に助けを求める…それをしなかっただけで、私は……あんな事になっていたんだ
奇跡の連続…私が今立っているのは、先生として動けているのは……本当に、奇跡なのだろう
「私も…あぁなる可能性は十分にあったんだと実感したし…行動の原理も私だけあって理解できる。…そうだな…私が…お前のような状況…あぁ、姫達も、生徒達も、失ってしまったとしたら…きっと私は深く嘆き、悲しむだろう。でも。それでも。まだ、誰かが残っているのなら。私は…その誰かを助ける為に…大人の責任を果たす為に…先生としての義務を、全うする為に…全力で足掻くだろう」
『……どうして、そこまで…』
「私が、救われたからだ。だから、今度は私が救わなければならない……いや、私が救いたいんだ。希望を見た。その希望を掴み取った。ならば、今度は私が……救われたいと、まだ生きていたいと、そう願う生徒達を助けたい。なぁ、空虚な私。私は…お前も救いたい」
『………ッ…所詮、別世界の私です…!貴女では…!』
「いいや。今は同じ世界に居る」
きっと、私は名乗らない方が有利に事を運べるだろう
だとしても、私は……
『………!』
「自己紹介がまだだったな。私は、連邦捜査部シャーレの先生、月司サラ…いや、錠前サオリだ」
向こうの私が目を見開く
『…ようやく…霧が晴れて貴女を見る事が出来ました…そう…そういう事…だったのですね』
「あぁ。だから、私はお前を救える。ここの本来の私、姫、ヒヨリ、ミサキ、他のアリウスの生徒達、そして…お前。私は全てを救いたい」
『……随分と欲深くなったものですね…!』
「…そうだな。満たされてしまえば、人はもっと…と欲深くなってしまうものだ。私は…満たされてしまったから」
姫達を、救えたから
『…………ッぐ…!…出てっ…来るな…!あぁぁぁぁ…っ……!こ、此処…は……ッ!」
突然、向こうの私が苦しみ、動きが止まったかと思えば…胸ぐらを掴まれる
「ふ…ふざけるなよ…!お前…!お前に私は救えない!出来る筈が無い!!!あぁ!憎い憎い憎い憎い!!!!!お前が憎い!お前は救えない!!!必ずお前は…間違える!私のように!!!」
そうか、合点がいった。以前とは随分雰囲気が違うと思ったが、精神が分かれているんだ
さっきまでの彼女は…憎悪以外の彼女。本来の…私
そして今の彼女は……憎悪に支配され、様々なモノが混ざり合った彼女のような何か
「…ぐ…あぁ…憎め。私を憎め。その憎悪を私は全て受け止める。そして…起きろ、私!そんなモノに操られているんじゃない!!!」
「ッ…!!!…………ふん…』
私の叱責に目を見開き、胸ぐらを掴んでいた手をバッと離す彼女
どうやら戻ってきたようだ
そんな彼女は…聞いてきた
『………シャーレの先生…【希望の私】…貴女は…本当に、アリウスを救えますか』
「あぁ、救ってみせる。私の全てをかけて…絶対に」
大人のカードも、何もかも、全てを使って私は救う
まっすぐ、彼女を見つめてそう言う
『…そうですか…私は…ヤツに、意識を奪われかけています。今、こうしているのも厳しい…っ…程には…』
…彼女の中で、蠢いている何か
「……なんとかする、方法は…」
『あればとっくに試しています…私は…ずっと力を温存していた…稀に目覚めて、少しアリウスを変える…それ以外は、ずっと』
…そうか、ヒヨリが言っていた…
それは、あの私がやっていたんだな
「それは…」
『どうにかして、私を止めなさい…私は…ヤツは…貴女を殺しに来るでしょう。きっと、私の憎悪と…嘆き、悲しみが…ベアトリーチェの残滓と私に入り込んだ何かの力で混ざり合ったモノ…です』
ベアトリーチェ…何処までも私達の前に立ちはだかるんだな…お前は。だが…
「あぁ、止めてみせる。…その後は、どうするんだ」
『貴女がヤツを打ち倒し、弱ったタイミングで溜め込んだ力を全て使い、身体を私が強奪します。その間に…私を完全に殺し、私ごとこの世界からヤツを消し去る』
虚ろな目は、それでも確かに覚悟を孕んでいた
乾いた笑いと共に率直な感想を口にする
「……ハッ…何処までも、自己犠牲の塊め」
『それで、大切なヒトを護れるとしたら、貴女は』
「…きっと、そうするだろうな」
『えぇ。貴女は私ですから』
でしょうね、と軽く笑う彼女
そうだ、私達は…結末が違うだけの、同じ人、同じ錠前サオリなのだから
「…だが、言った筈だ。私はお前も救いたい。その自己犠牲は最終手段にしてもらう」
『何か、手段があると?』
「いいや、何もわからない。だが、私は最後まで諦める事は無い。ただ、それだけだ」
『……本当に、呆れたものです。これも、先生のお陰…という事なのでしょうね』
悲しげな表情を浮かべる彼女
私は何かを言おうとしたが…掛ける言葉が、見つからなかった
『まぁ、お好きにどうぞ。ですが、最終手段の邪魔だけはしないでくださいね。あぁ、それと…大半のアリウスの生徒達にはしっかりと仕込みをしてありますから。指輪を狙いなさい。あとは、貴女に任せます』
「……あぁ」
『そろそろ起きなさい。こんなに寝ている暇が今の貴女にあるんですか?』
「そ、そうだな。最後に一つだけ…」
『…?なんでしょう』
「お前をなんと呼べばいい?」
『……はぁ、貴女といい、黒服といい、呼び名なんてどうでもいいでしょうに』
そうため息をつく彼女
『…虚、そう呼んでください』
「自嘲か?」
『事実ですし』
「………そうか。ではな、虚」
『えぇ。どうか、私を止めてください』
彼女がそう言うと同時に私の視界は白く染まる
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『ッ…はぁ…っ…!ぐ……!ヤツに情報を渡さないように……するのも…一苦労…ですね……!』
消えていく【先生】を見届けた
一瞬、出てこられたがあの私を前にして冷静さを欠いていたのか、あまり情報は渡っていない
『あぁ…【希望の私】。きっと、きっと…お前ならハッピーエンドに辿り着ける。頼んだぞ…』
激痛と共に意識が刈り取られ、私は再び眠りについた