Blue Archive -鋼鉄のイェホーシュア-   作:NJ

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山海経イベントで改めて思い知らされたこと
「このゲームは見た目が完璧な奴ほど頭が終わってる」



3:脅威損な関係

 

 

 これは、彼/彼女(せんせい)がシャーレに着任して数日を経た頃の会話である。

 

“そういえばユウカ、聞きたいことがあったんだけど…”

 

「なんですか先生?」

 

 ユウカに教わりながら、先生としての日課である慣れない書類仕事を覚えようと頑張る日々の中、先生はふとした疑問を零した。

 

“チナツが口にしてたんだけど───

 

 

 

 

 

 

───ゲヘナ学園長ってどんな人か知ってる?”

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、先生の視界は焦げ茶色に埋め尽くされ、顔を人肌程度にぬるくなったコーヒーがぶっ叩いた。

 

 下手人は言わずもがな。

 しかし、彼女の名誉の為に言うが決して悪意あっての犯行ではない。

 

 誰だって飲み物を口に含んでいる最中にリバーブローを食らえばマーライオンにならざるを得ないだろう。そういうこった。

 

「ゴボホ!ゲッボォ!?」

 

“だ、大丈夫!?”

 

「ら、らいりょうぶれふ…」

 

 誰が見ても全く大丈夫な顔では無かった。

 

 その後、先生が彼女を落ち着かせるまでに数分を要した。

 

「すみません先生…お見苦しいところを見せてしまい…」

 

”い、いや別にいいけど…”

 

「そ、それでげ、ゲヘナ学えん"っ…学園長のお話でしたね…」

 

“あの、ユウカ?キツいなら無理しなくても…”

 

「いえ、これから先生がキヴォトスで働いていくなら避けて通れない道ですからね…ならここで話しておいた方がいいでしょう」

 

 未だに違和感がこびりつく喉をん"ん"!っと鳴らして調子を引き戻し、先程の情けない姿が嘘のような真剣な顔を見せるユウカに、先生も思わず姿勢を正して聞く姿勢に移る。顔についたコーヒーをタオルで拭き取りながら。

 

 そして気のせいか、手元のタブレット(シッテムの箱)がゲヘナ学園長というワードを口にしてからやたら激しく戦慄(バイブレーション)している。メールを受信している訳でも避難警報を鳴らしている訳でもないのに不思議だ。

 

 そしてユウカはポツポツと語り出す。

 

「ゲヘナ学園長というのはですね…所謂、このキヴォトスに於ける『怪談』なんです」

 

 その噺はこう唄われるのだと、ユウカは口ずさむ。

 

 

 

 

 

 ───不良生徒(わるいこ)ゲヘナに行っちゃダメ

 

 ───夕暮れまでに帰れなきゃ

 

 ───鬼ごっこのはじまりおわり

 

 ───笑い声が聞こえちゃマズイ

 

 ───鬼の姿が見えたらおわり

 

 ───食べられちゃっておしまいさ

 

 ───ばりばり食べられおしまいさ

 

 

 

 

 

 

 童謡じみたそれは、歌い方こそ子供向けのそれだったが…だからこそ歌詞とのギャップに先生は薄ら寒いなにかを覚えた。

 

「───およそ10年程前から各自地区にて語り継がれる都市伝説であり、私達生徒を含めたキヴォトスの住人達の共通した恐怖の象徴そのもの」

 

「そんな怪談として語られた当時のゲヘナ生徒こそが、今のゲヘナ学園長その人なんです」

 

 怪談、という表現に先生は首を傾げる。

 

“怪談ってつまり…実在しない人物って事?”

 

「いえ、彼は実在します。今もキヴォトスの何処かで、獲物となる違反生徒を探して徘徊しているでしょうね」

 

“え、獲物って…”

 

「それでなお都市伝説扱いされるのは、彼の実態を知る者がキヴォトスでも殆ど存在しないからでしょう」

 

“それはまた…どうして?”

 

「彼が生徒(わたしたち)の前に姿を見せるのは、粛清(さつりく)の時に決まってるからですよ。…姿を見たときにはもう終わりで、噂ではまともに会話した生徒は万魔殿を含めて数えられるほどしか居ないとか」

 

“そ、そうなんだ…(今殺戮って言った…?)”

 

「私達ミレニアムの生徒達も幼い頃からこう言われて育ちましたよ。『悪い子は“凄人”に食べられちゃうぞ』って…」

 

 そこまで言ったユウカは「だから先生」とビシッと右手に持ったスマホの画面を先生に向けて突きつけ、念を押すように警告した。

 

「これからキヴォトスで働くというのなら、このアプリを真っ先に導入してください!」

 

 アイコンが朱鷺の横顔となっているアプリに、先生は首を傾げる。

 

“警報アプリ…『HERMES』?”

 

 ユウカが説明する。

 

「最近うち(ミレニアム)で開発された、人工衛星を介してゲヘナ学園長の位置情報を正確に知ることができるシステムです。 あのセミナー会長(リオ会長)が態々不仲だったヴェリタス部長(ヒマリ先輩)と手を結んでまでして作りあげた傑作なので性能も保証しますよ。……まぁその二人が命名権を巡って喧嘩し(とっくみあっ)たり、マキとかコタマ先輩が遊び半分で余計な機能を入れたせいで凄鬼死団とも盛大に揉めましたけど…その時の仲裁で教授(・・)がどれほど苦労したことか…

 

 説明の最後に小声で何か言葉を付け足しながら、当時の憂鬱をため息に乗せるユウカに先生は思わず苦笑いした。

 

“い、いくらなんでも人ひとりの監視に人工衛星まで使うのは大袈裟なんじゃ…”

 

「先生はあの人の皮を被った怪獣を知らないからそんなお気楽な事を言えるんです!!」

 

“(か、怪獣…)”

 

 ユウカの剣幕に押され、思わず椅子ごと背後に倒れそうになる先生。

 ユウカはそんな先生にダメ押しと言わんばかりに畳み掛ける。

 

「いいですね先生!このアプリの警報が鳴ったら即座に避難指示に従って逃げるように! 先生は私達と違って銃弾一つが致命傷になりかねないんですから、自分の身の安全を第一に考えてください!」

 

“いや、でも同じ教育関係者なら一度は会って話を…”

 

「い・い・で・す・ね!?」

 

“は、はいぃ…”

 

 

 

 

 そんな教師と生徒のほのぼのとしたやりとりがシャーレで行われている中…

 

 現在進行形で世紀末ルートまっしぐらなゲヘナ学園に、場面は引き戻される。

 

 

 

 

 ギィィンゴォォンガァァンゴォォォォン!!

 

 なんだかんだで全校集会が幕を下ろし、チャイムと共に各々授業に向けて足を進め始める生徒達。

 彼女らの顔は無事に生きて授業を受けられることに対する安堵と感謝に満ちており、あちこちから「良かった…今日も生きられる」「私無事だよね?幽霊とかじゃないよね?」といった声もちらほら。

 

 そう、ここに居る一般生徒達は本当に幸運だった。

 

 今の彼女達(・・・・・)に比べれば…

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ…

 

 ───ゲヘナ学園職員棟。

 

 一般生徒が自らの意思で(・・・・・・)踏み入る事は決してない、魔王の走狗たる教員達(ヒャッハリアン)達が巣食う暗黒城。

 

 壁にはいくつものポスターなど貼り紙が貼られてあり、その内容は…

 

 悪即殺!

 

 と、書かれた書道の作品であったり、他にも…

 

 ゲヘナのおかし:おののけ。かしずけ。しにたえろ

 

 …という一文が劇画タッチで拳を掲げた髑髏仮面の隣に添えられたポスターも貼ってある。

 見ただけで住人が一人たりとも正気ではないとストレートに教えてくれる光景だ。

 

 そんな歩くだけでSAN値直葬な、一定間隔で設置された蝋燭だけが光源の薄暗い回廊の奥に、その門は聳え立っていた。

 

 かの有名な考える人を頂点に、無数の悪魔と悶え苦しむ罪人達が彫られた、芸術の造詣が浅くとも無駄に金をかけてる事だけはよく分かるデザインの扉。

 

 その扉を超えた先の玉座に、かの者は座していた。

 

 

 

「────なるほど。よく分かった」

 

 

 

 パサリと『シャーレ』と『先生』についてまとめられた報告書を執務机に放り、ギシリと椅子を鳴らしながら肘を置き、徐に両手を組んで典型的な碇ゲン◯ウポーズを取る男。

 

 だが、並の者ではそれを指摘して笑うなどとてもできやしない。

 座った状態でありながら、醸し出される圧倒的な威圧感と元々の巨体が合わさって、まるでこちらが見下ろされているかのような錯覚すら与えてくる魔王を指さし、ましてや声を出して笑うなど、凡愚に求めるには過ぎた蛮勇だ。

 

 さながら、罪人に裁きを下さんとする閻魔大王が如き威容。

 

 大王の身を包むは、鎧のように所々装甲があしらわれ、所々に髑髏の意匠が施された厚手のコート。

 

 握り合う手を覆うは、刺々しいメリケンが嵌め込まれたグローブ。

 

 極め付けは刺々しい王冠を被った髑髏の兜。

 

 改めて語るが、この者こそがゲヘナに君臨せし魔神。

 

 万魔殿を抑えてキヴォトス全土の不良生徒に圧倒的な影響力と支配力を有する恐怖の擬人化。

 

 ───ゲヘナ学園・学園長にして生徒指導部顧問であり、またゲヘナ凄鬼死団創立者。

 

 そして外から(・・・)キヴォトスに(・・・・・・)訪れて(・・・)ゲヘナに入学(・・・・・・)

 卒業後も(・・・・)学園に(・・・)教師として留まり(・・・・・・・・)、さらに数年後に当時の万魔殿も(・・・・・・・)風紀委員も(・・・・・)叩き潰して(・・・・・)学園長にまで上り詰めた傑物。

 

 名を(さざれ)ヨシアキ。

 生徒達は畏敬を込めて彼をゲヘナの凄人(せいじん)、又はサタンクロース(誤字にあらず)とも呼ぶ。

 

 そして、そんな怪人を前に涼やかな顔で毅然と立つ少女こそが現ゲヘナ風紀委員長、空崎ヒナ。

 

 ゲヘナ最強の名を恣にし、中学生の時点で学園長に才を見出されて次期風紀委員長の(・・・・・・・・)座を推薦されていた(・・・・・・・・・)という、類を見ない経歴の持ち主である。

 

 まぁ、当の本人は当時の詳細を聞かれても苦い表情しかしないのだが。

 

 ちなみに、その背後には顔が面白いくらいに真っ青に染まったまま石像のように直立するアコ、イオリ、チナツの三名。

 

 彼女達の顔は一様に「帰りたい」の四文字で埋め尽くされていたが、それでも残っているのは敬愛する委員長一人に背負わせないと気負ってしまったが故だ。

 

 そして今は、全力で調子に乗った過去の自分の顔面にRPG-7を叩き込みたいぐらいに後悔している。

 

連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)…いかにも連邦生徒会長(あのバカ)が考えそうな部活(もの)だ」

 

 はんっと若干の蔑みと呆れを含ませながら鼻で笑い、トントンと書類にプリントされたある人物の顔写真を人差し指で叩く学園長。

 

「報告ご苦労様だったな。 …書類(これ)をまとめたのは天雨か?一年の頃に比べて手際よくやれるようになったものだ」

 

「か、過分な評価ありがとうございまみゅっ

 

 噛んだ。

 

「(噛んだな…)」

「(噛みましたね…)」

 

 気まずさに目を逸らすイオリとチナツ。

 

「(もう死にたい…)」

 

 アコは許されるなら窓から助走をつけてルパンダイブしたいと本気で思った。

 

 対して学園長は、ふっと軽く笑みをこぼす。

 

「そう固くなるな。事実を述べたまでだ」

 

 空崎の副官に推薦した身として誇らしい限りだと態とらしく、気持ち悪いぐらい(にこや)かに生徒を褒めそやし始める学園長。

 

 イオリ達はそんな学園長の態度に愚かにも一抹の希望を抱く。

 

 「アレ?もしかしてそこまで怒ってないのでは?」と。

 

 が、反対にヒナの顔は鉄仮面のまま。

 理由は明白だ。

 

「ところで、だ。空崎ぃ…────」

 

 髑髏の奥より覗く目が、全く笑っていないからだ。

 

 

 

「───何故、俺に黙っていた?」

 

 

 

 虚言=死。

 その髑髏の奥より覗く眼は、そう告げていた。

 

 身を刺すような殺意(それ)にヒナは表情はそのままに、しかしじっとりと汗を滲ませる。

 

 そして後ろの3名は死にかけていた。

 

「(や、やっぱり怒ってる…)」

「(来るんじゃなかった…いや来なかったら来なかったで殺されるけど………あれ?なんかチナツがヤバくない?)」

「………………うぷっ」

 

 かろうじて意識を残せていたアコとイオリだったが、まだ一年で耐性がないチナツはもう彼岸に旅立ちそうな状態だった。

 

 具体的にどんな様子かと言うと、修学旅行の高速バスで数時間乗り物酔いで苦しんで、次のサービスエリアまでに保つかギリギリ瀬戸際な状態だ。

 

 それはもう、花の女子高生がやっちゃいけない感じの表情だった。写真なんて撮られたら間違いなく自決するぐらいの。

 

「(ごめんチナツ…っ今だけはどうか耐えてくれ!)」

「(私達も一度は通った道です…きっとあなたも乗り越えられると信じてます!)」

 

 アコとイオリは己の無力をこの上なく憎んだ。

 苦しむ後輩に手を差し伸べることさえできない自分自身にこの上なく失望していた。

 

 そして正直自分達も色々限界が近いから早く終わってくれと普段は祈らない神に全力で祈っていた。それはもうシスターフッドも驚きの敬虔さで。

 

「どうした空崎? 今回の俺を舐め切った態度に訳があるなら聞いてやる、と言ってるんだ」

 

 

 

 

 

「言ってみろ。最後の遺言(いいわけ)をな」

 

 

 

 

 

「…………………」

「(あ、これ私達終わりましたね)」

 

 黙したままのヒナ。諦めるアコ達。

 

 空気が鉛に置き換わったような重圧(さつい)

 それは、確定された死刑宣告の直前のような、落とされる直前のギロチンのような鋭さを孕んで先頭の少女(空崎ヒナ)の一身に降りかかる。

 

 そんな怪物的な恐怖を前に、少女は───

 

「はぁ─────

 

 

 

 

 

 

─────そんな事もいちいち説明しないと分からないの?」

 

 

 

 

 

 

 刹那。時が止まる感覚を全員が知覚した。

 

「…………何?」

 

 その、落胆すら感じさせるため息に学園長もつい殺意が緩み、頭上に疑問符を浮かべる。

 

「寧ろ怒りたいのは風紀委員(こちらがわ)の方よ」

「…………」

 

 構わずヒナは続ける。

 

「半ば強引とは言え、あなたの推薦を受けてこの役職についたのは私自身の意思……で、あるならば引き受けた仕事は最後までやり通すつもりでいる」

 

 そこまで言って、アメジストの瞳が髑髏の奥で光る眼を射抜くように睨め付ける。

 

「───だけど、実際はどう? 鎮圧すべき不良生徒は悉く先回りするように病院送りにされ、今日の違反者に至ってはあなたの下らない番組(ひまつぶし)の為のオモチャとして取り上げられる始末」

 

 ツカツカと、血の気どころか生気も抜けてそうなアコ達を置いて前に歩き出し、ついには座した学園長を目と鼻の先で堂々と見下ろすヒナ。

 

「言わなきゃ分からないなら、ハッキリ言ってあげるわ─────勝手に私達から仕事を奪わないで頂戴」

 

「今回の仕事だけは、私達が受け持つわ」

 

 

 

 

 

「これ以上─────風紀委員会(わたしたち)を舐めないで」

 

 

 

 

 

 学園長への、堂々たる諫言。

 

 それは、聞きようによっては地獄の支配者への宣戦布告とすら取られかねない問題発言。

 このゲヘナで、最も愚かな蛮行を指す行いだった。

 

 行ったのが(・・・・・)並の生徒ならば(・・・・・・・)───だが。

 

「(い、委員長…! 凄い…本当に凄いよ委員長!あの学園長相手に言い返すなんて!!…正直もうやめて欲しいけど)」

「(委員長、本当に立派になられて………どこまでもついて行きます!)」

 

 思わず恐怖も忘れ、いつもより大きく見える小さき勇者の背中に感極まるアコとイオリ。そしてチナツは立ったまま彼岸に旅立っていた。

 

 重々しく、髑髏の中の口が開かれる。

 

「───つまり、だ。 今回の情報の隠匿は、俺に仕事を奪われ続けた事への仕返しだと?」

 

「そうよ」

 

「そして、件の部活(シャーレ)の調査をお前ら風紀委員(ガキども)に一任し、生徒指導部(オレたち)は大人しくすっこんでいろと…そう言うのか?」

 

「えぇ、そう」

 

 ギリッと手のひらを抉るように固く握られる拳。

 それはワナワナと震え出し、やがて彼の全身へと広まっていく。気のせいか、建物まで揺れているような錯覚をしてしまう。

 

「もう一度、ハッキリ言うわ」

 

「あなたが居ても仕事の邪魔になるだけ────今回は私達に任せてコーヒーでも飲みながら待ってて頂戴」

 

 

バギャッ

 

 

 その音は、書類ごと叩き割られた机の断末魔だった。

 

 感極まっていた二人も、これには再び青褪める。

 

「空崎ィ…」

 

 魔王の重い腰が遂に椅子から離れ、ヒナの全身を容易く覆う巨影となる。

 

「(あっ、やっぱダメかも)」

 

 速攻で折れるイオリ。

 なんか脳裏にうっすらと走馬灯すら浮かび始めていた。

 

 身長180を悠に超える、成長期真っ最中な生徒(こども)たちからすれば巨人そのものな体躯が真正面からヒナを見下ろす。

 背後の窓から差し込む逆光も相まって、その姿は彼女達を呑み込まんとする不吉な闇にも見えた。

 

 アコは流石にまずいとヒナを庇おうと動き出す。

 

「テメェ、俺に対してよく…」

 

 そしてその手が遂に頭上より振り下ろされ───

 

「い、委員ちょ───

 

 

 

 

 

 

「よく言ったぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 思いっきり、褒めながら撫でくり回した。

 

 ズコーーーー!

 

 委員長に伸ばした手が盛大に空振り、カーペットに熱烈なキスをしながら盛大に学園長室の床を滑るアコ。

 

 咄嗟に身構えていたイオリもガクリとバランスを崩し、ギャグ漫画よろしくガニ股で盛大にすっ転んだ。

 

「────ハッ!?…え、あの…この状況は一体…」

 

 そして意識をようやく取り戻すも、状況を全く飲み込めずに困惑しながら周囲を見回すチナツ。もうめちゃくちゃであった。

 

 まぁ一番困惑しているのは、渦中の真っ只中なヒナ本人なのだが。

 

「あ、あの…学園長?」

 

「空崎! 俺は今、猛烈に感動している!」

 

 混乱する風紀委員長を置き去りにして、片手でモップヘアーをぐしゃぐしゃに崩しながらもう片方の握りしめた拳を震わせる学園長。

 

「あの時、自発的に自分の意見も言えず俺の決定に流されるままだった…そんな内気なお前がっ、まさかここまで成長するとは!」

 

「いや…内気も何も学園長、あの時の私の話を全然聞かな「更にだ!!己の職務を貫くために俺に真っ向から指図する程のクソ度胸を見せつけてくれた!!」

 

 これほど嬉しいことはない!と髑髏の奥の血走った目を白目を剥かんばかりに裏返しながら狂喜を迸らせる学園長。

 先程までの態度が嘘のように、完全にヒナの言葉が耳に入っていなかった。

 

「己を貫く為なら大人にも牙を剥く───それでこそゲヘナ!俺の生徒だ!!」

 

 ガハハハハハと狂った笑い声を響かせながらバシバシとモップ頭を凹ませんばかりの勢いで叩き続ける学園長。ハタから見たら完全に体罰だが、本人は普通に撫でているつもりである。

 

 ヒナも長年の付き合いから分かっているので諦観に満ちた顔でされるがままになっている。

 

 子供に弄られる首振り人形のように首をグリングリン回されながら、ヒナは回顧する。

 

 あぁそうだった。

 この人は入学前(むかし)からこうだった。

 

 どこまでも荒々しくて。

 どこまでも理解不能で。

 どこまでも理不尽で。

 どこまでも自由で。

 

 

 

 どこまで行っても───本質が混沌(ゲヘナ)なのだ。

 

 

 

 マコトやヒナを含め、付き合いの長い三年生達なら誰でも分かり切っている事だった。

 

 学園長(このひと)の思考を理解する事など、誰にもできやしないのだと。

 

 故にこそ、ヒナはもう細かいことを考えるのはやめにした上で問いかける。

 

「はぁ……つまり、シャーレの件は私達に任せてくれるという事でいいのね?」

 

「おうとも、確かにお前に風紀委員長を任せたのは俺だと言うのに、硬っ苦しい腑抜け(トリカス)共の空気から解放された反動で少々(・・)やり過ぎてしまったのは事実! 今回は…俺も反省の意を込めて大人しく引っ込もうじゃあないか」

 

 しかし、椅子に座り直した後で「ただし!」と人差し指を立てて忠告する。

 

「俺からは何も干渉せん、俺からは(・・・・)な…だが、万が一例の先生(ルーキー)が俺に…ひいてはゲヘナに喧嘩を売るなら話は別だ」

 

 再び、あの眼光でヒナを睨め付ける学園長。

 

「心しておけよ空崎。 俺は俺にツバ吐く奴がたとえアリンコでも、そいつに手加減できるほど我慢強くねぇ」

 

 ヒナ達は、知っている。

 この人は常にふざけているようで常に本気であり…

 

「────俺にここまで啖呵切ったんだ。 やり遂げろよ空崎ヒナ風紀委員長」

 

「できねぇってんなら────」

 

 

 

 

 

 ───この手でお前を(こわ)すまでだ。

 

 

 

 

 

 …嘘だけは、絶対に吐かないことを。

 

 

 

 

 ヒナ達は、これからそれをとことん思い知らされることとなる。

 

 そして、これから彼と出会うさだめにある“先生”も…生徒達も…

 

 全員に、深く刻み込まれるのだ。

 

 細ヨシアキという怪物を。

 




余談
この時、ヒナが自分を庇うために言い訳したら「壊されて」ました。
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