私は昼休み、文《あき》に会いに行った。もちろん、いない可能性も十分あった。けれど、今しか、この機会はない。そう思って、行ったのだ。
天が私に味方したのか、それとも単なる偶然か、どちらかはわからないが、彼は図書室の貸し出しスペースに座っていた。
周りには誰もいない。私は、そっと彼に近づいて、恐る恐る声をかけた。
「文くん、だよね?」
私の声にハッと、少し驚いたような表情をしたのち、彼は取り繕《つくろ》ったような笑みを浮かべて、私に応えた。
「はい。そうですが……」
彼はこちらを窺うような視線を向けてくる。私の顔を眺めて、記憶の中から私が誰なのか、思い出そうとしているようだ。
「え〜、と。偶に、来てますよね。なにかようですか?」
思い出してホッとしたのだろうか、彼は無垢な笑みで、私に問うてくる。
「ようって言うか、文くんは、沙良ちゃんと付き合ってるって聞いたんだけど、本当?」
驚いたような表情をする文。その話題が出るとは思っていなかった、と言った顔だ。
「えぇ、本当ですが……」
まるで不審人物を見るような瞳で言ってくる。
「それじゃあ、……沙良がイジメをしてたことも知ってるよね?」
文くんの笑みは凍りつき、まるで何を言っているのかわからないと言うように、ポカンとしている。対照的に、私はとても笑顔で、話しているだろう。それが、自分自身、わかる。
「沙良はね、とある女子生徒を散々いじめてたんだ。まぁ、名前は伏せておくよ。で、彼女はクラスメイトや教員にはバレないようなイジメをしていた。その人を無視したり、わざと馬鹿にするような声をかけたり、教材をゴミ箱に投げ捨てたり、弁当を捨てたり、まぁ色々やっていたんだよね」
文くんはとても驚いた表情で、私はとても満足だ。
普段なら絶対にしない口調だけど、それをどこかで楽しんでいる私がいる。
「それを……それを、なんで僕に話したんですか?」
私はジーっと彼を見つめる。
彼は、私が続きを促すように見つめ返してくる。私は、それが面白くてニコニコと目を合わす。
「ふ〜。そんなに聞きたい?」
「……はい」
迷うような逡巡も好奇心には敵わなかったのか、彼は肯定の言葉を口にした。
「私はね、彼女と友達だったんだけどね。イジメを止めるように言ったら、ハブられちゃったんだ。だから、私は彼女があのままずっと幸せな顔をしてるのは嫌だなんだよ」
我ながら、随分と良く回る口だと思う。
「しょ、証拠はあるんですか?」
「もちろんあるよ」
私が、自分で、私自身がイジメられてたシーンをとった動画。ブレザーに隠したスマホで録画した。
父が中学になった時に買ってくれたものだ。
『あった方がいいだろ』と、言って気まぐれにくれたのだろう。
まぁ、撮った画像はそうとうブレてるし、判断できるのは音ぐらいだけど、彼が本当に彼女を好きなら、声で判断できるだろう。
「それを、見せてください」
キツイ口調で、彼はそう言ってきた。
驚きからは回復したようで、彼は、こちらを疑いの目で見ている。
「う〜ん。どうしようかな」
これまで読んだ小説に出てきた、小悪魔っぽいキャラクターを思い出しながら、私はそれを真似して、彼をおちょくってみる。
ムッ、とした顔をする文くん。
私は、『予定通り』なんて思いながら周りを見渡す。
「放課後、どこか二人だけになれるところある? まぁ、あったら教えてあげるよ」
「……本当ですか?」
「嘘言ってどうするの?」
笑顔で私は答える。これで、二人きりで、色々できるね、そう思いながら、彼を眺める。
「それじゃあ、放課後、ここに来てください」
「まさか、放課後の図書館で話すのかい? それじゃあ、二人だけにはなれないよ?」
私は、揶揄《からか》う。
今は、良い気分だ。
「そんなわけないじゃないですか。案内するんですよ」
彼は私の方を真っ直ぐ見つめながら、そう言った。
「ふ〜ん」と言いながら私は彼に背を向け、図書館から出て行く。
あぁ、放課後が楽しみだよ。私は、私にそう言い聞かせた。
◆
放課後に、図書館の中で、彼と待ち合わせ、彼についていくと、一つのよくある住宅の前で、彼は立ち止まった。
「ここ、君の家?」
そう言いながら、文くんに案内された家に入る。人の家の匂いは、不思議で、新鮮だった。
「はい」
「家族はいないの?」
「共働きなので、2人とも、いつも8時までは帰ってこないです」
「ふ〜ん」
私は、あえて普段と違う性格を演じることによって、冷静さに努めようとする。
「こっちです」
そう言って、彼は2階へと上がっていく。
私は、その後を追っていく。3段を超えたあたりで踏み込むとともに、『ギシッ』と、音を鳴らした。
「あぁ、この家は古いですからね。ちょっと軋みがあったりするんですよ。気にしないでください。抜けるようなことはありませんから」
そう、笑いながら、彼はこちらを流し見する。説明が終わると、言うことは終わったとばかりに、目線を戻して階段を登り始めた。
「そ、そうなんだ……」
と言うしかない説明を聞き流しながら、後を追う。
彼の部屋は、階段に一番近い扉にあった。彼は、部屋の中に私を案内すると『お茶を持ってきます』と言って1階に戻っていってしまった。
私は『別に気にしなくていい』と言ったのだが、彼は『いいですから』と言って、行ってしまったのだ。
おそらく彼自身、この状況を心の中で整理したいのだろう。そう思ったものの、どちらにせよ私は彼の部屋に一人取り残されたことに変わりはない。
手持ち無沙汰になったので、しようがなく彼の部屋を眺めていく。
青色のシーツのベット、薄茶色の本棚には、よく知らない漫画が並べられている。そして、勉強机の上には、無造作にこれまたよく知らない漫画が置いてあった。
昨日の夜か、今日の朝読んだのだろうか?
私は、彼の持っている本を眺めていく。中には、いわゆるライトノベルというやつも数冊置いてあった。私が知る限り、最終巻までいってたはずの作品も、2〜3巻までしかなかったが……。
本棚を眺めていると、それなりに時間が経ったのか、彼が階段を登ってくるあの「ギシッ」という音がした。
コンコン、と扉を叩く音がすると、ガチャリ、と扉が開いた。
「ちょっと、遅くなっちゃいましたかね」
そう言いながら、彼は勉強机の上に、コップを二つ乗せたお盆を置く。
「……それじゃあ、見せてください」
何を、と彼は言わなかった。私も、鞄から、スマホを取り出し、ライブラリを開く。
日付を遡る必要もなく、それは見つかった。
「はい」
極めて冷静に、私はスマホを差し出す。
彼は無言で、私のスマホを受け取り、再生ボタンを押した。
彼は、この動画をみて、『どう思うのだろう』と、その様子を見ながら思った。
最初はガサガサとした音が流れる。画面は女子トイレの中を撮影している。
『早く入ってよ』
これは、沙良の取り巻きの声。イジメに積極的ではないが、沙良を怖がって、付き合ってた子。
『は、はい』
私の声が、それに頷く。それと同時に画面が動き、トイレの中へと入っていく。
入ったああと、振り向いた先に映るのは沙良とその取り巻きたち。ばっちり写っている。
画面の中の沙良が、口を開いた。
『それじゃあ、楽しもうか?』
いつもの、笑顔で、こう喋っていたのだな、と思い出す。
文を見れば、彼は驚いた表情をしている。
これが沙良が本当にいて、驚いているみたいだ。
『それじゃあ、さぁ。今日はトイレの水、飲もっか』
『は、はい』
あぁ、これはつい先日のやつだった。私は、勉強机の上に置かれたコップを手に取る。
彼は、動画に釘付けで、私に注意は向いていないようだ。
私はそうっと、家から持ってきた睡眠剤のカプセルを割って、彼のお茶に、それを入れる。
『お〜、こんな感じか?』
これは、スマホを個室の中に立てかけていたはずだ。
『ほら、入れよ』
取り巻きの、一番背の高い子が高圧的な声を出す。
『キィー』
と、トイレの扉が開く音。そして、そこには、便座の横が写っているはずだ。
『速く飲めよ』
『あなたにピッタリ』
『そうそう』
この時、沙良は、どうしていたか。
彼女らの言葉から一拍置いて
『あなたって、グズでマヌケよね。それに、ノロマ。いいから、早くやってよ』
数秒後、『ピチャリ』と水の音がする。
『ズゾゾ』
水を啜る音がする。私が、水を啜る音だ。
「これは、何をしているんですか」
私は、そう問う彼を向く。
「まぁまぁ、そう焦んないで。お茶でも飲んだら?」
私は、そう言ってお茶の残りを飲み干す。
彼は、気分を落ち着けるためか、お茶を一気飲みした。数分すると、落ち着いたようなので、私は口を開く
「あの動画がなにか、だったかしら? けど、さっき言ったでしょ? 沙良がイジメをした光景。トイレの水を飲むって、いいセンスしてると思わない?」
私は、面白おかしく、そう笑う。
彼の表情はとても悲惨な状態だ。全てに裏切られたとでも言いたげだ。
「ふふふ、もう少し、面白いお話をしようか?」
「……なんですか?」
聞きたくない。けど、聞かなければいけない。そんな悲壮感すら漂わせながら、彼は聞いてくる。
「実はね。私、沙良と友達じゃないんだよ?」
彼は、呆けた表情をしている。どうやら、まだわかっていなかったみたいだ。
「私がその動画を、なんで持ってると思う?」
ふふふ、と笑いながら、私はベットの上に腰を下ろした。
ベットから男の子の匂いがする。けれど、父親とは違った匂いだ。
「ねぇ、ところで、眠くない?」
私は、彼にそう尋ねてみる。彼が睡眠薬入りのお茶を飲んでから15分はもう過ぎてる。人によるが、そろそろ効き目が出てくる。
「なにを言って……」
私は立ち上がって、彼に歩み寄る。
「私って、いつもよく眠れなくて、睡眠薬を毎夜飲んでいるんですよ」
私は、今、高揚している。
「親にも、迷惑かけていると思うんですけど、こればかりはしょうがないですよね……」
「だから、なんの、はなし」
彼はどうやら、眠たいようだ。その証拠に、ここまで話したのに、理解してくれない。
「つまりですね。私は、あなたに睡眠薬を飲ませたんですよ」
そう言って、彼の背後に回る。
ふらふらになった彼は容易く、押し倒せた。
もちろん、床だと痛そうなので、ベットの上に、だ。
「あら、寝ちゃった?」
私は、彼をベットの上にうまく横たえて、その上にまたがる。そして、うまい場所にスマホを置いて、録画をスタートさせる。
準備が終わり、私は今またがった彼を見つめる。彼は必死で、眠気を堪えようとしているが、半開きの目で、こちらを見ることしかできない。
そして、私は彼の唇をなぞった。
かわいそうな彼、私に初めてを穢される。
けれど、恨むならあなたの大好きな彼女を恨みなさい。
そう思いながら、私は彼と唇を重ねた。