偽・ウマ娘ZERO ~不滅の桜~   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第10話「満ちて尚足るを知らず」

 シンボリルドルフは恵まれたウマ娘である。

 

 すべてのウマ娘は走るという行為に何より幸福感を抱くものだ。

 その観点において、シンボリルドルフは幼い頃から誰より恵まれた環境を与えられた幸せなウマ娘だと言える。

 

 まず誰よりも速く走れる天賦の肉体を持って生まれてきた。

 頑強で深い芝にも難なく適応できる脚。そして大柄で広いストライドが可能な体躯。少しばかり柔軟性に欠けるという欠点はあるが、ハードなローテーションにもへこたれない頑強さ。

 

 続いて生まれ落ちたのは天下のシンボリ家。この時代のレース界においては国内随一の発言力を持ち、西洋の事情に明るく最新のスポーツ理論も取り入れている。当代の当主はシンボリ家から西洋のレースを制覇するウマ娘を輩出することに並々ならぬ執念を注いでおり、夢の実現のためならなんだってやる。その夢の担い手として随一の才能を持つシンボリルドルフを育て上げるためなら、巨額の費用を惜しげもなく注ぐのも当然のこと。

 

 さらに教師も良かった。このシンボリ家に生まれた秘宝を育て上げるために、当主はとびきりの家庭教師(トレーナー)を招聘した。それがアイルランド出身の名教師、パーソロンだ。パーソロンは競技者として歴史に名が残るほどの成績を残せなかったが、教師としては素晴らしい才能を持っていた。

 メジロ家にその人ありと言われ、天皇賞(秋)をはじめ多くの賞を獲った名選手・メジロアサマ(後のメジロのおばあさま)もパーソロンの教え子である。

 そんな凄腕家庭教師に幼少期から薫陶を受けたシンボリルドルフは、シンボリ家が日本国内に秘匿している最先端のスポーツ科学を取り入れたトレーニングメニューのおかげもあって、ぐんぐんと伸びに伸びた。

 

 そして競技者としてまことに幸運なことに、シンボリルドルフはとてつもなく気性が荒かった。喧嘩っ早く、とことん負けず嫌いで、プライドが高く、自分の気に入らないことは絶対に受け入れないほど我が強い。さらにシンボリ家の教育方針はウマ娘ファーストで、当主の方針通りにウマ娘が走ってくれる限りはどんなワガママも許すため、シンボリルドルフは家の中ではまるで王様のように振る舞うようになった。

 指導するトレーナーの立場から見ればこんなじゃじゃウマ娘たまったものではないのだが、しかしこの気性難はいざレースとなれば素晴らしい勝負根性に化けた。

 

 天賦の肉体・豊富な財力・人の縁・精神性、競技者として誰もが望む要素すべてを持ち合わせて生まれたウマ娘。それがシンボリルドルフである。

 

 しかしシンボリルドルフは、まったく幸せではなかった。

 彼女は生まれてこのかたというもの、満たされたことがないからだ。

 

 

「あーあ、つまんないなぁ。何かワクワクするようなの落ちてないかなぁ」

 

 

 高台からグラウンドを見下ろしながら、シンボリルドルフはアンニュイな溜息を吐いた。

 グラウンドでは疑似レースが行われている真っ最中、新入生のウマ娘たちがわいわいと悲喜こもごもの青春の汗を流している。

 シンボリルドルフの前のレースで一着を獲ったビゼンニシキはうおっしゃあ!と喜んでいたが、シンボリルドルフはそんなに喜ぶようなことかなあ?と温度のない視線を落とすばかりだ。

 

 

「あの程度の連中となら、1着で当然じゃない? 何を喜んでるんだろ」

 

 

 格下のウマ娘と競って1着を獲るなど至極当然。もし仮に大穴に1着を奪われるようなことがあれば、そんな失態を許した自分の恥だ。

 それはシンボリ当主が日頃から家中のウマ娘たちに口を酸っぱくして言い聞かせていることであり、シンボリ家きっての優等生であるシンボリルドルフの価値観に根を張っていた。

 

 そう、格下相手には勝って当然なのだ。だからシンボリルドルフは走っていて楽しいなどと思ったことがない。

 これまでシンボリルドルフが出会ってきた中で、自分と比肩するほど強いと思えるウマ娘なんていなかった。少しはやるなと思ったウマ娘も、いざ走れば歴然とした着差で絶望の表情を浮かべるのみ。

 

 

(やっぱりおじいさまの言う通りなのかなあ)

 

 

 日本国内にはシンボリルドルフ(お前)に勝てるようなウマ娘なんて一人もいない。

 お前の才能は日本というレース後進国に収まるようなものではない。広い海外へ雄飛してこそその価値を示せるものだ。欧州の皇帝となれ、シンボリルドルフ。

 

 シンボリ当主は幾度となく彼女にそう言い聞かせた。

 彼女の才能の前では、日本など所詮世界へ羽ばたくためのステップに過ぎないのだと。

 

 しかしシンボリルドルフは確かめてみたかった。

 本当に自分ほどの才能は日本にいないのだろうか。自分を負かせるような同期がただの一人もいないなんてことがあるのだろうか。

 

 ――自分は本当に■■なのだろうか。

 

 

(そんなはずないよ。きっといるはずだ)

 

 

 だからシンボリルドルフは入学式の後のHRで、初手から全員に喧嘩を売った。

 自分をワクワクさせてくれるような好敵手が、この中にきっといるはずだと思ったから。

 残念ながらレース開催は先生に阻止されてしまったけれど、それからもシンボリルドルフは幾度も模擬レースを観戦して好敵手になりうる存在を探し続けた。

 

 ほとんどのウマ娘はお眼鏡に敵わなかったが、幾人かこれはと思えるようなウマ娘もいた。

 第一に挙げるのはやはり、HRで自分に食って掛かってきたビゼンニシキ。見た目通り気が荒いが、その実力も潜在能力も随一。クラシック三冠を目指すにあたり、間違いなく立ちはだかってくるだろう。

 

 それから入学前から強豪になるともっぱらの評判だったハーディービジョン。模擬レースで走っているのを何度か見かけたが、前評判通りの強さだった。加えて勝負根性もあるし、頭も切れそうだ。最近専属トレーナーを見つけたようで、今後の進化にも期待が持てる。

 

 あとはテスコスールか。一目見て間違いなくクラシック路線だと思ったのに、本人はティアラ路線しか走る気がなさそう。その時点でもう、ルドルフは興味を失っていた。

 シニア期でぶつかる可能性もあるが、この時代のティアラ路線のウマ娘はみんなクラシック期を走ったら引退してしまうのが常だ。ティアラ路線を選んだ時点でクラシック路線のウマ娘とシニア期で競えるわけがないと諦めてしまっているようなものだと、ルドルフは密かに……どころではなくはっきりと見下している。

 

 他にも関西の星・ロングハヤブサや、マルゼンスキーの愛弟子・サクラトウコウ、恐怖の斜行魔・ニシノライデンなども噂に挙がっていたが、ビゼンニシキやハーディービジョンほどの脅威ではないなというのがシンボリルドルフの見解だった。

 

 自分の好敵手になりうるのはたった2人か……と思わなくもないが、しかし2人も見つかった時点でむしろ僥倖というべきか。何しろこれまでの人生で自分に比肩する者を見つけたのはただの一度もなかったのだから。

 

 

「ああ、ワクワクしてきた。レースがこんなに楽しみなのは初めてかも」

 

 

 熱の篭った視線をビゼンニシキに注ぐシンボリルドルフ。

 この好敵手との運命の出会いを、もっと良いものにしたい。

 そう、2歳下の幼馴染のメジロラモーヌも常々言っているじゃないか。

 レースには熱を感じられてこそ、面白いものになると。

 

 ビゼンニシキにもっと自分を意識して欲しい。

 感情を掻きむしるような激しい熱こそ、自分たちのレースを面白くする。

 

 

 ――話は変わるが、シンボリルドルフは自分に足りていないものがあると感じている。

 それはトレーナーだ。世界の覇者への座に自分を導いてくれる師がいない。

 シンボリ家でトレーニングしていた頃はパーソロンに師事していたが、あくまでも家庭教師である彼女は専属トレーナーになってはくれなかった。貴方の運命の半分を背負うトレーナーは、自分の手で見つけるものだというのだ。

 

 これは責任重大だ。

 自分ほどのウマ娘を育てるに足る器の持ち主など、そうそう見出せるものだろうか。

 シンボリ当主は自分が最高の専属トレーナーを手配してやると言っていたが、やはり運命の相手は自分で見つけたい。

 目を皿のようにして一か月を費やしたシンボリルドルフは、ようやく2人ほど目星をつけた。

 

 1人は彼女のすぐ近くで、5人のウマ娘たちに囲まれながらぐいぐい腕を引っ張られたり、ワイワイ話しかけられたりしている眼鏡の彼。

 

 新興チーム・ポルックスのチーフトレーナーをしている彼は、未だに重賞入りしたウマ娘を出していないことからトレーナー仲間からも軽く見られている。

 本来チームを興して3年程度の実績で重賞を獲れることなどそうそうあることではないので、言うほど嘲られる謂れはないはずだが、チーム・カストルでサブトレーナーをしていた経験がそう言わせるのか。

 あるいは、カストルの解散後にしばらく海外留学していたことが、彼らのコンプレックスを刺激しているのかもしれない。

 

 ポルックスには未だこれという実績はない。クラシック路線のカツラギエースは先日の皐月賞で11着の惨敗を喫したし、もう1人のギャロップダイナはメイクデビューこそ1着だったが、その後は鳴かず飛ばずの1勝クラス。

 正直ルドルフの目から見て、まったくの論外。他にもっと強いウマ娘を採用すればよかったのに、どうしてこんな箸にも棒にも掛からない娘ばっかりスカウトしたのやら……ルドルフは首を傾げる。シニア期になったところで、彼女らが自分と戦うようなことは天地がひっくり返っても起こりえまい。

 

 しかしチーム・ポルックスが採用しているというスポーツ科学に基づいたトレーニングメニューには興味があった。西洋の先端スポーツ理論を取り入れているという点では、シンボリ家の方針と重なる部分がある。

 未だに重賞を獲れていないことから「所詮は西洋かぶれの机上の空論」「やっぱり根性だよ根性、根性がすべてを解決する!」と周囲からはバカにされているようだが、ルドルフはそうは思わない。今成果が出ていないからといって、永遠に成果が出ないとも限らないではないか。

 

 お前ちょっと1つ前の段落の自分の結論を読み返してみろ。

 

 

 ともあれ他のウマ娘への評価は辛いが、先進技術への興味は尽きないルドルフである。

 そんな彼女にとって、チーム・ポルックスに入るという選択肢は十分にあった。

 あったが、

 

 

(ボクにはどうにも水が合いそうにないかなー)

 

 

 ギャロップダイナとスズパレードに肩車をねだられて渋々肩に乗せたり、カツラギエースに水筒に入った麦茶を勧められたりしているテスコスールを見ながら、そんなことを考える。

 あのクラスではクールを貫いている彼女ですら、無理やり和気あいあいとした団欒に引きずり込もうとするウマ娘特有の仲良し空間。

 望まない馴れ合いを強要することはルドルフに言わせれば魂の凌辱であり、孤高をもって良しとする彼女には到底受け入れられることではない。

 

 決してワガママで俺様気質なボッチが仲良しこよしの仲間内でうまくやっていける自信がなかったわけではない。ないったらないのだ。

 

 

(それに、チームトレーナーだとボクだけを見てくれないし)

 

 

 自分は特別な存在という意識がシンボリルドルフにはある。

 チームに所属したら、他のウマ娘と同等にしか見てもらえないではないか。

 そんなことは我慢できない。

 

 自分は特別な存在なのだから、トレーナーは自分だけを見るべきだ。

 育て上げる苦労も、成し遂げた偉業への賞賛も、すべて自分だけに捧げてほしい。

 トレーナーは自分と一心同体なのだから、自分以外のウマ娘を見るのは許さない。

 

 シンボリ家の秘宝はしっとりどころか、相当じめっと湿度高めの独占欲を持っていた。

 

 

 となれば……。シンボリルドルフはもう一人の候補に目を向ける。

 ビゼンニシキの傍らでタオルを手渡し、その走りに賞賛を捧げている彼。

 

 

「やっぱり彼しかないか」

 

 

 ルドルフには分かる。彼は自分と同質の人間だ。

 ワガママで、貪欲で、独占欲が強く、高い才能を持ち、そして共に同じ高みを目指せる向上心の持ち主。

 

 唯一の欠点があるとすれば、既に彼女の好敵手であるビゼンニシキの専属トレーナーであること。

 

 彼がルドルフも担当することはあり得ない。

 チームトレーナーでないトレーナーが、複数のウマ娘を同時に担当することは禁じられている。だからといって、担当ウマ娘を乗り換えるなんてことは論外だ。それはトレーナーの仁義として絶対に許されない暗黙の了解である。

 

 でも、ボクだよ?

 

 世界を獲れるウマ娘を担当するチャンスなんだから、少しくらいのハードルは超えてしかるべきなんじゃないの?

 

 

「それに、何より一石二鳥だしね」

 

「……ルドルフ、ちょっといいかしら?」

 

 

 ちろりと唇を舐めるシンボリルドルフに、鈴を転がすような軽やかな美声が掛けられる。聞き馴染んだ声に振り向けば、そこには茶色がかった豊かな髪をウェーブにした少女が立っていた。

 

 

「なんだ、ダイアナソロンか。何か用?」

 

「それはこちらのセリフなのですけれど。貴女が模擬レースに出てくるなんて、何を企んでいますの?」

 

 

 つまらなそうに口を開くシンボリルドルフに、ダイアナソロンは腰に手を当てて凛とした態度で応じた。

 

 ダイアナソロンはシンボリルドルフにとって、現状唯一会話する仲の同級生だ。

 入学してから仲良くなったわけではなく小学生の頃からの知り合いで、同じくパーソロンを家庭教師に持つ仲だ。はっきり言えば同門のきょうだい弟子であり、併走をしたことやジュニアレースで一緒に走ったことも何度もある。

 

 実力のほどはといえば、シンボリルドルフから見てまあまあの素質を持つウマ娘だ。つまりクラシック期に一冠二冠は狙える強豪ということなのだが、ダイアナはティアラ路線志望なのでルドルフの興味の外にある。

 

 ちなみにシンボリルドルフには他に同級生で話す仲の生徒は一人もいない。彼女は孤高を持ってよしとするウマ娘なのだ。自分と対等に話したいなら、まず相応の実力を証明してからにすべきであろう。クラシック争いで自分といい勝負をすれば考えてやってもいいけど、とルドルフは思っている。

 

 つまりジュニア期の1年はずっとぼっち確定である。

 心が強ぇウマ娘なのか?

 

 

「別に何も? いいトレーナーやライバルが転がってないかなーって思ってさ。模擬レースに出る目的なんてそれしかないでしょ?」

 

「……それはそうですけれど」

 

 

 ダイアナソロンはじっとシンボリルドルフの顔を見つめた。

 

 

「何か邪なことを考えていらっしゃいませんか?」

 

「ヨコシマな事って何さ。ボクがそんなことするウマ娘に見える?」

 

「見えますわ思いますわ。貴女はウマ娘として外道の存在でしてよ」

 

「心外だなぁ。ボクは王道も王道、ド王道だよ。走りを見ればわかるでしょ?」

 

「所作や作品に人格が反映されるなら、アスリートや芸術家はみんな聖人君子ですわね。わたくしそんな世迷い事は信じませんわ」

 

 

 ダイアナソロンは小さく溜息を吐いて、キッとルドルフの瞳を睨んだ。

 

 

「貴女と違い、わたくしは清廉であろうと心がけています。ですから忠告しますが、人から恨みを買うようなことはせぬが得策ですわよ。いずれ自分の身に災いとして降りかかってきますわ」

 

「あはは、面白いこと言うんだねダイアナ。ボクを誰だと思ってるのさ」

 

 

 ルドルフは不敵に笑い、まだ膨らみはじめたばかりの自分の胸に手を当てた。

 

 

「ボクはシンボリルドルフだよ! これから世界に覇を唱えようという者が、(いずく)んぞ矮小な(そし)りを気にするようで大業を成せようか! いずれボクが征く道こそが王道であったと、世の人は皆認めることになるんだ!」

 

「ルドルフ……」

 

 

 ダイアナソロンは深いため息を吐き、かぶりを振った。

 

 

「いずれ本当にそうなりそうな説得力があるのが嫌ですわね……。ともかく、忠告はしました。それを活かすも殺すも、貴女次第ですわよ」

 

「はいはい、ありがたく受け取っておくよ。さーて、ボクは次のレースがあるから失礼しようかな」

 

 

 パタパタと後ろ手に手を振りながら、シンボリルドルフはグラウンドに向けて歩み去っていく。

 ダイアナソロンはその後ろ姿を見送りながら、ルドルフを思いとどまらせることができない自分の無力さに歯噛みした。自分がもっと速いウマ娘なら。問答無用でルドルフに自分の意を通すことができるものを。

 

 しかしそんなことは彼女ならずとも、誰にもできない。

 シンボリルドルフは、84期生たちの中で誰よりも確実に強い。

 

 

 直後の模擬レースで、シンボリルドルフはそれを証明した。




〇シンボリルドルフ

わがままルナちゃん継続中。

なお実馬の牧場生活は本当に上げ膳据え膳の王様暮らしだったそうな。
だからわがままになったのでは……?



〇ダイアナソロン

ですわ系お嬢様。
悪役令嬢みたいな顔してるけど心は清らかなクラス委員長。
割と苦労人。正しくあろうとするがゆえに苦労を背負い込むタイプ。

史実モデルはルドルフと同じパーソロン産駒。
鞍上もこの頃は正義感が強く、よく苦労を背負い込んでいた。


心の中のデジたん「つまり若い頃の■原騎手の女体化、ってコト!?」


あの方を悪役令嬢呼ばわりしたのはこの作品が初めてだと思います。
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