偽・ウマ娘ZERO ~不滅の桜~   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第12話「生粋の挑戦者たち」

 後に学園を揺るがした大事件として記録されるシンボリルドルフのトレーナー強奪騒動。

 しかし裏でそんな事件が進行しているとは露も知らないチーム・ポルックスの一同は、模擬レースが終わった後に部室に集まり、先ほどのレースについての意見交換を行っていた。

 

 その話題の中心となったのは、やはりシンボリルドルフの走りについてだ。

 これから彼女とクラシック期に激突する84年組のスズマッハとスズパレードは元より、再来年……いや、もしかすると来年の秋にも競うことになるかもしれないカツラギエースとギャロップダイナにとっても、恐るべきライバルとなることは必定だった。

 

 もっともカツラギエースとギャロップダイナは現状クラシック期で箸にも棒にも掛からない有様なので、まずはこの低調路線からの脱却が必要だが……。しかしチーフはそんな意気を削ぐようなことは言わず、2人にも意見を求めた。

 

 

「すごい走りだった……! シービーの走りを見たときと同じだ。今のあたしじゃ、まるで届かない。絶望的に高い壁が目の前に立ちはだかってるみたいで……だからこそ、その壁を越えたくなる。その壁の向こうには何があるのか、ぶち抜いてみたくなったんだ」

 

 

 両手をぎゅっと握り込み、カツラギエースは興奮を抑えきれないギラギラとした瞳で呟いた。

 

 シンボリルドルフは今のカツラギエースにとっては、とても太刀打ちできない大きな壁に見えている。それは皐月賞でミスターシービーに自分の無力を思い知らされた彼女にとっては、ひどく辛いことだろう。

 シービーだけでも手ごわいのに、来年からは下級生の天才が襲い掛かってくるのだ。下級生に易々と追い抜かされたことも、彼女の自尊心を傷つけているはずだ。

 

 それでも、カツラギエースにはまるで挫けた様子はない。

 どんな困難が目の前にあったとしても、決して諦めずむしろ闘志を滾らせる。逆境に挑む不屈の心、それがカツラギエースが前に進むための原動力だ。

 カツラギエースはこういう性分のウマ娘だった。

 

 

「まあ、確かに強いウマ娘ではあるよなぁ。ツンと澄まして、お綺麗なフォームを披露してよぉ。『これが王者の走りだ。下々の者は我を手本として奮励せよ』みたいな顔してよぉ。これがメイクデビュー前のジュニアだってんだから、ほんと三女神様ってのは不公平だよなぁ」

 

 

 ギャロップダイナは口の中で転がしていた棒付きキャンディをガリッと噛み砕き、笑みを浮かべた。常のヘラヘラとした軽薄なものではなく、その下に秘めた獰猛な獣の笑み。

 

 

「上等じゃねえか、やる気が出てきたぜぇ。ああいう自分は他とは違う特権階級です、みたいな顔してる奴に横っ面から不意打ちをかまして、心底びっくりさせるときが一番脅かす甲斐もあるってもんだよなぁ」

 

 

 ギャロップダイナの言葉にカツラギエースも頷き、視線を交わし合う。

 

 ギャロップダイナのモチベーションの源泉もまた、カツラギエースと似ている。風穴を開けたいのか驚かせたいのかという差異はあれども、強敵であればあるほど闘志が湧き出てくるという点では同じだ。

 だからこそカツラギエースとギャロップダイナは親友であり同志であり、何より戦友なのだった。

 

 そんな2人を頼もし気に見つめてから、チーフは新入生たちに視線を向ける。

 

 

「お前はどうだ? スズパレード」

 

「あ、あたし……。あんなすごいなんて思ってなくて……」

 

 

 スズパレードは青い顔で肩を震わせながら、言葉を絞り出していた。

 

 

「まるで勝ち目が見当たらなくて……あの、あたし、本当にあんな人に勝たなくちゃいけないの……?」

 

「ふむ」

 

 

 スズパレードは戦う前から完全に気持ちで負けてしまっていた。

 しかしそれも無理はないことかもしれない。シニア期のウマ娘でも、シンボリルドルフに勝てる者がどれだけいるか。しかもルドルフはまだあれで本格化を迎えていない。これからまだまだ伸びしろがあるのだ。

 それを考えれば、仮にスズパレードもこれから本格化を迎える、今後の成長に期待しようと励ましたとしても空々しい言葉になってしまう。

 

 

「スズマッハはどう思った?」

 

 

 チーフはスズパレードの言葉には応えず、スズマッハに話を振った。

 

 

「……完成された走りだと思いました~。少なくともフォームやストライドの技量は完璧ではないでしょうか~。でも、逆に言えばそこについての伸びしろはもうないわけですから、あとはシンボリルドルフの肺活量やスピードが皐月賞や日本ダービーまでにどれだけ伸びてくるか。そこが私と彼女の勝敗の分かれ目になるわけで~」

 

 

 スズマッハは細まった糸目の奥をギラリ、と光らせる。

 

 

「極論すれば、彼女と勝ち負けはできる。私はそう判断しています~。もちろん私がこの後ルドルフに負けない速度で成長できればですが……。チーフはどう思いますか~?」

 

「さすがスズマッハはよく判断できているな。俺も同じ意見だ」

 

 

 チーフは頷き、スズパレードとスズマッハを視界に収めた。

 

 

「スズパレード、そんなに怯える必要はない。お前はシンボリルドルフと戦うことはまずないからだ」

 

「え……? それは、GⅠには出さないってこと……?」

 

 

 GⅠに出られるウマ娘は、中央・地方を合わせて毎年数千人が現れるウマ娘の中でもほんの一握りの上澄みだ。たとえば出走枠が12枠あったとして、それは数千人から選ばれた上位12名の頂上決戦なのだ。

 いや、GⅡやGⅢでも、そもそも重賞に出られること自体が名誉。

 

 数千人のウマ娘の中からわずか数百名のエリートたちが中央トレセンへの入学を許され、その過半数がメイクデビューを突破できずに未勝利で終わる。突破できたとしてもその先にはさらにふるいにかけられた者同士が限られた勝利を奪い合う。

 重賞どころかその下の特別競走やリステッド競争を勝てただけでも、故郷では一生モノの自慢の種になる。彼女たちがいるのは、そんなあまりにも狭き門の中の世界なのだ。

 

 シンボリルドルフこそがGⅠウマ娘に相応しいのだと言われればその通りと認めるしかない。自分の力量は明らかに彼女に及んでいないからだ。

 代わりにGⅡやGⅢには出られるように鍛えてやるということなら、それは決して悪い提案ではない。ド田舎出身の、無名のジュニアチーム出身のウマ娘がGⅡやGⅢを獲れれば、望外の大金星と言えるだろう。

 しかし、それでもGⅠに出ることはスズパレードの子供の頃の夢だった。それを否定され、スズパレードは目に見えてしおれる。

 

 

「誤解するなよ、パレード。お前もGⅠに出してやる」

 

「え? でもルドルフとは戦わないって……」

 

「よく聞け、パレード、マッハ。お前たちは真逆の武器がある」

 

「武器……ですか~?」

 

 

 小首を傾げるスズマッハに、チーフは頷く。

 

 

「そうだ。パレードの武器は成長が晩成型であること。マッハの武器は早熟型であることだ」

 

「晩成?」

 

「早熟……なるほど~」

 

「マッハはわかったようだな。そうだ、お前は他のウマ娘に比べて本格化が早く、既に本格化の過程にある。つまり同時期の同期と戦っても、身体スペックで勝てる見込みがあるということだ。シンボリルドルフもまた本格化は早そうだが、皐月賞や日本ダービーの時期までならマッハの体が先に完成する」

 

「はい、確かに実感しています~。クラシックでは十分彼女と渡り合えるということですね~。……でも、その後は……」

 

 

 チーフは若干ためらってから、マッハの言葉に小さく頷いた。

 

 

「そうだ。クラシック期後半にもなれば、他のウマ娘の成長が追い付いてくるからそのアドバンテージは失われる。しかも早熟型のウマ娘は、えてして競争寿命が短いことが多い。クラシック後半はGⅡすら手が届かなくなるかもしれん……」

 

「そう、ですか~……」

 

「無論、いくらでも例外はある。それに早熟型でも、完成したスペックが高ければ他のウマ娘に追い付かれないだろう。あくまでも統計上の話だ、そこは気にしすぎるな」

 

「ええ、わかりました~。とはいえ、頭には留めておきますね」

 

「うん。それでパレードだが」

 

 

 不安そうな顔をしているパレードに、チーフは不器用な微笑みを向ける。

 

 

「パレード、自分でわかっているだろうがお前の成長は遅い。本格化はまだまだずっと先のことになるだろう。時には同期のマッハやスールと自分を比べてしまって、落ち込んだり不安になったりするかもしれん。しかし、全然心配することはないんだぞ」

 

「そうだぜぇ~! オレも晩成型で本格化全然来てねえけど、将来まったく心配してねぇからよぉ~! ケ・セラ・セラだ! 毎日を楽しもうぜぇ、イヒヒヒッ!」

 

 

 チーフの言葉を受けて、ちびっ子仲間のギャロップダイナが八重歯を剥いて笑いかける。

 

 

「まあ、ともかくだ。晩成型は競争寿命が長い。シニア期の3年目、4年目と高等部になっても現役で走り続けられるほどだ。来年からスタートするトワイライトシリーズじゃ競争寿命が続く限りいくらでも選手でい続けられるしな」

 

「オレ思うんだけど、それって競争寿命が長いってより、単に本格化する時期が遅いから競争寿命が長くなっちまうだけで、本格化してから競争寿命尽きるまでの長さは同じなんじゃねえかなぁ」

 

「……そういう解釈もあるな。本当は中等部・高等部を問わず本格化が始まった時点でメイクデビューするのが平等なのかもしれんが……。今の規定では中学1年生に全員メイクデビューするのが平等ということになっているんで仕方ないだろう」

 

 

 この不平等はのちにトゥインクルシリーズで是正されることになるが、この時代はまだレースの規則も手探りだった。

 というよりも、この時代こそが近代レース史の黎明期なのだ。翌年にグレード制の導入を迎え、数々のスターウマ娘が生まれ、数多の名勝負が巻き起こり、現代に続くレースの歴史が刻まれていく、その最前線に彼女たちは立っているのだ。

 

 

「ええい、話をまぜっかえすなダイナ。ともかくだ、お前の本格化は遅い。だがそれは悪いことばかりじゃない。お前にとってラッキーな要素がここにある。それが……」

 

「ルドルフとGⅠでぶつからずに済む、ってこと?」

 

「そうだ。これは俺の予想だが……おそらくシンボリルドルフはそのうち海外路線に切り替える。あれはずっと国内で留まるようなタマじゃない。そうだな……シニア期の1年目までだ。そこで有マ記念を勝利して国内に有終の美を飾り、海外に雄飛して大レースに出ようとするんじゃねえかな」

 

「なんでそんなことがわかるんですか~?」

 

「実家がシンボリ家だからだよ。あそこは海外の名誉に憑かれている。シンボリルドルフほどの傑作が生まれたなら、海外に出さないわけがない。しかし国内で名声を稼いでいなければ、話題にならずに終わってしまうだろ? 目立ちたがり屋さんなんだよ。だから国内でシニア期までのGⅠを総舐めにして注目を集めてから、海外の大レースに勝って、『さすがは天下のシンボリ家! 日本一のウマ娘が世界も制した!』って言われたいのさ。だもんで、シニア期1年目までは国内にいると予想したわけだ」

 

「はぁ~……」

 

 

 スズマッハは溜息を吐き、何とも言えない顔でチーフの言葉を反芻した。

 

 

「ちょ、ちょっと想像を超えたスケールの話ですねぇ~。そんな、デビューする前から国内GⅠを総舐めにして、世界で勝つなんて……。ちょっと自信が過ぎるというか、そんな出来すぎの空論を前提に行動する人なんて現実にいますか~……?」

 

「いる。シンボリ家だ」

 

「えぇ……?」

 

 

 断固としたチーフの言葉に、スズマッハは戸惑いの声を上げる。

 いくらシンボリルドルフの走りを間近で観察したからといって、俄かには信じがたい話だった。

 確かにすごい走りだった。デビュー前からあんな走りをできるウマ娘がいるとは思ってもみなかった。しかしいくらなんでもチーフの話はぶっ飛び過ぎてるというか、ちょっと妄想強めというか、正直毒電波でも受信してんのかと疑っている。

 

 

「まあ、シンボリルドルフが途中で下手こいてGⅠをいくつか逃したとしても、アレは必ず海外遠征に乗り出すさ。そうなってからがスズパレードの出番だ。シンボリルドルフがいなくなった国内で、力を蓄えたお前がその真価を示せばいい」

 

「なるほど~! つまり競争人生をレースに喩えれば、私が短距離走者、パレードは長距離走者ということですね~」

 

 

 ポンと手を打ち合わせるスズマッハに、チーフは頷く。

 

 

「うまいことを言うな。つまりそういうことだ。スズパレード、お前の成長の遅さは武器でもあるんだ。それを悲しむんじゃなく、うまく使って戦うことを考えるんだよ」

 

「……うん……」

 

 

 心中でずっと燻っていただろう、自分の成長の遅さという悩み。

 その付き合い方を提示されたにも関わらず、スズパレードはどこか歯切れが悪い。

 

 

「……どうした? まだ何か不安があるのか?」

 

「不安というか……あのね……」

 

 

 スズパレードは言っていいものかと迷っていたが、やがて意を決したように口を開く。

 

 

「あの……ルドルフと戦わずに獲ったGⅠって、本当に意味あるのかなって」

 

「…………」

 

 

 スズパレードの言葉は矛盾している。

 先ほどまでシンボリルドルフと戦うのが怖いと、あれほど怯えていたではないか。

 なのに、いざシンボリルドルフと戦わずにGⅠを獲れる策を提示されたら、そんなことを言い出す。

 

 スズマッハは首を傾げて、いとこに尋ねた。

 

 

「? それのどこが悪いんですか~? ルドルフと戦おうが戦わまいが、GⅠのトロフィーの重みには何の違いもありませんよ~?」

 

「うん……そうなんだけど……。だけど、なんか、納得できなくて……」

 

 

 そんなスズパレードを、カツラギエースとギャロップダイナは左右からがしっと抱きしめるとわしわしと短い髪を撫で始めた。

 

 

「ふわわわわっ……!?」

 

「わかるっ!! わかるぞパレード、その気持ち!! よく言った!!」

 

「やっぱよぉ~、強いヤツをぶっ飛ばしてこそ気持ち良くトロフィーを受け取れるよなぁ~!! いいぜぇ、その気持ち! お前もクレェイジ~だなッ!! マッハは全然足りてねえぞ、もっとおかしくなっていこ~ぜぇ!!」

 

「この先輩たちは~……」

 

 

 戯れる4人の姿に苦笑を浮かべながら、チーフはコーヒーを啜る。

 

 

「……もし本格化が早ければ、シンボリルドルフが国内にいるうちに一戦交えるチャンスがあるかもしれん。そこで一矢報いれたらいいな」

 

 

 それはほんの気休めにしか過ぎない言葉だったが、しかしスズパレードにとって微かな希望にはなった。

 

 

「……で」

 

 

 チーフはさっきから一言もしゃべらないテスコスールに目を向けた。

 暇そうにぼーっとしている彼女は、話を聞いていたのかいないのか。

 

 

「スール、聞いてたか? お前はルドルフの走りをどう思った?」

 

「え、別に何とも思いませんけど……」

 

 

 きょとんとした顔でそんな寝ぼけたことを言う。

 

 

「いや、何とも思わなくはないだろう。すごいなーとかフォームが綺麗だったなーとか、戦うとしたら何に気を付けようとか、あれを見て何かそういう感慨はないのか?」

 

「ないですよ、何も。あんな退屈な走りを見せられて、思うことなんて何ひとつないです」

 

『退屈……!?』

 

 

 ざわっと他の4人のウマ娘たちが声を上げる。

 あれは圧倒的なまでに鬼気迫る脅威であり、ウマ娘なら誰もが自分と戦うときのことを想像して戦慄せざるを得ないものだった。しかしテスコスールは、そんなシンボリルドルフの走りが退屈だという。

 

 チーフは唇の端にうっすらと笑みを浮かべながら、重ねて訊いた。

 

 

「ほう、退屈か。どこらへんが退屈だった?」

 

「むしろあれのどこが面白いんですか? あんな誰かが考えた理想をただ忠実になぞっているだけの走り、何も面白くないです。何の感情も感じられませんでしたよ」

 

「……お前が言うのか?」

 

「? 何がですか?」

 

 

 それまで部屋の隅でにこやかに様子を見ていたサブトレが、笑顔を崩して困ったように頭を掻いた。

 チーフはそんな彼女とわずかに視線を交わしてから、ふふっと笑みを漏らす。

 

 

「まあいい。スール、お前とシンボリルドルフが戦ったらどっちが勝つと思う?」

 

「そうですね……多分シンボリルドルフが勝つんじゃないですか? まあどうでもいいですけど。どうせティアラ路線で戦うことなんてないですし」

 

 

 平然と負けを認め、別段悔しそうな顔もしない。

 そんなテスコスールに、チーフは重ねて訊く。

 

 

「じゃあ、もしテスコガビーとシンボリルドルフが戦ったら、どっちが勝つ?」

 

「姉様に決まってるじゃないですか」

 

 

 真顔に感情のない瞳を浮かべ、テスコスールは断言する。

 

 

「テスコガビーは決して負けません。あんなイキリライオンごときに負ける謂れがありません。必ず勝ちます」

 

『イキリライオン……!?』

 

 

 スズパレードがぶふっと噴き出し、ギャロップダイナが腹を抱えて笑い転げた。カツラギエースも背中を向き、ぷるぷると肩を震わせている。

 

 

「ふ。まあ、多少は快復への見込みありか……」

 

 

 チーフは小さく笑うと、腕を組みながら告げる。

 

 

「よし、ミーティングはこれまで! 本日の練習はこれで終わりだ、各自飯食って宿題してストレッチして寝ろ! 解散!」

 

『ご指導ありがとうございました!』

 

 

 一礼したメンバーたちは、三々五々に分かれて部室を後にしていく。

 

 

「あ、エースはちょっと残れ。日本ダービーに向けての打ち合わせするぞ」

 

「はい! お願いします!」

 

 

 カツラギエースを呼び止めたチーフは、ふと思い出したようにテスコスールに目を留めた。

 

 

「……あとスール。お前、メイクデビューに向けての準備はちゃんと進んでるんだろうな。デビューは9月の予定だが、4か月って結構短いぞ?」

 

 

 さっさと部室を出ていこうとしていたテスコスールは、心外そうな顔をする。

 

 

「もちろん。どんな相手でも勝ちますよ、私。なんなら今からデビューしたっていいです」

 

「莫迦。お前がレースで勝つのは当たり前だろうが。そっちじゃなくてウイニングライブのことだよ、ライブ。お前がセンターだぞ、歌とダンスは大丈夫だな?」

 

「…………」

 

 

 テスコスールはぴたりと固まると、じりじりと眉を下げて上目遣いになった。

 

 

「……あの、どうしても歌わなきゃダメですか? 免除できたりしません? 代役にセンターをやってもらって、私はバックダンサーとか」

 

「できるかアホ」

 

 

 予想通り、といった顔でチーフは溜息を吐いた。

 

 

「あのなぁ、観客はレースだけ見に来てるんじゃねえんだよ。レースとライブを半々で見に来てんの。レースはライブの前座のセンター争いって思ってる客も結構いるんだよ」

 

「ええ……私はアスリートですよ。そういうのはアイドルにやらせればいいのでは?」

 

「ウマ娘はアスリートであると同時にアイドルでもあるんだよ! 自覚しろ!」

 

「……うへぇ。嫌ですねぇ……私はレースだけやってたいのに。レッスンに割く時間でレースの練習できればもっと鍛えられるんですよ?」

 

 

 テスコスールはしおしおと萎れて、ウマ耳をぺたんと頭にくっつけた。

 学園にはアイドルとしてちやほやされたいウマ娘もごまんといる。彼女たちからすれば何を贅沢なことをと憤慨するかもしれない。

 

 

「レースだけじゃ興行収入が足りねえんだよ。お前らが学園で食い放題してる食費やクッソ広いレース場の整備費用、どっから出てると思ってんだ」

 

「ううう~……」

 

「まあ、気持ちはわかるかなあ……。あたしもたくさんの人に注目されるのはちょっぴり苦手だし、あんまりチャラい歌とかダンスは恥ずかしくってさ」

 

「エース先輩っ!」

 

 

 頬を掻き掻きフォローするカツラギエースに、テスコスールは両手を組んでキラキラした瞳を向ける。なんならこのチームに来て過去イチの慕ってますポーズだった。

 

 

「エースは苦手でもしっかり克服してメイクデビューはセンターで歌ったからな。お前もしっかりやれよ、スール」

 

「うううう~……」

 

 

 あ、それととチーフは付け加える。

 

 

「ちゃんと宿題はしてるか? 授業中寝てねえよな? もうすぐ中間考査だろ。赤点だと補習で練習やレース出られなくなるぞ。そうなったら絶対に許さんからな」

 

「…………」

 

 

 びしりと石になったテスコスールに、チーフはますます眉間の皺を深くする。

 

 

「……やってないんだな?」

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ……おかしくないですかこの学校!?」

 

「何がおかしい?」

 

「なんで普通の中学校と同じ授業があるんですか!?」

 

「当たり前だろ、学校だぞここは。中学生が義務教育受けるのは当然だろ」

 

「そうじゃなくて! 毎日体力ギリギリまで練習して、土日はレースに出て、ライブのためにレッスンもして、勉強までしてたら時間足りるわけないですよね!?」

 

「そこはほら、ウマ娘は人間よりも体力があるから……」

 

「欺瞞だッ!!」

 

 

 目を逸らすチーフに、テスコスールは指を突き付ける。

 チーフは彼女の人差し指をつまんで、溜息を吐いた。

 

 

「だからウチじゃ3日に2日しかトレーニングさせてないだろ? 残りの勉強の日は、遅れてる学業の補助やレッスンに割り当てるためにも用意してるんだよ。ちゃんと配慮してあるんだから、しっかりやることをやろう。な?」

 

「ううーん……。正直他のチームがどうやって全部両立させているのかわからないんですが、一応の配慮はされていることは理解しました」

 

「あ、ちなみにこの学園はイベントもやたら豊富だからな。4月は舞踏会のリーニュ・ドロワット、10月には秋祭りの駿大祭が大イベントとしてあって、あと3月のファン感謝祭は全員出席が義務だ。それから12月にはクリスマスパーティー、2月は菓子作り対抗戦、大体毎月なんかのイベントが……」

 

「だからおかしいですって! 時空歪んでるんですかこの学校!?」

 

 

 毎日練習だけして、大体1か月ごとにレースに出ればいいくらいのつもりで入学したテスコスールは眼を剥いた。

 

 

「練習して勉強してレッスンしてレース出てイベントまで付き合ってたら、本気で時間足りないですよ!? それで毎日8時間は寝るのがチームの指導なんですよね!?」

 

「まあイベントは全部出る必要はないからな。年度代表ウマ娘は出席してイベントを盛り上げる義務があるが……それもレースが被れば免除はされる」

 

「でもなんだってこんな……ただでさえ忙しいのにイベントなんて」

 

「そりゃお前……暇だからだよ」

 

「暇!?」

 

 

 眼を剥くテスコスールに、チーフはため息交じりに告げた。

 

 

「あのな、GⅠを最前線でやってる連中はそりゃ忙しいよ。でも、それについてけなかった奴はどうする? 未勝利戦を勝てずにシニアになり、引退を迎える奴なんていくらでもいる。前に言っただろ、競争が終わってもそいつの人生は続くんだよ。そいつらの学園生活を少しでも色付かせるために、イベントは必要なんだ」

 

「…………」

 

 

 テスコスールはぽかんとした顔で、その言葉を聞いていた。

 想像もしていなかったのだ。

 メイクデビューもできなかった生徒たちのことなんて考えたこともなかった。

 誰もがGⅠを走れて当たり前、そんな風に思っていた。

 

 

「あとはまあ、興行だな。ファン感謝祭はもちろん、駿大祭なんかは学外からも観客が来る。いつもはレース場で見ることしかできないウマ娘のオフの姿を見られるイベントは需要がある。少々生臭い話だが、これも学園の運営資金になってる。何事もタダでは回らんというわけだな」

 

「…………」

 

 

 まったく理解の及ばない世界のことを聞かされて、テスコスールは二の句を継げない。走って食べて寝て走る、テスコスールはそんな単純な価値観で生きてきたウマ娘なのだった。

 

 しおしおになったウマ耳を撫でてやりながら、チーフは笑いかける。

 

 

「わかったか? 世の中、お前が知らないことはたくさんある。少しずつできるようになっていかなきゃな」

 

「……私は何でウマ娘に生まれてきたんでしょうか」

 

 

 テスコスールは頭を抱え、深い深い慟哭を放つ。

 

 

「こんな思いをするくらいなら、食べて寝て速く走れさえすれば褒められるだけの生き物に生まれたかった……!!」

 

「……たまにそれ言うウマ娘いるよな……」

 

「あたしはウマ娘に生まれてよかったけどなー。飯うまいし、園芸楽しいし、勝負服かっけーし!」

 

 

 カツラギエースはケラケラと笑いながら、今は自分より低い位置にあるテスコスールの頭を撫でた。

 

 

「ま、あたしに任せろって! 勉強やダンスでわかんないところがあったら教えてやるよ! あたしも成績はそんなだけど、1学年下の勉強くらいなら大丈夫さ!」

 

「うわーん、エース先輩~~!!」

 

 

 ぎゅーっと抱き着いてくるテスコスールの頭を、やっと懐いたと嬉しそうに撫でているカツラギエース。

 上級生に甘えるテスコスールを見ながら、チーフは頬を緩めた。

 

 

(……妹気質だよなあ。やっぱりガビーとは違う)

 

 

 

 こうして、テスコスールはクーデレ妹キャラとして可愛がられることになったのだった。




〇カツラギエース

困難な強敵であるほど燃えるタイプ。

ポルックスが5人姉妹だとしたら長女。
世話焼きで妹たちの面倒を見ることに生き甲斐を感じる。


〇ギャロップダイナ

強敵の横っ面に不意打ちを入れることに執念を燃やすタイプ。

5人姉妹なら次女。
年下の子たちをからかって遊びつつ、面倒もちゃんとみる。


〇スズマッハ

誰に勝ったかではなく、どの賞を勝ったかが大事なタイプ。
ルドルフ個人にはあんまり興味がない。

5人姉妹なら三女。
一人で何でもこなせる手がかからない子だけど、お姉ちゃんはちょっと寂しい。


〇テスコスール

テスコガビーの足跡を追いかけることだけに夢中なタイプ。
それはそれとしてガビーは最強だと思っている。

5人姉妹なら四女。
走ること以外は何もできないけど、お姉ちゃんからは愛される。


〇スズパレード

未知数の自分の実力を不安がりながらも、強敵に勝つことも諦められないタイプ。

5人姉妹なら末っ子。
天然の甘え上手で姉たち全員から可愛がられる。
毎晩スールの布団に潜り込んでも追い出されない程度に。
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