偽・ウマ娘ZERO ~不滅の桜~   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第13話「皐月賞1983 雨中の鬼脚」

 話は2週間前に遡る。

 テスコスールたちがチーム・ポルックスに加入してから1週間が経った週末のこと。

 今年もレース界隈を賑わす最大の戦いが幕を開けようとしていた。

 

 皐月賞。

 

 中山レース場・芝2000メートルで争われる、中央のクラシック戦線の第1戦。クラシック路線を選んだウマ娘たちが最初に挑むことになる、天下の大レースである。

 挑戦できるのは一生にただ一度だけ、クラシック期のただ1回のみ。挑戦するだけでも並みならぬ実績を示さなければならない大舞台に、今年も20人の若きウマ娘(乙女たち)が臨む。

 

 チーム・ポルックスに所属するカツラギエースも挑戦者たちの一人であった。

 

 

 チーフはこの日、観客席の最前列で応援に訪れていた。

 見学と応援を兼ねて、チームに所属する4人のウマ娘たちも一緒だ。

 カツラギエースと出会ってまだ1週間しか経っていない新入生たちには彼女への思い入れもなく、あまり声援には期待できないが……。こうした思い出の積み重ねが、チームの結束になっていくだろうとチーフは思っている。

 

 

「大分雨脚が強くなってきたね」

 

「ああ」

 

 

 横に並んだ傘を差したサブトレに話しかけられ、チーフは頷いた。

 

 

「……これはあまり良くないな」

 

「滑って怪我しやすいからってこと?」

 

 

 小首を傾げて尋ねるスズパレードに、スズマッハはくすっと笑う。

 

 

「雨が降って芝が濡れると、滑りやすくなりますよね~。そうなると地面を蹴って走るときにもっと力が必要になるんですよ~。パレードも経験がありますよね~?」

 

「もちろん、そんなことわかってるもん!」

 

「そうだなぁ。バ場が重いと走るのにパワーが必要になるからよぉ。で、エースの奴はあんまパワーがねぇのよ。どちらかといえば快速で逃げ切るのが得意なウマ娘なんだよな~、あいつは。それにエース以外にも先行逃げが得意な奴が出てるんだよ、ほらあいつ」

 

 

 ギャロップダイナが指差したのは、ゲートインを前にストレッチをしている白い勝負服のウマ娘だった。礼装用の軍服を模したかのようなデザインをしており、豪奢な金色の肩飾りと金の鎖が取り付けられている。襟や裾には緑と黄色がアクセントとしてあしらわれており、さながら軍務に就いている西欧の若き皇太子といった雰囲気を漂わせていた。

 

 

「あいつニホンピロウイナーってんだけど、マイルだとクレイジーに強いんだよなぁ。まあ、マイル以外だとふっつーだし重バ場もすげー苦手なんだけどよぉ」

 

「でも今日は中距離だし、雨も降ってるから脅威にはならなさそうですね~」

 

 

 そんな教え子たちのやり取りに小さく笑顔を浮かべてから、チーフはテスコスールに声を掛けた。

 

 

「スールが見て、気になる子はいるか?」

 

「あの人……」

 

 

 テスコスールが指差したのは、この雨の中で両手を広げ、気持ちよさそうに天然のシャワーを満喫している少女だった。

 右半身だけのジャケットに緑色の小さな上着で胸を隠しただけという、この時代の基準ではほとんど裸のような露出度の高い恰好。ボトムはこの時代流行っていたパンタロンに大きくスリットを開け、ハイヒールを履いている。頭にはちょこんと小さな白いハットを載せた、男装ともフェミニンとも言い難い奇抜な勝負服。

 その出で立ちを一言で表現するなら『自由』。

 

 勝負服はこうでなくてはいけないという固定観念から解き放たれ。

 極力肌面積を広げ、自分の肉体を縛る服という枷を振り払い。

 ただひたすらに天衣無縫を突き詰めたかのような、自由闊達ぶりを全身で表現している少女だった。

 

 

「……す、すごい恰好してるねあの先輩!?」

 

「ち、痴女でしょうか~……!?」

 

 

 スズスズコンビが彼女の勝負服に顔を赤らめている横で、テスコスールはじっとその少女を見つめていた。

 

 

「……すごく気になります。何をしてくるかわからない。見ていると頭の中で危険信号が鳴り響くような……」

 

「おっ、お目が高いなぁスールよぉ! あいつはミスターシービー。オレたち83年組の中でとびっきりのクレェイジーな女だ! そして同時に、オレとエースにとって打ち倒すべき壁でもある」

 

「ここまでの戦績は5戦4勝。83年組の中でも最優秀の成績ね」

 

 

 サブトレがメモ帳を読み上げているのを聞きながら、チーフはうむと頷く。

 

 

「皐月賞は『最も速いウマ娘が勝つ』と言われている。これはスピードが速いということはもちろんだが、成長が早いという意味もある。この時期だと、まだ本格化が始まっていないウマ娘も多い。その中で早熟な者ほど、有利に戦えるということだ。その観点で言うと……ミスターシービーは白眉だろう。スピードも、早熟さも申し分ない」

 

 

 チーフはそこで小さく溜息を吐いた。

 

 

「……対して、エースは成長が遅い。あいつはまだ本格化が始まってないからな。正直なところ、勝つのは厳しいかもしれん」

 

 

 その背中をバシーン!と叩かれ、チーフはんぎっ!?と白目を剥く。

 ギャロップダイナは右拳を握りしめ、少し怒ったように叫んだ。

 

 

「何言ってんだよぉ、チーフ! アンタがエースの勝利を信じなくて、誰が信じるってんだ! ……チーフ? あれ? ごめん、やりすぎたかも……」

 

 

 悶絶して崩れ落ちるチーフの姿に、ギャロップダイナがはわわわとうろたえていた。

 ウマ娘の怪力で人間をぶん殴ってはいけない。

 

 サブトレは呆れたように肩を竦めると、スズパレードに目を向ける。

 北海道の田舎で育った彼女はこれほどの規模のレース場も、こんなにも多くの人間が密集する空間も初めてで、最初は飛び交う人の声に耳を伏せて怯えていたがようやく慣れてきたようだ。

 

 

「スズパレードちゃんはどう思う?」

 

「エース先輩がすっごくカッコいい!!」

 

 

 青いワンピースの上から真っ黒な学ランを羽織り、黒い半ズボンにスポーツシューズを履いたカツラギエースは、パンパンと自分の顔を叩いて気合を入れているところだった。

 胸元が少し開いた愛らしいワンピースの上からバンカラな学ランを着込んだ姿は、芯にある乙女らしさを荒っぽい言動で包み隠して困難に立ち向かう、彼女を体現するかのような出で立ちだ。学ランの裏には龍が描かれており、鯉が滝を登るという困難を突破して龍となり天に昇るという故事を思い起こさせた。

 

 

「今日出走する中で、エース先輩が一番カッコいいと思う!」

 

「ふふっ。そうね! 一緒に応援しましょ!」

 

「うんっ!! エース先輩、頑張れ~!!」

 

 

 残念ながら距離と雑音のせいでウマ娘の耳をもってしてもカツラギエースには聴こえていないようだったが、しかし後輩が何かを叫んでいるのは見て取れたのだろう。カツラギエースはグッと力こぶを作る仕草をして、スズパレードに笑いかけた。

 

 

 

 

「おや、後輩が応援に来てくれたの?」

 

「ああ。これが可愛くってさ」

 

 

 背後から掛けられた声にカツラギエースが振り向けば、そこにはずぶ濡れになったミスターシービーが爽やかな笑顔を浮かべていた。

 

 

「水浴びはもういいのか?」

 

「うん、もう十分堪能した。どうせこの後も、思いっきり濡れることになるしね」

 

「まったく……アンタはおかしな奴だよ。おろしたての勝負服が泥だらけになるってのに、嫌がるどころか嬉々として雨を浴びてるんだからさ。風邪ひいちまうぞ?」

 

「『雨の中、傘を差さずに踊る人間がいてもいい。自由とは、そういうことだ』って言うじゃない? アタシ、あの言葉好きなんだ。風邪をひいたとしても、自分が責任をとるってところまで含めてね」

 

 

 何がおかしいのか、ミスターシービーは細い人差し指を唇に添えてクスクスと笑う。

 

 かつて皐月賞を含むいくつもの八大競争を制し、“天馬”とまで称された偉大なる競技者、トウショウボーイ。幼少期からその教えを受けた愛弟子であるミスターシービーは、その系譜と才能を受け継ぎながらも83年組の中でも最大の奇人だった。

 

 彼女の武器は恐ろしいまでの末脚と予想もつかない戦術。

 そんなミスターシービーが出るレースは、必ずといっていいほど荒れる。

 大波乱に次ぐ大波乱を巻き起こし、そして最後には輝かしく勝利する。

 まるでその頭に被ったシルクハットよろしく、奇術のようなレースを魅せる希代のエンターテイナー。それがミスターシービーというウマ娘だ。

 

 レースぶりだけでなく私生活でも自由気ままな彼女はとにかく団体行動に向いておらず、クラスの中でも割と浮きがちなのだが、どういうわけかカツラギエースとはとても仲がいい。

 カツラギエースが見た目に反してとても世話好きで、細かいことに頓着しないミスターシービーを見かねてあれこれと世話しているのと無関係ではないだろう。

 

 だが、今日という日に限っては、一歩だって譲れないライバルだ。

 

 

「それではゲートインお願いします!」

 

 

 係員の声に、ミスターシービーは肩を竦める。

 

 

「時間だ。……嫌いなんだよねえ、ゲート。でも楽しいレースのためなら仕方ないか」

 

 

 そう言って、ミスターシービーは爽やかに笑う。まるで春の雨中に不意に現れた、真っ白な羽根を持つ妖精のように。

 

 

「楽しいレースになるといいね、カツラギエース」

 

「ああ。悪いけど、あたしは負けるつもりはないぜ!」

 

 

 

=========

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==

 

 

 

『各ウマ娘、ゲートイン整いました。さあ、スタート!』

 

『1番人気のミスターシービー、いいスタートを切りました。他の19人も好スタートを切っています』

 

 

 ゲートが苦手なミスターシービーだが、今回のレースでは遅れることなく他のウマ娘と一緒にゲートを飛び出した。

 カツラギエースは初手から先頭を目指し、駆けあがっていく。そして……。

 

 

『トップを征くのはやはりこの娘、ニホンピロウイナー。続いてカツトップメーカー。インコースを通りまして、カツラギエースも3番手と早めに行きました』

 

 

「3番手か……。チーフよぉ、どうなんだこれ?」

 

「いや、悪くない。こんな雨の中で大逃げなんて打っちゃいけない。ちゃんと自分のスタミナやパワーと相談できているな。だが、それより気になるのは……」

 

 

 チーフは水滴の付いた眼鏡をギラリと光らせ、後方集団に目を向けた。

 

 

『ミスターシービーは後方に控えました。いつも通り後方からチャンスを窺う流れか!』

 

 場内に、溜息のような嘆きが満ちた。

 

 

「え? どういうこと? なんでみんな残念そうなの?」

 

「20人立てで中山を走ると、大渋滞になっちゃうのよ。これまでミスターシービーさんは後方から一気に追い上げる作戦で勝ってきたけど、この人数だとさすがに道が細すぎる。だからみんな中団で控えることを期待していたみたいね」

 

 

 スズパレードへのサブトレの解説を聞きながら、チーフは小さく頷く。

 

 

「そうだな。だが、あの子は好スタートを切っておいて自ら後方に下がった。無策とは思えん、ここから無理を通す自信があるのか……!」

 

「……状況に曲がらず、自分のレースを貫くということですか……」

 

「あっ!?」

 

 

『ミスターシービーは第1コーナーを後方から4人目の位置で回って……!? おっとここで後方のウマ娘たちが内側に殺到! ミスターシービー、囲まれてしまった!!』

 

 

 ああーーーーーーっ……と悲鳴にも似たざわめきが場内を飛び交う。

 状況はミスターシービーにとって最悪だった。

 差しや追込を戦術にとるウマ娘にとって一番まずいのは、他のウマ娘にブロックされて前に出られなくなってしまうことだ。こうなるとどれだけ鋭い末脚を持っていたとしても、勝ち筋がなくなってしまう。

 

 

『ミスターシービーは第1コーナーを内から外へ曲がろうとしているが、はたして抜け出せるのか!?』

 

 

 他のウマ娘たちも意図して斜行して彼女の道を塞いだわけではないだろうが、それにしてもひどい状況だった。ここで敗北を受け入れたとしても、なんらおかしくない。

 ここでミスターシービーは終わった……! 場内の誰もがそう考えた。

 

 

『さあ第1コーナーを曲がりまして、先頭はカツトップメーカーに変わりました。2番手はカツラギエース! カツラギエースここにいます! 3番手を行くのはニホンピロウイナーです。ミスターシービーは依然として後方から4番目。先頭から10バ身離れた間隔の中、ミスターシービーはまだ後方におります。これはもう絶望的か……!?』

 

 

 

===

 

 

 

(行けるか!?)

 

 

 向こう正面(観客席から見て楕円形の反対側にある、第二コーナーから第三コーナーへの直線のこと)を進むカツラギエースは、併走するウマ娘たちをギリギリと奥歯を噛みしめながら睨み付けた。

 同じく先団を進むのはカツトップメーカーとニホンピロウイナー。しかしカツトップメーカーは徐々に垂れて、ずるずると後ろに下がり始めた。もう一人はマイルの若き強豪・ニホンピロウイナーだが、やはり中距離ではスタミナが足りないのか息を荒げ始めている。

 

 ――行ける! このまま逃げ切れば勝てるぞ!

 額を流れる汗とも雨粒ともつかない雫を学ランの袖で拭って大きく腕を振ると、びしゃりと音を立てて水しぶきが跳ねる。まるでその背に鞭でも入れられたかのように、カツラギエースは闘魂を振り絞って自分の脚のギアを高める!

 

 第三コーナーは目の前だ。ここから第四コーナーを抜け、最後の直線までスタミナの続く限りノンストップで駆け抜けろ!!

 

 

「うおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

『第三コーナーを前にして、カツラギエースがトップに躍り出た! 先頭はカツラギエースだ! しかし、』

 

 

 その時、カツラギエースは異変に気が付いた。

 

 観客席の視線が自分に向いているのを感じない。

 彼らの視線は、後方に……。それも自分のすぐ後ろに向けられていた。

 

 

『バ群を割って、ミスターシービーが上がってきたああああ!!』

 

 

 

====

 

 

 

「う、嘘……!? あの閉じた隙間を縫って!?」

 

 

 観客席のスズパレードがごくりと唾を飲み込む。

 チーフは首を横に振ると、眼鏡を光らせながら彼女の言葉を否定する。

 

 

「いや……あれはかなりのラフプレイだぞ。前方のウマ娘に臆さずに突っ込んでいった。ほぼほぼタックルに近い荒っぽい走りだが、しかし道は開けた。みんなシービーを恐れて左右に避けている!」

 

 

『まるでモーゼが海を割るがごとく、ミスターシービーが真正面からバ群を割って登ってきた!! 自由闊達、天衣無縫! ミスターシービーを縛ることは誰にもできないのか!?』

 

 

 

====

 

 

 

「やあ、エース! 待たせたね!」

 

「ミスター……シービー!!」

 

 

 第3コーナー直前で背後まで追い付き、第4コーナーで並び、ミスターシービーは爽やかな笑顔でカツラギエースに笑いかける。

 

 カツラギエースはぎりっと奥歯を噛みしめながら、苦悶に満ちた表情を浮かべた。

 

 ああ、ちくしょう。こっちはこんなにも息絶え絶えなのに。一歩踏み出すだけでも苦しくなっちまってるのに。お前ときたら、そんな爽やかな笑顔で嬉しそうに声を掛けてきやがって。

 下ろしたての真っ白な衣装を黒く汚して、前のウマ娘が跳ね上げた泥が顔に付いて今にも眼に入りそうで、汗なのか雨なのかわからないくらい額はドロドロで。

 そんな有様なのに、爽やかに笑いやがって。本当に楽しそうに、嬉しそうに、まるで雨の妖精みたいにキラキラと雫を滴らせて走りやがって。

 

 

『さあ最終直線、ミスターシービーが飛び出てきた! ミスターシービーが出てきた! ミスターシービーがカツラギエースを交わして、先頭に立った!!』

 

 

 こっちはもうまるで脚が動かねえ。まるで棒になったみたいに、力が抜けていく。

 ああ、ダメだ。

 

 ミスターシービーの背中が、みるみる遠くなっていく。

 

 

『どんどん距離が広がる!! ミスターシービー、凄まじい末脚だ!! カツラギエースは後方に垂れていく! その差2バ身から3バ身っ!!』

 

 

 どんどん他のウマ娘が追い付いてきやがった。

 ああ、もう他の娘でシービーの背中が見えなくなる。

 ちくしょう。

 

 

 カツラギエースはじりじりと後方へと抜かされていきながら、小さく呟いた。

 

 

「お前は本当にカッコいいよ、シービー」

 

 

『メジロモンスニーが並びかけてくる! だが届かない、ミスターシービーが出る! ミスターシービー出る、ミスターシービー出る、ミスターシービーが今ゴールイン! ミスターシービー優勝ッ!!』

 

 

 

====

 

 

 

 カツラギエース11着。

 

 途中まで先頭で引っ張ったものの、第4コーナーでガス欠を起こしてしまい、結果としては惨敗だった。

 

 

「あはは……負けちまった」

 

 

 ウイニングライブも終わり、レース後に続いて二度目のシャワーを浴びたカツラギエースは、出迎えたチームメイトたちに向けて気まずそうな笑顔を浮かべた。

 

 仕上がり具合からいえば、負けて当然のレースではあった。

 それでも途中までは健闘できたし、目立ってもいた。あと少しスタミナをつけることができていたら、掲示板に入ることもできたかもしれない。

 

 

 チーフはつかつかとカツラギエースに歩み寄ると、その髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。

 

 

「ぶわっ!? ちょ、ちょっとチーフ!? せっかくセットしたのに……」

 

「そんな顔で笑うな。お前に愛想笑いなんて似合わねえんだよ」

 

 

 負けて当然の試合だった。それなりの善戦もできた。

 

 でもだからって。

 悔しくないわけあるかよ。

 

 

 チーフはカツラギエースの両肩を掴み、腰をかがめてその瞳を覗き込む。

 

 

「エース。お前が言うべき言葉は『次は勝つ』だ。そうだろう!?」

 

「……ああ!!」

 

 

 一瞬じわっと瞳に浮かんだ雫を堪えて、カツラギエースは奥歯を噛みしめ、晴れやかな笑顔を浮かべた。

 同じ作り笑顔なら、地面じゃなくて天に向かって吠えてやれ。

 

 

「次は、日本ダービーじゃ、あたしが勝つッ!!」

 

「よしッッ!!」

 

 

 彼女の表情を見て、サブトレやチームメンバーたちもまた笑顔を浮かべる。

 

 ギャロップダイナは、これでこそ相棒だと不敵に笑う。

 スズパレードとスズマッハは、自分たちのリーダーは、どんなに苦しくたって前を向いて、負けるたびに強くなれるウマ娘なのだと知った。

 

 そしてテスコスールは……。

 

 

「カツラギエース先輩。言いたいことがあります」

 

「ん。どうした、スール?」

 

「今日のレースのことです」

 

 

 テスコスールは、自分の胸に手を置いて言葉を続けた。

 

 

「1着を獲ったミスターシービーさんですが、彼女の走りに私は強い感銘を受けました。なんて面白い走りをする人なんだろうと」

 

『おい』

 

 

 テスコスールの発言に、カツラギエース以外の全員がツッコんだ。

 さっきまで負けて落ち込んでいた奴の前で、負かした相手を褒める奴がいるか。

 

 

「あまりにも自由で、楽しそうで、常識にも困難にも縛られない走り。あんなに面白い走りをする人を見たのは、姉様に続いて人生で2人目です」

 

「ああ。そうだろ? あいつは、シービーは本当にスッゲえ奴なんだよ。まるでターフを吹き抜ける風のようにさ。誰よりも自由で、誰よりも速いんだ」

 

 

 だがカツラギエースだけは深く頷き、テスコスールの言葉に同意する。

 何ならどこか嬉しそうですらあった。

 彼女こそがこの場の誰よりも、ミスターシービーの強火のファンなのだ。

 そして、カツラギエースは強く拳を握りしめる。

 

 

「だからこそ、越え甲斐があるってもんだ!」

 

「はい」

 

 

 テスコスールは小さく頷いてから、もじもじと視線をさまよわせた。

 

 

「でも、その……カツラギエース先輩も悪くない、と思います。貴方の走りも、かなり面白いというか……私は、その」

 

 

 喋りながらどんどんその頬が赤くなっていく。

 無表情なように見えて、実は頭の中はパニックになっていた。

 とりあえず口にしてはみたが、先輩に向かって言うにはあまりにも失礼なんじゃないかと気づいて、でもやっぱり途中でやめるのも余計失礼ではと迷い。

 結局テスコスールは、言いたいことだけ言った。

 

 

「貴方の走りが好きになりました! それだけです!」

 

「…………」

 

 

 カツラギエースはじわじわと満面の笑みを浮かべると、やおらテスコスールにぎゅーっと抱き着いた。

 

 

「ああもう可愛いなあ! この先輩殺しめ!!」

 

「ちょ、やめ、やめてください! カツラギエース先輩、人が見てますよ!」

 

「いいよそんなの! 水臭いじゃねえか、エース先輩って呼んでくれよな!」

 

「おお? ずるいぞエース! じゃあオレはダイナ先輩かギャロップ先輩な!」

 

 

 ギャロップダイナと一緒に左右からテスコスールを挟んでぎゃいぎゃいと賑やかにしているカツラギエースの顔を見て、チーフは温かい笑みを浮かべた。

 負け戦の直後とはとても思えない、楽しそうな笑顔。

 

 

「……俺のチームに集まったのが、こいつらでよかった」

 

「ふふっ、そうねえ」

 

 

 日本ダービーも、カツラギエースにとっては厳しい戦いになるだろう。

 大きなレースでの負け戦が続いて申し訳ないが、この子たちならきっと敗北を超えて強くなれるはずだ。

 

 いざ、日本ダービーへ。




初のレース回、いかがだったでしょうか。
手に汗握る熱戦が再現できていればいいのですが……。

ちなみにシービーがタックル同然に道を開けたり、他のウマ娘がシービーの前に斜行したりしてますが、この時代はどっちも明確な罰則規定がないです。
一応タックルの方は別のレースで問題になったりはしましたが。
かなりのラフプレイも許される、まだまだルールも黎明期の時代でした。


アプリ版のウマ娘はへーきで斜行しまくってる? せやな。

なおリアルの競馬に詳しくない人向けに簡単に解説すると、斜行というのは馬が斜めに走ることです。これで他の馬の進行妨害すると反則行為になります。
今回の場合はカーブでどのウマ娘も内側に行こうと一斉に斜行した結果、元から内側にいたシービーが閉じ込められてしまったということですね。
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