偽・ウマ娘ZERO ~不滅の桜~ 作:風見ひなた(TS団大首領)
皐月賞で一度は
チーム・ポルックスの仲間たちは彼女の健闘を称えたが、しかし世間の評価は冷たいものだった。
先頭に立ったと言っても所詮は逃げウマ娘が後先考えていなかっただけ。
日本ダービーの優先出走権を得るためにトライアル競争となるNHK杯へと駒を進めたカツラギエースだが、その評価は9番人気にとどまっていた。
なお、当時のNHK杯は現在のNHKマイルカップの前身ではあるが、東京・芝2000メートルの中距離レースである。まだグレード制は導入されていないが、翌年からはGⅡ扱いになる重賞で、これも八大競争には及ばずとも相当な大レースだ。
そんな大レースだからこそ余計に周囲の目は厳しく、ド田舎から出てきて分不相応にも天下の皐月賞で無様を晒した身の程知らずと見くびる者も多かった。
「ここはアンタみたいなのが出ていいレースじゃないの。忠告してあげるわ、また無様な負け方をする前に出走辞退した方がいいわよ?」
中には面と向かってそんな挑発をするウマ娘もいるくらいだった。
「は?」
レース場に着いて早々に出くわした出走者からの暴言。
これに青筋を立てたのは、カツラギエースではなくギャロップダイナとテスコスールだった。
テメエふざけんなぶっとばすぜぇぶっとばした!貴女にエース先輩に何がわかるんですか!と今にも食って掛かりそうな2人を制して、カツラギエースはただじろりと相手のウマ娘を睨み付けた。
その無言の圧に怯んだウマ娘は、居心地悪そうにそそくさと退散していく。
言われっぱなしで終わったことに不服そうなギャロップダイナとテスコスールの頭をがしがしと撫でて、チーフはカツラギエースに訊いた。
「エース。わかってるな?」
「ああ」
カツラギエースはぱんっと右拳と左の掌を打ち鳴らし、ニッと笑う。
その瞳に宿るのは、蒼い闘志の焔。
「見てろよ、ダイナ、スール。あたしの背中をさ」
あの挑発したウマ娘の不運は、彼女が無知だったことだ。
彼女はカツラギエースというウマ娘を知らなかった。
カツラギエースは逆境に立たされるほど、周囲から見くびられるほど、闘志を燃やして強くなるウマ娘だなんて、思ってもみなかった。
彼女のしたことは、出走前のカツラギエースの闘争心にわざわざ油を注いでしまったに等しかったのだ。
その勝敗の結果など、言わずとも知れていた。
カツラギエースに暴言を吐いたウマ娘は、ゴールに着くなりへなへなとその場に崩れ落ちた。地面から見上げるその瞳に映るのは、1着をもぎ取ったカツラギエースの背中。
自分の可能性を探るために、あえて得意の逃げを封印して差しで挑んだレース。そこから見せた驚異的な末脚は、2着に1バ身と3/4の着差をつけての完勝をもたらした。
カツラギエースは逃げしか能のないウマ娘でも、決して弱いウマ娘でもない。
逃げもできるウマ娘であり、あのミスターシービーと同じ土俵に立って勝ち負けができる強豪なのだ。
観客席に背を向けて、カツラギエースは独りごちた。
「見てたか?」
観客席からは雨あられのように祝福の歓声が降り注ぐ。その中にはもちろん、ギャロップダイナとテスコスールのものもあった。
カツラギエース、重賞初勝利!
それはチーム・ポルックスにとっての初重賞でもあった。
その日はみんなでバーベキューを囲み、どんちゃん騒いで大はしゃぎしながら、チームに初の重賞勝利をもたらした功労者を労った。
それはいつもみんなに気配りしてくれる大好きなエース先輩の戦果を讃えてのことだけではない。
これまで机上の空論、西洋かぶれのインチキ科学と蔑まれ、冷や飯を食わされてきたチーフの理論が正しかったと証明されたということでもあったのだから。
ギャロップダイナはこいつが反撃の狼煙だ、ここからみんなをあっと言わせてやろうぜと吠え、スズパレードは大好きな先輩の勝利を無邪気に喜び、スズマッハはこのチームに身を寄せた自分の判断が間違っていなかったことに胸を撫でおろした。
しかしテスコスールは、みんなの喜びようを不思議そうに見ていた。エース先輩が勝ったこと自体は嬉しいですけど、喜びすぎでは? まだ前哨戦を勝っただけ。シービーさんに勝ったならまだしも、今日の出走者くらいなら勝って当然なのに。
テスコスールの基準は8年前の桜花賞の日からぶっ壊れていたが、手放しで喜んでいないのはカツラギエースも、2人のトレーナーも同じだった。
彼らの瞳は、来たるべき本番に向けられていた。
日本ダービー。クラシックの2戦目で、ミスターシービーと再び冠を争うのだ。
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『皐月賞は最も速いウマ娘が勝つ』という。
では日本ダービーで強いウマ娘の条件とは何か?
それは『ダービーは最も運がいいウマ娘が勝つ』だ。
この格言の意味を説明する前に、この時代と現代の日本ダービーでは“出走するウマ娘の数”が違うということを知っておく必要がある。
2023年の日本ダービーの出走数は、競争中止を含めて18人。
しかし1983年の出走数は21人と、3人多いのである。一番多いときには最大28人が走る大レースだった。
人数が多いとどうなるかというと、「ポジショニングによる不利がデカくなる」というハンデが生まれてしまう。要するに大外の番号を引いてしまうほど長い距離を走らなくてはならなくなるということだ。
どの位置でスタートできるかの抽選の時点で、既に勝負は始まっている。
そしてカツラギエースは7番。ミスターシービーは12番。
エースはやや有利、ミスターシービーは可もなく不可もなくといったところで、ゲート前で2人はお互いに顔を見合わせて笑った。
「安心したぜ。これがあたしが1番を引いてたら、勝ってもポジションのせいになるとこだった」
「そうだね。これくらいの番号の方が、アタシも心置きなく楽しめそう」
「……今日はあたしが勝つぜ、シービー」
「ふふ。いいね、キミの勝利への執念。どこまでも逃げたくなっちゃう。……おっと、逃げるのはキミの本領かな?」
闘志に滾る視線を突き付けるカツラギエースに対して、どこか捉えどころなく飄々としたミスターシービー。しかしまるで相手にしていないのかといえばそうではない。
彼女は誰よりも『自由』を愛するウマ娘だ。しかし『自由』を味わうためには、その前に『障害』がなくてはいけない。
そう、彼女が先頭に立ってどこまでも続く自由の喜びを満喫するためには、彼女の先頭をどこまでも阻もうとする好敵手が必要なのだ。その熱意が熱ければ熱いほど、ミスターシービーはそれを振り切って逃げる『自由』に夢中になれる。
熱いライバル意識を燃やすカツラギエースは、ミスターシービーにとって最高の障害と言えた。そういう意味でカツラギエースは、ミスターシービーの走りに不可欠の存在なのだ。
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「エースは3番人気か」
「やったね! もうエース先輩も立派なスターだよ!」
観客席で出走者の情報を改めて確かめていたチーフの呟きに、スズパレードがはしゃいだ声を上げる。
NHK杯では軽く見られていたカツラギエースだが、今となってはもはや彼女の実力を甘く見るものはいない。
今日の1番人気は皐月賞の王者ミスターシービー。2番人気は皐月賞で2着だったメジロモンスニー、そして3番人気にカツラギエース。スズパレードの言う通り、カツラギエースも立派な注目株と言えた。
「……あんま良くねぇかもしれねえなぁ。エースもオレも周囲から見くびられてるほどなにくそって燃えるタイプだしよぉ」
「先輩方は根っからの穴ウマ気質なんですね~……」
「それに、注目されてると色々とやりにくいぜぇ? それだけマークも厳しくなるし、穴ウマ扱いされてた方が走るのは楽だろうなぁ」
ギャロップダイナとスズマッハのやりとりに、チーフはうむと頷く。
「とはいえ、枠番も内寄りだし、皐月賞と違って雨でもない。曇り空ではあるが、芝状態も良さそうだ。エースにとっては絶好の条件と言える」
「今回もエース先輩は逃げ路線ですか?」
「いや、今回は差しでいく。せっかくNHK杯で逃げ以外の可能性を見いだせたんだ。どこまで実戦で通用するか確かめてみようと思ってな。それに、ダービーは距離2400。皐月賞やNHK杯の2000よりも長い、エースにとっては未知の距離となる。果たしてこの距離でエースの逃げが通じるかは未知数だからな」
「つまり、先輩のスタミナが持つか心配ということでしょうか~?」
「まあそういうこった」
スズパレードの言葉に頷くチーフ。
前にも述べたが、一般的には逃げの方が差しよりもスタミナを消耗するものだ。加えて、カツラギエースは実戦で2400メートルを走るのは初めて。この状況で逃げを打つのは無茶が過ぎる。
ざっくり言えば、2000メートルの皐月賞でもガス欠で垂れてた奴が、2400メートルの日本ダービーで逃げきれるわけないだろって話である。
そんなわけで今回は差しで走った方がいいだろうと、チーフは判断していた。
「でもシービーさんの末脚の鋭さは皐月賞で見た通りですが……。今回、エース先輩も差しということは、最終直線であの末脚と真っ向から競い合うことになります。果たして付け焼刃の末脚で、シービーさんに通じるでしょうか?」
「……そこなんだよなあ」
スールの指摘にチーフは小さく溜息を吐いた。
果たして自分の持ち味の逃げを貫くか、新しい技を使って差しでシービーに張り合うか。皐月賞から一か月経ってエースも少しはスタミナがついただろうし、もしかしたらこれまで通りの逃げの方が勝算はあるかもしれない。
それについては、エースともよくよく話し合った。
そしてエースは選んだ。
「一度シービーと真っ向から勝負してみたい! 差しでやらせてくれないか、チーフ」
選択肢はチーフが用意したが、選択は彼女自身がした。
どんな結果になったとしても、それを受け入れよう。
……誰にも言えないことだが、チーフは日本ダービーではミスターシービーに勝てないと見ている。
カツラギエースはまだ未熟なのだ。本格化が来ていない。
今のエースにとって大事なのは、勝つことではなく敗戦から何を得られるのかなのだ。
万が一にもここで挫けて折れてもらっては困る。彼女をこれからどうフォローすべきか。
現在チーフが考えているのはその一点だった。
「大丈夫。エースは強い子だから、頑張れるよ」
サブトレがチーフの顔を見て、にこっと微笑む。
「……ああ。そうだな」
途端に、チーフの肩が軽くなる。
心の中で彼女に礼を言いつつ、今は応援に徹しようとチーフはターフへと目を向けた。
ファンファーレが鳴り響く。
決戦の時は来た。