偽・ウマ娘ZERO ~不滅の桜~   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第15話「日本ダービー1983 自由への逃亡者」

『今年も新進気鋭の若きウマ娘たちが集まった日本ダービー。果たしてクラシックの花形となるのはどのウマ娘なのか? 詰めかけた12万人のファンの前で、今レーススタートです!』

 

『ゲートが開いて、スタートが切られました! ミスターシービーは……出遅れた!?』

 

 

 開幕早々、場内にざわっとしたどよめきが満ちる。

 

 

「シービーさんが出遅れたよ! これはワンチャンあるんじゃ……」

 

「いや。ミスターシービーのゲート難は有名な話だ。それに追込を得意とするウマ娘だから、序盤の少しくらいの出遅れは気にしていないのかもしれん。だが、しかし……」

 

 

 スズパレードの希望的観測を退け、チーフは冷静に眼鏡を光らせてバ群を見つめた。

 

 

『ミスターシービー、後方へと下がっていきます。現在ミスターシービーは最後尾! 果たして一番最後から前の20人を抜くことができるのか!? 先頭はイズミサンライズ、内目を通りましてシャダイソフィア、3番手はニシノスキー、この3人が先頭を争っております』

 

 

「しかし、って何ですか~チーフ。何か気になることが~?」

 

「“ダービーポジション”という言葉がある。第1コーナーを曲がるときには、10番手以内についていなければ勝てないと言われているんだ。何しろ20人を超える出走者がいるから、序盤からリードを保っていなければバ群に呑み込まれて勝てなくなるぞという理屈だな」

 

「……あ、ほんとだ。エース先輩はきっかり10番目をキープしてる!」

 

 

 スズパレードの指差す通り、中団に収まったカツラギエースはしっかり10番目の位置で第1コーナーを曲がろうとしていた。

 

 正直言って、実際にレースを走っているときは自分の前に何人いるのかを判断するのは困難だ。何しろ目の前にウマ娘がいれば、その背中に隠れて前を見通せなくなってしまう。特にこんな多人数でのレースとなればなおさらで、自分がどこにいるのかは勝負勘に頼るしかない。

 しかしそれでもしっかりとど真ん中の位置をキープできているあたり、カツラギエースはやはり“持っている”ウマ娘だということだ。

 

 

『さあ第1コーナー、ミスターシービーは後ろから3番目の位置にいる! 3番目の位置で第1コーナーを曲がるミスターシービー、やはり出遅れが響いているのか!? 苦しいレースです! ミスターシービーは苦しいレースを強いられている! ここからまくっていくことができるでしょうか!』

 

 

「……17番目の位置ですね~。出遅れを取り戻せていないようです~。やはりここから追いかけるのは厳しいのでは~?」

 

「それならばいいが。あるいは……()()()()()()()()()()()()()()()()のかもしれん」

 

 

 

===

 

 

 

 中団の後ろの位置についたカツラギエースは、第1コーナーを曲がる直前にちらりと後方のミスターシービーを振り返った。

 

 

(まだ仕掛けてこないのか?)

 

 

 後方集団で悠々と走るミスターシービーは、まるで焦った様子がない。

 ただでさえ出遅れているうえに、中団以降のウマ娘たちはギンギンに彼女をマークしている。このままでは壁を作られてしまい、追い上げることもできなくなるはずだ。

 

 ミスターシービーは第2コーナーを曲がって向こう正面に入ってから進出するのがお決まりの手とはいえ、さすがの彼女も多人数が出走する上で最後方につくリスクは理解しているはず。

 それを承知の上でのんびりと走っているのか?

 

 

(いや、シービーに気を取られ過ぎるな! あたしはあたしのレースをしろ!)

 

 

 カツラギエースはキッと前を見据え、気合を入れ直して第2コーナーを曲がっていく。

 このコーナーを曲がって向こう正面に入れば、ミスターシービーがじわじわと進出してくる。自分がやるべきことは、第3コーナーに入る前に先頭集団に追い付いておくこと。

 東京レース場の第3コーナーには緩いとはいえ坂があるから、ここを一気に駆け上がって先頭集団に追い付くのは厳しい。だから第3コーナーに着く前にリードを稼いでおいて、第4コーナーから最終直線に入ったところで一気にスパートをかける……!

 予習はばっちりだ。チーフの言う通り、前走にNHK杯を選んでおいてよかった。日本ダービーと同じく東京レース場だから、勘所はしっかり押さえられているはず!

 

 

『さあ2コーナーから向こう正面に入りました! 先頭のイズミサンライズは自分のペース、悠々と後方集団を引き離していきます! バ群は大きく縦長の展開、ミスターシービーは……』

 

 

(……?)

 

 

 向こう正面を走るカツラギエースは、違和感を覚えた。

 背後からの“風圧”を感じない。

 

 来るはずなのだ。

 彼女と同じレースを走るとき、カツラギエースは必ず勝負どころでは背後に恐ろしい気配が迫るのを感じてきた。まるで暴風のように凄まじい勢いで迫る、あの背筋にピリピリと電流が走るような恐ろしい存在感を。

 それが、今日に限ってはまるで感じない。ここで来ないとおかしいのに!

 

 

『ミスターシービー、後方4番手! そこから動こうとしません! そうこうしているうちに中団が広がって壁を作り出しています! これはまずい、ミスターシービー大ピンチ! どうしたミスターシービー!? このまま第3コーナーにもつれ込むぞ!』

 

 

 

====

 

 

 

「つーかなんだこの実況、シービーのことしか言わねえじゃねぇかよぉ! エースのこともちょっとはなんか言えよなぁ、三番人気だぞオイ!!」

 

「まあ、メディアにとっても“最推し”なんだろうな。実際今日の観客の大多数はミスターシービーの二冠制覇を見に来たんだろうし」

 

「けーっ、つまんねぇ! 強い奴が当たり前に勝つんじゃ見る意味がねぇだろぉ!」

 

「それだけスター性があるのさ。こんな大ピンチに陥ってなお、勝つのを応援したくなるほどにな」

 

 

 ぷりぷりと怒るギャロップダイナを宥めながら、チーフはレース展開に目を向ける。

 

 

「しかしこれは興味深い展開だぞ。見ろ、ミスターシービーを阻むようにバ群ができあがっている。ミスターシービーはあんなにゆっくり走っているのに、中団以降は誰も彼女をおいて先に行こうとしてない。エースもずっと後ろを気にしてる」

 

「そこまでシービーさんが怖いのでしょうか~?」

 

「怖い……というか、戸惑っているんだろうな。本来とっとと前に上がらないといけない状況……いや、皐月賞のときに比べても明らかに仕掛けが遅い。ミスターシービーが先に行ってくれないと、マークしている側も動けないんだ」

 

「だ、大丈夫なのそれ……。先行してる子たちはみんな大急ぎで前に行ってるよ。すっごい縦長の展開になっちゃってる、このままじゃ逃げ切られちゃうよ」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 

 スズパレードの言葉を否定したのは、テスコスールだった。

 

 

「一番の逃げウマがまだ出走していません。勝負はここからです」

 

「……出走してない? 何言ってるの?」

 

 

 スズパレードは咄嗟にホームストレッチを見るが、当然ながらそこには誰もいない。

 21人のウマ娘は、全員が第3コーナーの手前にいるはずだ。

 

 

『さあ第3コーナーの坂をぐーっと回ってまいります。現在先頭はマックスファイアー、2番手のシャダイソフィアに2バ身3バ身と差をつけています。ミスターシービーはまだ後方から7番目にしか上がって来ておりません。さあ第3コーナーから第4コーナーに変わるところ。ミスターシービーは6番目です』

 

 

「……は?」

 

 

 

====

 

 

 

 出走者も観客も、その場の全員がまるで奇術にかけられたかのようだった。

 

 第3コーナーに入る直前、瞬間的に膨れ上がった“圧力”。

 刹那、中団以降にいたウマ娘たちは凄まじいまでの“暴風”が自分たちの横を吹き抜けていくのを感じた。

 

 その風圧が消える頃には、ミスターシービーは既に彼女たちの前方を走っていた。

 第3コーナーに入る直前には確かに前から17番目にいたはずのミスターシービーは、第3コーナーが終わるころには6番目へと移動していたのだ。

 

 

 

『み……ミスターシービーが6番目まで上がってきている!? 信じられません、ほんの一瞬! まるでワープしたかのように坂を駆け上がり、先行集団に追い付いたーーーっ!!』

 

 

 

 本来悪手であるはずの、坂のあるコーナーでの加速。

 しかしそれがミスターシービーにとって何ほどのものか。

 だってそんなの今更のことじゃない?

 

 開幕で出遅れ。

 第1コーナーで後方につき。

 向こう正面でバ群に呑まれ。

 

 ここまで悪条件が積み重なれば、どれほど一流のウマ娘であっても到底勝利なんてできっこないと諦めてしまう。

 

 ミスターシービーは違う。

 ここまで悪条件が積み重なったんだから、もう一つくらい重ねても誤差じゃない?

 そんなことを鼻歌混じりに言ってしまうのが、彼女というウマ娘だ。

 

 ダービーポジション? もちろん知ってるよ。

 どっかの誰かが言い出したジンクス。これからアタシが否定する、かびの生えたおとぎ話!

 たかがジンクスごときじゃ、たかが10人のブロックごときじゃ、アタシの“自由”を縛るには弱すぎる!

 

 

「さあ! 逃亡劇の開幕だっ!!」

 

 

 第3コーナーまで決して急がず、脚を溜めに溜めたのはこの一瞬の加速のため。 

 上り坂の曲線でブロックが緩んだその綻びを突き、暴風と化したミスターシービーは包囲網をブチ抜いて一気に坂を駆け上がった!

 焦らず坂を上ることに集中していたウマ娘たちはその急加速に反応できず、みすみすミスターシービーに抜かされてしまう。

 

 しかし、ミスターシービーの動きに反応できた者もいた。

 中団から十分に距離を取っていた先行集団は、背後からミスターシービーが急スピードで迫りくるのを察知していた。第3コーナーに入る前に先行集団に追い付いていたカツラギエースもその一人だった。

 

 

 

===

 

 

 

(来た! 来た来た来た来た!!!)

 

 

 カツラギエースは心臓を早鐘のように打ち鳴らしながら、心の中で叫んだ。

 あのままで終わるまいとは思っていた。必ず追い付いてくるだろうと思っていた。

 だが、いざ来たらこんなにも恐ろしいとは思わなかった。

 

 東京レース場の最終直線は長い。だから第4コーナーが終わるまでは脚を溜めておかなければ、直線の途中で力尽きてしまう……そうチーフと相談したはずだった。

 

 

(でもそんなの、もう知ったことじゃないッ!!)

 

 

 ここで勝負に出なければ、ミスターシービーには絶対に勝てない。

 第4コーナーを曲がり切る前にミスターシービーに先行されていれば、もう絶対に追い付けない!

 半ば恐慌状態に陥ったカツラギエースは、チーフの言いつけを破って第4コーナーの途中で脚の力を解き放とうとした。

 

 そのときだった。

 

 

「あっ……ご、ごめんっ」

 

 

 先行集団にいたあるウマ娘が、カーブの途中で斜行してミスターシービーの方向へと大きくヨレた。

 故意かどうかは定かではない。ハイペースで飛ばしていたから、既に脚の力が尽きかけていたとしてもおかしくはなかった。

 

 

「っと、あぶなっ……!!」

 

 

 最高速で飛ばしているウマ娘同士の衝突は、大事故に繋がる可能性がある。

 何しろその最高速度は時速70キロ。そんな速度を出してしまえるエンジンが、生身の少女の脚に搭載されているのだ。無防備に接触すればたまったものではない。

 

 当然ミスターシービーはヨレてきたウマ娘を避けようと、自分もカーブの途中で大きく外へと斜行する。……その先に、別のウマ娘がいた。

 

 

「しまっ……!!」

 

「あっ……!?」

 

 

 場内の誰もが大惨事を予感して息を呑み、ある者は目を固くつぶった。

 

 

 ……だが、大惨事は起きなかった。

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

 すんでのところで2人の間に割り込んだカツラギエースが、ヨレてきたミスターシービーを自分の肩で支えていたからだ。

 

 

「え……エース!?」

 

「しゃきっとしやがれ、シービー! こんなところで競争中止なんて、あたしは絶対に認めねえぞ!」

 

「……うん!」

 

「さあ……最後の勝負だッッ!!!」

 

 

 2人は一瞬視線を交わし合うと、態勢を立て直して最終直線へと踏み出した。

 

 だがそのスピードは、明らかにミスターシービーが上回っている。

 しかしそれは当たり前のことだった。

 

 ジンクスでは足りない。10人の壁でも足りない。

 彼女が渇望する『自由』のためには、もっと強力な『束縛』が必要だ。

 彼女の心を燃やすに足る『束縛』を、たった今ミスターシービーは補充した。

 

 カツラギエース。

 燃え盛る熱意と執念を、ミスターシービーにぶつけてくるウマ娘。

 シービーを負かさんとするその闘志こそが、シービーを自由に向かって駆り立てる!

 

 

 

『トラブルがありましたが、どうやらミスターシービー、カツラギエースともに無事のようです! ミスターシービー追い上げる、ミスターシービー先頭に立った! カツラギエースも来ているが、しかし追い付かない! 残り200メートル、ミスターシービーに追い付けるウマ娘はいるのか!?』

 

 

 

 ああ、ちくしょう。

 なんて理不尽だ。

 

 ぐんぐんと引き離されていくミスターシービーの背中を見ながら、カツラギエースは心の中で呟いた。

 

 最終直線で使うべき力を、シービーを助けるために使ってしまった。

 それはそれでよかった。自分は正しいことをした。もしミスターシービーが大怪我でもしていたら、あたしが彼女を見捨てたせいでそうなっていたら、あたしは自分を二度と許せなくなる。

 それにどうせこれがなくたって、あたしは今日シービーには勝てなかった。

 あたしは選択を間違えていたから。

 

 

「ち……くしょおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」

 

 

 じわじわと迫りくる後方のウマ娘たちに飲み込まれて順位を落としながら、カツラギエースは天に向かって吠えた。

 

 

 

====

 

 

 

「ミカ、エースがゴールしたらすぐに怪我の具合をチェックするぞ。シービーも触診する。用意をしておけ」

 

「わかった!」

 

 

 サブトレに指示を出しながら、チーフはホームストレッチを激走するウマ娘たちを見つめた。

 カツラギエースと接触したミスターシービーは、すぐに態勢を立て直してみるみるゴールに向かって突き進んでいく。

 もはや誰も止められる者はいない。

 

 その勢いに気圧されたように、スズパレードはごくりと唾を呑んだ。

 

 

「なんて末脚。すごい追込だね。あれに勝てるウマ娘なんて、本当にいるのかな」

 

「だから違いますよパレードさん。あれは追込じゃないです。逃げですよ」

 

「何言ってるのさスール。逃げってのは最初から先頭で走る戦術でしょ。ギリギリまで最後方に控えて一気に追い上げるのは、追込って言って……」

 

「待て、パレード。スール、何が言いたいんだ?」

 

 

 チーフに促されたテスコスールは、不思議そうな顔で言った。

 

 

「だから、シービーさんは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃないですか。シービーさんは誰も追いかけてなんていませんよ。あの人は最初から、逃げるつもりで走ってます。本当に面白い走りですよね、2400メートルで1人だけ1200を走るつもりの逃げウマなんて私は初めて見ました」

 

 

 スズパレードをはじめ、誰も何も言えない。

 ただぽかんと口を開けて、テスコスールの言葉を聞くばかりだった。

 

 ただチーフだけが、訊き返した。

 

 

「……どうして追いかけてるんじゃなくて逃げてると思うんだ?」

 

「だってシービーさんは、あんな楽しそうな顔で走ってるじゃないですか。誰かを追いかけようと必死の人は、あんな顔はしません。今のエース先輩みたいな顔をしているはずです」

 

 

 テスコスールの言う通りだった。

 今にもゴールしようとするミスターシービーの顔は、喜びに満ちていた。

 彼女の脚を留めようとするあらゆる束縛から逃げて、彼女は『自由』を全身で楽しみ尽くしていた。目に映るすべての景色が、眩しくて、美しくて、爽快で。

 彼女ほど今日のレースを楽しめたウマ娘は、誰一人いないだろう。

 

 

「私は、今日エース先輩が差しを選んだのが不思議でした。だって最終直線から逃げウマのシービーさんと同時にスタートしたんじゃ、勝てるわけないじゃないですか。エース先輩はいつも通り、大逃げでリードを稼いでおくべきでした。それなら、もっと勝ち負けができたはずです」

 

 

 その言葉で、彼女たちはやっと天に向かって叫ぶエースの思考を理解できた。

 エースは最終直線を走ろうとして気付いたのだ。自分が選択を間違えてしまったことに。

 

 

「お前もっと早く口にしろよなぁ、そういうことはよぉ!」

 

「えーーーーーっ!? だって何か秘策があって差しを選んでるのかと……!」

 

 

『メジロモンスニーが来る! メジロモンスニーが来る! メジロモンスニーが2番手、しかし届かない! ミスターシービー、今ゴールインッ! ミスターシービー優勝ッ!! クラシック2冠目を手にしました!!』

 




???
「“ダービーポジション”? ジンクスですね! 破壊しました!!」


???
「こんな斜行が許されるなら、わたくしの秋天も1着のままでよかったんじゃありませんの!? 生まれる時代を5年間違えましたわ! スイーツやけ食いですわ! パクパクですわ!」


???
「キミが厳罰喰らって1着フイにしたから、無茶な斜行する子が出なくなったんだモンニ……」
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