偽・ウマ娘ZERO ~不滅の桜~   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第16話「俺がいる限りイメ損なんてさせない……!」

 控室に戻ってきたカツラギエースと、ついでにミスターシービーの怪我の具合をチェックしたチーフは、ほっと胸を撫でおろした。

 

 

「良かった……ぶつかった肩が少し腫れてるが、その程度で済んだようだな。後で念のために病院に連れていくぞ」

 

「ごめんな、トレーナーさん。心配をかけちまった」

 

「まったくだ。こんなこと二度とするんじゃねえぞ」

 

 

 トレーナーが溜息を吐いたそばから、どやどやとポルックスのチームメイトたちが押しかけてくる。

 

 

「エース先輩!!」

 

「エースよぉ、大丈夫かぁ!?」

 

「あっ、こらお前ら! 部外者は立ち入り禁止だぞ、入ってくるんじゃねえ!」

 

 

 チーフが叱責を飛ばすが、テスコスールはぷくっと頬を膨らませて反論する。

 

 

「同じチームメイトなんだから部外者じゃないですよ!」

 

「出走者とトレーナー以外は原則入っちゃいけないんだよ! ほら出た出た!」

 

 

 困るんだよね検量室に勝手に入ってもらっちゃ!と言わんばかりに教え子たちを追い出しにかかるチーフと、エースの無事を一目確かめようとするチームメイトたちが激しくもみ合う。そんな光景を見ながら、ミスターシービーはくすくすと笑った。

 

 

「愛されてるんだねぇ、エースは」

 

「おうよ! 自慢の後輩たちだからな!」

 

 

 ゴール直前には目に涙を浮かべて、悔しさのあまり絶叫していたカツラギエース。

 しかし今の彼女の顔は、カラッと晴れ渡っていた。

 

 確かに今日はミスターシービーには届かなかった。

 日本ダービーにおけるカツラギエースの順位は6着。

 健闘はすれども決して良くはない、そんな着順だった。

 

 しかし、彼女の戦いは明日からも続くのだ。今日届かなくても、明日届けばいい。明日届かなくても、その次の日に届けばいい。諦めない限り、まだ戦いは続けられる。

 そう前向きに考えられるのは、間違いなく彼女を支えてくれるチーフと、彼女を慕ってくれる仲間たちのおかげだった。

 

 だって仲間たちは、カツラギエースのことを「何度だって立ち上がる不屈のウマ娘」だと思ってくれている。彼女たちがそう信じてくれているから、カツラギエースはその期待を裏切らない先輩でいようと踏みとどまることができる。

 

 そんなカツラギエースの笑顔に、ミスターシービーは眩しいものでも見るかのように目を細めていた。

 

 

「素敵だね」

 

 

 カツラギエースは仲間との絆に支えられて立っている。。

 それは専属トレーナーと契約を結んでいるミスターシービーにはないもので。もちろんトレーナーとの絆に勝るものはないと思っているけれど、カツラギエースに羨ましさを感じてしまう。

 しかし自分が抱えた羨望の根底にあるものが何なのか、今のミスターシービーは理解していなかった。

 

 

 

======

===

 

 

 

 ところで日本ダービーの着順について、このときひとつの問題が持ち上がっていた。

 

 最終コーナーでミスターシービーが斜行した際に、すぐ後ろを走っていたウマ娘の進路妨害をしたことが問題とされたのだ。それだけではなく、斜行によって別のウマ娘にぶつかりかけている。

 たまたますぐそばにいたカツラギエースがミスターシービーを体当たりして支えたからよかったものの、もし両者が転倒していれば後続を巻き込んだ大事故になっていたかもしれない。こんな危険な行為をしたミスターシービーが1着などとんでもない、降着処分として1着を剥奪すべきだ……というのが、ミスターシービー責任論の主張だった。

 これについてはURA上層部内でも随分と揉めた。

 

 それを言うならそもそもミスターシービーに向かって斜行してきたウマ娘が一番悪く、ミスターシービーは彼女を回避しようとしてヨレただけでいわば被害者だとする者。

 この機に斜行を厳罰化しようと、斜行するウマ娘は今後一切の例外なく降着処分にすべきだと主張する者。

 ミスターシービーに故意にぶつかったカツラギエースは悪質な妨害行為なので、ミスターシービーの代わりに降着処分ということで手打ちにしてはどうかと言い出す者。(これを言い出した奴はふざけんなボケナスと内部で総スカンを食った)

 

 入り混じる利害関係と、当時のURA内に残る腐敗がすったもんだした結果、最終的に日本ダービーでの着順には変更なし。ただしミスターシービーは責任を取ってトロフィーを返納すべしということで決着が着いた。

 

 なんともすっきりとしない結末で、結局斜行された側のミスターシービーが一方的に責任を取らされることになったのだが、トロフィーをURAに返却した当のシービーは涼しい顔をしていた。

 別にトロフィーになど興味はなかったからだ。

 

 彼女にとってレースとは自由に走れる場であり、その爽快な解放感こそが最大の報酬だった。トロフィーなどおまけ程度のものでしかなかったのだ。

 ただ、彼女のトレーナーが残念そうな顔をしていたのが少し申し訳なかったが、どうせトロフィーなんていくらでも取れるものだ。今年はまだ菊花賞があるし、シニア期になってからも取り放題なのだから。

 

 

 

 

 そしてその頃、『コミュニケーション不足で賞』を受賞したテスコスールは一週間スイーツ抜きの刑に処されていた。

 

 

「なしてー!?」

 

「なしてじゃないんですよね~……」

 

 

 スズマッハはこめかみを押さえながら溜息を吐いた。

 

 

「要するにスールさんは『シービーさんの走りは面白いです!』って言ったときから、あの人が本質的に逃げウマだって気付いてたってことですよね~? エース先輩が負けてドヤってる場合じゃないですよ~? 貴女が最初に指摘してれば、レース結果も変わったかもしれなかったんですよ~?」

 

「ええと。まあ、そうかもしれませんね」

 

「なんでそのときにこういう意味だって言わなかったんですか~?」

 

「だって私が気付いてることだし、当然みんなも気付いてると思ってたから……」

 

「なんですか~? 私たちの目が節穴だったとでも~?」

 

「ふぁめろ~!」

 

 

 ほっぺをにゅーんと引っ張られたテスコスールは、涙目で抗議の声を上げる。

 見かねて止めに入ったのは、他ならぬカツラギエースだった。

 

 

「まあまあ、それくらいにしといてあげてくれよ」

 

「エース先輩、でも~……」

 

「仮にスールが事前にそう指摘してくれてたとしても、一緒に走って体感しなけりゃ何言ってんだこいつって理解できなかったかもしれないし。そもそもあたしも割といっぱいいっぱいだったんだ。仮にリードを稼いでいたとしても、やっぱり最終直線でガス欠起こして垂れてたかもしれねえよ」

 

「エースの言う通りだ。……元々勝ち目の薄い戦いではあった」

 

 

 カツラギエースの言葉を、チーフは肯定する。

 

 

「エースに問おう。お前は、この戦いから何か学べたか?」

 

「ああ。まず第一に、やっぱあたしは逃げウマだってこと。差しでも戦えることは戦えるだろうけど、自分の本領は逃げだってわかった。あたしよりも強いと言われてる奴らよりも速く先頭にたどり着く。そして追い付かれないように全力で逃げて逃げて逃げ続けて、意地でもハナを譲らない。それがあたしにとって一番燃える戦い方なんだって」

 

「イヒヒ、そうだよなぁ~! エースはそうじゃねえとダメだって!」

 

 

 ギャロップダイナは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら、相棒の背中に飛びついた。

 突然抱き着かれたカツラギエースは目を白黒させながらも、やがて苦笑を浮かべる。

 

 

「シービーはやっぱ強え。あの末脚と真っ向から勝負したいと思ったけど、やっぱりレベルが違いすぎたよ。同じ土俵で勝負しちゃ話にならねえなって思った。シービーに勝ちたいのなら、同じ武器を使っちゃだめなんだ。あたしはあたしの持ち味を生かして戦わなくちゃ、差を埋められないんだってことがよく理解できたよ」

 

「うむ。それが理解できたのなら、今回の挑戦は無駄ではなかった。エース、お前はまたひとつ勝利に近づいた……。そう思っておくといい」

 

 

 チーフの言葉に、カツラギエースはぎゅっと拳を握り込む。

 

 

「ああ! 俄然やる気が湧いてきたってもんよ! 次こそは勝つぜ!」

 

 

 負けてなお強くなるのがカツラギエースというウマ娘だ。

 そんなエースの姿に、スズパレードは嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 

 

「……えへへ」

 

「んん~? どうしたぁ、パレード。何かおかしいかぁ?」

 

「えっとね、エース先輩はカッコいいなって」

 

 

 後輩からの言葉に、カツラギエースはきょとんとした顔になる。

 

 

「カッコいいって……。負けっぱなしだぜ、あたしは。諦めが悪くてみっともないだろ?」

 

「ううん、カッコいいよ! 負けても全然くよくよしないし、前よりももっと強くなるもん! あたしは負けたらすぐウジウジしちゃうから、エース先輩のことすごく憧れちゃう。エース先輩は、あたしのヒーローだって思ってるんだ」

 

「あ、憧れとかヒーローとか……参ったな」

 

 

 カツラギエースは頬を染め、もじもじと頬を掻いた。

 

 

「イヒヒ、いいじゃねえか。今んとこお前がウチのエースだぜぇ。なんたって重賞ウマ娘だしよ。よっ、ポルックスのエース!」

 

「か、からかうなって。あんまそんな褒められるのは、あたしのキャラじゃねーっつうか……」

 

「ふふっ、エース先輩なんだか可愛いですね~」

 

「あーもう、マッハまで……。やめてくれってば」

 

 

 和気あいあいとした空気に包まれる仲間たちを前に、テスコスールは小首を傾げる。

 

 

「でも私の方が速いですよ?」

 

『……お前さぁ……』

 

 

 はぁー、とカツラギエース以外の全員が溜息を吐いた。

 先頭民族は空気が読めない……!

 

 カツラギエースだけは助かった、と言わんばかりに安堵の息を吐いてから、ニヤッと笑いかける。

 

 

「ふふっ、さすがのあたしもメイクデビューも済ませてない仔ウマちゃんに負けるつもりはねえぜ。自分の方が速いっていうなら、レースで示してみせるんだな」

 

「いいですよ。なんなら今から模擬レースしますか?」

 

「あーはいはい、やめやめ! ケンカ売るんじゃねえよスール。大レースが終わったばかりのエースを走らせるわけがないだろ、ドアホ!」

 

「むう……」

 

 

 テスコスールはぷくっと頬を膨らませる。

 チーフの前だとやたら子供っぽい仕草するんだな、とスズパレードは不思議そうにルームメイトの顔を眺めた。

 

 

「さて、エース。次走についてだが……」

 

 

 チーフの言葉に、カツラギエースは俄かにシャキッと背筋を伸ばす。

 

 

「ああ、どこでもいいぜ。できればシービーと戦りたいけど、誰が相手だって意欲はバリバリだ!」

 

「うむ……それは頼もしいことで何よりだ。だが、俺は少し迷っている。今後お前をどこで走らせるかなのだが……」

 

 

 チーフはしばし言葉を探し、やがて諦めたように言った。

 

 

「エース、今回のダービーでの走りを見る限り、お前には2400メートルは長い。お前の適性距離はおそらく1400~2000くらいじゃないかと思う」

 

「……やっぱそうなのかな」

 

「今回、最終直線では明らかに息切れしていたな? 今のお前に2400は長いんだ」

 

「エース先輩が勝ったNHK杯は2000でしたしね~」

 

「うむ。だから今のエースには2000が上限なんだろうと判断した」

 

 

 そう言いつつ、チーフは顎を撫でる。

 

 

「無論あくまでも今は、だ。これからの成長によっては2400も走れるようになる可能性は十二分にある。エースの本格化はまだこれからだからな。……だが、エース。いくらなんでも菊花賞は厳しいぞ」

 

「…………」

 

 

 菊花賞。毎年11月に開催される、クラシック3冠の大トリだ。

 実に3000メートルもの長距離レースである。

 

 皐月賞は「最も速いウマ娘が勝つレース」。

 日本ダービーは「最も運の良いウマ娘が勝つレース」と言われる。

 そして菊花賞は「最も強いウマ娘が勝つレース」だ。

 

 この“強い”とは、要するに“(まぎ)れ”がないということ。

 

 クラシック期の秋ともなれば、ほとんどのウマ娘は本格化を迎えているから皐月賞と違って早熟だから勝てるというわけではない。

 そして3000メートルもの長丁場となれば、日本ダービーのように人数が多くて強豪がバ群に埋もれるといったラッキーヒットも望めない。

 

 3000メートルを走り切るスタミナがなければ、そもそも勝負の場に立てないのだ。そして菊花賞の前に長距離レースの重賞が開催されないから、果たして自分が3000メートルを走り切れるのかどうかもわからない。

 誰もがぶっつけ本番で未知の距離に挑まなければならないレース。

 これに勝てるのは、真に実力のあるウマ娘だけだ。

 

 

 だが、厳密にいえば自分が3000メートルを走り切れるかどうかを知るすべはある。日本ダービー2400を走り切れなければ、菊花賞を走り切れるわけがないのだ。

 

 現在は5月末。ここから菊花賞まで5か月あるとしても、通常のトレーニングでカツラギエースが3000メートルを走れるようになるか。トレーナーとしては“否”と言わざるを得なかった。

 

 カツラギエースは膝の上でぎゅっと拳を握り、訊いた。

 

 

「ミスターシービーは……菊花賞に出てくると思うか?」

 

「出るだろう、間違いなく」

 

 

 日本ダービーを1着で走り切った。何よりあれほど波乱のレース展開を巻き起こしてなお勝てるウマ娘だ。万全の状態であれば菊花賞も、と見るのは当然。

 

 そしてメディアはクラシック3冠の夢に浮かれている。もし達成できれば、あのシンザン以来19年ぶりのクラシック3冠達成者の出現となる。しかもあれだけの“魅せる”レースをしてくれるウマ娘だ。

 スポーツ新聞各紙は早くもスター誕生ともてはやしている。たとえミスターシービーが出るつもりがなくても、URAに働きかけてなんとしても出場させようと躍起になるだろう。シービー本人の性格からして、周囲が何を言おうと馬耳東風になるだろうが。

 

 

「そりゃそうでしょう。出ますよ。だってあの人、好奇心が強そうですから」

 

 

 テスコスールはこくこくと頷く。

 

 

「菊花賞という未知の舞台の先頭では、どんな風景が見えるのか。そういうことに今から頭いっぱいなんだと思いますよ」

 

 

 一度もシービーと話したこともないくせに、テスコスールはわかったようなことを言う。

 ……あるいは通じるものがあるのかもしれない。逃げウマ同士、奇人同士。

 それともシービーと誰かを重ね合わせているのか。

 

 

「はは、確かに。シービーならそういうこと言いそうだ」

 

 

 カツラギエースはひとしきりからからと笑ってから、真顔になってチーフの瞳を見据えた。

 

 

「出たい。シービーが出るなら、あたしも菊花賞に出たい。たとえ勝ち目がまるっきりなかったとしても、挑むことをあきらめたくないんだ、チーフ」

 

「……うむ」

 

 

 チーフは溜息を吐くと、がりがりと後頭部を掻きむしった。

 

 

「だろうなあ、そう言うと思ったさ。そうでなきゃカツラギエースじゃねえよな」

 

「チーフ、じゃあ……!」

 

「だからと言って、ただ無策で負けさせたらトレーナーじゃねえんだよ」

 

 

 そう言うと、チーフは机の上に置かれていたバインダーを開いてぱらぱらとめくる。

 そこには1枚のパンフレットが挟み込まれていた。

 

 

『飛騨高地 民宿“やわらぎ”

 

 夏の飛騨高地は涼しくて空気もさわやか! あなたも飛騨高地で夏のバケーションを楽しんでみませんか? 家族連れにも、ハイキングにも、夏の登山にもぴったりです!』

 

 

「……これは?」

 

「西洋のスポーツ科学には、『高地トレーニング』というものがある。空気が薄い高地でトレーニングをすると、平地に比べると心肺機能がより強化されると言われているんだ。標高が高い場所では酸素が少ないから、肺が酸素を取り込もうとより強く成長するという理屈だな」

 

 

 ぽかんとした顔のカツラギエースに、チーフは言葉を続ける。

 

 

「ただし、数日やそこらじゃ効果は出ない。標高2000メートル以上の場所で、2か月は継続的にトレーニングして過ごす必要がある。当然ながら学校もあればレースもあるウマ娘じゃ有効に活用することは難しいが、夏休みなら話は別だ。つまり……今年の合宿は飛騨高地で泊まり込みをしてもらう」

 

「合宿……。ここで過ごせば、あたしも菊花賞を走れると?」

 

「必ずそうなるというわけじゃねえがな。ただ、心肺機能を強化すれば、距離適性を広げることができるかもしれん。そう思って高地でトレーニングに使えそうな場所を探しておいた」

 

「チーフ……!」

 

 

 カツラギエースはがたんと椅子を蹴立てると、拳を握りしめながら身を乗り出した。

 

 

「ありがとう! あたし、絶対やってみせるぜ! チーフに菊花賞のトロフィーを持って帰って来てやるからな!!」

 

 

 カツラギエースは目じりに微かな涙を浮かべながら勢い込む。

 それは菊花賞で戦える見込みができたからだけではない。

 

 何も言わなくても、チーフはエースの気持ちをわかっていてくれていた。

 そうでなくては、どうして既に民宿のパンフレットが用意してあるだろうか。

 トレーナーが気持ちを理解してくれていること、それがウマ娘として一番嬉しかったのだった。

 

 チーフはエースの勢いに気圧されたように一歩下がりそうになりながらも、うむと頷いてなんとか脚を踏ん張って彼女の熱を受け止める。

 

 

「トロフィーを持って帰ってくれば嬉しいが、まずはくれぐれも怪我をしてくれるなよ。高地トレーニングはまだ日本では浸透してない。飛騨高地にもトレーニング用の施設はないだろう。脚を怪我しないよう、細心の注意を払うんだ。もちろん、菊花賞でもその前哨戦のレースでも怪我だけはしないように」

 

「ああ、わかってるよ! シービーに勝つ前に怪我で引退なんて御免だからな!」

 

「うむ。まあ合宿先にはギャロップダイナもいるんだ、これでも結構しっかり者だからな」

 

「……って、オレも行くのぉ!?」

 

 

 突然の流れ弾に眼を剥いて仰天するギャロップダイナ。

 チーフは胡乱なものを見るような目で、小首を傾げた。

 

 

「当たり前だろ、チームの合宿だぞ。ダイナも行くに決まってるじゃないか」

 

「ク、クレイジー……。合宿は海に行くと思ってたぜぇ、海水浴を楽しめるとばかり思ってたのによぉ……」

 

 

 ちなみに一般的には中等部2年生以上は全員九州の某海岸へ行くことになっている。

 ここはウマ娘のトレーニングのメッカとされており、特に海岸線での走り込みはダートコースの練習に最適と評判である。

 ダートコースが多い地方ウマ娘には好評なのだが、一方で芝コースばかりを走るこの時代の中央トレセン生にはウケが悪く、やる気があるチームは別の合宿地を探すことも多かった。

 

 

「いいですね、高地で特訓! ワクワクしてきました! 早く行きたいです!!」

 

 

 テスコスールは瞳をキラッキラさせながら、ばんじゃーいと諸手を挙げて大喜びである。体をいじめることが好きで好きでしょうがないのだ。

 

 

「いや、新入生は合宿には参加できんぞ? 学校に居残りだ」

 

「なしてっ!?」

 

 

 出鼻を挫かれてがーんとなるテスコスールに、チーフは溜息を吐いた。

 

 

「お前、レジュメ読んでないのか……? 新入生には夏休みにもっと大事な勉強をするんだよ」

 

「ウマ娘にとって走るより大事なことなんてあるんですか!?」

 

「ライブの合同練習」

 

「……」

 

 

 テスコスールは心底嫌そうに顔をしかめた。

 

 新入生は毎年夏休みにメイクデビューから有馬記念まで、すべてのウイニングライブ楽曲をマスターするのだ。多くのウマ娘は9月以降にメイクデビューに出走するため、授業のないこの夏休み期間がライブの練習にもっとも適しているのである。

 

 

「……何とか練習に出なくて済む方法ないですかね……?」

 

「夏休みに入る前に全楽曲完全にマスターしてれば出なくて済むぞ」

 

「不可能なことを言うなァーーーッ!!」

 

 

 ライブが大の苦手のテスコスールの叫びに、チーフはやれやれとかぶりを振った。

 

 

「不可能でもないだろ、実際現時点で既に全楽曲マスターした新入生はいるそうだ」

 

「そんなイカれた奴がいてたまりますか!」

 

「シンボリルドルフならできたぞ?」

 

「イカれた奴と一緒にしないでくれませんか!?」

 

 

 テスコスールの叫びに、スズマッハがひきつった苦笑を浮かべる。

 シンボリルドルフを基準にされると、すべてのウマ娘は凡才以下になってしまう。

 

 

「あいつはメイクデビューも7月にとっとと済ませて、夏休みは実家の練習場に引きこもる予定だそうだ。レースは天才的、ダンスも一流とトレーナーの内では100年に1人の天才少女と評判になってるぞ。しかも暇だからと生徒会にも加入して、仕事もバリバリこなしているそうだ」

 

「出来杉君みたいな奴ですね……鼻につきます」

 

 

 テスコスールはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 どういうわけかテスコスールはシンボリルドルフのことになると途端に態度がしょっぱくなる。よほど反りが合わないのだろうか。

 シービーのことは大ファンっぽいのに、同じく才能の塊のようなルドルフのことは塩対応なのがなんだかおかしかった。どっちともろくに会話したこともないだろうに。

 

 

「ま、そういうことだから今年は諦めて学校に残っててくれ。夏休み中のトレーニングメニューについてはミカに指示しておくから……」

 

「何言ってんのチーフ? チーフは学校に居残りよ。飛騨の合宿は私が付いていくから」

 

「えっ」

 

 

 サブトレの言葉に、チーフは心外そうな顔をした。

 

 

「いやお前、高地トレーニングの見識がないだろ? そういうのはやっぱり俺がやらないと」

 

「新 婚 の 嫁 さ ん ほ っ と い て 合 宿 に 行 く な」

 

 

 ゴゴゴゴ……と空気を揺らしながらギロリと瞳を見開くサブトレに、チーフはじりっと後ずさった。

 

 

「いや……でも、その……仕事だし……。同僚もみんな行くし……」

 

「はっはっは、うちのチーフは面白いことを仰る。嫁さんほっといて2か月も女所帯に付き添って合宿ぅ? 私の目が黒いうちは許すわけないでしょそんなことよぉ!!」

 

「でも……仕事に家庭の事情を持ち込むとかよくないし……」

 

「家庭の事情より優先される仕事なんてねえんだよなぁ!!」

 

 

 ………………。

 

 

「えっ!? チーフ、結婚されてたんですか~!?」

 

「嘘だあっ!?」

 

「してるわよー。しかも湯気が立つくらいの新婚ほやほや」

 

 

 ざわっと色めき立つスズマッハとスズパレード。

 一方でカツラギエースとギャロップダイナは既に知っていたのか、そこには特に反応を示さない。

 ただ、ああと深く納得していた。

 

 

「チーフが来てくれたら心強いと思ったけど、確かに新婚の男性トレーナーが女所帯の合宿に2か月も一緒に付き添うのはよくないよな」

 

「そうだよなぁ。ウマ娘ってのは独占欲つえぇからよぉ。チーフが奥さんに刺されたらって思うとやっぱ遠慮しちまうよなぁ~」

 

「おいやめろ! ウマ娘がみんな愛が重くて独占欲が強い種族みたいな言い方をするな! ウマ娘のイメージが損なわれる!!」

 

 

 チーフの叫びに、ウマ娘たちは互いの顔を見合わせる。

 

 

「え……? 事実ですよね?」

 

「勝利とニンジンと運命の旦那様がほしくないウマ娘なんている?」

 

「愛が重くないウマ娘なんていませんが~? むしろ愛の重さは美徳ですよ~?」

 

「それ以上口を開くな! イメ損になる! イメ損になる!」

 

 

 何を気にしているのか、しきりに教え子たちを黙らせようとするチーフである。

 一体、何を気にしているんでしょうね……!?

 

 

「イメ損……? そもそもここにはあたしたち以外誰もいないぜ?」

 

「愛が重いよりも軽い方が問題だろうによぉ。チーフって時々わけわかんねえこと言うよなぁ?」

 

「こいつら……。大体俺が結婚してて『嘘ぉ!』ってのはどういうことだ? 俺はそんなにモテないように見えるか、パレード?」

 

 

 話を変えようと目論んだチーフは、この場で一番安牌のスズパレードに話を振った。

 突っ込まれたスズパレードは、乾いた笑いを上げながら明後日の方向に視線を向ける。

 

 

「いや、その……。正直びっくりしたというか」

 

「ほぉ。何がびっくりだ? 言ってみろ」

 

 

 内心ほっとしながら、チーフはにやにや笑顔で話を促す。

 

 

「……奥さんがいるのにトレーナーを続けられてることが、かな……。だってあたしが奥さんだったら、旦那さんが毎日女子中学生に囲まれてて、週末は地方のレース場を一緒に飛び回ってる仕事してるなんて許せないし退職してもらって故郷で可愛いカフェとか開いて2人きりでそこでずっと幸せに……

 

「ガッデム! 話が戻ってきた!!」

 

「うふふ~。パレードもああ見えて意外と湿っぽいですね~」

 

「情緒が幼いからといって愛が重くないとは限りませんしね」

 

「じゃ、チーフは合宿中のトレーニングメニュー作っておいてね! よろしくぅ!! あと来年の初年度産駒(ファーストクロップ)期待してま~す!」

 

「言い方ァ!!!!」

 

 

 こうしてチーム・ポルックスは夏の予定を決めたのだった。

 




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