偽・ウマ娘ZERO ~不滅の桜~   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第17話「ボクとキミで欧州を焼き尽くしてやろう」

 ――7月後半、新潟レース場。

 この日、シンボリルドルフはついにメイクデビューに出走した。

 

 7月のデビューは84年生の中では格段に早い。

 しかしそれ以上に周囲を不思議がらせたのは、札幌レース場ではなく新潟を選んだことだった。

 夏の札幌は気温が涼しいため走りやすく、夏デビューのウマ娘はここで開催されるメイクデビューに出走したがる者が多い。そしてそんなウマ娘たちの記念すべき第一歩を見ようと全国から多くの観客が集まってくる。すると自然に札幌レース場はその年の注目ウマ娘のお披露目の場といった空気になっていくわけだ。

 

 だから誰もが派手好きで目立ちたがりのシンボリルドルフなら夏の札幌を選ぶだろうと思っていたのだが、シンボリルドルフはそんな大衆の予想を平然と無視してのけた。

 

 

(なんでシンボリルドルフほどのウマ娘が、愚民どものご期待に沿ってやらねばならんのだ。お前たちがこちらに合わせるべきだろう、身の程を知りたまえよ)

 

 

 観客席でスポーツ新聞を広げていた岡野トレーナーは、思わず鼻で笑ってしまう。

 

 

「トレーナー!」

 

「ああ、なんだいルドルフ」

 

 

 準備を終えたシンボリルドルフが柵越しに声を掛けてきたので、岡野は新聞を畳みながら彼女に視線を合わせる。

 

 

「なんかすっごいね、本物のレース場って! 練習場の大歓声のシミュレーターで慣れたつもりだったけど、耳がキーンとしちゃう」

 

「ははっ、シンボリルドルフといえどさすがに初めてのレースは緊張するかい?」

 

「ううん。少し楽しくなってきたよ」

 

 

 新潟レース場には今年の最大の注目株と知られるシンボリルドルフを一目見ようと、熱心なウマ娘ファンたちが詰めかけている。

 

 シンボリルドルフは観客席に集まった彼らを見ながら、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「これだけの人数の瞳に、今後一生ボクの走りが焼き付くかと思うとワクワクするよね」

 

「その意気だ。ここでの勝利は、キミが残す足跡の最初の一歩に過ぎない。そのためにも……」

 

「うん、わかってるよ。1600メートル走るつもりでやれ、だよね?」

 

 

 本日開催されるメイクデビューは芝・1000メートルの短距離走。

 マイルから長距離までこなせるシンボリルドルフにとっても、適性外の距離だ。特にシンボリルドルフが最終目標としている欧州最高峰のレースはその多くがクラシックディスタンス(2400メートル)で行われる。

 では何故適性外の距離をメイクデビューに選んだのか?

 

 それは今後のレースの練習台とするためだ。

 1600メートルを走るつもりで1000メートルを走れば、当然スピードは抑えめになる。一方、周囲のウマ娘は当然短距離を走るのだから、最初から最後までフルスピードだ。そんなハンデキャップを背負うことで、今後1600メートルで強敵と戦うときの予行演習にしようというのだった。

 なお、次走は2000メートルを走るつもりで1600メートルを走らせるつもりでいる。正直言って、他の出走者を舐め切った作戦だった。

 

 岡野トレーナーは他の出走者たちに目を向ける。

 生まれて初めてこれほど多くの観衆に見られて緊張で青い顔をしている者。無心で準備運動をしている者。不安そうな顔で自分のトレーナーと相談している者。

 彼はハッ、と鼻で嗤う。

 

 

「この程度の連中、全力を出すまでもない。せめてハンデをつけて、今後の経験になってもらわなきゃな」

 

「なんだかトレーナー、悪役みたいだよ?」

 

 

 からかうように言うシンボリルドルフに、岡野はにやりと笑い返す。

 

 

「悪役で結構。ビゼンニシキから乗り換えた時点で、ボクはもう善人を取り繕うつもりはなくしたよ。いっそどこまでも傲慢に振る舞ってやるさ。“皇帝”の相棒らしくね」

 

 

 こちらにもやむを得ない事情があったんだ、などと口が裂けても言うまい。

 敗れてスカッとするような、倒されるべき悪役でいよう。

 ……いずれビゼンニシキが全力で挑んでこれるように、後腐れなく。

 

 それがほんの一か月の間でもビゼンニシキのトレーナーであった岡野が、彼女のためにしてやれる最後のことだと思っている。

 

 シンボリルドルフはそんな岡野の態度には触れず、大きく伸びをする。

 

 

「ふふん。じゃあボクはそんな悪人宰相だか大僧正だかの思惑に乗って、かよわきウマ娘たちを蹂躙してやろうかなっ。暴君らしくね!」

 

 

 

 結果は言うまでもない。

 これだけのハンデを付けて、シンボリルドルフは2バ身半差で圧勝した。

 

 

 彼女の後塵を拝してゴールしたウマ娘たちは、誰もが絶望と疲労のあまりその場に崩れ落ちた。

 この日出走したウマ娘たちの中で、その後重賞勝ちできるほど大成した者はシンボリルドルフ以外にいない。岡野の言う通り、全力を出すまでもない娘たちだったのか。

 

 しかし彼女たちは、今後失意のまま学園を去る日まで……いや、去った後も、この日の悪夢に長年うなされ続けることになったことは確かだ。瞼に焼き付いたシンボリルドルフの“手抜きした”走りと、それに永遠に追い付けない無力な自分という絶望の再演。それは彼女らの心を折るに十分だった。

 

 

 

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 同月の末、シンボリルドルフは岩手シンボリ訓練場での生活を開始した。

 

 ここはシンボリ家が岩手の高地に建設した訓練場である。

 夏は青々とした草が茂り、涼しい風が高原とそこに設けられたグラウンドを駆け抜けていく。

 標高は1700メートル。高地トレーニングの理想とされる2000メートルには足りないものの、麓からの物資の搬入の手間や地形的には折り合いがついている。

 

 もちろん西欧の最先端スポーツ科学から高地トレーニングのノウハウを取り入れて建造されたもので、この一点からしてもシンボリ家の情報アンテナの鋭敏さがわかろうというものだ。インターネットもない時代、日本人が最新スポーツ科学をここまで取り入れていれて大規模な訓練施設を建設しているのは驚異的なことだ。

 

 シンボリルドルフは子供の頃から、毎年夏になるとこの岩手の訓練場で過ごしている。いくらルドルフとて、別に生まれだけがその才覚のすべてを形作ったわけではない。

 日本の他のどの育成クラブも実践していない、理論立てられた西欧のスポーツ科学に基づく訓練が彼女の実力を培ったのだ。

 そして、ここで毎年の夏を過ごしてきたのはシンボリルドルフだけではない。

 

 

「ルドルフ! ストレッチ終わったんなら私と併走しようぜ!」

 

 

 美少年と見紛うような少女が、草原の向こうから走ってくる。

 爽やかな空気をまとい、瞳にはまるで狼を思わせるような鋭い光が宿っているが、親し気にルドルフに声を掛ける姿はまだ幼い子犬のようだった。

 彼女の名は、シリウスシンボリ。ルドルフと同じくシンボリ家に属するウマ娘で、ルドルフの1歳下の幼馴染だ。

 

 

「ああ、シリウスか。ねえトレーナー、走って来てもいい?」

 

「構わないとも。一走りしてもらおうと思っていたところだ、相手がいた方がやる気が出るだろう。先日のメイクデビューよりは歯ごたえもありそうだし結構なことだ」

 

「やった! シリウス、トレーナーがいいってさ!」

 

 

 ウキウキとこちらに向かってくるルドルフ。

 そんな彼女の顔と樹に寄りかかっている岡野の顔を交互に見て、シリウスシンボリは少しだけ不愉快そうな顔で声を潜めた。

 

 

「……なあルドルフ。あのトレーナー、どういう奴?」

 

「ボクの信頼する専属トレーナーだけど」

 

「いや……なんか、良くない奴なんじゃねえのか。なんか気持ち悪い感じがするんだよな」

 

 

 まるで縄張りに知らないおじさんが入ってきたのを警戒する子犬のように、シリウスシンボリはピリピリした空気を醸し出している。

 ルドルフはそんな妹分を見てクスッと笑った。

 

 

「あん? 何がおかしいんだよルドルフ」

 

「いや、相変わらず勘がいいなと思って。確かに“良い人”ではないよね」

 

「……なんでそんなのとツルんでんだよ」

 

「腕がいいからだよ。あと、海外への憧れが強い。向いてる方向が同じだから協力できる。自分の夢に見合う脚がないと思ったら、担当ウマ娘を捨てるような人ではあるけどね」

 

「なら、信用できねえじゃねえか。お前も捨てられたらどうする」

 

「そこは大丈夫だよ?」

 

 

 ルドルフは何がおかしいのか、心配そうな顔を向けるシリウスにクスクスと笑う。

 

 

「担当を一度裏切ってしまった彼には、他に行く場所がないからね。もうボクと地獄の底まで付き合うしかないんだ。ね、信用できるだろ?」

 

「……アンタは恐ろしい奴だ」

 

「シリウスにもそのうちわかるよ。この人だけはどうあっても逃がしたくないってトレーナーに出会えばね」

 

 

 まだ幼い顔立ちにそぐわない高い知性と、激しい情を浮かべながらシンボリルドルフは笑う。

 そんな年上の幼馴染にシリウスシンボリが抱くのは、若干の恐怖とそれを覆い尽くして余りあるほどの尊敬の念だった。

 

 

(やっぱりハンパねぇぜ、ルドルフは)

 

 

 シリウスシンボリにとって、この1歳上の俊英は尊敬してやまないウマ娘だった。

 幼い頃は牧場で一緒に過ごすたびに、姉を慕う妹のようにその後ろをついて回ったものだ。

 さすがに思春期に入って自我もしっかりしてくると、シンボリルドルフには負けん気も抱くようになってきたが、それでも尊敬する姉貴分であることには変わりない。

 

 ワガママで暴れん坊で喧嘩っ早い気性難であり、誰彼構わず辻レースを挑んでは絶望に叩き落すようなウマ娘だが、妹分としてはこれほど頼もしくカッコいい姉はいなかった。

 今もそうだ。こんな快適で過ごしやすい高原でリラックスしていてすら、瞳の奥はギラギラと燃えていて渇望に身を焦がしている。ルドルフの我が身を燃やすようなその烈火に、シリウスは焦がれてやまない。

 

 

「……なあ、ルドルフ。忘れてねえよな。あと2年、私が中央トレセンに入ってクラシック期を迎えたら……」

 

「ああ、あの話か。もちろん忘れてないよ」

 

 

 シンボリルドルフはシリウスの言葉に頷き、笑みを返した。

 

 

「ボクとキミで帯同して、欧州に渡る。そしてボクがシニア期で出られる、キングジョージ&エリザベスや、ジャック・ル・マロワ*1やムーラン・ド・ロンシャン*2を総舐めにして……」

 

「おっと、キングジョージを取るのは私だぜ。英ダービーと凱旋門賞もいただいて、私が欧州三冠*3を獲る」

 

「うん。シンボリ家のウマ娘で、欧州の重賞を焼き尽くしてやろうよ。残念だけど、キングジョージと凱旋門賞はキミと取り合いになるね」

 

「望むところだぜ……!」

 

 

 シンボリルドルフとシリウスシンボリはそう言って笑いあった。

 

 極東のレース後進国に生まれたウマ娘2人が、欧州に遠征して名だたる重賞を食らいつくしてやろうと企んでいる。

 欧州の人間が聞けば一笑に付すような話であったが、しかし本人たちは本気だ。

 

 いや、この2人だけではない。

 ただの子供の夢物語ではないのだ。シンボリ家は大まじめにそれを可能だと信じて、2年後の夏から秋にかけてこの2人を欧州に送り込む計画を練っている。

 

 それが井の中の蛙の幼稚な夢なのか。

 あるいは欧州を火の海に変えんとする大鳳の雛の恐るべき計画なのか。

 実際に走ってみないことにはわからない。

 

 少なくともシンボリ家がその野望を実現するために、何十人ものウマ娘を育成してきた果てに生まれたのがこの2人だということは確かだ。

 彼女たちが今佇んでいるこのターフも、日本のレース場の軽い芝ではなく欧州の深い芝が植えられている。岩手シンボリ訓練場で提供されるすべては、日々の練習から食生活に至るまで、欧州での栄冠を掴むために調整されているのだ。

 

 岡野はそんな環境の中で育てられた寵児たちを眺めながら、唇を開いた。

 

 

 

「ルドルフは素敵なウマ娘だ。冷たくて他人に興味がない、とか近寄りがたいというウマ娘もいるが、ボクに言わせればそれは彼女たちにルドルフと付き合うだけの価値がないに過ぎない。

 

 シリウスシンボリとの接し方を見ていればそれがわかる。妹分のシリウスシンボリも悪いウマ娘ではないが、やはりボクとしてはシンボリルドルフである。顔つきから高貴さ、賢さ、負けん気が薫ってくるような引き締まった顔立ちがボクの好みだ。ルドルフと初めて出会ったとき、『走る!』と思ったものだ。

 

 それは先日のメイクデビューで証明された。我ながら無茶なオーダーをしたものだと思っていたが、しかしルドルフはこともなげにそれを果たしてみせた。ルドルフはまだまだ果てしない可能性を秘めているのだ。ボクを狂ったと呼ぶ同僚もいるが、彼女が示し始めた限りなき飛躍の前で、彼女を担当するという誘惑に誰が耐えられるものか。

 

 そして同時に、ルドルフは恐ろしさを感じさせてくれるウマ娘でもある。いつ負けるかもわからない、レースの恐ろしさの中で生きながら、ルドルフだからこその勝利の後の恍惚と、いつか奈落の底に落ちるかもしれないという不安。その二つを同時に味合わせてくれるルドルフという珠玉の秘宝に、ボクはすっかり夢中になっていた」

 

「岡野君。」

 

 

 やだぁもうトレーナーったら突然褒め始めるなんて、と照れ照れするルドルフ。

 

 

 そしてシリウスは突然大声でルドルフを褒め称えるポエムを詠唱し始めたトレーナーに、頬を引き攣らせていた。

 

 

「……なあ、ルドルフ。お前のトレーナー、マジで気持ち悪いぞ」

 

「失礼だなぁシリウス! ボクのトレーナーは気持ち悪くなんか……」

 

 

 ルドルフは顎に指をあて、しばらく黙ってから続けた。

 

 

「気持ち悪くなんかないよ! まったくもう!」

 

「今、少し悩まなかったか?」

 

「悩んでないけどぉー?」

 

 

 シリウスははぁ、と小さく溜息を吐いてから、まあいいかと思い直した。

 ものすごい奇人だし悪人ではあるのだろうが、この惚れっぷりからするとルドルフを裏切るようなことはないだろう。

 自分のトレーナーにするのは願い下げだが。

 

 自分のトレーナーならもうちょっと、こう。

 子犬のように従順で、ときには首輪を噛みちぎって歯向かうような思いがけない男気も見せてくれて、自分を何十年経っても深く愛してくれるようなのがいいな。

 

 そんなことを考えながら、まだ小学6年生のシリウスシンボリはルドルフとの併走に臨むのだった。

 

 

 ……愛が深いのは、やはりウマ娘全体に言えることなのではなかろうか?

*1
フランス最高峰のマイルレース。史実日本ウマ娘では98年にタイキシャトルが勝利したのみ。

*2
同じくフランス最高峰のマイルレース。日本バ未勝利

*3
世界最高峰の芝レース三冠。史実では長いレース史の中で達成者はたった2人しかいない超絶難易度。




〇シンボリルドルフ

シリウスには比較的優しい。
きっとボクを楽しませてくれると思う。

リアルだとあの結果なので大言壮語に見えますが、この作品のルドルフの能力査定はウイポです。SP77欧州芝4-8です。
欧州をこんがり焼けます。


〇岡野君

平常運転。
今回も原作からいくつかワードを拾いました。

生粋の伊達男で、カッコつけ。
だからビゼンニシキのために過去も未来も全部投げ捨てて悪役に徹することも平気でできてしまう。


〇シリウスシンボリ

(現時点では)お姉ちゃん大好きっ子。


アプリ版では子供の頃からルドルフに対抗意識を持っていたが、その実力を前に自分との差を見せつけられた……という設定になっていましたが、この作品では史実の「幼い頃のシリウスはルドルフの弟分だった」という説を採用しています。

シリウスシンボリってめちゃめちゃ諸説ありまくる馬で、資料も矛盾だらけで実情はどうだったのか部外者にはさっぱりわからないです。
なので、あくまでも説のひとつを採用したということでお願いします。


〇まだ見ぬ子犬君

出会います。
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