偽・ウマ娘ZERO ~不滅の桜~ 作:風見ひなた(TS団大首領)
「ええー、スールのウイニングライブそんなに盛り上がったの!」
チーフからテスコスールのメイクデビューの顛末を聞かされたスズパレードは、目をまん丸くした。
「うむ、特に女性層からの人気が厚くてな。みんながスールの“お姉ちゃん”になりきっていた。あれは必見だったぞ」
「あの……この話はそのへんで……」
腕組みトレーナー面で語るチーフの服の裾をくいくい引っ張り、真っ赤になって止めようとするテスコスール。
そんなスールに飛びついて、ギャロップダイナがイヒヒと笑いながら頬を突っつく。
「なぁにを照れてんだよ~。おめーが可愛いのは当然のことだろぉ? 褒められたんだから調子乗ってりゃいーじゃん」
「思ってもないこと言うのやめてください」
スールが頬を寄せてくるギャロップダイナを白い目で引き離すと、ダイナは心外と言わんばかりの顔で小首を傾げた。
「おぉん? オレは可愛いと思ってっけどなぁ、だろぉエースよぉ?」
「ああ、スールは可愛いよな」
話を振られたカツラギエースも、ギャロップダイナの言葉に深く頷く。
「やっぱりこの
「エ、エース先輩……!」
キュンっと赤くなったテスコスールは、次の瞬間に先輩たちへジト目を送る。
「またからかってるでしょ」
『バレたか』
並んでべぇーと舌を出すカツラギエースとギャロップダイナに、テスコスールはもぉー!と腕を振り上げてぷんすこ怒った。
「ケケケ、調子に乗ったところでハシゴ外してやろうって思ったのによぉ~」
「本当に性格悪いですねダイナ先輩は! エース先輩も乗っかって!」
「あはは、冗談冗談。スールは本当に可愛いぜ?」
「もうその手には乗りませんからね!」
きゃっきゃとじゃれ合う3人を見ながら、チーフは小さく笑う。
「本当にいいライブだったんだがな。お前たちを連れて行かなかったのを後悔したくらいだ、あれはパフォーマーとして実に参考になったぞ。特にマッハ、お前もメイクデビューが近いし今からでもスールに教えてもらったらどうだ?」
「私は遠慮しておきます~」
スズマッハはチーフの提案をやんわりと断り、おっとりとした笑みを浮かべた。
「私がやったところで、天然モノは真似できませんしね~。キャラを作って媚びを売ったところで、後で苦しくなるだけです~」
「おっとりキャラは作ってるのにか?」
「……突然鋭く刺してくるのやめてくれません~?」
スズマッハとチーフは視線を絡ませ、フフフ……と笑い合った。
「ところでファンが増えたら何かいいことあるの?」
「お、おう……。お前ときどき突拍子もないことを訊くな」
小首を傾げて質問してくるスズパレードに、チーフはぎょっとした顔をする。「ファンが増えて何か得するのか」と発言したアイドルは古今東西この子くらいのものだろう。
なお、直接的には別に得することはない。ファンがどれだけ増えようと、ギャラがもらえたりはしない。アプリ版と違って特定のファン数がついていないと出られないレースがあったりもしない。あれどうやって計測してんすかね。
「ただ、ファンが多いとURAが公式グッズを作ってくれたりする。グッズの収益の一部がもらえるから、それはありがたいだろうな。あとは、宝塚記念と有馬記念の出場に関わってくる。知っての通り、あの2つのレースは人気投票の結果で出られるかどうかが決まるからな」
「……アスリートとしての実力を問われるレースなのに、その出場の可否がアイドルとしての人気を含めて決まるってなんか変な話ですよね~」
「まあ人気ウマドルの春秋頂上決戦という側面があるからどうしてもな。みんな人気者たちのうち誰が一番強いのかを見てみたいんだよ」
あと、それから……とチーフは続ける。
「人気が高けりゃ単純に走りやすくなるだろうな」
「それは枠番号とかに関わるということですか~?」
「いや、あれは単純な抽選だ。そうじゃなくて、要は場の空気感の話さ。ファンが応援してくれるのと、冷たい視線を送られるのじゃ走りやすさが全然違うだろ?」
「ああ、ホームかアウェイかということですね~」
スズマッハの相槌に、チーフはそうだなと頷く。
「人にどう思われようが走りに影響しない、なんてのは大間違いだ。周りの応援こそがレースの勝敗を左右する最後の一線になると俺は思う。ウマ娘は人の想いを背負って走る生き物だからな」
「顔に似合わず、意外とロマンチックなことをおっしゃるんですね~」
「顔は関係ねえだろ顔はよぉ!」
「冗談です~」
うふふ、と微笑みながらスズマッハは唇に指を添える。
「でも、そういうの嫌いじゃありませんよ」
そんなスズマッハがメイクデビューに勝利したのは9月末日のこと。
先行の位置からの逃げ切りで中山・芝1600メートルを快勝。
前を行く逃げウマにはプレッシャーをかけ、後ろのウマ娘にはフェイントをかけてかかりを誘発し、変幻自在の頭脳プレイを見せた。
わかる者が見なければ何をしているのかわからず、多くの観客からは「ただ3番手の位置をキープしていたら、前後のウマ娘たちが勝手に自滅し始めて、最後に差し切ったラッキーガール」と思われた。
しかしごく少数のトレーナーやウマ娘は、まだジュニア級とは到底思えないほどの巧みな頭脳プレイと、その下地となるしっかりとしたタフネスに固唾を呑んだ。
走り終わった彼女は、チーフのところに戻ってきて一言。
「手の内を見せすぎちゃいましたかね~。ただのズブウマと思われてる方が本番で楽できるんですが~」
「でも、どうせ本番はまったく別の戦法で意表を突くつもりなんだろ?」
チーフにそう言われたスズマッハは、一瞬ぱちくりと目を瞬かせてから肩を竦めた。
「突然鋭く刺してくるのやめてくださいって言いましたよね~?」
「通じ合ってる感が出てるだろ」
「ええ、今日は貴方の想いを背負って走りましたからね~。これが通じ合ってなきゃなんなのかって話ですよ~」
2人はそうして笑い合うと、互いの手を打ち鳴らしたのだった。
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さて、テスコスールとスズマッハがメイクデビューを勝利で飾った一方で、カツラギエースとギャロップダイナの夏合宿もまずまずの成功を収めている。
9月になって飛騨から帰還した2人は、日に焼けて肌が真っ黒になったうえにかなり引き締まった体つきになっていた。
「ああ~、退屈だったぁ~!! マジであそこなんもねえ! 酸素が少ねぇことや坂道のキツさなんかよりも、退屈で死ぬかと思ったぜぇ~!!」
当たり前である。合宿先に娯楽がいっぱいあったらトレーニングにならんだろうが。
テスコスールをからかって元気をチャージしようとしたギャロップダイナが、どんなキツいトレーニングをしたのかと尻尾をぶんぶん振り回すスールに質問攻めに遭って逃げ出すという珍しい一幕もありつつ……。
高地トレーニングで成長の手ごたえを得たカツラギエースは、菊花賞に向けて意欲を高めていた。
しかし、チーム・ポルックスやシンボリ家が順調に成長を遂げる中で、一人だけ足止めを食っている陣営があった。
ミスターシービーである。
合宿には参加せずに学園に残って練習していた彼女だが、練習中に足首をひねってしばらく休養を余儀なくされたうえに、夏風邪を引いて長期間ダウンしていた。
「くちんっ! くちんっ! す、すまないねトレーナーさん……」
「だからあれほど雨の中で踊るなって言ったのに……」
「じ、自己責任だから仕方ないね……ばたり」
という会話があったかはともかく。
足首の怪我はすぐに治ったのだが、夏風邪の方はかなり長引いてしまい、実質夏休みのほとんどを寝て過ごすことになってしまっている。ある意味夏休みを休んで過ごした唯一の生徒と言えるかもしれない。
実際のところは休んだどころか体力が落ちてしまったのだが。
このリハビリのために一か月まるまる費やすことになったミスターシービー陣営は予定を変更。
本来ならば日本初の三冠ウマ娘の名を冠するセントライト記念を勝利してから菊花賞を制し、新たなる三冠ウマ娘ここにあり!と知らしめるはずだったのだが、体調を鑑みて10月頭のセントライト記念への出走は断念。
代わりに約20日後に開催される菊花賞のトライアル競争のひとつ、京都新聞杯を復帰戦に選択した。
そしてこのレースに、菊花賞出走を目指すカツラギエースが出走登録していた。
菊花賞でのミスターシービーとの再戦を考えていたカツラギエースは、菊花賞を目前に期せずしてシービーと再び競い合うことになったのだった。
病み上がりから最初の復帰戦とはいえ、日本ダービーであれほどの強さを見せたトリックスター、ミスターシービー。当然1番人気を博し、誰もが今日も二冠を制した王者にふさわしい戦いぶりを見せてくれるだろうと期待していた。
だが、男子三日会わざれば刮目して見よという言葉がある。
誰もがミスターシービーに“二か月前と同じように”勝利してくれることを期待した。しかしクラシック期の二か月とは、その絶対的な優位を崩すには十分な時間なのだ。
ミスターシービーが病気に倒れている間に、毎日のように厳しいトレーニングを課し、ついに本格化を迎えたウマ娘がいた。
その名を、カツラギエース。
〇スズマッハ
史実でのデビューは12月ですが、作中では9月にデビューしました。
スポーツ科学の力じゃよ……!