偽・ウマ娘ZERO ~不滅の桜~   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第20話「京都新聞杯1983 下剋上」

『ミスターシービー、やはりやはりの1番人気です。夏の間は重い風邪を患っていたという話ですが、まだ少し元気がないようにも見えますね』

 

『しかしトモには張りがありますし、なにより予想外の展開を魅せてくれるウマ娘ですからね。今日はどんな戦いを見せてくれるのか、目が離せません』

 

 

 京都新聞杯のパドックでの観客の注目は、ミスターシービーのみに注がれていたと言ってもいい。派手な勝ち方でクラシック二冠を制したミスターシービーは既にレース界に颯爽と現れたスーパーヒーローと呼べるほどの人気を博していたし、それだけにその病状には注目が集まっていた。

 

 果たしてミスターシービーは大丈夫なのか。あの日本ダービーでの熱狂を再び味合わせてくれるのか。マスコミは連日スポーツ新聞や週刊誌が取材に押し寄せ、中にはミスターシービーやトレーナーの住居を突き留めて無理やりインタビューに及ぼうとした記者もいるくらいの過熱ぶりだった。(なお、この出版社はブチギレた秋川理事長によって出禁処分になった)

 ウマ娘はただの学生アスリートというだけでなく、アイドルでもある。それ故にその去就に並みならぬ注目が集まるのも仕方ないことだった。

 

 

『カツラギエース、2番人気です。これはいいですね、トモがパンと張っていてダービーのときよりもかなり鍛え直していることが窺えますよ』

 

『ミスターシービーが出走しているレースでは常に後塵を拝していますね。果たして今日はどれだけシービーに抗えるのか、走りに期待が持てます』

 

 

 一方、カツラギエースは2番人気とされたものの、そこまで注目はされていない。

 そもそも今日レース場に集まった人々は、ミスターシービーの王者にふさわしい走りを見に来たのだ。カツラギエースに求められているのはシービーの引き立て役であり、せいぜい好走してシービーの走りをより楽しめるものにしてほしい。その程度に過ぎない。

 

 黙ったまま腕組みして、人々の視線を受け止めるカツラギエース。

 しかし水面のように静まり返ったその表情の下では、沸々と闘志が煮えたぎりつつある。期待をもたれないほど、見くびられるほど、カツラギエースはそれを逆境として闘魂を燃やすウマ娘だ。

 それに、彼女だってまったくの孤立無援というわけでもない。

 

 

「エース先輩、頑張ってくださーい!!」

 

「エースよぉ! こんな空気、一発ブチかましてやれよなぁー!」

 

 

 ポルックスの仲間たちの声援に、カツラギエースはふっと仏頂面をほどき、微笑みながら手を振り返す。

 ここはアウェーではない。応援してくれる仲間たちがいれば、カツラギエースには敵地のど真ん中だって百万の友軍と共に戦う気持ちになれる。

 

 そんなカツラギエースの表情を見て、幾分かの観客がほうと溜息を吐いた。

 

 

「なんか……あの笑顔、いいよね」

 

「いい……。今日はカツラギエースの投票券も買っちゃお」

 

 

 

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 カツラギエースにとっては、ミスターシービーの病気が治ったのは今更のことだ。

 そもそも2人は親友だし、合宿から戻ったカツラギエースが土産を手に見舞いに来れなかったことを詫びる一幕や、リハビリに務めるシービーに差し入れして応援する一幕もあった。

 だから取り立ててレース前に何か言葉を交わすことはない。もはや言葉は十分に交わしあった、後は走りで互いの熱を証明するのみ。

 

 ゲート前に立った2人は、互いに視線を絡ませながらわずかに微笑み合う。そしてカツラギエースは表情を引き締め、ゲートへと入った。

 

 

(いいか、エース。合宿でのトレーニングを経て、お前は強靭な心肺と脚を手にした。早速その新しい武器で大逃げを試したいところだろうが……今日は大逃げを打つな)

 

 

 出走を待つカツラギエースの脳裏に、チーフの言葉が蘇る。

 不思議そうな顔をするカツラギエースに、彼は言った。

 

 

(本番は菊花賞だ。お前の切り札を見せるならそこだ、こんな前哨戦なんかじゃない)

 

(フィジカルはもう十分だと俺は思う。京都新聞杯では夏の合宿で得た、新しい武器を使え。今のお前にはそれを使う土台が整っている)

 

 

 ゲートが開く。

 カツラギエースは風を切り裂き、今日の戦場へと飛び出した。

 

 

『さあゲートが開いた。先頭争いでありますが、カツラギエースが行くのか? ドウカンヤシマか? いや、リードホーユーが行った!』

 

 

 日本ダービーでは差しを狙って痛い目を見たカツラギエースは、大逃げに戻るだろう。誰もがそんな予想をしていたなか、カツラギエースは2番手の位置について先行策を取った。

 

 ハナを奪うのはリードホーユー。ジュニア期では期待されていたものの、その後骨折してクラシックの春戦線に参加できなかったウマ娘だ。逃げを得意としており、自分がいない間にクラシック二冠を奪ったミスターシービーに強烈なライバル心を抱いている。

 骨折さえしなければ、自分が勝ったレースだった……! そう信じてやまない彼女は、今日のレースでミスターシービーと対戦するにあたって、非常に意欲を燃やしていた。

 

 今日のレースでの注目株は、他には3番人気のスズカコバンか。あのマルゼンスキーの教えを受け、先日の神戸新聞杯でも1着を獲ってノリにノっているウマ娘だ。コッテコテの関西人で、「関東モンなんぞに関西の重賞は1つも譲らんわ!」と豪語している。今日の京都新聞杯も、非常にテンションが高い。

 

 だが……やはり今日の一番はミスターシービー。観客だけではない。

 参戦したウマ娘全員が、ミスターシービーの動きに注視している。後方集団がミスターシービーに徹底的にマークを集めているのが空気で分かる。

 カツラギエースは、ニヤリと小さく笑った。好都合だ。

 

 

『第一コーナーに入りまして、先頭はリードホーユー。3バ身ほど離れて、3番カツラギエース……それをかわして、ワイドオーが行きました。さらに続いてマックスルーラー、スズカコバン。ミスターシービーはまだ最後方にいます』

 

 

 ここまでは誰にとっても大体の予想通り。

 だが、少々ペースが遅い。

 レースのペースを作るのは一番先頭を走るウマ娘だが、その先頭のリードホーユーのスピードが遅いのだ。終盤に備えてスタミナを温存している。

 ここでカツラギエースが先頭を奪って大逃げに出れば、一気にレースは加速することになるが、あえて動かない。

 他のウマ娘に2番手を奪われても、スローペースに身を任せていた。

 

 

『カツラギエースどうした、動きがない! じっくりじっくりと溜めています! さあ向こう正面に入って、先頭は依然リードホーユー。続いてマックスルーラー、ワイドオー。カツラギエースは4番手。さあミスターシービーは最後方から2番手の位置! ここからお得意のまくりでのごぼう抜きが見られ……ない! ミスターシービー!?』

 

 

 ざわざわと観客席に動揺を含んだざわめきが広がる。

 

 ミスターシービーが最も得意とする戦術は、第2コーナーまでは最後方に控え、向こう正面から第3コーナーで先頭集団の後方までまくって追い付き、第4コーナーを抜けると同時に電光石火の末脚でトップを奪う。

 だが今日に限っては、向こう正面でのまくりを見せることなく、順位を伸び悩ませていた。

 

 いつもなら颯爽と、“自由”に向けての逃亡を開始していたはずの位置。

 そこを過ぎても、なおミスターシービーは最後方付近にいる。

 ミスターシービーの額に脂汗が滲んでいた。脚が重い。

 脚から先に生まれたような奔放な彼女をいつも“自由”にしてくれた脚が、今日に限って言うことを聞いてくれない。

 

 だが、悪い汗をかいたのはミスターシービーだけではない。

 彼女を徹底的にマークしていた後方集団は、ここに至って現状に気付いた。

 ミスターシービーにくっついていき、最後に彼女をかわして先頭に立てば1着を獲れると思っていた。だが、ミスターシービーは第3コーナー直前に来ても動きがない。

 そして彼女たちが前方に視線を向けたとき、カツラギエースが先頭集団から放たれた矢のごとき勢いで飛び出していくところだった。

 

 

「よぉし、ハマった!!」

 

 

 呆気にとられるリードホーユーの驚く顔を遥か後方に置き去りにしながら、カツラギエースは渾身の笑みを浮かべる。

 スローペースで脚を溜めていたのは、リードホーユーだけではない。カツラギエースもまた、4番手でじっと脚を溜め続けていた。そして第3コーナーの直前で、引き絞った弓が放たれるように一気を脚を解放したのだ。

 

 

『ミスターシービー、外に出る! 外から一気に集団を抜き去って前に出るのか! どうする、ミスターシービー!!』

 

 

 実況はまだミスターシービーがいつ抜け出すのかに拘っている。

 走っているウマ娘たちにしてみれば、今更何を言っているんだという気分だ。

 もうとっくに勝負のカギを握るのはミスターシービーではなくなっている。第3コーナーで一気に抜きん出たあの女。カツラギエースに追い付けるかどうかなのに!

 

 

『第4コーナーを回って、ミスターシービーはどこに行くのか? 大外の位置からの鬼脚で一気に抜き去るのか!? 内の方に刺さっているが、果たしてここから届くのか!? ミスターシービーはピンチか! ミスターシービーはピンチか!!』

 

 

 もうミスターシービーはどうでもいいんだよ!!

 リードホーユーが、スズカコバンが、出走するウマ娘たち全員が真っ青な顔で先頭を行くカツラギエースに視線を注ぐ。ある者は歯を食いしばり、ある者は荒い息を吐き、全身全霊で腕を振り脚に鞭を打ち、なおも届かない。

 絶望的なまでに開いた彼我の距離が、これほど頑張っているのになおもぐんぐんと遠ざかっていく。

 

 自分たちがこれほどまでに苦しんでいるのに、カツラギエースは楽しそうに先頭を駆け抜け、自分たちを置いていく!!

 

 

『先頭を行くのはいつの間にかカツラギエース! カツラギエース完全に抜け出した! 強い! 強い! なんという二の脚だ!』

 

 

 これこそがカツラギエースが飛騨の高地トレーニングで得た新しい武器。

 逃げウマが最終直線でいっぱいになった*1ように見えてから、スタミナを振り絞ってさらなる加速を見せる“二の脚”。

 日本ダービーの頃の彼女では無理だっただろう。しかし高地トレーニングで鍛えられた心肺と、幾度も繰り返される坂道の往復で得られた強靭な脚が、カツラギエースにこれを可能とさせた。

 何より、その技術を支えるのは尽きせぬ気力の“ド根性”。カツラギエースにとって、これ以上に相性のいい武器があるだろうか。

 

 そのとき、大外を走っていたミスターシービーの瞳が燃え上がった。

 まるでガスバーナーが点火して青い焔を吹き上げたかのように、彼女の瞳が蒼く染まる。

 

 

(エース! そこは……!!)

 

 

 あんなにも楽しそうに。

 あんなにも嬉しそうに。

 あんなにも“自由”に。

 

 本来ミスターシービーが得られるものだった“自由”を満喫するカツラギエースの姿を起爆剤に、ミスターシービーの脚を縛っていた呪縛(スランプ)が吹き飛ばされた。

 

 

(その位置は、アタシのものだ……!!)

 

 

『ミスターシービー、上がってくる!? 最終直線に入ってからの鬼脚が炸裂する!! しかし前のウマ娘たちも食い下がる! ミスターシービー、四番手に上がってきた! リードホーユー、逃げ粘る! 逃げ粘る!』

 

 

 しかし、あまりにもその起爆は遅すぎた。

 ついに本領を発揮したミスターシービー、しかし。

 二の足を解放したカツラギエースのスピードは彼女の先を行っていた!

 

 まるで脚から電撃が迸るかのような錯覚すら覚える電撃の脚が、すべてを置き去りにしてゴール盤を踏む!

 

 

『そしてそれを我関せずと、カツラギエースが今1着でゴールインだーーーーッ!! なんという着差!? 2着のリードホーユーに6バ身を付けての圧勝だ!! 3着はドウカンヤシマ、ミスターシービーは僅差で4着に終わりました!』

 

 

 ゴール盤の向こうで、力を使い果たしたカツラギエースはぜえぜえと荒い息を吐く。今にも崩れ落ちそうな脚を奮い立たせ、それでも彼女は崩れ落ちずに踏みとどまった。

 見られてるんだ。ブザマなことができるかよ!

 

 カツラギエースは観客席に背を向け、チームの仲間たちへ背中越しにニッと不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「どうだ、勝ったぜ」

 

「す、すごい! すごいですよエース先輩! すごく面白い走りでした!! 最高です!!」

 

「やったああああ!! エースが! エースがついにやったぜえええええ!! シービーに一泡吹かせてやったあああっっ!!」

 

 

 ぴょんぴょん跳ねて喜ぶテスコスールと、その肩にしがみついて腕を振り回すギャロップダイナ。

 うんうんと頷いて眼鏡の下を拭うチーフ、右腕を振り上げてガッツポーズするサブトレ。

 信じられないものを見たようにぽかんとするスズマッハ、そんな彼女に抱き着き泣いて喜ぶスズパレード。

 

 

「エース、おめでとう」

 

 

 そんな背後からの声を聴いて、ようやくハッとした顔でカツラギエースは振り返る。

 

 忘れてしまっていた。

 あまりにも気持ちいい走りで、すっかり失念していた。

 自分は、ミスターシービーに勝ったのだ。前哨戦とはいえ、重賞で彼女から勝利を収めたのだ。

 

 

 背後に立っていたミスターシービーは、いつも通りの涼やかな笑みで……いや、常よりも少し嬉しそうな顔で、カツラギエースを見ていた。

 

 

「シービー……」

 

 

 エースはキュッと表情を引き締めると、彼女に人差し指を突き付けた。

 

 

「あたしはこれで勝ったと思っちゃいない!!」

 

「いや、逆やろ。『これで勝ったと思うなよ』ならともかく、勝っておいてなんやねんそれは」

 

 

 横で見ていたスズカコバンが思わずツッコミを入れるが、それをスルーしてカツラギエースは続ける。

 

 

「今日のシービーは、まだ本調子じゃなかった! 今日のアンタに勝っても、それは勝ちじゃない! 菊花賞で決着を付けるぜ!!」

 

 

 ミスターシービーはクスッと微笑むと、そんなエースに軽く頭を下げた。

 

 

「エース、ありがとう。病気で倒れてから言うことを聞かなかった脚が、キミのおかげでようやく動いてくれたよ。ここから本調子に戻れそう」

 

「シービー、じゃあ……」

 

「うん。菊花賞までに調子を戻すから……今度こそ、本気のアタシと戦ってほしいな」

 

「もちろんだぜ!」

 

 

 ミスターシービーの差し出した手を、カツラギエースはがっしりと握って満面の笑顔を浮かべる。

 

 

 そんな2人の握手に、観客席からは万雷の拍手が降り注いでいた。

*1
力を使い切ってバテること




〇スズカコバン

腰まで伸ばした真っ黒な癖毛が印象的な関西娘。
実馬は北海道産だって? 大体のウマ娘はそりゃそうでしょ。

史実ではカツラギエースと何度もバチバチにやりあった。
ぶっちゃけエースのライバルってシービーよりスズカコバンでは?と作者は思っている。

史実での前走の神戸新聞杯はスズカコバンと争ってカツラギエースが2着でしたが、この作品ではエースは出走してません。数少ない勝ち鞍までスズカコバンから奪うの可哀想だから……。
ウイポでは親父のマルゼンスキーともども欧州デビューさせられることでおなじみ。欧州でなら勝ち鞍稼げるのがなんともまた不憫。
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