偽・ウマ娘ZERO ~不滅の桜~   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第22話「心に火を、折れぬ芯を」

 11月初頭の東京レース場。

 冬の訪れもいよいよ近く、すっかり冷え込んだ空は曇天。昨日から降っていた小雨は上がったものの、馬場状態は決して良くはない。

 

 

「パレード、寒くないか?」

 

「ううん、平気だよ!」

 

 

 コートをかけてやろうかと隣のスズパレードに声を掛けるチーフだが、スズパレードは首を横に振って笑顔を浮かべる。しかし、その笑顔もどこか精彩を欠くのは仕方ない。

 何故なら今日のスズパレードのメイクデビューは、ビゼンニシキとかち合ってしまったからだ。

 

 元来が山育ちで、ジュニアチームでは荒れたコースでばかり走ってきたスズパレードは自分はダートに適性があると思っており、メイクデビューもダートで走ろうと考えていた。

 しかしチーフはスズパレードは芝でこそ輝くと見抜き、4月以来時間をかけて矯正してきたのだ。そもそもこの時代の中央の重賞は芝レースばかり。地方に目を向ければ南関東三冠といったダートレースはあるが、やはり中央トレセンにいる以上は芝の重賞を獲らせてやりたい。

 そうしてよかれと思って芝レースでのメイクデビューを組んだわけだが、まさかそこで現時点ではシンボリルドルフにも匹敵するビゼンニシキとぶつかることになるとは。

 

 出走表を見たときに思わず辞退して別の日程を組もうとすら考えたチーフだが、それを止めたのは他ならぬスズパレードだった。

 

 

「あたし、ビゼンニシキと走ってみたい。逃げたくない! 私だって、ポルックスのメンバーだもん! エース先輩はシービーさんから逃げたりしないもん!!」

 

 

 ……そう言われては断る術はなかった。

 決して口にしないが、チーフにはウマ娘たちの体の健康と同じくらい重視しているものがある。それは彼女たちの心の健康だ。スポーツ科学に則って適切なトレーニングを積めば、体は育っていく。

 だが、メンタルはそうはいかない。良好な人間関係や、大きなレースでの勝利、あるいはライバルとの出会いなど形はさまざまだが、人生の中の限られたチャンスでのみ心は成長していくのだ。ならば限られたチャンスを、決して妨げるべきではない。

 

 チーフははっきり言えば、教え子が健全な精神を育めるのならば重賞を取れなくてもいいと思っている。重賞勝利など、心を育てるための要素のひとつに過ぎない。大きな困難を乗り越えて勝利したときに心が育つ可能性が高いから、勝利を目指しているだけだ。

 このあたり、ウマ娘の成績が自分の評価につながると考え、ときにウマ娘の体を壊してまで走らせる当時のトレーナーの思考とはまったくの対極にある。チーフは異端なのだ。

 

 

(……きついレースになるだろうな)

 

 

 暗く曇った空を見上げながら、チーフはスズパレードをどうフォローすべきかと考えを巡らせていた。

 

 

 

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(フン……今日の出走者はこんなもんか。これならもらったな)

 

 

 パドックからゲート前に移動したビゼンニシキは、内心で鼻を鳴らした。

 

 4月に岡野トレーナーに捨てられてから半年。ビゼンニシキは新しいトレーナーを見つけてトレーニングを積んできている。

 新しいトレーナーは優しく純朴な人柄で、ひどい目に遭って荒んだビゼンニシキを精一杯フォローしてくれた。それで彼女の心も随分と救われたのだが、しかし。

 

 

(足りねえ……)

 

 

 その才覚は岡野に比べると明らかに一段見劣りした。

 ビゼンニシキのトレーナーが悪いのではない。彼とてベテランに近い優秀なトレーナーだし、才覚もある。ただ比較対象が悪いだけだ。岡野というトレーナーは、その人格面はともかくトレーナーとしては当代最高の指導力を持っている男だった。

 

 そしてビゼンニシキの現在のモチベーションのすべては、シンボリルドルフを見返すことで成り立っている。シンボリルドルフと同じGⅠに出走し、勝利する。自分を捨てた岡野を後悔させる。

 そうすることでしか、彼女の傷ついたプライドは回復できないのだ。

 

 だというのに。

 

 

(足りねえ、足りねえ、足りねえッ……!)

 

 

 彼女の新しいトレーナーの指導ではぬるすぎる。もちろんビゼンニシキのトレーナーは彼女を決して壊すことなく優れた競技者に育てるために心血を注いでいるのだが、それではビゼンニシキの心を満足させられない。

 

 ビゼンニシキは彼女を壊すほどのヘビーなトレーニングでしか、シンボリルドルフを超えられないと思っている。少なくとも彼女はそう思い込んでしまっていた。それはみすみすシンボリルドルフに乗り換えられてしまった、自分の不甲斐なさを無意識に責めているからでもある。

 

 そしてトレーニングに満足できない彼女の怒りとストレスは、レースへと向けられた。全力で戦える相手がほしい。目の前に現れる強敵を残らず叩きのめした先に、シンボリルドルフとの決戦が待っているはずだ。

 それなのに、メイクデビューの相手がどいつもこいつも役者不足すぎる……!

 

 そこに、パドックを終えたスズパレードが戻ってきた。

 

 

(……いた! 戦える相手が!)

 

 

 スズパレードはまだまだ本格化には遠く、その成長具合はテスコスールにもスズマッハにも遠く及ばない。走れば必ず負ける。

 しかし半年をかけてチーフが丁寧に足の不揃いなバランスを矯正し、正しいフォームを教え込み、スポーツ科学に基づいて育成した体躯は、同世代の凡百のウマ娘からは頭ひとつ抜けた存在になっていた。

 比較対象が悪いだけなのだ。テスコスールとスズマッハが、現時点の同世代の中では上澄み中の上澄みと呼べる完成度に達しているだけで、スズパレードは決して弱くはない。

 しかし残念なことに、彼女を標的と見定めたビゼンニシキもまた、現時点の同世代の上澄み中の上澄みだった。

 

 

「おい、スズパレード! 今日のウチはオメーとサシで走るつもりでやっからな! 少しは楽しませろよ!」

 

「えっ、えっ……!?」

 

 

 突然勝負を挑まれた……というより喧嘩をふっかけられた勢いのスズパレードは、目を白黒させる。

 しかしその相手がビゼンニシキだと知ると、きゅっと表情を引き締めて頷いた。

 

 

「う、うん! がんばる!!」

 

「頑張る……っておめえよお」

 

 

 スズパレードの子供っぽい返事に少し毒気を抜かれそうになったビゼンニシキだが、やがて凶悪な人相に戻って彼女を睨み付けると、自分のゲートに入っていった。

 

 

 

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 先行の位置についたスズパレードは、序盤からレースを引っ張るハイペースな行きっぷりを見せた。

 初心者によくあるかかった上での暴走ではないかと見た他のウマ娘たちはスズパレードについていかず、いずれ自滅するだろうと悠長に構えていたが……。

 ただ一人だけが、そんな彼女を警戒していた。

 ビゼンニシキである。

 

 スズパレードには既に1600メートルをハイペースで走り切るだけのスタミナが備わっている。2000メートルはまだ厳しくても、マイルならスタミナで制圧できる。そう見込んだからこそチーフはこの距離をメイクデビューに選び、スズパレードはそれに応えた。

 誤算があるとすれば、そんな彼女にロックオンしていたビゼンニシキがいたことだ。

 

 スズパレードは潰れないと見たビゼンニシキは、向こう正面に入った途端に最後方からのまくりで他の出走者たちをごぼう抜き。

 第3コーナーでスズパレードの後方4バ身まで迫り、最終直線で一気に勝負をかけた。

 

 

「やるじゃねえかスズパレード! だが、勝つのはウチだッ!!」

 

「う、くっ……やだ! 抜かれたくない! 勝ちたいっ……!!」

 

 

 スズパレードは懸命に逃げ粘り、荒い息を吐きながら必死に脚を動かす。

 その脳裏に浮かぶのは、憧れ。

 

 

(あたしも、なりたい……! スールやマッハみたいになりたいっ……!!)

 

 

 スズパレードは目尻に涙を浮かべ、叫んだ。

 

 

「勝ちたいっっ……!! 勝ちたいよぉっ……!!」

 

「奇遇だな、ウチもだよッ!!」

 

 

 ビゼンニシキが吠え、そして……。

 

 スズパレードを抜き去った彼女が、1バ身をつけてゴール盤を踏み越えた。

 後を続いて、スズパレードがゴールイン。

 その後続は……誰もいなかった。

 2人がゴールしたとき、後続の姿は遥か後方にあった。

 

 スズパレードと3着との着差、実に9バ身。

 メイクデビューとは思えない、圧倒的にハイレベルな2者の激突だった。

 

 

 顔を伏せるスズパレードから、大量の水分が滴り落ちる。

 それは汗か、涙か。あるいはその両方か。

 

 子供のように泣きじゃくる彼女を見ていられず、何か声を掛けようとして……ビゼンニシキは唇を噛んだ。

 

 本気で泣いて悔しがっている相手に、勝者が慰めの言葉を掛けるな。相手を余計にみじめにするだけだ。

 こういうときは、ただ傲慢であれ。

 いずれ倒されるべき、強敵であれ。

 

 

「……楽しめたぜ、スズパレード。また戦ろう」

 

 

 上から目線でそれだけ言って、ビゼンニシキは肩で風を切って歩み去る。

 彼女にそうあるように教えたのもまた岡野であることに、気付かぬまま。

 

 

 

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「…………」

 

「負けちゃったか」

 

 

 無言で控室に続く廊下へ戻ってきたスズパレードに、チーフは穏やかに声を掛けた。

 こくりと頷くスズパレードの頭を、くしゃりと撫でる。

 

 

「負けたけど、いい走りだったぞ。後ろに9バ身も差をつけてた。ほとんど圧勝って言ってもいい快挙だ」

 

「でも……1着じゃなきゃ意味ないよっ」

 

 

 チーフの顔を見上げるその顔が、ぐしゃりと涙で滲む。

 悔しくて、悔しくて。体操服の上着の裾をぎゅーっと握りしめながら、スズパレードは涙声で訴える。

 

 

「1着になれなかった……。負けちゃったよ……。あたし、あたし……マッハやスールみたいに、勝てなかった……!!」

 

「ああ……ああ……」

 

 

 相手が悪かった。

 ビゼンニシキさえいなければ1着だった。

 まだ本格化を迎えてないから勝てなくても仕方ない。

 

 そう言ってやるのは簡単だが、チーフはその言葉を押し殺した。

 そんな慰めを口にしたところで、スズパレードの成長の糧にならない。結局それは運が悪かったと言うのと同義だから。ただの思考放棄に過ぎないなら、そんな慰め方は教育者としてしてはならない。

 

 

「悔しいな。あんだけ頑張ったのに、届かなかった。俺も悔しい。お前を勝たせてやれなかったことが、本当に辛い」

 

「う、く……!! うっ、ううっ……」

 

 

 大事なのは、ただ、その悔しさを正面から受け止めてやること。

 一緒に悔しがって、次に続けること。

 

 チーフはスズパレードの頭を優しく撫でる。

 

 

「泣いていい。エースには泣くなって言ったけど、お前はまだ泣いていい。それが許される年齢と立場だ。泣いてスッキリして、それから次につなげよう。次こそは絶対勝とう」

 

「う……うあああああああっ!! うあああああああああああああああんっ……!!」

 

 

 スズパレードはチーフに抱き着くと、人目もはばからずにわんわん泣き出した。

 ぐりぐりと顔をこすりつけるうちに涙と鼻水がコートを汚すが、チーフは何も言わずスズパレードの小さな肩を抱いて、好きなようにさせてやる。

 

 そうだ、好きなだけ泣け。

 だけど、曲がるな。その敗北をバネにして、まっすぐ強く育ってくれ。

 

 チーフは、先ほどのパレードの言葉からふと気づく。

 

 

(そうか、本当に辛いのは今日ビゼンニシキに負けたことじゃない。テスコスールやスズマッハのように、初戦を勝利で飾れなかったことが……。仲間に置いてきぼりにされたようで、悲しいんだな……)

 

 

「敗北の悔しさを、次への強さに変えろ。前にも言ったように、お前の成長は遅い。だからお前の歩む道は、きっと今日みたいに辛いことばかりだ」

 

「ぐすっ、ぐすっ……!」

 

 

 泣きじゃくるスズパレードに、その声は届いているだろうか。

 たとえ届いていなくても、これから先、負けるたびに何度でも言おう。

 そう思いながら、チーフはスズパレードの肩を抱いて告げる。

 

 

「でも、めげるな。自分に負けるな。一度のレースに負けても、競争人生は終わらない。虎視眈々と後方でチャンスを窺え。そして、いつかみんなまとめて抜き去ってやれ」

 

「うん……うんっ……」

 

 

 この日、スズパレードは負けた。

 しかしその心には、それまでの彼女にはなかった小さな火が生まれた。

 

 いつか、勝ちたい。

 テスコスールや、スズマッハや、カツラギエースに。

 ビゼンニシキに、シンボリルドルフに。

 

 遅い自分の前を走っていくウマ娘たち。

 その日までは憧れの対象でしかなかった彼女たちを、いつか追い抜かしたい。

 そんなちっぽけな野望の火が、確かに彼女の心に宿った。

 

 その火を原動力に、スズパレードは走る。

 遠い遠い未来の栄光へと続く、それは最初の一歩だった。

 

 

 

 スズパレードは、21日後の別のメイクデビューで勝利を収める。

 それから彼女は時代の英傑たちの前に幾度も敗北することになるが、この日チーフに入れられた彼女の心の芯は、ただの一度も折れることはなかった。




Q.なんでビゼンニシキとスズパレードに絡みが?

A.最後の鞍上が同じ。


書きためがなくなりましたので、ここからは不定期更新になります。

毎日実馬のレースを動画で見て、その逞しさと鮮烈さに感嘆し、文章に起こしていくのはとても楽しく、実りある日々でした。
ご愛読、ご感想をいただいた方々、大変励みになりました。ここにお礼を申し上げます。
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