偽・ウマ娘ZERO ~不滅の桜~   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第7話「走れ! 走れ!」

「ぜぇーーーっ……ぜぇーーーーっ……」

 

 

 周回を終えたテスコスール、スズパレード、スズマッハの3人は、グラウンドにひっくり返っていた。

 絶対に本気を出して走るなと厳命されていたのでほどほどのペースで走ったし、インターバルも挟んだとはいえ、短・マイル・中の3本を連続でこなせばさすがに足に来る。

 

 特に3人の中でもスズマッハはバテバテになっていた。現時点でのスタミナのなさが顕著に出ているようだ。

 

 

(それにしてもテスコスールさんは、口先だけではないようですね……)

 

 

 真っ先に立ち上がってがぶがぶと水道から水を飲んでいるテスコスールを、スズマッハは身を起こしながらじっと見つめた。

 

 スズマッハは自分の本領が中距離にあると思っている。小学生の頃にも地元のレースチームに所属していたスズマッハは幾度も2000メートルを走っており、そこではまったくの負け知らずだった。

 クラシックディスタンス(2400メートル走)は小学生の体力では危険だからと止められていたので走ったことはないが、おそらく1800~2400くらいが自分の適性距離だろうと予想している。

 

 自信があったのだ。1600(マイル根幹)までは負けるかもしれない。だが2000(中距離根幹)ならティアラ路線には決して負けないはずだと。

 

 

(……手も足も出なかった)

 

 

 スズマッハはいかにもズブそうな顔をしているが、実際にはスピードとスタミナを兼ね備えた健脚のウマ娘だ。

 近年の流行りのスピードのあるステイヤータイプというやつで、さらに頭も切れる。レースでは前寄りの先行策を取り、逃げウマがいなければその位置からレース全体のコントロールもするし、逃げウマがいれば背後を何度も脅かして圧力をかけ、調子を崩させるのが得意技だ。

 

 今日のラストとなる中距離では、スズマッハはテスコスールに得意の策略を仕掛けてみた。……だが、テスコスールには彼女の作戦はまるで通じなかった。

 逃げの位置で走る彼女は、スズマッハがいくら圧力を掛けようがまるで気にした素振りもなく、自分のペースを守って走り続けていた。

 

 普通のウマ娘なら、そんなことをされれば背後が気になって仕方がなくなるはず。ウマ娘というのは自分の真後ろに誰かが存在することを忌避する本能を持っており、特に背後で足音がすればどうしたって気が散ってしまうものなのだ。

 

 しかし、テスコスールはスズマッハを気にする素振りは一切見せず、ただ前だけを向いて走っていた。恐るべき精神力だと舌を巻かざるを得ない。まるで背後のスズマッハよりも警戒しないといけない強敵が、彼女の目の前を走っているかのように。

 そのまま最後まで抜くこともできず、スズマッハはテスコスールに敗北を喫したのだ。

 

 認識を改めねばならないだろう。

 正直、スズマッハは心のどこかでテスコスールを舐めていた。クールぶってカッコつけるところも、姉を自慢するところも、どこか抜けていてコミュ障なところも、テスコスールを甘く見させる一因だった。走れば絶対に自分の方が強いと、そう思っていた。

 だが実際のところは、現時点では自分より格上だ。それも圧倒的に。

 

 テスコガビー。仮にも八大競争のひとつである桜花賞で、10バ身以上の大差勝ちを果たした伝説のスピードスター。

 研究用のビデオで見たその伝説のウマ娘に、テスコスールは本当によく似ていた。

 

 

(この子は間違いなく世代を代表するウマ娘のひとりになりますね)

 

 

 そして、自分はこれから彼女と同じチームでトレーニングをすることになる。

 つまりテスコスールと同じ内容の練習を課されることになるのだ。

 

 ……それでこの子を追い抜かすことができるのか? 現状で既に大きな差を付けられているのに、同じ練習メニューをこなしてこの子に勝てるようになるのか?

 

 

(いえ……考え方を変えましょう。この子はティアラ路線、私はクラシック路線。少なくともクラシック期の間はぶつかることはない)

 

 

 世代を代表する強豪になることが間違いないテスコスール。その強豪と、まったく同じトレーニングを受けられるのなら、自分もここからさらに実力を伸ばせるはず。

 シニア期になるとどうしても対決は避けられないかもしれないが、そのときはそのときだ。どうせどこのチームに所属しても、いつかは対決することになるのだし。

 

 

 スズマッハがそうして頭の中でパチパチと算盤を弾いていると、ヤカンを手にしたチーフとサブトレが歩いてきた。……派手な髪色をした逆さキャップの女性は、どうやらポルックスのサブトレーナーらしい。

 

 

「お疲れ様。ほれ、これ飲んどけ。運動した後の水分補給は重要だぞ」

 

「あ、これはどうもありがとうございます~」

 

 

 やかんに直接口を付けてぐいっと飲んだスズマッハは、ごほっとむせ返る。慌てて口を離し、眉根を寄せてやかんを睨んだ。

 

 

「ゴホッ、ゴホッ! な、なんですこれ!? 変な味……!」

 

「ポカリスエットだ。知らんのか?」

 

「き、聞いたこともありませんよ~。てっきり水か麦茶かと……」

 

「スポーツドリンクだよ。アメリカで流通してるゲータレードの後追い商品だが、糖分と塩分が添加されていて、ただの水よりも体に水分が吸収されやすい。まあ塩を入れた麦茶でもいいが、以前メーカーに勤めてる友人に泣きつかれたんで大量に購入したんだ」

 

 

 今では誰もが知るスポーツ飲料となったポカリスエットは、1980年に発売された。当時はまだペットボトルではなく粉を水に溶かすタイプで、最初期はまるで売れなかったが、2年目から売れ行きを伸ばしている。しかしこの当時はまだ出回り始めた時期で、知名度もそれほどではなかった。

 

 

「まあそのうち有名になるから覚えておくといい」

 

「……こんな変な味の飲み物が流行ることなんてあるんでしょうか~?」

 

 

 訝し気にやかんを眺めるスズマッハの横で、スズパレードはごきゅごきゅと喉を鳴らしてやかんを傾けていた。

 

 

「ぷはぁー! おいしー!! 生き返る~!!」

 

「イトコの口には合ったようだが」

 

「ええ……?」

 

「スズマッハさんは飲まれないんですか? それなら私にください」

 

 

 水飲み場から戻ってきたテスコスールがやかんを手に取ろうとすると、スズマッハはぱしっとやかんを取り返し、一瞬顔をしかめながらごくごくとすごい勢いで飲み始めた。

 

 

「あっ! 意地悪!」

 

「イヒヒ! ライバルとして認められたようだぜ、良かったじゃねえか」

 

 

 ランニングを見学していたギャロップダイナは、頭の後ろで手を組みながらニヤニヤと後輩たちのやりとりを眺めている。

 カツラギエースは苦笑を浮かべながら、テスコスールに別のやかんを差し出した。

 

 

「ほら、テスコスールの分も用意してあるぞ」

 

「ありがとうございます、エース先輩!」

 

「…………」

 

「どうしたよ、エース」

 

 

 人差し指で鼻の下をこするカツラギエースの脇腹を、ギャロップダイナが肘でツンツンとつつく。

 

 

「いや……後輩ってこういう感じなのかと思ってさ」

 

「クククッ。オマエずっと先輩に可愛がられてたからな」

 

 

 そんなチームメンバーたちのやりとりに頬を緩ませていたチーフだが、俄かに眼鏡を光らせて、顔を引き締める。

 あの光る眼鏡、どういう仕組みなんだろう……と首を傾げる新入りたちに、チーフは固い口調で告げた。

 

 

「さて、お前たちの走りは見せてもらった。適性としてはテスコスールはマイルと中距離、スズマッハとスズパレードは中距離といったところだろう。全員クラシックディスタンスまでは走れるようだな。クラシック・ティアラのどちらの路線でも、不足なく戦えるようで何よりだ」

 

「2000までしか走ってませんけど、どうして2400を走れるってわかるんですか~?」

 

「そのために先に1200を走らせたんだよ。そして、その後の1600での走りを見て、クラシックディスタンスの走りに耐えられるか確かめたのさ。合計すると2800だろう? 今のお前たちに2400をそのまま走らせるのは怖いから、いったんインターバルを挟んだんだ」

 

「ああ、なるほど~」

 

 

 1200を走れば、インターバルを挟んでもどうしても体に負荷は残る。

 そこからの回復力を加味したうえで、1600での走りを見てマイル~クラシックディスタンスでの距離適性を計ったということだ。

 

 なるほどなーと3人が頷いたところで、テスコスールが眉根を寄せた。

 

 

「あれ……? じゃあ最後の2000を走ったのは余計だったのでは……?」

 

「……4000メートル走る機会があるかもしれんだろう」

 

「日本最長距離ステークスかカドラン賞でも走らせるおつもりですか!?」

 

 

 なお、4000メートル走となる日本最長距離ステークスは1975年に廃止されている。参加者がまったく集まらなかったので、仕方ないね。

 

 

「まあ、3人ともバテバテだったし、長距離はやめておいた方がいいだろうな。これからのトレーニング次第では走れなくもないだろうが、それならマイルや中距離に磨きをかけた方がよほどいい。天皇賞・春や菊花賞に強いこだわりがあるなら別だが」

 

「ありますね~。菊花賞は取りたいです。いえ、クラシック三冠がほしいですよ~」

 

 

 スズマッハは、じっとチーフの瞳を見つめる。

 その細い糸目の奥で、隠しきれない情熱の火が燃え盛っているようだった。

 

 

「わかった、以降のトレーニングで考慮しよう」

 

「……意外と私たちの意見を通してくれるんですね~」

 

 

 スズマッハは意外そうに首を傾げる。

 この頃はトレーナーの権力が強く、ウマ娘の意見は届きにくい時代だった。一度預けられたからにはトレーナーの意向は絶対。ウマ娘はどれだけ辛いトレーニングも耐えなければならないし、どのレースに出るかもトレーナーが決める。

 今では想像もできないが、この当時のトレーナーとウマ娘の関係はそれが普通だった。

 

 

「お前たちの脚はお前たちのもの。そして人生の栄光も挫折も、お前たちのものだ。トレーナーはお前たちが栄光を掴めるように精一杯支援するが、どのレースに出たいかはお前たちの意思を優先すべきだと俺は思う。もちろん、いい結果を掴めるレースは勧めさせてもらうし、まずいレースは忠告もさせてもらうが」

 

「……わかりました~、ありがたいことです~」

 

「では、今後の方針を決めたいと思うが……。その前に確かめたいことがある。お前たち、少し脚に触らせてもらってもいいか?」

 

「え!?」

 

 

 スズマッハは細い瞳を見開き、ぎょっとした顔で慌ててスズパレードの前に立ちはだかった。スズパレードは不思議そうな顔で小首を傾げる。

 

 

「どうしたの、マッハ? あたしは別にいいよー」

 

「よ、よくないです! よくないですよパレード! そういうの全然よくないです!!」

 

「私も別に構いませんが……」

 

「テスコスールさんも、もっと自分を大事にしてください~!」

 

 

 チーフは溜息を吐くと、コリコリとこめかみを掻いた。

 

 

「誤解するんじゃない。お前たちの脚の筋肉の付き方や、疲労の溜まり方を調べたいだけだ。俺はトレーナー学校や海外の留学先での経験から、触診についての知見を持っているからな。触れば大体のことはわかる」

 

「で、ですけども~。出会ったばかりの男の人に、その……」

 

「ああ、わかってるわかってる。むしろ貞操観念がしっかりしてて良いことだ。……そのために女性のサブトレを用意している。ミカ、頼む」

 

「はいは~い!」

 

 

 それまで黙って彼の後ろで待機していた逆さキャップの女性が、ようやく出番だとばかりに前に進み出てくる。

 派手な髪色にばかり目が向いていたが、いざ目の前にするとかなりの長身だ。175センチは優に超える、この時代の女性としてはかなりの恵体だった。……女性らしい部分も相当に大きい、グラマラスボディである。ジャージの上着がパンパンに膨れていた。

 

 

「どうも初めまして~! ポルックスのサブトレーナー、天使(あまつか)だよ! サブトレさんでも、テンちゃんでも、ミカ姉でも、好きなように呼んでいいかんね~! いぇーい!」

 

 

 快活な調子でまくしたてたサブトレは、いぇーい!と新入生に向けてピースサインを飛ばしてくる。

 

 

「えぇ……?」

 

「え、いいんですか!? じゃあミカ姉って呼ばせてもらいますね!」

 

 

 ハイテンションの強圧にスズマッハがたじろぐ一方で、テスコスールは満面のにっこにこ笑顔である。同級生には人見知りのくせに、なんでサブトレはあっさり受け入れてるんですかこの人……とスズマッハは半目を向ける。

 

 

「あの……じゃああたしもミカ姉って呼んでいいかな?」

 

「いいよー!!」

 

「やったー!」

 

 

 ぱちーんと息の合ったハイタッチを決めるサブトレとスズパレード。

 まあ、パレードが人懐っこいのは今更ですが……とスズマッハは溜息を吐いた。

 

 ごほん、とチーフは咳払いをして話を続ける。

 

 

「サブトレーナーのミカには、俺の持つ触診やマッサージのノウハウをすべて叩き込んである。基本的にはミカが触診を担当するから、安心しろ。……女性にも触られたくないという者はいるか?」

 

 

 3人とも首を横に振るのを確認して、チーフはよしと頷いた。

 

 

「ではミカ、診断を頼んだ。俺は横で見させてもらう」

 

「はいは~い、お任せだよ~!」

 

 

 サブトレが腕まくりをするのを見て、スズマッハは目を丸くした。

 うわぁ、腕もすっごい筋肉……! いや、それよりも。

 

 

「待ってください、チーフも見るんですか!? 乙女の柔肌ですよ~!?」

 

「見ないとわからんこともある。お前はじいさんの医者が体に触れるのも嫌がるタイプなのか?」

 

「それとこれとは別ですよね~!? 貴方はトレーナーであってお医者様じゃないですよ~!!」

 

「お前らの健康を預かるという点では似たようなものだ。ほれ、ミカとっととやれ」

 

「らじゃー!!」

 

「あ゛~~っ!!!」

 

 

 

 

「マッハちゃんはジュニアの初めにしてはかなり仕上がってるね~! でもちょっと腓腹筋やヒラメ筋が固いかな~?」

 

「ここが固いと肉離れしやすいからな。練習前だけでなく、寝る前にもストレッチは入念にして筋肉をほぐしておけよ」

 

「うううう……見ないで……見ないで……」

 

 

 

 

「筋肉が発達しているし、柔らかいね! これはいい筋肉だ~!」

 

「ほうほう……さすがスールだ。パンと張ったいい脚をしている。ガビー譲りだな」

 

「もちろんです。姉様のようになれるよう鍛錬を欠かしていませんから!」

 

 

 

 

 

「さーて、パレードちゃんの筋肉ちゃんはどうかな~?」

 

「お手柔らかにお願いしまーす」

 

 

 指をワキワキさせながら近づくサブトレに、屈託のない笑顔を向けるスズパレード。

 年頃の乙女としてどうなの……と思いつつ、スズマッハは地面に転がって羞恥の余韻に悶えていた。

 

 

「ん? んーんーんー……。パレードちゃんの脚、かなり筋肉の付き具合いいね」

 

「ホント? やったぁ!」

 

「どこで鍛えたの? 小学生のとき、どんなトレーニングしてた?」

 

「トレーニングっていうか、山で遊んでたら鍛えられたんだ!」

 

 

 スズパレードはえっへんと胸を張る。 

 あまり周囲から褒められたことがないスズパレードだが、この脚と恩師のことだけは自慢だった。

 

 彼女の恩師はイタリアで選手として活躍したウマ娘で、プロチームのコーチとして来日したものの、他のウマ娘との派手なケンカの末に競争能力を失ってしまっていた。その後どういう心境の変化か北海道の田舎でキッズレーシングチームのコーチをすることになり、そこでスズパレードの面倒を見ていたのだ。

 

 スズパレードはこのチームでは負け知らずだった。

 しかし、特に激しいトレーニングをしていたわけではない。ただ来る日も来る日も、実家の裏山で野猿のように駆け回っていただけだ。

 スズパレードの実家の山は起伏が多く、農作物を育てるにも向いていなかった。正直大人は持て余しており、山があることに喜んでいたのは遊び場にしていたスズパレードくらいのものだっただろう。

 しかしその環境が、貴女に天賦の才と言っていいほどの筋力を培わせたのだろうと、彼女の恩師は言っていた。

 

 実家の山が大好きなスズパレードにとって、その言葉は何よりの誇りとなったのだ。

 

 

 そんなことを、スズパレードは得意げに語った。

 

 

「だからあたしは、実家のお山に鍛えられたこの脚をみんなに見せてやりたいんだ!!」

 

「なるほどね……そういうことかぁ」

 

 

 サブトレはスズパレードの話に渋い顔をしながら、彼女の脚をぐにぐにと揉んだ。

 

 

「どうだ?」

 

「バランスが悪いね。思ったよりもかなりひどい」

 

「え!?」

 

 

 目を丸くするスズパレードを見下ろしながら、チーフはふむと顎に手をやった。

 

 

「すまんが俺も触って確かめたい。いいか?」

 

「う、うん……」

 

 

 スズパレードの脚に手を触れたチーフは、ぐいぐいとその筋肉を揉んでいく。

 その手つきはサブトレよりも格段に手際がいいことが、素人目にも感じられる。先ほどサブトレに技術をすべて伝授したと言っていたが、そこにはやはり技量の差が存在した。

 ……まるで本当のお医者さんみたいだ、とスズパレードは心中で呟く。

 

 しばらく無言で彼女の脚を揉み解してから、チーフはじわりと滲む額の汗を拭った。

 

 

「両脚の筋肉の付き方が偏っている。これではいずれ怪我をするぞ」

 

「ええーーー!?」

 

「すみません、それは本当ですか~?」

 

 

 チーフの無情な判定に悲鳴を上げるスズパレード。

 スズマッハは彼女に続き、これまでになく真剣な顔でチーフに問うた。

 

 

「言いづらいが、本当だ。パレードは子供の頃から山を駆け回っていたと言ったな。それは確かに彼女にたくましい脚を与えたのだろうが……同時に誰も監督する者がいない中で、両脚で歪な筋肉を付けてしまったのだろう。このまま放置するといずれ両脚の歪みは決定的なものとなり、大事故を起こすかもしれん。今は大したことはないが、脚に時限爆弾がついているのと同じことだ」

 

「そ、そんな……」

 

 

 子供の頃から親しんでいたお山から与えられた自慢の脚が、いずれ爆発する時限爆弾つきのものだった。

 ショックのあまりスズパレードは言葉を失い、その場にへたり込む。

 

 そんなイトコをちらりと見てから、スズマッハはチーフの瞳を見据えた。

 

 

「……治せるのですよね? 『このまま放置すると』とおっしゃったからには」

 

「無論だ、矯正できる」

 

 

 チーフは眼鏡を輝かせ、スズマッハの視線を正面から受け止めた。

 

 

「スズパレードは現時点では脚の速さも大したことなく、フォームも雑で、スタミナも足りず、未熟極まりないウマ娘だ」

 

「ぐふっ……」

 

「だが、その未熟さが幸いした。本格化前の今なら、彼女の筋力を矯正しながら正しいフォームを身に付けさせることで、脚部不安を解消できる。もちろん矯正を行う分、クラシック戦線で活躍することは難しくなるだろうが……。怪我を一度もさせることなく、最後まで走り切らせることが可能なはずだ。」

 

「それは競争人生の最後まで、ということですね?」

 

「そうだ。一切の怪我をさせないまま、キャリアを全うできる」

 

「……承知しました」

 

 

 そう言って、スズマッハは瞳を閉じる。

 ふう……と溜息を吐いた彼女は、いつも通りののんびりした顔に戻っていた。

 

 

「正直、パレードちゃんの走りって以前からなんだか危なっかしいな~とは思っていたんですよね~」

 

「え!? そんなこと思ってたの!? それなら早く言ってよ!!」

 

「いえ、危ないと思ってはいたんですけど、何がおかしいのかは分かっておらず……。小学校の頃はチームも違いましたし、どんな練習をしているのかも知らなかったので~」

 

 

 スズマッハはチーフとサブトレに向き直ると、深々と頭を下げた。

 

 

「無知ゆえの不調法の数々、誠に失礼いたしました~。皆さんのおかげで、大切なイトコが怪我をする未来を遠ざけられます~」

 

「いや、トレーナーが教え子を怪我から守るのは当然のことだ。そんなことでいちいち頭を下げる必要はない」

 

「そうだよ~! こんなの当たり前のことだって! 怪我するウマ娘が一人でも少なくなることが、私たちの願いなんだからさ~!」

 

 

 チーフはしかめっ面で、サブトレはケラケラと笑いながら右手をパタパタさせながら、スズマッハに言葉を返す。

 スズマッハはどこか眩しそうに大人たちを見ながら、再び頭を下げた。

 

 

「かくなる上は、もはや仮入部などとは申しません。貴方がたに私たちの信頼を預けます。どうか最後まで、私たちを導いてくださいな~」

 

「……いいのか?」

 

「はい。貴方がたが確かな技術や知見を持っていること、見せていただきました~。今までパレードの脚部不安を指摘された方は、誰もいらっしゃいませんでした。貴方がただけはパレードを怪我から遠ざけ、最後まで走らせてくれると信じます」

 

 

 しっかりと視線を交わし合い、魂の契約を交わすスズマッハとチーフ。

 

 

「……あの……」

 

 

 そして相変わらずガン無視されるスズパレードの意見……!

 

 しかしそれも自分を想ってのことだと思うと、何も言えないスズパレードだった。

 

 

「よし、わかった。それでは早速、明日からトレーニングメニューを考えていこう。しかし今日のところは歓迎会だ!」

 

「バーベキューだぞ~!! チーフと一緒に、クーラーボックスパンパンのいい部位買ってきたかんね~!!」

 

「イヤッフーーー!」

 

「待ってました!!」

 

 

 チーフとサブトレの音頭に、まだかまだかと待っていたギャロップダイナとカツラギエースが歓声を上げる。

 

 

「やっぱりウチの歓迎会って言ったらバーベキューだぜ!」

 

「そうだな。でも野菜も食えよ、ダイナ。肉ばっかり食べてちゃダメだぞ。偏食しないように、あたしが焼いてやるからな」

 

「オマエはオカンかよぉ!?」

 

 

 テスコスールは先輩たちのやりとりを見ながら、わずかに頬を緩める。

 そして、ふと気になったことを口にした。

 

 

「そういえば、チーフが来る前に言ってたここのルールって何なんですか?」

 

「ん? ああ、別に大したこっちゃないさ。明日にでも説明を……」

 

「いい質問だ!」

 

 

 耳聡く聞きつけたチーフが、ぎらりと眼鏡を光らせる。

 

 

「スールには真っ先に聞かせようと思っていた! お前から訊いてくるとはいい心がけだ! いいか、チーム・ポルックスの絶対厳守ルール! それは……」

 

「それは?」

 

「自主トレーニング一切禁止! 怪我も病気も禁止! 試合で無茶して怪我することも禁止だ!! この3つだ、いいなッ!!」

 

「……は?」

 

 

 テスコスールはぽかんとした顔になった。

 

 

「……なんですか、それ。自主トレーニングはもっと頑張りたいという心の発露。それを指導者ともあろう者が禁止するとはどういう了見ですか!?」

 

「黙れ! こっちはお前らが怪我しないギリギリで最大限のパフォーマンスを出せるようにメニューを組んでんだよ! お前らが勝手に目の届かないところで自主トレーニングして負荷を掛けたら、計算が台無しになるだろうが!」

 

 

 眼鏡の奥から血走った目で睨んでくるその気迫に、思わずテスコスールは後ずさる。

 代わってスズパレードが、困惑した顔で続けた。

 

 

「あの……怪我とか病気を禁止と言われても。なるものは仕方ないんじゃ?」

 

「なったものは仕方ない。だが、怪我や病気の防止はできるだろう? たとえば、ウマ娘専用道路とかいうふざけたものは使うな! ターフより硬いアスファルトの上を走って脚にダメージがないわけあるかよ! 移動は極力電車かタクシーを使え、金なら俺が出してやる! 冬場はマスクをしろ、電車の中でゴホゴホ咳してるやつがいたら即座に逃げろ! そういった工夫をする努力をしろと言ってるんだ」

 

「ああ、なるほど……」

 

 

 納得できたスズパレードが、素直に引き下がる。

 最後にスズマッハが口を開いた。

 

 

「試合で無茶して怪我するな、というのは~……?」

 

「聞いたままだ、試合で怪我をするな。お前たちウマ娘は、何かというとすぐ『このレースを最後に走れなくなってもいい、だから全力を!』みたいなことを言い出して美談みたいに扱うが、お前たちの人生はその後もずっと続くんだぞ。レースで怪我なんかするな。後遺症を残す走りなんかするな。そんなことしなくても勝てるように俺が調整してやる。それが俺たちの仕事だ」

 

 

 そこでチーフはいったん言葉を切る。ぜいぜいと肩で荒く息をしていた。

 呼吸を整えて、落ち着いた口調で続ける。

 

 

「頼むから、怪我はしないでくれ。お前たちの肉体の構造は、掛け値なしの“全力”に耐えられるほど頑丈じゃないんだ。お前たちが体を壊してトロフィーを獲ったって、俺は嬉しくない。それだけは覚えていてほしい」

 

「…………」

 

 

 チームのウマ娘たちは誰も言葉を継げなかった。

 チーフの横に立つサブトレは、静かに瞳を閉じて彼の言葉を聞いている。夕陽に照らされたその横顔が、なんだか自分たちよりずっと大人に見えた。

 

 

 くわっ!

 

 

「特にスール! お前絶対に無茶するなよ!」

 

「なんで私だけ名指しなんですか!?」

 

 

 チーフが眼を剥きながら食ってかかり、テスコスールは悲鳴を上げる。

 

 

「練習中に無駄に全力出して怪我するのはお前みたいなヤツなんだよ!! いいか、絶対に怪我するなよ! 無茶したらブッ殺すぞ!!」

 

「あっ、暴言! それはウマ娘への暴言ですよ! 許されません! 保護者に連絡して厳重に抗議します!」

 

「うるせえ! 保護者も俺の味方だわ! 俺の目が黒いうちは、自主トレも無茶も絶対にさせねえからな!!」

 

 

 ぎゃいぎゃいと言い争う2人を呆れた目で眺め、スズマッハは口元に指を置いて呟いた。

 

 

「……早まりましたかねぇ~?」




〇テスコスール

もうクールさの欠片も残ってねえ。
ほっとくと練習中に無駄に全力出して怪我するタイプ。


〇チーフ

絶対怪我許さないマン。
自主トレの提案はすべて却下して体力+5させるタイプ。

2000を走らせたのはマイル・中距離では力を発揮できない完全なステイヤーだった場合を危惧してのことだが、そんなことはなくて一安心した。


〇ミカ姉

ファンキーなみんなのサブトレお姉さん。
いつも帽子を被っているのでウマ耳かヒト耳かは謎なタイプ。


〇ギャロップダイナ

バーベキュー大好き。
ひたすら食べるタイプ。


〇カツラギエース

バーベキュー大好き。
ひたすら焼いてあげるタイプ。


〇スズマッハ

スズパレードを無事に育ててくれそうなのでここに決めた。
イトコ大好きガールなタイプ。


Q.何故スズマッハがチーム入りを?
A.テスコガビーとカブラヤオーとスズマッハは鞍上が同じ。


〇スズパレード

心も体もほぼ小学生。早くもホームシック気味。。
お母さんを思い出して大きなお姉さんに惹かれてしまうタイプ。

恩師の名前はソルティンゴといいますが、作中に出てくることはありません。
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