ダンジョンの地下へと続く道を走る。一歩足を進めるごとに心配と不安が募っていった。
ソロでダンジョンに潜るなんて、危険すぎる。ヘスティアがヒルダの思考を読めば、「どの口が言うんだい!」と突っ込みを入れただろうが、残念ながら女神はこの場にいなかった。度々ソロで戦うことがあるヒルダだからこそ、その危険性を理解しているという面もあるのだが。
一階層、二階層、と順々に下っていき、五階層へと続く道でボロボロになったベルを見つける。
装備とは言えない布の服は破れ、そこから赤やら青やらに染まっている肌が覗く。負傷したのか抱えるようにした片腕は、血が滴っていた。
「ベル!大丈夫!?」
ヒルダはこの場がダンジョンだということも忘れ、声を張り上げてベルの側に駆け寄った。ヒルダも一人でダンジョンへ向かうが、ベルのように武具をつけずにモンスターと戦う、なんてことは一度もなかった。
大変な怪我を負ったベルの頭の天辺から爪先まで見て、ポーションを持ってこればよかった、と下唇を噛む。ダンジョン帰りでそのままベル捜索に入ったため、使い切った空瓶しか持っていなかったのである。
「なんでこんな軽装で……!」
ベルの愚行を責めるような言葉が口から漏れる。兎に角、早く手当をしなければ。
来た道を戻ろうと彼の手を引くが、ベルはそこに立ったまま動かなかった。
「ヒルダ、」
振り返り、俯くベルを目にしたヒルダは彼の手を引く力を緩めた。ヒルダの手に引かれていない拳が力強く握られる。その拳は傍目に見てわかるほど震えていた。
「僕、強くなりたい……!」
深紅の瞳の中には、炎が中に入っているのかと錯覚するほどに強い意志が揺らめていた。
「強く、ならなきゃいけない……!」
ヒルダは彼に何があったのかは詳しくは知らない。アイズが言っていた酒場での出来事によって、ベルの中で意識が変わったのだろう。強くなりたいと言葉だけではなく全身で訴えるベルに、ヒルダは頬を緩める。
「……うん、私も。一緒に強くなろう」
彼女の視線には、同じファミリアの仲間としてだけではなく、志を同じくする者への敬意が含まれていた。
体を引きずって歩くベルに肩を貸し、ホームへの道をゆっくりと辿る。
「ヘスティア様、ものすごく心配してたよ」
「うっ……」
ベルが帰ってこないと顔を青くしていた幼い女神の様子を語ると、ベルは気まずげに顔を歪めた。無断外泊──正確にはダンジョンでモンスターを屠り続けていたので泊まってはいないが──自分の行いに対して後ろめたさを感じているのだろう。
「……ダンジョンに潜るにしても、次からはヘスティア様にも伝えてから行こ?」
本当にどの口が言ってんだ。彼女の主神が聞いたら二つに結った髪を立てながら、そう突っ込んだであろう。
本日二度目による、あまりにも自分自身の行いを棚に上げた発言だったが、ヒルダも今日の騒動を受け、今までの自身の行いを省み、ヘスティアがあれほどまでに心配そうにしていた理由が分かったのである。ベルにかけた言葉は、ヒルダ自身への戒めの言葉でもあった。
帰ったら私もベルも神様に謝らないとな、と道の先を見つめる。ゆっくりと歩く二人の姿を登り出した太陽が照らしていた。
数分後、無事にホームへと帰ったベルとヒルダの二人が、安堵と驚愕と怒りが混ざって形容し難い表情を浮かべるヘスティアに揃って頭を下げる姿が見られたという。
翌日。
「ボクは今日……いや何日か部屋を留守にするよっ。あとは頼んだからね!」と言ってホームを駆け出していったヘスティアを見送り、二人は遅い朝食をとり、ダンジョンへと向かうことにした。
メインストリート並んで歩く。ヒルダは左隣のベルの視線が、ある場所へと吸い寄せられたことに気づいた。少年の視線の先を追うと、そこには記憶に新しい店が。
「寄る?『豊穣の女主人』。昨日代金払わずに出ちゃったんでしょ?」
「えっ」
じ、と「closed」の看板を見つめるベルの肩を叩く。振り向いたベルは「何故そのことを……」と目を見開いていた。
「立て替えたの、私だから」
「えっ!?」
ぴょんと飛び上がったベルは全身を震わせ、「ご、ごめん!」と声を張り上げた。身を縮こまらせるベルに、ヒルダは「いいよー」と手をひらひらと振った。
「後で返してね」
「それはもちろん!」
「うん、よろしく」
「気になるなら行ったほうがいいよ。待ってるからさ」とヒルダに背を押され、酒場の扉を開く。来店を合図する鐘がベルの頭上で鳴り、気が早すぎる客を出迎えに、二人の店員が出てきた。
おずおずとシルはいるかと尋ねるベルに、猫人の店員が「昨日の食い逃げ野郎ニャ!」と声を張り上げた。
その通りなのだが、大声で言われると身が竦む。固まったベルを置いて、ニャーニャーと騒ぐ猫人に、妖精の店員が鋭い一撃を見舞った。
暫くして、階段を駆け降りる音が聞こえたと思ったらシルがベルの元へと駆け寄ってくる。
一昨日の暴挙について頭を下げるベルに、シルはぱたぱたと目の前で手を振った。気にしてないと言ったどころか、料理すらくれたシルの気遣いに、ベルは心が解けていくような感覚を抱く。
酒場の女主人であるミアとの話も終わり、外で待たせているヒルダの元へ戻る。
「ごめん、お待たせ」
「ううん、気にしないで……それは?」
「シルさんから貰ったんだ。ヒルダも一緒に食べようよ」
ヒルダの人差し指が差したバスケットを持ち上げ、微笑んだ。「いいの?」と尋ねるヒルダにベルは勿論と頷く。
「味は折り紙つきだって!」
「そっか。楽しみだね」
笑い合う少年少女の足取りは迷うことなくダンジョンへと向かっていた。
大志(第一級冒険者)