人間になる魔法   作:青バフ

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魔力の刃を作る魔法

 

 未だ魔王の脅威が大陸全土を覆っていた時代、北方諸国のとある城塞都市にて。

 その日も例に洩れず、城壁の外では人魔入り混じる戦いが今日も繰り広げられていた。

 

「……ったく。今日は非番だったってのに派手にやってるな。なんだってこんなことに?」

 

 城壁の上から、二十人はいようかという集団が眼下に広がる戦場を見下ろしていた。

 彼らは鎧を身に着けず、思い思いの服装に身を包み、その大半は杖を帯びていた。

 それらが意味することは一つ。彼ら全員が、魔法使いであるということだ。

 

「行商ですな。あと少しで森を抜けるというところで魔族の奇襲があったそうで」

 

「あいつらだって馬鹿じゃないだろ。護衛はどうした?」

 

 この都市での魔族との戦いの基本は、城壁を巡る攻防戦となる。だが魔族もわざわざ守りを固めている場所を無策で攻めるようなことはそうそうない。なので、稀にある大規模な攻勢を除けば普段は散発的な小競り合いが起きるに留まっているのだが……何事にも例外はある。 

 

 当然ながら人間は食べ物がなければ生きていけない。そして城壁の中だけではそこに生きる人間すべての食物を賄えないのもまた当然。となれば交易で他所から食物を仕入れる必要がある。今回魔族はそこに目をつけ行商隊に襲撃をかけた。そうすれば、彼らを守らざるを得ないこの都市の守備隊が出撃してくると分かっていたから。

 

「今回は将軍が出張ってきたそうです。奴ら相当張り込んできてますな」

 

 この戦乱の時代、多くの街を行き来する行商人が晒される危険は想像に難くない。故に彼らは金を惜しまず相応の強者たちを護衛に雇っているのが常なのだが、魔族の将軍率いる軍勢に相対しては分が悪かったといえよう。

 

「ま……大体は分かった。そろそろ行こうか」

 

 そして、城壁の上に陣取る魔法使いの一団を割るようにして一人の男が前に出る。この土地には珍しい黒髪の彼こそが、この一団――領主肝入りの精鋭魔法使いを集めた部隊である――の隊長だった。

 

「まーこういう時のためにお高い給料もらってるようなもんですからね、俺たち」

 

「そういう事だな。……将軍は俺一人でやるから、お前らは三人ごとで散って守備隊の支援に当たれ。終わり次第こっちに合流しろ」

 

「何かっこつけてんですか。賭場で有り金スったから報奨金独り占めしたいだけでしょアンタ」

 

「……………………先に行く。手筈通りにやっとけ」

 

 ふてくされたような言葉を返して、隊長と呼ばれた男はそのまま、壁の上から飛び降りる。

 本来なら人間大の赤いシミが地面に広がるところだが、いかなる魔法を使ったのか隊長は接地直前に羽毛のように落下速度を殺し、ふわりと着地する。

 そのまま彼は人間離れした速度で駆け出し、戦場を横断していく。

 

「あーあー行っちゃった。図星だなこりゃ……しっかしどこの世界に金欲しさに将軍とサシでやるやつがいるかねホント。隊長だけマジで化け物じみてるんだからなぁ」

 

「まったくですな。敵には回したくないものです。さて……我々も出るとしますか」

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

 城塞都市近郊の森の中、対峙するのは二人の強者。

 周囲には馬や護衛と思われる者たちの屍が転がっており、荷物を運んでいた三台の荷馬車も無残に破壊され横転している。

 それを成したのは二人のうちの片割れ、全身鎧に身を包んだ巨漢だ。彼の頭部から伸びる二本の角が、彼の種族がなんであるかを明確に示している。

 

「商隊の人たちはどうした?……いや悪い、やっぱり答えなくてもいいわ。お前ら(魔族)に聞いたところで意味なかった」

 

「酷いことを言う。一応答えておくが……生かしておく意味があると?」

 

 隊長が背中に提げていた杖を抜く。無骨な造りながらどこか機能美を感じさせるそれは随所に金属での補強がなされており、先端に拵えられた宝玉を囲うように三つの小さな刃が備え付けられていた。

 

「御託はいい。さっさと……やるか!」

 

 隊長が真っ直ぐに相手へと駆け出していく。その初速は熟練の戦士をも凌駕しており、明らかに魔法使いのそれではなかった。

 相手と距離を取ることが定石の魔法使いが初手から吶喊(とっかん)するという奇手。その結果は――

 

「硬った!」

 

「……なんだ?その魔法は」

 

 彼の杖に備わった両側の刃から、いつの間にやら薄青色の大きな刃が形成され、斧のような形状を象っていた。しかしその刃は、将軍の鎧に傷一つつけることなく食い止められている。

 それを認識した隊長は、すぐさま後ろに飛びのいた。

 

「鉄を打つのにも苦労するような古い古い時代の魔法さ。それよりその硬さ……なるほど、聞いていた情報にあるな。お前が『金剛』のガルドルか」

 

「いかにも」

 

 隊長が使った魔法の名、それは『魔力の刃を作る魔法(ヴァールリンゲ)』。

 文明の発達とともに廃れたこの魔法の利点は、使い手の練度によって切れ味を増していくこと。

 彼ほどの使い手のそれを難なく受け止めたからくりは、ガルドルの魔法にあった。

 

 彼の魔法は単純にして強力。自らの生成した武具の硬度を操作すること。その最高硬度は金剛石(ダイヤモンド)をも凌駕し、彼の鎧に傷をつけたものは未だ一人としていない。故に彼が戴く二つ名は『金剛』。

 

「こりゃ難儀だな」

 

「では次は、こちらから行くとしよう」

 

「うおっと……!?」

 

 早い。隊長がそう感じると同時に反射的に彼の体は応戦へと動く。ほぼ隙間なく着こまれた全身鎧とその巨体からは想像もできないほどの俊敏さでガルドルは彼に襲い掛かっていた。軽やかに振るわれたように見える大剣は地面に触れるたび轟音と土煙を上げ、その威力の程を推し量らせる。

 

 それでも彼は卓越した技量でもって、ガルドルの猛攻を受け流す。杖を槍に斧に、時には斧槍へと変えて。

 その攻防の中で、隊長はガルドルの魔法のもう一つの用法を見抜いた。

 

「なるほどね……硬くするだけが能じゃないってか」

 

「ほう、やるな」 

 

 ガルドルが感心したように称賛の声を漏らす。それは彼の魔法を見抜いたことに対してか、それとも今もなお彼と渡り合えていることに対してか。

 硬度を操作できるということは、柔らかくすることも出来るということ。彼は動く瞬間のみ鎧の関節部を軟化させ、俊敏かつ繊細な動きを可能としていた。

 

「だが――これは凌げるかな」

 

 ガルドルが攻め方を変える。手にしていた大剣を放り投げ、拳打でもって敵を屠らんとする構え。

 最硬の籠手に彼の膂力が合わされば、大剣など振るわずとも敵を屠るには十分。それよりも手数と小回りを増したほうが眼前の敵に対する有効性は高いとガルドルは判断したのだ。

 

「いやに堂に入ってるじゃねえの」

 

 血に飢えた猛獣のごとき威圧感と、武を修めた達人のごとき佇まい。どうあっても相反するようなその両者が、そこには平然と両立している。これこそがガルドルの本領であると、隊長は確信した。

 

 再び両者が激突する。

 

 暴風雨のごとき拳の乱打。先ほどと違う点は、まず圧倒的な手数の多さ。そしてただ無造作に拳を振るっているのではなく、その一打一打には確かな技が宿っていること。それを尽きることのない無尽蔵な体力が支え、途切れることなく無限に続くのだ。相手が息絶えるまで。

 

「さすがに……こりゃ……きっついな……!」

 

 受けきれない。徐々に押されていく。二合も打ち合えば受けた魔力の刃は割れ、躱し損ねた拳が頬を掠める。段々と回転数を上げていく拳打の嵐を前に防戦すらままならなくなってゆく隊長は、目の前の敵を近接戦闘で倒すのは極めて困難だと判断した。

 

 隊長の体に生傷が増えてきたころ。攻防の中、彼は僅かに胴のガードを緩める。まるで自然にそうなったかのような、巧みな誘導だった。その目論見通り叩き込まれた渾身の正拳突きをあえて正面から防ぎ、衝撃に逆らわず大きく後ろに飛ぶ。ガルドルが追撃に移るまでの一瞬の間隙――

 

裁きの光を放つ魔法(カタストラーヴィア)

 

「…………っ」

 

 叩き込まれる光の矢。矢継ぎ早に放たれるそれはガルドルへと殺到し、次々と爆ぜていく。

 彼がたたらを踏んだのを認めた隊長は、間髪入れず次の一手を打つ。 

 

破滅の雷を放つ魔法(ジユドラジルム)地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル)――」

 

 放たれる魔法はおおよそ金属に有効と思われるもの。感電や熱といった、例え鎧を破壊できないとしても中身にダメージを通せるような攻撃だ。

 しかし立ち上る白煙を搔き分けて現れたガルドルの姿は――ほぼ無傷。

 

「……失念していたな。熟練の戦士のように振る舞うものだから、魔法使いだというのを忘れていたぞ」

 

 ――魔法耐性もかなりのものだな。無敵というわけではないが……『今』のままでは面倒だ。

 

 こうなれば彼にダメージを与える方法は限られる。彼が鎧を軟化させる瞬間を見極め、そこに一撃を見舞うか。僅かな鎧の隙間――兜のスリットなど――に攻撃を通すか。いずれにせよ、接近戦で隊長を上回るガルドルに対しそれを実行するのはいささか以上に骨が折れる。

 

 ならば、どうするか。

 

「仕方ない」

 

 隊長の纏っていた雰囲気が変わる。魔力が増加したり、構えが変わったりしたわけではない。『何か』が変わったとしか表現できない微かな違和感にガルドルは気付き、隊長を改めて注視した。

 そして彼は見抜く。歴戦の魔族であるからこそ――その『揺らぎ』を。 

 

「貴様……魔力を――!?」

 

 ガルドルの胸中に浮かんだのはまず困惑。そしてそこに怒りが追い付いてくる。魔族にとって魔力は全て。ましてやそれを隠匿して過ごすなど、彼らの価値観では有り得ない。それは蛮行にも等しい行為だった。

 

「流石に鋭いね。隠さないと目立ちすぎるんだ――『私』の魔力はね」

 

「卑怯者が……この手で縊り殺してくれる!」

 

 再び杖を構える隊長。だがガルドルはそれに構わず怒りのままに突き進む。先程の攻防で隊長の攻撃はさしたるダメージにならないことは分かっていた。なればこそ最短距離を直進し、一撃のもとに屠るという目論見。多少の被弾は織り込み済みであった。

 

 だが――

 

 ――奴の魔法耐性を抜けるような貫通力を持つ魔法を私は使えない、あるいはもっと大きい溜めが必要になる。……人間の使える魔法の中ではね。

 

 

人間を殺す魔法(ゾルトラーク)

 

 

 閃光が(ほとばし)った。

 

 

「――――!?」

 

「お、寸でのところで反応したか。流石だね」

 

 放たれた閃光はガルドルの肩口を直撃し、右腕もろとも抉り取る。その傷口からは血と、黒い粒子となった魔力がさらさらと空に溶けていくような光景が見えていた。

 身体の一部と大量の血を失ったガルドルは、崩れるように膝を突く。

 

 硬度を操作するガルドルの魔法は、当然術者の意識が逸れれば解除される。致命傷を負い意識が散漫となった今ならば、十分攻撃も通用すると隊長は考えた。

 

「じゃあ次は、首を貰おうか」

 

 杖から突き出た魔力の刃が、大鎌の形を象る。辛うじてその言葉を聞いたガルドルは朦朧とした意識を首に集中させた。首へと迫る止めの一撃を防ぎ、渾身の一撃を以て相打ちへと持ち込む。彼の頭にあるのはそれだけだった。

 しかし、その瞬間が訪れることは永遠にない。

  

 まさに大鎌が振り下ろされようかという寸前、隊長の構えが流れるように変わる。それと同時に、大鎌を象っていた杖はいつの間にか槍へと変化していた。

 

「言葉で欺くのは、魔族(おまえたち)だけの特権じゃないんだよ…………私が言っても説得力ないな」

 

 そして隊長は、構えた槍をガルドルの顔面、すなわち唯一鎧に保護されていない隙間へと突き刺す。

 血潮が飛び散り、ガルドルの身体は力が抜けたように崩れ落ちた。

 彼の口から洩れた最後の言葉は誰にも聞こえることはなく、空へと溶けていく。それと同様に彼の身体もすべて、溶けるように消えていった。

 

「……な……ぜ……」

 

 彼の最期の言葉は、何に投げかけられたのか、誰に向けられたのか。明らかなのは、それを知る者も、答える者もいないということだけだ。

 

「さーて、生き残りはいるかな……」

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

「……い、おい」

 

「う……」

 

「おお、起きたな。大丈夫か?」

 

 男が目を覚ます。行商隊の一員であった彼の先ほどまでの記憶は、唐突な衝撃と横転する馬車、そして傾く視界のみ。

 困惑と少しばかりの思考を経て何があったかをおおよそ理解した男は、自分以外のもう一人の存在を認める。

 

「痛っ……ファーゼンさん?」

 

 下半身に走る痛みに悶えながらも、眼前にいる人物の名を呼ぶ。行商で幾度となく城塞都市を訪れた彼は都市の警備にあたっている隊長――ファーゼンと呼ばれた男である――とも面識があった。

 

「悪いね、遅れて。君以外に生き残りがいるか確認していたんだ」

 

「そうですか……とりあえず、これをどかしてくれませんか?力が入らなくて……」

 

 彼の下半身は横転し破壊された馬車の一部の下敷きになっており、単身ではとても身動きを取れそうにもない。

 しかし隊長は残骸をどかすわけでもなく、ただ男を眺めたかと思うと小さく頷いた。

 

「…………辺りをざっと調べたんだがな、君以外の生き残りは見つからなかった」

 

 彼だけが生き残ったのはなぜか。運よく馬車の陰に隠れるような形になったからなのか、それともいざという時の人質のために、わざと生かされていたのか。隊長は後者だと踏んでいた。

 

 だからこそ探したのだ。生きた人間がいると思って。

 

「ほかの死体はひどい有様でね、まああんな力で殴られたりぶった切られたりしたんだから仕方ないんだが」

 

「……あの?」

 

 ようやく、男は何かがおかしいことに気付く。一人語り続ける眼前の男は、自分が知っている魔法士部隊隊長のファーゼンではない。その皮を被った――何かだ。

 

「ああ、ごめんね。で、何が言いたいかというと……君が五体満足でいてくれてよかったってことだよ。

 なんでってそりゃ、他の奴がぐちゃぐちゃにした死体なんて食べたくないだろ?」

 

 そう言った隊長の持つ杖からは、すでに薄青色の刃が突き出ていた。

 

「待っ……やめ……」

 

「まあ、そういうことなんだ。悪いけど(・・・・)、君には死んでもらう。

 あと、さっきから『俺』の名前で私のことを呼んでいたけど……間違わないでほしいな。

 私の名前はナトゥーア。もう呼ぶことはないだろうから、覚えなくてもいいけれど」

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

 ナトゥーアという魔族がいた。かの魔族を知る者は殆どおらず、後の世で戴く異名は『夢幻』。

 

 

「隊長! 無事ですか?」

 

「おう、終わったぞ。そっちは?」

 

 

 彼は魔王軍に与するわけでもなく、人の仮面を被り、人のように生きてきた。

 数百年もの間、一度もその仮面の下を暴かれることなく。 

 

 

「でかい魔力反応……おそらく将軍ですよね? それが消えたんであいつら泡食って撤退しましたよ。部隊の半分を今追撃に当たらせてます」

 

「ん、そうか。こっちもやることはやったんだが……生存者は見つけられなかった」

 

 

 ほんの僅かな、ナトゥーアを知るとある魔族は彼のことをこう評した。

 

 『人を理解した魔族』。あるいは、『人間に最も近い魔族』。 

 

 

「それは…………仕方ないでしょ、こうなった時点で想定されてたはずっす」

 

「まぁな。……よし、切り替えるか。荷物だけでも引き上げて、犠牲者の弔いもしなきゃいかん」

 

 

 家族の絆を、罪の重さを、憎しみの深さを、愛の尊さを彼は知っている。

 しかし、それでもなお――

 

 

「そうっすね、じきに後詰めの奴らもこっちにくるでしょうし」

 

「追撃に当たらせてるやつもぼちぼち引き上げさせろよ。どうせ空を飛ぶ相手には追い付けんのだ、万が一肚をくくって暴れるやつがいても事だしな……さて、仕事の続きと行くか」

 

 

 

 

 彼は、どうしようもなく魔族(化け物)だった。

 

 

 

 

「悪いけど、ね…………本当にそう思えれば、どれほどいいんだか」

 

 

 

 

 

 

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