人間になる魔法   作:青バフ

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女神の三槍

 

 伝令兵より、「隔絶大結界に異常あり」との報を受けたすぐ後。

 この街道に展開された地獄のごとき様相は、未だ収まる気配は見えなかった。

 

 魔力を隠した魔族たちによる包囲状態からの奇襲。混乱状態に陥っている時にさらなる衝撃を受け隊列は瓦解し、戦いは乱戦へと縺れ込む。

 ある程度画一された規格を持ち、集団戦に優れる人類に対し、各々が固有の魔法を持ち、連携に劣る魔族。

 分断からの奇襲によって乱戦へと持ち込まれたこの状況は魔族らに利することは明らかであり、一連の魔族の行動が綿密に練られた作戦の内であることの証左でもあった。

 

 結界外へと弾き出された皇帝擁する先頭部隊の数はおおよそ二千ほど。対してそれを包囲するように展開した魔族の数はおおよそ三百と少しといったところだろうか。この数倍に渡る数の差はしかし人類側を利するには足りず、魔族の個としての強さを身を以て実感させられている最中であった。

 

 むろん、単身でも魔族と渡り合えるような強者は人類にも存在する。その代表例が、今現在皇帝の護衛についている親衛隊たちであった。中核を熟練の近衛騎士や宮廷魔法使いで構成されたその部隊は、乱戦の渦中にあっても未だ魔族たちを寄せ付けずにいた。

 

「ファイク殿。結界を正常な状態に戻すことは可能か?」

 

 そう問いかけたその男は、帝国騎士団の制式装備である甲冑を軽装に改造したものを身に纏い、特注の直剣を腰に携えている。ファイクと対等であるかのような言葉遣いや、改造した甲冑を身に纏っていることから、かなり身分の高い者であることが伺えた。

 その場においてそんな男は、皇帝を除いてただ一人しかいない。彼はこの遠征における親衛隊隊長であり、平時では帝国騎士団の副団長を務めている男だった。

 

「む、難しい……でしょうね」

 

 そう答えたファイクの言葉は正しい。彼は他者とは違う使命と思惑を持ってここにいるが、今その言葉に偽りはなかった。

 

「結界を破るのでもなく、乗っ取る……これはつまり、我々とこれを行った魔族との間には、魔法の基本的な技量において大人と子供ほどの差があるということ。そ、そんな魔族を相手に結界のコントロールを取り戻すのはまず不可能です」

 

 額に浮かぶ汗を拭いながら、彼は続ける。

 

「もしくは、この現象が魔族の何らかの固有の魔法によるものである場合ですが……対処は可能かもしれませんが、今この場では無理でしょう。少なくとも宮廷魔法使いを十人は集めて、数か月は研究と解析に費やさねばなりません」

 

「ならば……業腹ではあるが、結界を終了させることは出来ないか? 元は宮廷魔法使いが作った結界だろう」

 

 その問いに対し、ううむと唸り声をあげながら彼は答えた。その沈んだ声色から、望んだ答えが返ってこないのは隊長にもすぐに察せられたであろう。

 

「結界に対する重大な変更や終了を行う場合、最上位の宮廷魔法使いの承認が必要となります。私やナトゥーア殿、他含め五名。そのうち三名の同意が必要ですが……この場にいるのは私だけですので……」

 

「戦うしかない、か……」

 

 そう話しているうちに、戦況はどんどんと悪化していく。それを見ている隊長は、一つの決断を下す。

 

「……仕方あるまい。親衛隊を切り崩し、各戦線の維持にあたらせる。――陛下、よろしいでしょうか?」

 

 今のところ親衛隊に欠けはない。だがしかし、このままでは他の兵士たちが死んでゆくのみ。そうなれば最後に親衛隊が残ったとて、数の前に磨り潰されるだけだ。そうなる前に彼は親衛隊の強者たちを各所に送り、決定的な崩壊を防ごうとしていた。

 

「構わないよ。ここに至って私が采配を振るったところで、どうにもならないことくらいは分かっているさ。君に軍の指揮権を預ける。生き残るためにすべてを使ってくれ」

 

「承りました。全力を尽くさせていただきます」 

 

 

 

 

 

「(さて、どうしたものでしょうか。この状況はある意味好都合ではありますが……)」

 

 結局、皇帝の傍付きに残ったのは五名。隊長とファイク、近衛騎士が三名。後はゴーレムが二体。普段なら考えられない少人数ではあるが、戦力としては充分だ。――もっとも、最大戦力の片割れたるこの男にその気があればの話であるが。

 ファイクが帯びている使命、それは現皇帝の暗殺。この現状は彼にとっても想定外の事ではあるが、そう悪いことばかりでもない。

 

「(残っているので邪魔なのは副団長のみ。彼さえどうにかすれば後の騎士たちはどうにでもなる)」

 

 この激しい乱戦である。戦いの最中で皇帝が斃れることになろうとも不自然なことはない。戦いの趨勢としては敗色濃厚だろうが、ファイク一人ならば囲いを突破して逃げおおせることは不可能ではないだろう。

 そんな思考を巡らせながら戦場を見渡していた彼は、ふと一人の緑髪の魔族へと目を引かれる。

 

 一目見ただけで分かる魔力の大きさ。皇帝のいる方面へ近づかせまいと兵士たちが襲い掛かるが、放たれる光の槍に貫かれ悉く倒れ伏してゆく。

 一人の騎士が槍を掻い潜りその魔族へと肉薄するも、翳された手を向けられたその瞬間、ぴしりと固まったように動かなくなり、そして貫かれる。

 

 戦場を蹂躙しつつもこちらに近づいてくるその足取りには迷いはなく、目的は明白だった。

 

「……つ、強いですよ、あの魔族」

 

「見ればわかる。下手に接近するのは命取りだな」

 

 そう言うと隊長は背負っていた長弓を取り出し、力一杯に引き絞る。たっぷりと時間を使い、ぎちぎちと音が鳴りそうなほどに張り詰めた弦はついに解放され、弾丸のごとき一矢が魔族へと放たれた。

 並みの防御魔法であれば容易く貫くほどの威力を秘めた矢はしかし、突如として軌道を直角に変え地面へと突き刺さる。

 その周辺の地面も円形に陥没していることから、不可視の力の塊が地面に向かって矢ごと叩きつけられたのだろうと、ファイクはあたりを付けた。

 

「む……」

 

「では、こちらも」

 

 間髪入れず、ファイクが杖を構えて魔法を射出する。裁きの光や氷の礫、炎の矢と多種多様なそれはどれもが一級品の殺傷能力を持っていた。

 確かに『空間を捻じ曲げる魔法(ラウムツェーレン)』は非常に強力な魔法であるが、彼の能はそれだけにあらず。宮廷魔法使い筆頭の名に恥じず、他においても一流の魔法使いとしての能力を持っている。

 

 魔法が炸裂し、もうもうと土煙が上がる。少しして煙が晴れた後には、未だ無傷で健在の魔族。その周囲には半球状の防御魔法が盾のように展開されていた。

 改めて魔族の様子を観察したファイクは、魔族があるものを持っていることに気付く。 

 

「防御魔法とはまた珍しい。――アレは……もしや、聖典?」

 

「魔族が僧侶の真似事か? 珍しいなんてものじゃないぞ、見たことも聞いたこともない」

 

「え、ええ、私もです。相当な変わり者のようですね……そういう魔族は、えてして厄介なものです」

 

 迎撃の試みは意味を為さず、魔族は変わらずこちらへと近づいてくる。覚悟を決めた二人は、その魔族――ケルンと相対した。

ケルンは二人とその後ろを眺め、怪訝そうに眉を顰めた後、こう言った。

 

「……皇帝は何処だ」

 

 何を馬鹿なことを。この場にいるケルン以外の誰もが、そう思っただろう。

 皇帝の傍に残った五名。彼らは死角なく皇帝を護ると共に、常に誰か一人以上は皇帝を視野の中に収めていた。

 しかしその目が離れたときが、一つだけあった。迫り来るケルンの進撃に目を奪われた一時が。

 

「!? 馬鹿な……」

 

「陛下が……」

 

「消えた……!?」

 

 彼らが振り向いた時には既に、皇帝はそこにはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この計画を実行するにあたって、まずはお前の位置を把握できるような手段が必要だな。魔導具を作っておきたいんだが、ちょうどいい素体はないか? お前が身に着けていても違和感ないようなヤツだとなおいい」

 

 遠征隊が帝都を出る一か月前。ナトゥーアとヴァルは、自分たちの計画の細部を詰めるために話し合っていた。

 

「それなら、これはどうかな」

 

 そういったヴァルは、左の中指に付けていた指輪を外して手渡す。澄んだ青色の宝玉が中央に飾られたそれは随所に精緻な装飾が施されており、皇帝が身につけるに恥じない逸品であることが一目見ただけで分かる。

 

「竜から採れた宝玉を使ってるらしくてね。魔法を込めるのにも適しているんじゃないかな」

 

 魔物や竜は基本的に死ぬと魔力の粒子になって霧散するのだが、強力な竜であれば稀に魔力の籠った象徴的な部位の実体が残ることもある。そうした品は希少な品として珍重されるが、魔道具の素材としても一級品だ。

 そしてこの指輪に用いられた宝玉もその例に洩れないようで。

 

「……確かに、こりゃ使えるな」

 

 特定の人物に所持者の居場所が分かるように魔力の信号を放つような魔導具は、そこまで珍しいというものではない。例えば、統一帝国においては重罪人や危険な罪人の枷にそれを用いて、脱走抑止などに役立てていた。

 

「大事に扱っておくれよ。母の形見なんだ」

 

「分かってるさ。まずは微弱な魔力の信号を定期的に放つようにするとして……後は、そうだな。一度だけ、使えるように魔法を込めておく。危ないと思ったら――いや、危なくなる前に使ったほうがいいんだが。とにかく、お前が使うべきと思ったときに使えばいい」

 

 うまく使えよ、と言葉を付け足しながら、ナトゥーアは指輪に込める魔法の効果を説明した。

 

「お前の周囲の光景を模倣して溶け込むように――あー、まぁ端的に言えば、一定時間お前を透明にしてくれるように魔法を込めるつもりだ。人間にはできないレベルの魔法技術を使うから、そうそう看破されることはないと思う」

 

「分かった。ありがたく使わせてもらうよ」

 

「それじゃあ、一か月後までには完成させておくからな。せいぜい死ぬなよ、俺たちの計画のために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在。

 

 皇帝は護衛の目が離れた一瞬に魔道具の効果を発動させ姿を消した。戦場の合間を縫うように隠れて移動し、今は比較的戦闘が激しくない場所の岩陰に身を潜めている。

 例え皇帝を探している者が魔力探知の網を広げたとしても、皇帝自身の僅かな魔力は魔導具が発動している幻影魔法のそれに覆い隠されている。大規模な戦闘が繰り広げられ、溢れるほどに魔力の反応が点在している今、これを皇帝に関連付けて考えることは難しいだろう。

 

「(まさか、こんな事態になるとはね。護衛をまくことはできたけど、私に出来ることはもう殆どない)」

 

 このような状況になってしまった以上、彼がファイクと共にいればいつ殺されることになってもおかしくない。

 護衛を伴って、いつか背中を刺されるか、単身で戦場の中に隠れ潜むか。どちらにもリスクがある選択だ。

 だが彼の目的を考えれば、いつかは他の者たちから離れる必要があった。後続と分断されている今、ナトゥーアと合流できるかも定かではないが、ナトゥーアが来なければどのみち詰み(・・)である。

 既に選択は終わった。彼に残された出来ることは、ただ待つことのみ。

 

 だが、それも長くは続かない。

 

「……? なんだ、この魔力は」

 

「(……まずいね)」

 

 付近にいた魔族の一人が、違和感を覚え近づいてくる。傍から見て何もないように見えながら、そこには魔力の反応のみがある。一度気付いてしまえばそれは、魔力に敏感な魔族にとっては不自然極まりない。

 その正体を暴こうと、魔族は皇帝のいる岩陰へと手を翳す。そして魔法を唱えようとしたその時、後ろから声が掛けられた。

 

「何をしている」 

 

 この地では珍しい黒髪を備えたその男には、短くも鋭く生えそろった一対の角があった。そしてその研ぎ澄まされた魔力の大きさは、声をかけられた魔族よりも彼が明確に格上であるということを知らしめる。

 

 魔法の行使を取りやめ、一旦振り向いた魔族はしかし、彼を見て首を傾げる。今回、皇帝の襲撃に集まった魔族たちの中に、この魔族は記憶している限りでは存在していなかったからだ。

 

「あなたは――が、ごぁっ……?!」

 

 だが次に言葉を並べるはずだった口からは零れたのは、溢れんばかりの血と意味を為さない言葉のみ。

 その胸には、杖の先端に形成された槍のごとき刃が突き立てられており、背後まで貫通したその傷は彼を死へと至らしめるものであることは明らかだ。

 

 膝からくずおれて魔力の粒子へと溶けていく魔族を尻目に、黒髪の魔族は岩陰に向けて、まるで知己を相手にするような声色で語りかけた。

 

「危ねぇ危ねぇ。よぉ、まだ生きてるか?」

 

 ――黒髪の魔族、それは擬態を解いたナトゥーアだった。

 

「いやぁ、死ぬかと思ったのは七年ぶりだね。なんとか生きてるよ」

 

「言うねぇ。それじゃ、始めるとしますか」

 

「これで皇帝としての私は死ぬというわけだね。今更惜しくはないけども」

 

 皇帝とナトゥーアが企てた二人の計画。それは皇帝の死を偽装すること。

 魔族の襲撃によって多少前倒しになったが、やることは然程変わらない。

 ナトゥーアの『姿を自在に変える魔法(ファークライデン)』の応用によって皇帝に瓜二つの肉人形を作り、本人の装備品をそちらに着せる。適度に損傷させたそれを戦場のどこかに放って、本人たちは姿を眩ませるという算段であった。

 

「よし。まぁこんなもんでいいだろ。結構うまいことできてるんじゃないか?」

 

「いやはや、そっくりだねぇ」

 

「これを適当なところに置いて……最後に一つ、やることを済ませるとするか」

 

 そう言い放ったナトゥーアは、とある方角を見据えている。その視線が向く先では今正にファイクとケルンが相対している。

 結界に異変が起きたときに行使された魔法の反応。そこから辿った魔力を探知し、彼は既にその魔法の術者を特定していた。

 その目に宿るのは覚悟。これから生命を賭けた戦いに赴く者の目であった。

 

「あまり、穏やかな目じゃないね。……行くつもりかい? 戦いに」

 

「まぁな。結界を落とした奴を野放しにしておけば、後々またこの国に災いを引き起こすだろうよ。俺も、帝国に忠誠を誓うだの、そういうタチじゃなかったんだが……これだけ長く暮らしてりゃ、多少なりとも愛着が湧くもんでな。最後にちょっとぐらい義理立てしてやろうってわけだ」

 

 その言葉を聞いて皇帝は、少し嬉しそうに目を細める。それはかつてのナトゥーアであれば言わなかったであろう言葉を聞いたからであり、ナトゥーアの心が魔族ではなく人間のものとなっていることの証左であるからだ。

 

「きみもずいぶんと人間らしくなったものだね。積年の願いが叶ったようで何よりだよ」

 

「そうか? そう言ってくれりゃあありがたいが。……すまんな、折角助けたのにまた置いていく形になっちまう。この辺りのやつら(魔族)は片付けたし、魔法も直接掛け直した。少しの間なら大丈夫な筈だ。ま、すぐ片付づけて戻ってくるつもりだが」

 

 ナトゥーアが『姿を自在に変える魔法』を使い、風貌を老人のものへと変えてゆく。魔族の姿のままで先程のように不意打ちを仕掛けることも考えたが、一定以上の強者には通じないことも多い。それよりも自分を人間だと誤認させておき、好機において魔族としての力を使い戦いを有利に運ぶ方がいいとナトゥーアが考えたためだ。

 

「さ、宮廷魔法使いとしての最後の仕事だ。気張っていくか」

 

「君に倣って、私も帝国の皇帝として最後の命令を下すとしようか。――我が忠実なる僕、ナトゥーアよ。帝国の敵を撃滅せよ」

 

 ふ、と笑ったナトゥーアは、右手を胸に当て左手を広げ、深々とお辞儀をする。

 

「仰せのままに、皇帝陛下」

 

 ナトゥーアが帝国に仕えて七十有余年。心の籠った、最も美しい一礼だった。

 

 

 

 





 親衛隊隊長(騎士団副団長)は普段は脳筋ゴリラの直感バカの騎士団長の代わりに頭を色々と使っている苦労人です。戦う時も策を弄したり技術で戦うタイプです。(フィジカルが弱いとは言ってない)
 騎士団長は多分アイゼンとかリヴァーレともタメ張れるような帝国ダントツNo1戦士を想定してます。なんでもパワーで解決するような脳筋だけど剣振らせたら振らせたで野生の直感と天性のセンスでクソ強いみたいな感じですかね。
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