人間になる魔法   作:青バフ

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 ケルンは魔族の中でも超超レアものです。
 まず僧侶の素質を持つ魔族が千年に一度くらいしか出ない世界のバグみたいな存在なうえ、そもそも一般的な魔族なら素質を持っていることにすら気付かないと思われます。
 そのうえ自分の魔法にこだわらない気質と特異な魔法を持つとなれば、まあ多分二度とは産まれないでしょうね。


女神の鉄槌

 

 ケルンという男は、どこにでもいる魔族であった。

 魔法の探求に励み、息をするように人を騙し、殺し、喰らう。そこに理由はない。魔族とはそういうものだからだ。

 ただ、それと同時に彼は特筆すべき点をいくつか持っていた。

 

 彼は自分の魔法に対して拘りを持っていなかった。自身の魔法が戦うための汎用性に欠けていると理解していたからだ。

 彼の魔法を有効的に扱うには、相手の魔法をよく理解する必要がある。そのせいか、彼の秀でた魔法の才覚の中でも、魔法に対する解析能力は群を抜いていた。

 

 故にだろうか。その拘りのなさも相まって、彼は新たな魔法を知り、その真髄を解き明かすことを殊更好むようになった。

 そんな彼にとって、創世の女神の魔法との出会いは天啓であった。いつの日かの戦場で偶々拾い上げた、一冊の聖典。僧侶の魔法に少しばかりの興味を持ち、彼らが魔法を行使する際に聖典を必ず持っていることを知っていたケルンは、聖典の解読を試みた。

 

 魔族でさえ原理を掴みかねる神域の魔法。だが彼は人類とは違い、魔族の優れた魔法技術と並外れた解析能力という、謎を解き明かすための手段を持っていた。

 そして彼が異質な最たる点――天の気まぐれか、女神の手違いか。彼は僧侶の魔法を扱うための資質――加護をその身に宿していたのだ。

 

 それから彼は、取り憑かれたように聖典の解読へと取り組むことになる。現在進行形で百年以上の年月を費やしているそれは、未だ人類が発見していないものを含むいくつかの魔法を発見することと相成った。

 回復魔法や解呪魔法。傷を癒し、人の手の及ばぬ呪いを解くそれらの魔法は、彼の魔法によって転じて強力な呪いと化す。

 そうして強力な武器を得た彼は、同程度生きた魔族の中でも頭一つ抜けた強さを有するようになった。

 

 それだけではない。未だ世界中の誰にも解き明かすことができていない、女神の十の石碑の魔法。もし彼がその存在を知り、千年以上の時を掛けてでもその術理を理解することができたら? ましてや、それを反転し、行使することすら可能になったら?

 

 ケルンという魔族の持つ可能性は、些か危険性を孕みすぎている。しかしそれが萌芽することは、もうない。

 既にその(未来)は、全知に摘まれているが故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隔絶大結界を乗っ取った張本人。緑髪の魔族の強さは俺の予想をちょっとばかし超えていた。

 しかしまぁ左腕を代償にいくらかの情報は得られた。結界を乗っ取ったと先程言ったが、それは正確な表現ではない。

 

 奴の魔法の本質は「反転」。

 

 結界もゴーレムも、別段あの魔族に乗っ取られたわけじゃない。排斥、攻撃の対象が魔族から人間に反転しているだけなのだ。

 俺を石化させた魔法もそう。石化を解呪する僧侶の魔法を反転させ、呪いへと変えたのだ。

 ファイクの歪曲障壁を貫いたのもだ。空間を歪ませる効果を反転させ、歪んだ空間を正常化するものへと転化させ、歪曲を中和した。

 

 先程奴が見に徹していたのは、俺とファイクの魔法を見極めるためだろう。つまり奴の魔法は、反転させる魔法をある程度自分なりに理解している必要があるのだと思われる。

 

 魔族のくせに小癪にも防御魔法を使ってくるのも面倒な点だ。人のことは言えないが。しかも本人なりに改良を加えているようで、かなり堅い。

 それに加えて二体のゴーレムが傍を固めているのも厄介だが、これに関しては対処法がある。

 

 ゴーレムは乗っ取られたわけではなく、行動様式を狂わされているだけ。宮廷魔法使いの持つゴーレムへの命令権が失われたわけではない。抹殺対象と認識しているファイクの言葉は受け付けないだろうが、俺は違う。

 変身を解けば俺は人間ではなく魔族と判定されるだろう。そうなれば敵対関係は解除され、機能停止命令が通るはずだ。

 ただ、この手札を切るということは俺が魔族であることを明かすということと同義。一度きりの鬼札は、奴を確実に刺せる時に使いたい。

 

 そう、一度。一度だけ奴を上回り、虚を突ければそれでいい。だが、今のままではそれすらもままならないだろう。ファイクも分かっているはずだ。今戦場を支配しているのは誰なのか。今俺たちがしなければいけないことは何なのか。

 意図を込めた視線を送ると、丁度目が合った。どうやら、考えは同じなようだ。

 

「……仕方ないですね」

 

 一時限りの、共闘といこう。

 

 とはいえ、隣り合わせで仲良く戦うほど信用はしていない。この位置関係のまま、離れながら個々で動く。

 牽制のために魔法を二、三発放つと、俺は円を描くように動き始める。奴を奴を中心とした、衛星のような動きだ。これはゴーレムの守りを掻い潜り、奴本人へと攻撃を届かせるための攪乱行動。

 だがあいつ本人の防御を抜くには、懐に入り直接攻撃を叩き込むか、高威力の攻撃で防御をぶち抜くかが必要。

 前者は先ほど失敗したように、今やるのは難しいだろう。つまり今必要なのはどちらかが魔力を溜める時間だ。

 

「鬱陶しいことをする。時間が味方しているのがどちらか、理解していないのか?」

 

 その言は正しい。俺たちは手傷を負っているうえ、この戦い――眼前の魔族だけではない、この戦場全体を指す――も人類の劣勢。ちんたらやっていたら周りは魔族だけでした、ということにもなりかねない。

 ただそれは今までの三つ巴の戦況なればこそ。この時間稼ぎにしかならない陽動は、背後で魔力を溜めているファイクに目を向けさせないためのものだ。

 

「――よくやってくれました。これで終わるといいんですが」

 

 触れたもの全てを焼き融かす、蒼く光る熱線が放たれる。そのままの軌道であれば、鎧のゴーレムに阻まれるはずだったそれは鋭い軌道を描いて曲がり、ゴーレムの脇をすり抜けていく。

 咄嗟に奴は防御を張るも、少しの拮抗の後、溶けるように破れた障壁を抜いた熱線は奴の左肩を焼いた。

 防御魔法によって少し時間が出来たがために致命傷は避けられたが、充分な痛打を与えたと言えよう。

 

 ゴーレムを逆に利用し死角から魔法を放ち、空間歪曲により軌道を曲げて壁を迂回させたのか。なるほど見事なお手前だ。

 だが単発では終わらせない。ここで一気に畳みかける――

 

「……『女神の鉄槌』」

 

「ぐおっ!?」

 

 突如として頭上から叩きつけられる不可視の力。まるで巨大なハンマーで上からぶっ叩かれたような感覚だ。思わず突っ伏しそうになるが、手を地面について何とか耐える。だが、これによって動き出しを潰され、態勢を立て直された。

 近接戦闘もこなす都合上身体も鍛えており、魔族の身体も相まって一端の戦士くらいの身体能力はあると自負しているが、それでも重い。

 

「お前らは敵対しているのではないのか? やはり、人間というのは分からん」 

 

 いきなり連携をし始めたこちらの様子を見て、奴は困惑しているようだった。気持ちは少し分かる。俺も魔族の心を持っていた頃は連携が苦手だったものだ。  

 

「分からなくても結構。私も、あなた方(魔族)の考えていることなど皆目分かりかねますからね」

 

「そのようだ。……少し、お前たちのことを侮っていたらしい」

 

 奴の動きが変わった。これまでの奴は自分からはあまり動かない、どこか余裕を持った立ち回りだった。

 しかし今は違う。明確な殺意をもって、こちらを殺しに来ている。

 

「ようやく本気、というわけですか。まったく、老骨にはこたえますな」

 

 魔力を感じて横に飛びのくと、どん、という衝撃音とともに先ほどまでいた地点が円形にへこんだ。先程やられた攻撃はこれか、と思っていると、同じ魔法が断続的に飛んでくる。それに加えて光の槍も飛んでくるのだからたまらない。

 

「面倒なことを……!」

 

 ファイクの方は鎧のゴーレムを差し向けられているようだった。硬いだけのゴーレムなら、ファイクの魔法であれば防御を無視して倒せるはずなのだが、どうもそうはいかないらしい。

 よく見てみれば、ゴーレムの関節部などの節々が少し歪んだように曲がっている。魔法が効かないわけではないようだが――なるほど、そういうことか。

 

 ファイクは攻撃だけでなく防御にも魔法を使っていたが、ゴーレムの拳があらぬ方向に曲がったりするかというと、そうではない。

 せいぜいが少し横に着弾点がズレる程度。先程の射撃戦の時には逸らされた魔法は周囲にすら着弾しなかった。魔法の大半は質量を持たないもの――光線や衝撃波、炎や風などだ。

 

 そう、質量。歪曲させる空間内にある物質の質量に比例して、歪曲に時間を要する――これがあの魔法の弱点。

 刃のゴーレムには腕が一本もぎ取られている痕があったが、中までみっちり金属が詰まっている鎧とは重さが段違い。鎧のゴーレムならばファイクの相手を務めることが出来る。『空間を捻じ曲げる魔法』を解析したあの魔族にはそれが分かっていたということか。

 あとは歪曲が致命的なものになる前に、あの魔族の魔法で反転して中和してやればいいわけだ。

 

 さて、どうするか。次々と飛んでくる光の槍を躱しながら考えていると、唐突に足が止まった。何かに引かれているような感覚。見やれば、魔法陣から現れた布のようなものが俺の右足に絡みついている。

 ……拘束魔法か。振り払うにしても、一手は喰らうことになる。さて、何が来る――

 

 襲い来る三連の衝撃。叩きつけられるようなそれは上方からではなく、下方から。

 不可視の力を叩きつけてきた魔法。あれはただ不可視の力場で殴りつける魔法ではなく、上から押し潰すところまでが魔法の効果なのだろう。それを反転させる――つまりは下から打ち上げるということ。それを三連続で喰らった俺は、為すすべもなく空高くまで打ち上げられた。それはもう人が豆粒ほどに見えるぐらいに。

 奴の狙いは落下死。なるほど、飛行魔法を使えない者にとってはどうしようもないだろうが、俺にとってはその限りではない。

 

 ただ、当然ここから生きて帰れば魔族であることは露見する。それは次の一手で全てを決めなければならないということだ。

 落下までの猶予時間で、頭の中で戦略を組み立てていく。まずは一度、自らの死を偽装しよう。

 『姿を自在に変える魔法(ファークライデン)』の応用で自分と瓜二つの肉人形を作る。ヴァルにやったのと同じ要領だ。そして今身につけている物は全て自分の魔力から作ったもの。当然これも偽装できる。

 で、これを空中から落とし、自分は極限まで魔力を絞って隠匿する。飛行魔法は使わねばならない以上近づけば探知されるだろうが、この距離ならばまだ問題ない。

 

 もう一個、同じ肉人形を作る。こちらは術式を刻み込みゴーレムとしての運用だ。瓜二つでも当然魔法は使えないし喋れもしないが、相手を攪乱するための駒にはなるだろう。

 

 あの魔族に魔法を解析される恐れはないかという点だが、そこは心配ない。多分だが。

 俺にも一応魔法に対するプライドはある。『姿を自在に変える魔法』は俺が帝国に入る前から研鑽していた、いわば人間の言うところの魔族の固有魔法、その発展形。一瞥されただけで見抜かれることはあり得ない。

 

 「『姿を自在に変える魔法』解除」

 

 体を魔族の姿へと戻す。では、行くとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐちゃり、と音が響いた。それは血の入った肉の袋が叩きつけられ、弾け飛んだ音だ。

 潰れたトマトのように血飛沫を広げたそれは、原形を留めていないながらも先程宙へと飛ばされたナトゥーアの面影を確かに宿していた。

 

「(……死にましたか。これでは私もこの魔族と戦う意味はない、が……強い。予想以上に。これでは逃げられるかも分かりませんね)」 

 

 ナトゥーアがいなくなったことでケルンの猛攻を一身に受けながらも、なんとか耐え凌ぐファイク。だが、その守勢も長くは続かない。

 脇腹から血を流したまま長く戦いすぎたせいか、一瞬、意識が遠のく。その刹那、ファイクの胴よりも太い鎧のゴーレムの剛腕が横なぎに彼に襲い掛かった。

 

 空間を曲げて逸らしきるには、距離が近すぎる。舌打ちを一つ漏らしたファイクは腕が当たる直前に爆発魔法を発動し、自ら後方へと吹き飛んだ。

 当然ながら胸元で魔法が炸裂したわけで、ダメージは甚大だ。肋骨が何本かやられ、内臓が傷ついたせいかせり上がってくる血を吐き捨てている。とはいえ、ゴーレムに潰されて挽肉のようになるよりはマシだといえよう。

 

 追撃を加えようとしたケルンが、その手を止める。何者かの魔力が、上空から降りてくる。それは先程殺したはずの人間のものと相違ないもの。

 

「『機能停止』」

 

 鎧のゴーレムの傍に降り立ったその男がそう呟くと、ゴーレムは力を失ったように項垂れ、動きを止める。

 次いで彼はゴーレムの足に触れると魔法を発動させた。緩やかにゴーレムが宙へと浮き上がる。魔族にしか使えない、飛行魔法の応用だ。手足を振り回すしか能のないゴーレムを完全に無力化した。

 その男はとても若々しく見えた。黒髪という点では共通しているが、ケルンが先程まで戦っていた同じ魔力を持つ老爺とは同一人物とは思えないほどに。

 その男には魔族の象徴たる角が生えていた。あらゆる状況証拠が、一つの事実を示している。

 

 宮廷魔法使いたるナトゥーアという男の正体は、魔族であったということを。

 

「…………? 何なのだ、お前は」

 

「さて、なんだろうな?」

 

 さしものケルンも、戦いの手を少し止め、理解しがたいと言わんばかりの顔をしていた。

 

 魔族であるのにも関わらず自分と敵対する。これはわかる。例え同族であろうが利害が対立し、敵と見做せば殺すことに戸惑いはないだろう。それが魔族という生き物なのだから。

 

 魔族でありながら人間に擬態し、人間のように振る舞い、あまつさえ他の人間と心を通じさせたような連携を披露する。これが分からない。人間の魔法に多少の興味はあってもその生態には関心を持たないケルンをしても全くの理解不能。強い困惑を隠しきれなかった。

 

「(――とはいえ、敵であることに変わりはない)」

 

 思考を切り替えたケルンは改めてナトゥーアと対峙する。

 互いに手傷を負った身、長くは戦いたくない。これが最後の攻防になると、両者はどこかで確信していた。

 

「それじゃあ、行かせてもらうぜ――」

 

 先程と同じ、不可視の大槌と光の槍が降り注ぐ猛攻をナトゥーアは掻い潜る。飛行魔法を織り交ぜたその機動力は先ほどよりも一段上で、そう簡単には捕まりそうもない。

 その中で、ナトゥーアが拳より少し大きいかという光球を杖の先から発する。シャボン玉のようにふよふよと漂うそれはやがて光の槍に貫かれ、割れる前に一層強く輝き――ナトゥーアが目を覆う。

 

 強烈な閃光が一瞬、戦場を支配した。

 

 咄嗟に目を閉じても尚焼き付くような光に目を眩まされ、ケルンは足を止め守りを固めることを決める。

 全面に貼った防御魔法の中で数秒待ち、ようやっと目を開けると――三方からナトゥーアが駆けてきていた。

 

 ナトゥーア得意の幻影魔法だろうと、ケルンはあたりをつける。確かにケルンが使う解呪を反転させた呪いは、対面している一人にしか使えない。その観点で見れば三方から攻めるのは有効な攻略法と言えるだろう。

 だがそれは、既に幻影を見抜いているケルンには通用しない――はずなのだが。何かがおかしい。彼はそう感じていた。

  

「……行け」

 

 少し悩んだ末、彼は自らの魔力探知を信じることを決めた。ケルンが見定めた本物は、彼の正面にいる。

 そこに刃のゴーレムを差し向ける。魔族の姿を取っている彼は攻撃の対象外のはずなのだが、ケルンはゴーレムが充分近づいたタイミングで、『魔法を反転させる魔法』を行使する。反転させたものをまた反転する――要は元に戻すのと同じ。本来の機能を取り戻したゴーレムは殲滅対象たるナトゥーアへと刃を振るう。

 

「(……違う? これも幻影だと……?)」

 

 対象を斬殺せんと振るわれた三刀は、霞でも切っているかのようにナトゥーアの身体を素通りしていく。

 これを以てケルンはこのナトゥーアを幻影と判断する。相手も魔族、未だ自分に見せていない固有の魔法を使われたのではないかという考えに至ったためだ。

 ――ゴーレムの刃がナトゥーアの身体をすり抜ける前後の数瞬。彼の魔力が一切感じられなくなる時があった。それにケルンが気付いていれば、結末は変わったのかもしれない。

 

 次に目を向けたのは、後方のナトゥーア。ケルンの感覚は、これは幻影ではないと訴えている。しかしここからは、彼の魔力は感じ取れない。 

 女神の鉄槌と三槍が立て続けに飛来し、ナトゥーアは軽やかな足取りでそれを躱そうとするも、受けきれなかった攻撃により随所に傷を刻まれてゆく。痛みに顔を歪める様子すらなく歩を進める様子は明らかに非人間的――いや、生物ではないと感じさせる無機質さ。

 ここでケルンはこのナトゥーアが肉で作られたゴーレムであると気付く。近づくにつれ強まる攻勢に耐えきれなかったか、ナトゥーアと瓜二つのゴーレムは道半ばで斃れた。

 

 ここまでの対応に時間を取られたせいか、近接戦の間合いにまでナトゥーアが踏み込んでくる。残るは先程攻撃した前方、そして右方。石化の呪いを叩き込めるのは、どちらか一人。

 消去法で考えれば、残るは右方のみ。だが、ケルンにとってこれは幻影にしか見えない。直感は変わらず、前方が本物であると訴え続けている。

 

 論理を取るか、直感に従うか。

 

 彼が取ったのは――論理。右方から迫るナトゥーアに手を翳し、行使された石化の呪い。だがその目論見は結実することはなかった。

 幻に、呪いが効く道理はない。ナトゥーアの形をした幻影は、ケルンの眼前でほどけるように霧散して消えた。

 

「……ありえん」

 

「――『魔力の刃を作る魔法(ヴァールリンゲ)』」

 

 直後に、前方の――本物のナトゥーアの杖から形成された刃がケルンの心臓を穿つ。

 全身から血の気が引いていく。魔力の流出が止まらない。己に死が訪れたことをケルンは確信する。

 

 だが。

 

「終わりだ」

 

「そう……だな。だが……お前も……」

 

 薄れゆく意識の中、ケルンは最後に魔法を行使する。その原動力は悔恨。ナトゥーアの魔法を見抜けなかったこと。己の能力を信じられなかったこと。その全てが口惜しい。

 意地でも、お前だけは道連れにする。爛々と輝くケルンの双眸が、雄弁にもそれを語っていた。

 接触した状態でしか使えない回復魔法、その反転。直でそれを受けたものは、肉が腐れ落ちて死に至る。

 

「っ! まず――」

 

 さしものナトゥーアも、これは計算外であった。もはや対応手はなく、覚悟を決めた瞬間――衝撃波が、ケルンの手から聖典を弾き飛ばす。

 当然、聖典がなければ僧侶の魔法は不発となる。失敗を悟り、その顔を形容しがたく歪めるケルン。その視線の先には――

 

「……魔族との戦いはつまらないと思っていたのですがね。このような貌を見られるのなら、案外悪くないものです」

 

「どういう風の吹き回しだ? ファイクさんよ」

 

 杖を構えたファイクが、嗤っていた。

 

「なに。あなたにはまだ、聞きたいことがありますのでね」

 

 完全に息絶えたケルンの亡骸が、魔力の粒子となって散ってゆく。

 相まみえた三人の内、一人が散り、二人は未だ立っている。

 

 最後の一人が決まるまで、この戦いは終わらない。

 

 

 




 次話で決着予定。ナトゥーアの固有魔法の名前出すところまで行きたかったんですが文字数の都合で次に回すことになりました。
 
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