人間になる魔法 作:青バフ
死んだと思ったら転生した。自分の現状を簡潔に表すとこうなる。
確実に死んだなと思えるほどの外傷を負い、流れ出てゆく血液とともに失われた意識が再浮上した時、そこは見知らぬ森の中だった。
そして明らかに低い視点と、頭から生えている何やら角らしきもの。少しばかり彷徨い歩きたどり着いた水場にて水面に映った己の顔を見ると――
「めっちゃイケメンになってる……」
やたらと整った顔面とやはり生えていた角。六歳程度の少年のような体からは前世の面影は全く感じられず、自分は生まれ変わったのだと改めて実感する。
見知らぬ身体、見知らぬ土地。まったく意味の分からぬ状況だが、これはもしかして異世界転生というやつなのではなかろうか。
ともあれ、折角もらった新しい人生――角が生えてるので人間かどうかは怪しい所だが――である。
まずは生き残らねば始まらない。親もいなければ食べ物もない。ここかどこかも分からない。それでも動かねばならない。
まずは食料の確保と寝床を見つけなければ。どこか浮ついていた思考を切り替え、俺は立ち上がり動き出した。
あれから一週間ほどが経つ。
右も左もわからぬ森の中に放り出され、未だ未熟な子供の肉体では限界は早々に訪れた。
水はともかく問題は食料だ。安全そうな木の実などを選別して食いつなごうとはしたが、そんな博打のような真似が長続きするとは思えないし、そもそも量が足りない。
空腹に耐えかねて野ざらしになっていた獣の生肉を食ったときは流石にヤバかったが、逆に言えばその程度で済んだ新しい肉体の頑強さに感謝したいところではある。
別の問題もある。
一度遠巻きに見ただけだが、明らかに地球上にはいない生物――なんというか、魔物とかモンスターとしか言いようのない化け物もいた。
とはいえウヨウヨいるというわけではなさそうだが、もし襲われるようなことになれば普通に死ぬ。
子供の身体に体調も万全ではない。正面から鉢合わせれば逃走は現実的ではなかった。
ともかく、このままでは遠からず野垂れ死ぬ。
だが、悪いことばかりではない。この七日間の探索の中で見つけた、人間のものと思わしき足跡。靴の形に踏みしめられたそれを辿ると、そこには人間の集落と思わしきものがあった。
すぐに助けてもらいたいところだが、事はそう簡単ではない。
そこで暮らしていたのは、見る限り純度百%、どこからどうみても俺が知っている『人間』だ。
しかし俺は、なんか頭に角が生えている人間もどき。ファンタジーな世界なら『魔族』とでも呼ばれるような種族。あと全裸だし。
大抵の場合、この二種族は敵対しているのがお約束である。この世界も例に洩れずそうだった場合、のこのこと姿を見せるのはただの自殺だ。
「どーすっかな……」
適当に見繕った太い木の枝の上で、木々の隙間から夜空を見上げつつ思案に耽る。
人間と俺の違いは端的に言ってしまえば、角が生えているかそうでないかだけだ。……少なくとも見た目の上では。そこをどうにかすれば人間の中に溶け込めるかもしれないが、この世界について何もわからぬ現状ではそれも難しい。
まずは知ることからだ。あの人間の集落を観察し、この世界の文明レベルや最低限の常識などを知っておかなければならない。なぜ子供が一人で森の中を彷徨っているのか、その理由付けも必要だ。
やらなければならないことはたくさんある。限界も近い。しかし今は眠らなければ。危機的状況の今、少しでも体力を回復しなければならない。そう思って目を瞑る。余計な思考を頭の外へと追いやり、ただ無心のままに佇んだ。
内に広がる暗闇の中、揺蕩う意識。そこに今までにない感覚を感じる。
『それ』を初めて自覚したのは、そのときだった。
なにか、感じたことのないような未知なる力。微弱ながらも確かに己の内に流れるそれを自覚した瞬間、どう使えばいいかを本能的に理解した。それを言葉で表すことはまだできない。だが、どうすればよいのかはわかる。
今の自分に必要なもの、まずは服だろうか。
それだけで今の自分には充分だった。
「はは……
次の瞬間自分が身に纏っていたのは、死ぬ前に身に着けていたものと酷似した背広だった。寸法は子供のそれではあったが。
子供の身体にも、この世界にも二重の意味でそぐわない恰好ではあったが、ともかくこれで希望が見えた。
限界まであと三日というところか。それまでにこの力をある程度使いこなし、人間の社会に溶け込む準備を整える。
今日は今までと違い、前向きな気分で眠りに就けそうだ。
三日後。俺は満を持して人間の村落の前へと訪れた。
如何なる経緯でここにたどり着いたのかというカバーストーリー。それに相応しい恰好。この三日間で得た情報を基に練り上げ、考え込んできた。
土汚れに塗れた麻のチュニックとズボン。夜通し歩いてきたとでもいうような疲弊した足取り。そして不安と恐怖が垣間見える目つき。――すべて完璧だ。
頭に生えている小さな角も、例の力を使うことで見えなくすることが出来た。とはいっても実際に消えるわけではないので、更にその上に帽子を被ることで隠しているが。
「よし……準備万端だな」
――さて、行くか。
森の中から開かれた道へと出て、覚束ない足取りで村落のほうへと歩き出す。おぼろげに見えていた人影が近づくにつれ鮮明になり、あちらも俺の存在に気付いたのか集まり何かを話しているように見える。
さらに距離が縮まり、互いの姿がはっきりと見えるようになったころ。村人の一人がこちらの装いを見て、こちらに駆け寄ってきた。
「お、おい! 君、大丈夫か!?」
「パパが……ママが……!!」
「まずは落ち着いて。……何があったか話してもらえるかな?」
子供の目線に合わせるように屈み、手を握りながらゆっくりと語りかける村人。今のところ演技はバレてはいないようだ。
他の村人たちも遅れてこちらへと集まってくる。
「いきなりすごい音がして、バターンってなって……外に出たら、おっきな化け物がいて……! パパが走れって――」
たどたどしく、涙ぐんだような声で。三日かけて考えてきた即席の
流石に遠巻きに村を眺めていただけでは入手できる情報など微々たるものだ。なんとなくこの世界――というかこの周辺の文明レベルは推し量れたが、ボロが出ないように話の細部はぼやかしていく。
「馬車が魔物に襲われたのか?」
「ならこの子の両親は……」
「……言ってやるな」
どうやらうまいこと足りない部分を補完してくれているようで助かる。死んだ両親は俺の脳内にしかいないのだが。
語りも中盤に差し掛かったころ、突然抱きしめられ止められた。角バレするかもしれないからあまりこういうことはしてほしくないんだが、まあ仕方ないか。
「もう大丈夫だ……! 走り続けて疲れたろう。休める場所に連れていくよ」
辺りの人々も同情の籠った目で見てくれている。目論見は成功といってもいいだろう。
やっと暖かい飯にありつけそうだ。ホントに待ちわびたよ。
あー……安心したら力が抜けてきた。実際のところ疲弊しているような様子は演技ではなく9割がた本気だ。まあわかりやすいように振る舞ってはいたが。
「おなか…………すいた……」
「!? おい! 大丈夫か!? 今暖かいものを用意してやるからな!」
――しかし、俺はこんな人間だっただろうか? 自分で言うのもなんだが、俺は人並みの善性を持った普通の人間だったはずだ。道を聞かれたら答えてやり、困っている人間がいたら気が向いたら助けるような、その程度のちっぽけな善意は持っていた。
今はどうだ? 良心に
以前の俺なら生きるために仕方がなかったとはいえ、多少なりとも罪悪感を覚えていたはずだ。
今、俺の心を占めるのは生き残れたという安堵のみ。これは極限状態に置かれていたゆえか、それとも別の要因か?
それは今の俺には、知る由もなかった。