人間になる魔法 作:青バフ
人間の村に拾われて一か月ほど。俺は村長の家で世話になることになった。
息子が成人して都会に出ていったとかで一人は寂しいだのなんだの言っていたが、そういうところは前の世界とは変わらないらしい。
村長の家には書物も何冊か置いてあって、それらを読んでこの世界についてもだいぶわかってきた。
明らかに日本語ではない文字を読めたのは何故だかわからないが、言葉が通じた時点でそれは今更か。この肉体に元々その手の記憶が刻まれていたとかだろうか。まあ気にしてもしょうがないのでそのへんについては理解を諦めることにした。
拾われる前の俺の推測は正しかったらしく、魔族という種族は存在するようだ。風貌は個々人によって変わるが、基本的に人型であり一貫した特徴として角が生えているらしい。俺のことじゃん。
そしてファンタジーな世界らしく魔法なるものも存在するみたいだが、この村に魔法を使える人間は今いないそうだ。
そこで思ったのだが、俺が角を隠したり服を作ったりするために行使したもの――あれがまさしく魔法なのではなかろうか?
魔族が魔法に長けているというのもなんというかいかにもという感じではある。書物にはそこまで詳しく書いていなかったが。
魔法。現代社会で生き、物語の中でしか耳にしたことのない俺としてはなんとも心惹かれるワードではある。
だが、手助けとなる情報が一切ないままに修練するというのも難しいし、そも魔法使いというのはなかなか希少らしい。拾ってきた子供が、何の補助もない状態で魔法を使いこなす姿はあまりに不自然だ。
魔法を練習するにしても、師を得て大義名分のある状態で行うべきだろう。
ともあれ、今俺がやるべきことはそんなことではなく、畑の手伝いである。
「おーいナトゥーアや! 刈り入れを手伝っておくれ!」
「いまいくー!」
ナトゥーアというのは俺の名前のことである。もちろん生前のではなく、この身体のものだ。
この世界の言語などと同じこの身体に残っていた記憶――というよりかは肉体に染みついていた最低限の情報と言ったほうが近いか――の一つだ。
生前の名前はこの世界にあまりにもそぐわないし、何より俺は生まれ変わったのだ。これもいい機会だと思いこの身体の名前を名乗って生きていくことにした。
……しかし、ずっと年相応の子供の演技をしているのは流石に辟易する。どうにかならないものか。
数日後。
「時にナトゥーアよ、魔法に興味があるのかい?」
そう切り出されたのは、村長と二人で食卓を囲んでいるときだった。ちなみに献立は大麦の粥に干し肉を入れたものと林檎である。干し肉の塩気が効いて中々うまい。
「…………うん」
「隠さなくてもいいさ。……やはり、あの時のことを悔やんでいるのかい?」
「だって、あの時ぼくが魔法を使えたら……力があれば! パパも! ママも! 死ぬことはなかったのに!!」
「おぬしが気に病むことはないというのに。……じゃが、おぬしがよければ、魔法を教えてもらえるように渡りをつけてもいいと思っておる」
「!」
「この村唯一の魔法使い――まぁ、わしの甥なんじゃが、来月帰ってくると手紙が届いた。 返事には『魔法の手ほどきをしてやってほしい者がいる』と書き添えておこう」
実際、魔法に興味があるような素振りはあえて分かるように見せていた。魔物によって両親を失った子供――強さを求める理由付けとしては充分だ。
後々魔法を学ぼうとする際、不自然に思われないための振る舞いだったが……これは思わぬ僥倖。
魔法使いが少ないことから分かるように、魔法の才を持つものは希少らしい。村長としては、『現実』を見て諦めてほしいのかもしれないが、理由はどうあれ断るという選択はなかった。
「……! ありがとうおじいちゃん!」
顔に喜色を滲ませ、感謝を述べるや否や粥を掻き込む。人間の欲とは際限がないもので(人間ではないが)上があると分かればそこを目指したくなるようだ。
身一つで森に放り出された頃は食べ物と安全な寝床さえあればよいと思っていたものだが、存外そうでもないらしい。
村に入り込むため悲劇の子を演じた時にも、この村で過ごすうちにも、なんとなくわかっていた。
己の精神性が人間のそれから
だから安心した。自分の中の人間らしい部分を再確認できたから。
「ごちそうさまでした」
難儀なものだ。せめて心だけは、人でありたいものだが。
「おーい! 誰かいるかい?」
時が経つのは早いもので、瞬く間に一月が過ぎ。ある日、家を訪ねてきた何者かを出迎えると、そこには見知らぬ顔があった。この村でもう知らぬ顔はそういないので、外から来た人間ということになるが――
「どうも! えーっと……」
「ん? ここって村長の家じゃなかったか? ……ああ! お前さんが叔父さんが言ってた子かぁ!」
そうなると、心当たりは一つ。彼が村長の甥にしてこの村唯一の魔法使い。そして俺の師になる予定(という体で今のところ話が進んでいる)の人物であろう。
第一印象としては気のいい兄ちゃんという感じだ。それと見た感じ、村の人間よりも身なりが良いように見える。
やはり魔法が使えるというのは特別であり、それだけでもいろいろと恩恵にありつけるのだろう。
そんなことを考えていると、話を聞きつけた村長が奥から出てきた。
「おぉ、よく帰ってきたのぉ。今回はどれくらいいるつもりじゃ?」
「んー……二、三年はいようと思ってる。最近魔王軍の動きがこっちで活発になってるって情報も耳にしたしな。しばらくはここで様子を見ようかと」
「物騒な話じゃのう……長旅で疲れたろう、お前さんの家はこっちで用意しておいた。今日はとりあえず休むといい」
「そーだな、今日は休ませてもらうわ……っとその前に、はいコレ」
魔王。そんなのもいるのか。いよいよもってファンタジーだなぁと話を聞きながら思っていたら、荷物をごそごそと探っていた男から何やら書物を渡される。
「俺が師匠から教わったことを自分なりに嚙み砕いて纏めたヤツ。魔法を教わりたいなら暇な時に読んどきな。村にいる間は預けといてやるから」
「あ……ありがとう!」
「おー、まぁ頑張れよ! じゃ、俺は帰って寝るわ」
そう言って彼は去っていった。
それにしても早速面白いものを貰ったものだ。村長も彼を案内しについて行ったし、早速読ませてもらうとしよう――
というわけで三日後。
今俺は、彼――今後は師匠と呼ぶことにする――の家まで出向いていた。
理由は勿論、魔法を学ぶためである。
「さてさて、渡した本は読んできたか? 最初のあたりの部分について軽く質問すっから答えてみ」
師匠も、俺が魔法を学びたい理由などは村長から言い含められているはずだ。さしあたっては俺がどれくらい本気なのか、そして才能の有無をまず測るつもりなのだろう。ちなみにもらった本は当然読破してある。流石に全部理解しきれてはいないが。
とはいえ最初らへんの初歩的な内容については概ね理解はしている。投げかけられる質問に答えつつ思考を巡らせていく。
「ほぉ、ちゃんと理解してるみたいだな。やる気は充分ってことね」
魔法の根幹は想像力。しかしその裏腹に、各々の術式は緻密な理論によって裏付けられ、構成されている。
合理と非合理の共存。あるいは矛盾ともとられかねないようなこの二つを両立させ、受け入れる精神性が魔法使いの素質の一つなのだろう。
そしてもう一つの素質。それは――
「んじゃ次は魔力だな。そこに座って瞑想……んー……なんというか説明しづらいな。心を落ち着かせて何も考えないようにしてみな」
「……やってみる」
魔力。すべての魔法の原動力であり、これがなければ始まらない。魔力を持ち、それを感じ取り扱うことが出来ること。それが魔法使いであるための最低条件だ。
さておき瞑想だが、最初に魔法を使ったときのアレのことだろう。要するに心を無にして己の内にある魔力を感じ取ればよいということだ。
息を吸って、吐いて。自分が死んだ時の感覚を思い出す。
流れ出す血潮とともに地面に流れゆく己の意識。自分という個が溶け出し、自然へと還っていく。
渾然一体の境地。そしてその後に残るものは何もない。ただ一面に広がる無――
「…………」
「……これで十歳にもなってないってのか」
余計なものを全て削ぎ落とした暗闇の中で、ただ一筋流れているものを知覚する。
ああ、あの時よりもはっきりとわかる。己の中を巡る力――魔力の流れが。
いつまでそうしていただろうか。肩を叩かれ、意識が現実に引き戻される。
「……っ!」
「おっと、悪ぃな。びっくりさせちまったか? お前さん三十分はそうしてたぜ。大したもんだ」
「だ、だいじょうぶ……ありがとう」
「おっし、じゃあ仕上げだ。 ――『
師匠はそう言って親指で自分を指す。おそらくこれというのは魔力のことを指しているのだろう。
己から流れ出す魔力を明確に感じ取れるようになった今ならば他人の魔力も見えるはず――ん? ……見えない?
「なにも見えない……です」
「そーかそーか。 ――ははっ、そうへこむなって! ほれ、これならどうだ」
そう言った途端、師匠の身体から魔力が滲みだしてきたのが見える。
これはどういうことか――魔力は隠せる? 元より自分の中から滲み出るものだ、消すことも出来るというのは理屈としてはおかしくない――
……なるほど、こんな感じか。
「……いじわる」
「……っ! おいおいマジか」
師匠も思わず目を剝いている。思わずやりすぎてしまったような気がしなくもないが、できてしまったのだから仕方ない。
あれは要するにカマをかけていたわけだ。教えてほしさに見えてないのに嘘を吐くような真似をすればアウトということなのだろうが、こちらとしても愉快ではない。一瞬焦ったし。
じっとりとした目で師匠を見つめていると、ばつが悪そうな顔で頭を掻いていた。
「そう拗ねんなって。合格だよ合格。やる気も才能も文句なし。俺がガキの頃より遥かに上等だわな。そんじゃ外行こうぜ――魔法の実践だ」
村を離れ、森の中の少し開けた空間。
少々派手な魔法を使うということで、こんな場所にやってきたわけなのだが。
「よぉし、お待ちかねの魔法の実演だ! ま、つっても俺なんて魔法使いの中では三流ってとこだ。そんなにすげぇ魔法なんぞ使えはしねぇが――ほれ」
す、と師匠が杖を取り出すと、その先端に薄青色の透き通るような刃が形成される。
試し切りと言わんばかりに振り抜かれた一閃は、手近なところにあった樹木を鮮やかに両断した。
少し遅れてずん、と倒れた木の幹が地面に沈む音が響いた。
「すごい……」
魔法らしい魔法を見たのは初めてだが、こりゃすごいな。流石に興奮を隠せない。
なんというか、本当に
「こいつは『
「民間魔法?」
「戦闘とかじゃ使わない、生活の役に立つような魔法だ。例えば『濡れた服を乾かす魔法』とかな。ま、『ジャガイモの芽を取り除く魔法』みたいなしょーもない魔法のほうが多いんだが」
「ふーん……」
「とはいえ魔法の練習を始めるにはピッタリなんだなこれが。というわけでまずはコイツからだ」
そういった師匠が杖を振ると、目の前の空間に小さな火花が弾けた。ただ一回きりのそれだけだ。
実用性で言うとライター以下なんだが、まあそれでも魔法は魔法。入門用にはちょうどよいということなのだろう。
「『火花を出す魔法』。まあ野営の時の火おこしぐらいにしか使わないんだが、術式も単純でイメージも容易。まずはこれからやってみな」
ほれ、と術式が記された紙束をこちらに放られる。一通り目を通して――うん、いける。
先程実演したものを見せられた時から、自分でもできる、という確信に近い感覚があった。
理屈というよりも本能的に。初めて魔力を知覚した時に行使した魔法に比べれば、これは児戯のようなものだ。
借り受けた杖を握りしめ、脳裏にイメージを描く。組み上げた術式に魔力という燃料を満たし、そのイメージを現実のものとする――……あれ???
「……ええっと…………」
何も出ない。うんともすんともいわない。何度か杖を振ってみるも、同じ結果に終わる。
1+1を2だと答えたら不正解だと言われた気分だ。今もなおできるはずだという感覚は変わらない。
なのにどうして? まったく解せない。
「……お前さんほどの才能ならいけると思ったんだが……そうとんとん拍子にはいかねぇか」
そう言いながらも師匠も怪訝な顔をしている。自分が自信過剰とかなのではなく、本当にこの魔法は初歩の初歩なのだろう。それこそ出来ないほうがおかしいくらいに。
その後、いろいろと試行錯誤してみたが結果は変わらず。日が落ちてきたので今日はお開きということになった。