人間になる魔法   作:青バフ

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闇の茨を操る魔法

 

 魔法を学び始めてから、一か月と半月ほどが経った。

 あれからも魔法の手ほどきを受けたり、もらった魔法理論の書物も読み込んだりした。

 だが、どんな魔法も未だ使えるようにはなっていない。

 

 不思議なのは、おそらく使えるだろうという感覚があるのにも関わらず悉く失敗すること。

 偶に師匠に見せてもらうそれなりに高度な魔法はまだ自分には扱えないという感じが何となくある。

 先の火花の魔法のような簡単な魔法はできるという確信があるのだが、どのみちどちらとも発動しないのだ。

 

「――――」

 

 今俺は村のはずれ、森の中のとある場所で日課の瞑想をしていた。

 ここは村に拾われる前、俺が寝泊まりしていた場所だ。魔法を教わるようになってからは暇を見て抜け出し、ここで瞑想などをするようになっていた。ちょっとした秘密基地気分である。

 

 で、この一か月半、自分なりに色々と考えていたのだが。

 魔法がなぜ使えないのか。その心当たりが一つ浮かんできたのだ。

 

 初めて魔法を行使したあの時。それが魔法だということも知らずに、理論も術式も何もなく本能が赴くままに力を使うことが出来た。

 だが、魔法の何たるかを知り、まがりなりにも修練を積み、あの時より間違いなく洗練されているにも関わらず、未だ魔法を使えない。

 それはなぜか。

 

 魔法は想像(イメージ)の世界。

 

 俺のようなかつて現代社会を生きていたものにとって、魔法というものは創作上の産物であり、とどのつまり非現実の象徴だ。

 数十年生きてきた中で人格の根底に刻まれた価値観は、そう容易く塗り替えられるものではない。

 

 

 当人が非現実だと想像していることを、どのようにして実現させるというのだ?

 

 

 あの時は本能のままに魔法を使うことが出来たし、今でも出来るという感覚だけはある。おそらくはこの身体――魔族という種の特性。魔力を用いるに長けた能力があるのだと思われる。

 故にだろう。魔法という存在を知らなかったからこそ、本能のままに力を振るい、扱うことが出来たのだ。

 だが、その力に魔法という名前が付けられてしまったことにより、かつて(前世)の価値観との衝突が生まれ、使えなくなってしまったと考えられる。

 

 言うなれば、魔族(化物)としての本能。人間としての理性(残滓)。その二つのせめぎあいが、現状に至る要因になっているのだ。

 

 ではどうすればいいのか? このまま、一年二年とこの世界で暮らし、馴染んでいけばいい。

 そうすればおのずと魔法という存在を受け入れ、前世の名残はどんどんと薄らいでいくだろう。その頃には魔法を使えるようになっているはずだ。

 だが、自分はそこまで悠長にやっている暇はない。最初に使った角を隠す魔法も自分でかけておいてなんだがいつまで続くか分かったものではない。

 魔族であることが露見すれば当然人里で暮らすことはできないし、魔法が使えない状態で野生の中で生き残れるかどうかも怪しいところだ。

 

 しかし、今のところ現状を打破する有効な答えは見つからない。

 

 どうするか……頭を捻らせながらも、瞑想を終え家に帰ろうと立ち上がる。あと少しで日が暮れるのだ。

 考えども冴えた案は浮かんでこず、今日も今日とて選択するのは現状維持。木々の間を掻き分けて帰路に就き――なんだ? この匂いは。

 

 鼻をくすぐる夕餉の匂いでもなく、畑の堆肥の匂いでもなく。普段の生活とはかけ離れた、鉄の錆びたような香りは、村に近づくにつれ強まっていく。

 どこか脳裏によぎる不吉な予感。やがて村へと帰り着いた俺が目にしたものは――

 

「は……!?」

 

 老若男女問わず、そこらに転がる屍の群れ。村から漂っていた匂いの正体――それは血の匂い。死臭だった。

 

 

 

 

 

 

 血と屍に彩られた村の中を、ふらふらと進む。

 

 ……あそこに転がっているのは、村に行ったとき最初に駆け寄ってくれた人だ。

 

 向こうで真っ二つになっているのは、ちょくちょく畑仕事を手伝いに行っていた人の妻だ。よく晩御飯をご馳走になった記憶がある。

 

 今通り過ぎたところに、向かいの家の子供だったものがあった。どこか陰のある俺の振る舞いを察してか、よく遊びに誘ってくれていた。

 

 ゴミのように打ち捨てられた死体たちは全部、俺の見知った顔だ。

 だというのに――

 

「…………」

 

 遠くから音が聞こえる。爆発音や衝撃音――この村に起きた「何か」はまだ終わっていないようだった。

 誰かが戦っているのだろう。この村に死を齎した何かと。

 屍を跨ぎ、歩みを進める。その大元へと。

 

 そこへたどり着くころには――音は既に止んでいた。

 

「――ああ」

 

 村長宅の前の、村で一番大きな広場。そこで二人は戦っていた(・・)

 

 一人は師匠。しかしその腕は力無く垂れ、魔法使いの剣たる杖は既に地に転がっていた。

 

 もう一人は魔族。滲みだす魔力を見るだけでもわかる、俺などより遥か上の存在。師匠と比べても格が一つか二つは上だろう。

 その影から生えている黒い茨のようなものが師匠の五体に絡みつき、宙に吊り下げるように縛り付けている。

 

 既に勝負はついていた。師匠が唯一動かせる首から上をこちらへと向け、俺のことを認識する。

 僅かに目が見開き――

 

「逃げ――」

 

 ぐしゃり。

 

 闇の茨に血の花が咲いた。

 強大な力で引きちぎられた肉片が飛び散り、首がこちらへと転がってくる。

 その顔は苦痛に彩られながらも、最後までこちらのことを案じていて――

 

「――――ああ」

 

 一つだけ、分かったことがある。

 

 アレは、敵だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が村を襲ったことに、特に理由はなかった。

 通りがかったところにたまたま人間の村落があったから。ただそれだけ。

 フランメなる人物が人間の世界に魔法を広めてはや五十年ほどが経つが、大陸中央以外の地域では未だ魔法を使える人物は希少だ。

 故に人間の魔法使いと事を構えるのは彼にとって久しぶりであった。

 

 だが、百年以上を生きた彼にとって、ただの人間の魔法使いが及ぶべくもなく。

 今日も捕食者(まぞく)被食者(にんげん)の立場は変わることはなかった。

 

「……ふん。人間の魔法使いなどこんなものか」

 

 邪魔者は始末した。あとはゆっくりと食事の続きだ――と、その時だった。

 この場に現れたもう一人の存在に気付いたのは。

 一見するとそれはただの少年だった。だが、そのベールの下に隠されているものを彼は瞬時にして看破する。

 それは同族故か、それとも卓越した魔法技術故か、はたまたその両方か。ともかく彼はその弱弱しい魔力に似合わない幻覚魔法で隠されている角を見抜き、おおよその推論を組み立てる。

 

「ああ、なるほど。ここはお前の縄張りだったか」

 

「…………」

 

 この場に現れた少年は村に潜伏していた魔族であり、虎視眈々と機を窺っていたと彼は理解する。

 だからといって、彼がそれにより何かを思うことはない。両者の間に広がる魔力の差は雲泥だ。

 よくできた幻覚魔法といえどそれはその魔力量から推察できる実力と比較してというだけのこと。彼にとっては一見すれば看破できる程度のものでしかない。

 

 魔族にとって魔力の差はそのまま階級の差となる。人間社会で例えるならば、二人の差は貴族と奴隷。

 貴族が奴隷を気に掛ける必要などどこにもないように、彼もまた少年のことを気にすることはない。

 

 そしてそれが故に、少年――ナトゥーアの内に秘めた殺意にも気付くことはなかった。

 

「隠れている奴らを狩り出す。お前もついてこい」

 

 そういって彼はナトゥーアに背を向け歩き出す。返事は求めない。従うことが当然だから。

 弱者は強者に従うもの。それが野生の掟であり、魔族(かれら)の本能に刻まれた絶対の規範。

 しかし何事にも例外はある。人から魔族への転生。それによる不可逆的な変化は多々あるが、残された人としての残滓もまた多く。魔族にとっての絶対が、ナトゥーアにも通用するとは限らない。

 

 いつの間にか角を隠していた魔法は解けていた。それは魔族(けもの)としての面が強く表出していることの表れであり、ナトゥーアの魔法行使を妨げていた要因が消えているということでもあった。

 

 向けられた無防備な背。そこに突き立てる刃を克明に想像する。出来るという感覚すらなく、獣が爪を振るうようにそれはごく自然に行われた。ナトゥーアが使った魔法、それは彼がこの世界で初めて目にした魔法――

 

「『魔力の刃を作る魔法(ヴァールリンゲ)』……!」

 

「がぁっ…………!?」

 

 ナトゥーアの双手から突き出る一対の長剣のごとき刃が彼の心臓を貫き、その体を貫通した。

 言葉の代わりに吐き出された血にも意を介さず、突き刺した刃を抜いては、また突き刺す。

 

 刺して、斬って、刺して、刺して、斬って、引き裂いて――――

 

 彼が崩れ落ちようが、倒れて動かなくなろうが、構わずひたすらに切り続ける。

 狂気ともとれるようなその行い。しかし当人であるナトゥーアの目に宿るのは、ただ冷徹な殺意だけ。

 親しい人たちを殺された怒りでもなく、義憤に駆られたわけでもない。ただ居心地のいい場所を壊されたから。故に彼を敵と認識した。

 ならばどうする? 敵は――殺すしかないだろう。

 

 永遠に続くとも思えたこの行為は、魔族の身体が黒い粒子となって霧散していくことでようやく止まる。

 返り血を浴びて真っ赤になっていたナトゥーアの姿も、まっさらな状態へと戻っていった。

 

 かの魔族が存在した痕跡は全て消え去り、死臭漂うこの場に残されたのはただ一人。

 曇天の空に、ナトゥーアの哄笑が空しく響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は……ふふ……くく……あーっはっはっはっは……!」

 

 声を上げて笑う。絶望と自嘲を込めて。

 この惨状を前にして認識させられたからだ。己が既に人間では無くなっているということを。

 

 親しい人々が屍となって転がっていても。

 師が目前で惨たらしく殺されても。

 初めて同族をその手にかけても。

 

 

 俺の心は冷え切ったままだった。

 

 

「あーあ……俺ってもう化け物になっちまったんだなぁ……」

 

 今、俺の心を占めているのは自分が変わり果てたことに対する悲しみ。

 そして、魔法――暴力を以て現状を解決したことによる昏い喜びだけだ。

 別に、あの村の人たちが嫌いだったとか、そういうわけではない。彼らは俺を温かく受け入れてくれたし、親しく接してくれていた。俺も彼らのことを憎からず思っていた。

 だというのに何も感じない。この小揺るぎもしない心は、俺の精神が人間と違うそれになってしまっていることの何よりの証左だ。

 

「あー、そうだ……また角、隠さないと」

 

 す、と手を翳せば、いつの間にか出ていた角が再び透明になって消える。魔法が使えるようになっているのは、自分が魔族であることを受け入れたがためだろう。

 人間としての残滓がなくなっているわけではないが、今自分が何者かと問われれば人間ではなく魔族と断言できる。それが以前との違いだ。

 

 さて、これからどうするか。

 とりあえず、少しぐらいは生き残りがいるだろう。まずはその人たちを助けるとしよう。

 手始めに目の前の村長宅だ。ただいまと呟きながら扉を開くと、予想はついていたが村長も死んでいた。

 最早何も感じないことにも慣れ始めてきたが、最低限拾われた恩は返すつもりだ。

 とはいえ、どれだけ生き残っているかを考えると少々憂鬱な気分にはなる。家に隠れて息を潜めている人や、村の外に逃げた人もいるだろう。

 

「面倒だなぁ……」

 

 ともかく、やることは決まった。それと将来の夢も。

 心だけでも人間であった頃を取り戻す。それが目下の目標だ。

 

 村長の家に置いてある師匠から借りた魔導書は拝借していこう。色々と役立つはずだ。

 漠然と今日を生きていた今までと違って今は大きな目的がある。そのほうが人生にも張り合いが出るというものだ。

 そんなことを考えながら俺は最初の一歩を踏み出した。

  

 




 
 師匠は三流を自称してますが、才能あるやつしか魔法使いになれない時代の三流なので結構強いです。まあ相手が悪くてあっさり死にましたが。
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