人間になる魔法   作:青バフ

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姿を自在に変える魔法

 

 フランメの弟子を自称するフリーレンと名乗った少女――いや、彼女の言が正しければ少女という歳ではないはずだが。そんな疑問は彼女の長く尖った耳を見れば、すぐに氷解した。それは長命種たるエルフの何よりの証であり、推察できる年齢、感じられる見た目に似合わぬ魔法使いとしての力量、その全てに辻褄が合う。

 

「いつでも魔法を使えるように身構えているね。それもこちらに気取らせないように。よく鍛えられている」

 

 流石というか、すべて見抜かれていた。見透かされた奇襲はもはや有効打にはなりえない。杖を仕舞い、わざとらしくおどけたようにお手上げのポーズをとる。

 フランメの弟子。その存在だけは耳にしたことがある。宮廷魔法使いの中でも最年長で、フランメから直々に薫陶を受けたこともあるという爺様から。実際に会ったこともあるという。姿などは聞かなかったが。

 

「なるほど、言うだけのことはあると。して、何の御用でここへ?」

 

「その前にこれ。さっきも言ったように、大した用事じゃないよ」

 

 懐から取り出されたのはこの建物への入館許可証書だった。保証人のところに書かれている署名は爺様のもの。いよいよ本物というわけだ。

 

「たまたま近くに寄る機会があったからね。ここも一応師匠(せんせい)の墓だから」

 

 言うまでもないことだが、フランメは帝国史、いやおそらく世界の歴史にも長く名を残すであろう大偉人だ。

 フランメは晩年には帝都を出奔して、そのまま帰ってくることはなかった。どこかで戦死したとも、故郷に骨を埋めたとも言われているが正確なところは不明だ。

 だが、そんな英雄であるフランメの墓すらないというのでは帝国の面子が立たないと考えたのだろうか。

 魔導省の設立にあたって、ここ(・・)にフランメの偉業と名誉を記した石碑と像を置き、それを墓標とすることにした――というのを昔聞いた。

 

 ともあれここは公的にはフランメの墓所となっているわけだ。彼女もここに用があったのだろう。

 いつの間にやら杖を取り出し、何かの魔法を唱えようとしていた。

 

「何を?」

 

師匠(せんせい)に言われたんだよ。『私の墓の周りは花畑にしてくれ』って」

 

 フリーレンから滲み出ていた魔力がささくれだす。その魔法の行使は一瞬で終わり、効果はすぐさまに現れた。

 植えこまれていた地面の草がざわめきだす。風に吹かれたように揺らめいたその隙間から、新たなる生命の息吹が続々と芽吹く。気付けば像の周りは、一面の花畑となっていた。

 

「これは……『花畑を出す魔法』、ですか。見事ですね」

 

「お世辞はいいよ。これで用事は終わり。じゃあ、私は帰るね」

 

「……少し、待っていただけませんか」

 

 反射的に彼女を呼び止める。フランメに直接師事し、長きにわたって生を積み重ねたエルフ。彼女ならあるいは、帝国(ここ)にはない、俺の求める魔法を知っているやも――

 

「なに?」

 

「ある魔法について、お聞きしたいことが。帝国の人間としてではなく、私個人として」

 

 帝国の敷居を跨いでから早いもので十年以上が経つが、『人間になる魔法』、あるいはそれに類似した魔法は見つけることは出来ていない。魔法使いとして上り詰め、人類の英知の集積を見渡せる立場になってなお、その一端にすら手は届かず。

 魔法の見識を深めるたび、薄々と感づいていた。俺の求める魔法は、現代(いま)の人類の魔法技術で実現することは不可能なのだと。

 

「例えば――そう、魔族に人の心を持たせるような。そんな魔法はご存じではありませんか?」

 

「――何のために知りたいの?」

 

 その言葉を口にした瞬間、フリーレンの目が細まるのが見える。魔族に対していい感情を抱いていないのが容易に窺えるが、まあ当然のことだ。長年生きて魔族と戦い続けてきたなら尚更。

 とはいえこうなるのは予想していたこと。それに対する応対も前もって考えてある。

 

「無論、人類のためですよ」

 

「どうやって?」

 

「魔族の魔法理論は我々人類のはるか先を行く。……もしそれを人間が理解できる形に落とし込むことができたとしたら、それは素晴らしいことになると思いませんか?」

 

「そのために人の心を与えるの?それは……」

 

 いかにも、といった感じで大げさなまでの身振りを交えて答えてゆく。徐々に熱が入っていくような感じを演出して。

 演技は得意だ。生前からの秘められた才能なのか、この身体(魔族)になってからかは分からないが。魔法に関しても、その手の分野に関する素養は突出していたようで、この二十年に亘って人間に自分の正体が見抜かれることはなかった。

 

「魔法とは想像の世界。そしてそれは心と深く結びついている。魔族(かれら)に我らのよき教師になってもらうには、人の見ている世界を理解してもらうことが必要でしょう」

 

 とまあ心にもない御託を並べてはいるが、それが実際に可能かと言われると、おそらく不可能だろう。

 人間と魔族の魔法のどちらもそれなりに齧っている俺からしても、今のところは難しいと言わざるを得ない。

 その逆は割と簡単なのだが。

 

「……言いたい事はわかった。その上で言うけど、あなたが求める魔法を私は知らない。それに、存在するとも思えない」

 

「……それは何故か、お聞きしても?」

 

 やはりというかなんというか、今回も駄目だったか。

 フリーレンが淡々と語り出す。

 

「まず、魔族のような高度な知的生命体の精神構造、それも根幹に位置するような部分を造り替えるような魔法は、人類にとって高度すぎる。今の魔法技術ではまともに扱えるようなものじゃないよ」

 

 この問題は俺も認識していた。精神に干渉する魔法といってもその難易度はピンキリで、単純な命令を聞かせるような初歩的なものとはレベルが違う。自我を保ったまま精神の根底を書き換えるような緻密にして繊細な操作など、夢のまた夢だ。

 

「人間には扱えないとなると、残りは魔族が使う魔法しかないけど、魔族がそんな魔法を使う理由はないよね」

 

 それも、その通りだ。魔法について深く知れば、考えればわかること。『人の心を与える魔法』あるいは、『人間になる魔法』など、この世に存在する道理はない。

 それでも、藁にすがるような気持ちで探求を続けてきた。そして今、長きを生きたエルフもその魔法を存じないと言う。ならば――

 

「なら後は、その魔法を自分で作るしかないけれど――」

 

「……作る…………」

 

 ――そう、か。無いのならば作ればいい。至極当然の事だ。そんな単純なことを、俺は忘れていた。

 

「当然、そんな魔法を一から作るなら、人間と魔族、両方の精神構造を熟知していなければならない――けど、そんなやつは、人間にも魔族にも一人としていない」

 

 ――いいや、いる。ここに一人だけ。この二つの種族を跨いだことのある者が。魔族の魔法技術と心を持ち、それでいて人であった時の残滓を色濃く残す者が。

 

 そう。俺が、俺だけが――この机上の空論を、現実のものとする可能性を持っているのだ。

 

「なるほどなるほど……大変参考になる意見でした、感謝いたします」

 

 得たものは大いにあった。正直、すぐにでも戻って研究に没頭したいほどだ。

 新たな魔法を創り上げるというのは簡単なことではない。帝国でも実戦的、実用的な魔法の開発は日々進められているが、例え宮廷魔法使い達が複数で取り組んだとしても、そのプロジェクトが成功に終わる確率は決して高くないのだ。

 

「正直、あなたくらいの魔法使いならもう分かっているようなことばかりだったと思うけど。……それじゃあ、今度こそ行くね」

 

 だが――人間にできて、自分(まぞく)にやってやれないことはない。

 

 逸る気持ちの傍ら、この場を去ろうとしていたフリーレンが振り向く。

 そして彼女は、思い出したように言葉を零した。

 

「ああ、もう一つ……もしもあなたが言っているような魔法があるとすれば、それを知っているのは世界で一人だけだと思うよ」

 

「……その人物の名は?」 

 

「ゼーリエ。神話の時代から生きる大魔法使いだよ」

 

 ゼーリエ。その名前には覚えがある。

 というより、言われたことで記憶の底から掘り出されたというのが正しい表現か。

 確か……そう。かなり昔の文書に書いてあったはずだ。フランメの後釜。宮廷魔法使いの次の指南役として招聘するとかなんとか書いてあった気がする。

 

 なるほど、それほどの魔法使いならフランメの後釜として呼ばれるのも納得だろう。

 実際に実現していないところを見るに何かあったのかもしれないが。ともかく、その名前は記憶の端に留めておこう。

 

 そう考えに耽っていると、ひときわ強い風が中庭に吹き抜ける。宙に舞う白い花弁の群れに顔を上げると、既にフリーレンはいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――あれから、五十年。

 

 俺は宮廷魔法使いの責務をこなしつつも、『人間になる魔法』を生み出すための研究を続けていた。

 試行錯誤の毎日、前進と後退の繰り返し。それは決して容易い道程ではなかったが、以前とは違い確実に目的(完成)へと近づいている実感があった。

 

 しばしば過酷な戦場へと送られる宮廷魔法使いゆえに、長く生きればそれだけ実力と地位も上がっていく。

 今では俺は、宮廷魔法使いの中でも最年長として扱われるようになっていた。

 

 ところで、魔族というのは不老である。実際のところ、寿命で死んだという魔族を知らないだけだが、非常に長命なのは間違いないだろう。八十歳程度では魔族の中でも若輩者の部類だ。

 そして俺は人間の中で紛れて暮らしているわけで、八十年経って未だに若々しい肉体を保っているような奴は人間にはいない。

 

 当然、俺はこの矛盾に対応する必要があった。

 幻影魔法で細部を変えるだけではごまかすのにも限界がある。

 新しい方法を模索しなければいけなかった。

 

 まず着目したのは、魔族の身体は魔力によって構成されているという点だ。魔族も物を食べるし血が流れているが、その一方で死に瀕した際、その身体は魔力の粒子となって霧散する。人間と大差ない血肉を持ちながら、身体を構成する最小単位がまるで違うのだ。

 そして魔族は、魔力を扱い操ることに長けている。そこで俺は、魔族の身体を構成する魔力を操り、その構造を組み替えられないかと考えたわけだ。

 

 結果から言うとそれを成し遂げる魔法は完成した。名を付けるなら『姿を自在に変える魔法(ファークライデン)』。

 自在といっても無論、限界はある。一つは魔物の姿になったり、腕を十本生やしたりなどの人型から逸脱するような変化は行えないということ。これは自分がそうなっているイメージを描けないというのが主因だが、後述するもう一つの制約も絡んでくる。あと女にも変化できない。これは自己認識の問題だが。

 

 もう一つは、元となる体積から大きくかけ離れた変化は出来ないというもの。例えば極度な肥満体形だったり、幼児のように小さくなったりなどだ。この魔法はあくまで自分の身体を一度魔力に分解し、再構成しているだけのものであるため、元手となる物を大きく超えた変化は実行することが出来ないというわけだ。

 

 さらにもう一つ、失った部位などを生やすことは出来ない。例えば片腕をぶった切られたとして、その斬られた分を体全体から少しずつ補って腕を生やすような小器用な真似は出来ない。

 覚えているのだ。体が、いや、魂が。自分のカタチとでも言うべきものがその中には保存されているのだろう、顔や体形を変えたとしても、元に戻ろうと念じるだけで最初の姿に戻ることが出来る。幻影魔法などで覆い隠しているのではなく体そのものを書き換えているというのに。

 

 この魔法を構想し始めて初期の頃にまず俺が考えたことは『体由来以外の魔力から身体部位を生成できればほぼ無限に再生できて最強では?』ということだ。

 で、実際にやってみたのだが――指を一本切り落として試してみた。ちなみに魔族は多少の欠損なら日が経てば再生する――まるで駄目だった。

 まったく力が入らないし、そもそも血が通っている感覚がない。ただ力無く垂れるのみだった。結局数日経つと腐り始めたので切り落とした。

 まあそれ以外にもいろいろ試したのだが、戦闘に際しては大して使えることはなさそうだ。よくてちょっとした止血くらいにはなるかな、という程度か。

 

 ともかく、今の俺は角を消して老人の風貌になっている。外見で言えばまず人間となんら変わらない。

 年を食ったことで、最近は戦場に行くことはあまりなくなり、研究に没頭していることが多くなったのだが、つい今朝に城への召喚状が届いた。

 わざわざ城に呼ばれるときは、大体面倒な仕事を言いつけられることが多い。崩壊寸前の戦線を立て直せだの、国家的なプロジェクトの主任だの、まぁ色々だ。おそらく今回もそうだろう。

 

 

 

 

 

 コンコンと、規則正しいノックの音が二度響く。今俺はとある人物の執務室の前に立っていた。

 

「入りたまえ」

 

 ドアを開け入室し、執務机に座るその人物と相対する。彼は今、帝国の中でも一番といっても過言ではない権力者だ。その比較対象には皇帝も含まれる。

 

「うむ、よく来てくれたなナトゥーアよ」

 

「仰せの通りに推参いたしました。本日はどのようなご用向きでしょうか、大臣閣下」 

 

 今俺の目の前にいる男は、即位して間もない幼帝の後見人にして、上級大臣であり、そして帝国でも五つの指に入るような大貴族。帝国の実権をその手に握っている者、ライストン家の当主だ。

 そして俺に届いた召喚状には用件が記されていなかった。これは書状にしたためるのも憚られる、高い機密性が求められる案件だということ。それが政治的なのか、戦略的なものかは知る由もないが。

 要は情報が漏れる危険性を最小にまで抑えたいというわけだろう。

 

「そうだな、早速本題に入るとしよう。先帝が崩御され、今の皇帝陛下が即位なされたのは記憶に新しいことだが、陛下はまだ齢にして九。とても政務などをこなせる歳ではないのはわかっておろう」

 

「ええ、存じておりますが……」

 

 ぬけぬけとあんなことを言ってはいるが、先帝の死には不審な点が多かった。いくら年を召しているとはいえ唐突すぎたその死は、一時は暗殺されたのではないかという噂がたてられたほどだ。結局それらしい証拠が出ることはなかったが、その死において誰が一番利を得るかというのは、誰もが知っていた。そう、今眼前にいるこの男だ。 

 とはいえ、その手の政治模様がどうなっていようと俺にとってはさして興味はない。たとえ先帝を葬ったのがこの男だとしても、だからどうしたという感じではある。

 

「そこで、皇帝陛下には教育係も兼ねたお目付け役を正式につけようということになった」

 

「それは結構なことですな」

 

 まあ当然と言えば当然だろう。恐らくその役にはこの男の息がかかった者が就くことになり、今代の皇帝は完全に傀儡に仕立て上げられるわけだ。 

 

「実はその者は既に決定しているのだ。有力者たちの内々での事だがな」

 

 いや待て、そういう話の流れならなぜ俺は今ここに呼ばれている?

 

「それは、まさか……」

 

「そう、君だよ。近々、正式に辞令が出ることになるだろう。覚悟しておきたまえよ」

 

 

 

 …………マジか。

 

 

 

 

 

 

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