人間になる魔法   作:青バフ

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見ないうちに爆伸びしてると思ったらどうやら日間の上のほうに入ってたみたいですね
ありがたや~


空間を捻じ曲げる魔法

 

 結局あの後、帝国一の権力者のご指名を断れるはずもなく。お目付け役を謹んで拝命することになり、今は自室で一息ついている。

 落ち着いて考え直してみれば、分からない人選というわけでもない。ライストン公としては、自分の息のかかったものを教育係に付けたいのだろうが、当然他の者たちからしてはそれだけは阻止したい。

 

 いくらライストンが帝国で一番の権勢を誇っているからと言って、他の有力者たちを一丸となって敵に回すような真似は流石に出来ないのだろう。とはいえ他の者たちにもそれぞれ思惑があるわけだが、しかし私欲を優先して個々に分かれれば、ライストン家には到底敵わない。

 故にある種の落としどころとして、俺を起用するに至ったのだろう。

 

 俺はこれまで政治の場から距離を置いていて、なおかつ誰の息もかかっていない存在だ。そして宮廷魔法使いの中で最年長という肩書は、皇帝の教育係として申し分ない。更には傍らに立つ存在として、時には身をもって皇帝を守らねばならないこともあるやもしれない。そういう意味でも充分な強さを備えた俺は候補としては有力だ。

 実際のところは各々自身が推す存在を皇帝の傍に付けたいのだろうが、それでは話が纏まらないので選ばれた中立の妥協点。それが今回の人選の理由だと思われる。

 

「皇帝のお目付け役、か……」

 

 いくら俺が宮廷での政治に無関心だったといっても、多少なりとも噂などは耳に入ってくるものだ。

 今の皇帝とは直接話したことはないが、しかしそれに関する情報は伝聞とはいえ聞いている。

 年に見合わぬ聡明さを持っているだとか、祖父の死をきっかけに母親がショックで寝込んでしまっているとか、ライストン家の言いなりの傀儡皇帝だとか、まぁ色々だ。

 

 とはいえおべっかや妬みなどが多分に含まれているだろうし、そもそも噂なぞあまりあてにするものでもない。

 結局会ってみなければそいつの人となりはわからないだろう。そんなわけで皇帝陛下との顔合わせは二週間後に行うことになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで二週間後、皇帝の私室にて。

 

「――さて、本日より陛下の目付け役を拝命いたしました、ナトゥーアと申します。よろしくお願いしますぞ?」

 

 予定通りに挨拶に伺ったわけだが、眼前にいる少年――現在の皇帝は不自然なほどに落ち着いていて、無言でこちらのことをじっと見つめていた。

 金糸のごとき金髪に整った顔立ち、そしてどこか無機質な瞳はまるで人形を思わせるようで。

 その瞳から発せられる視線から感じられる知性は、少なくとも六歳児のそれではなく、何かを見極めようとしているような意図が見受けられた。

 そして長い沈黙の後、ようやく皇帝が口を開く。

 

「……ねぇ」

 

「なんでしょうか」

 

「なんでこんなことをしているの?」

 

「それは……どういう意味でしょう?」

 

 いまいち要領を得ない質問に、首を捻る。しかしその後に返ってきた言葉に俺は心底驚くことになった。

 

「あなたは何かを演じてる。前に見かけたときからもずっと――」

 

 確かに、俺はこの世界に生まれてから、殆どずっと何かを演じてきた。時には両親を亡くした哀れな子供、時には戦場を切り開く雄、あるいは勤勉で情熱的な研究者、そして今は……そうだな、好々爺然とした老いた魔法使いだろうか。

 まさか一目でそれを見抜くとは。 

 

「人は誰しも与えられた役割を無意識のうちに演じているものですぞ。無論、わしも例外ではないですな」

 

「それは分かるよ。ぼくも、皇帝という役を望まれた通りにやっているだけだもの」

 

 本当に聡いな。しかし、例え仮面を被っていることが分かったとしてもその下に隠されたものを見抜ける訳ではないだろう。

 俺が演じているのはもっと根本的なもの。そう、人間そのものを演じているのだから。

 

「でも、あなたは違う。ぼくと同じ――いや、似ているけどちがう……………」

 

 

 

「…………人間じゃない?」

 

 

 

 その瞬間、俺は取り出した杖を即座に構え、皇帝の首元へと向けていた。

 

 殺すか? いや、それをしたところでどうなる? そんなことを突発的にしでかして無事で済むわけがない。

 それを言ったらもう遅いか。だが、しかし――

 

 高速で巡る思考は、されど最適解を導けず。堂々巡りした考えは、結局は最初の地点へと戻ってくる。

 

 どのみち、殺すしかない。当然追われることになるだろうが、『姿を自在に変える魔法』を駆使すれば逃げられる可能性はある。帝国には戻れないかもしれないが、仕方あるまい。

 

「ぼくを殺すの? べつにかまわないけど」

 

「…………」

 

 眼前に刃が突き付けられても、なお皇帝は平静を保っていた。

 相対するその目をじっと見つめると、彼の言っていたことが少し分かった気がする。皇帝が俺を『似ている』と、そう評した意味が。

 なぜ死を目前にして、その瞳は揺るがないのか。歴戦の戦士のように、恐怖を完全に律しているわけではなく。

 全てを諦めているからでもなく。自らの末路を受け入れているからでもなく。

 

 そこには、生きたいという欲望が存在しなかった。ただの虚無がそこにはあった。

 

「……やめだ、やめ」

 

 杖を下ろす。いつの間にか殺意は立ち消え、それに代わるように興味が俺の胸中を満たす。

 初めて出会った同類。似て非なるものではあれども、心から大事な部分が欠け落ちている者同士、何か通じるものを感じた。

 どうせ見透かされているなら、演技もすべてやめてしまおう。自らの身体にかけていた魔法を解除すると、猫背だった背は真っ直ぐに伸び、段々と体が若返ってゆく。

 変化が終わりそこに現れたのは、宮廷魔法使いではなく、魔族としてのナトゥーア(じぶん)だった。

 

「すごいね」

 

「そうか? まぁ、これが素の俺だよ」

 

「いつから入れ替わってたの?」

 

 そう来たか。確かに傍から見たら、五十年以上も帝都に潜伏して、挙句の果てに宮廷魔法使いを務めるような魔族なんぞいるとは思わない。どこかで殺されて魔法かなんかで成り代わっていたと考えるほうが自然なのかもしれないな。

 

「あー……確かにそう思っても無理ないか。けど成り代わったわけじゃないし経歴に嘘もない。帝国に仕えて六十年、最初から最後まで本物だ」

 

 角まで出したのは本当に久しぶりだ。色々と取り繕わなくていいのも楽だし、一種の解放感さえある。

 しかしまあ、せっかく素を出したのだ、あっち側のも見なければ釣り合いが取れないというものだろう。

 

「そういうあんたはどうなんだ? 皇帝という役割を取っ払った素のあんたは」

 

「……わからない」

 

「というと?」

 

「ぼくにはやりたいことも、なりたい自分もない。あの日から、ぼくは空っぽになっちゃったんだ」

 

 あの日というのが何を指しているのか、なんとなくだが心当たりはある。まあここで詮索するほどデリカシーがないわけではないので、聞きはしないが。

 

「ふぅん……じゃあもう一つ。今の自分は好きか?」

 

「……あまり好きじゃない。もう、戻りたいとも思えなくなっちゃったけど」

 

「そうかい」

 

 なるほどなるほど。いいね、気が合いそうだ。

 

「誰かに望まれた役を演じることしかできないというのなら、こういうのはどうだ? ――あんたには俺の友人として振る舞ってもらう。 滅多に会えない似た者同士だ、仲良くなれると思わないか?」

  

 その言葉を聞いて、ここまで眉一つ動かさなかった皇帝の鉄面皮が崩れる。彼は僅かに口元を緩め、感心したように微笑した。

 

「……ふふ。それはちょっとおもしろいかも。いいよ、やってあげる。そういうことなら、今後ともよろしくたのむよ、お目付け役さん?」

 

「こちらこそ。せいぜいよろしくやろうじゃないか、皇帝陛下?」

 

 これからは、少しばかり楽しく過ごせそうだ。

 

 

 

 

 

 

 皇帝との顔合わせを終え、退城しようとするその最中。当然の事だが、風貌はいつもの老人の姿に戻してある。

 絢爛に彩られた廊下にて、とある人物が向かい側から歩いてくる。その人物を認めた俺は頭を下げ、恭しく一礼する。

 彼は貴族ではないが、職位の上で明確に俺より上。故に先に礼をする必要があった。

 

「これはファイク殿、お久しぶりですな」

 

「ひ、久しいですね、ナトゥーア翁」

 

 宮廷魔法使い中でも最年長の俺より立場が上の人間は貴族以外でそうはいないが、彼はその例外の一人であった。

 宮廷魔法使い筆頭――ファイク。四十の半ばといったところの中年のその男は、装いは華美であれども、立ち振る舞いから滲み出る小心さを覆い隠すには至っていなかった。

 小心者にして臆病者。それがこの男であるが、その反面、実力は確かなものではあった。

 

 ファイクの強さの根源はその魔法にある。彼の用いる魔法は『空間を捻じ曲げる魔法(ラウムツェーレン)』。

 過去に魔導省で、強力かつ実践的な魔法を開発するための共同研究がいくつか行われていた。そのほとんどは成功裏に終わることはなく、この魔法も例に洩れずその失敗作の一つだ。

 

 空間そのものを歪曲させることによる半ば防御を無視した攻撃性能、歪ませた空間を張り巡らせることによる万能な防御。非常に高次元な攻防一体を実現させた極めて強力な魔法だが、なぜそれが失敗作とされているのか。

 話は簡単だ。この魔法は、ファイク以外にはまともに扱えなかったからである。

 

 さて、俺は宮廷魔法使いの中でも五本の指に入っている自信はあるが、ファイクと比べたらどうなるだろうか。

 恐らく同等、あるいはそれ以上――実際にやり合ったことはないので、確かなことは言えないがそんなところだろう。

 

「貴殿の噂は帝都までも届いてきておりますぞ。各地の戦場で破格の戦果を挙げているそうではないですか。聞けばベルン峡谷での大勝の立役者であるとも。ほっほ、若さというものはいいですな、羨ましいものです」

 

「ナトゥーア翁から見ればそうでしょうが、わ、私ももう若くはないですよ」

 

 職位としては上であるが、帝国に仕えている年数は俺が圧倒、そして実力も近しい。小心者のこの男からすると、俺はいまひとつ接しづらいのだろう。明確に下に見ている者には結構横柄なのだが。

 

「そ、それよりも聞いていますよ。皇帝陛下のお目付け役に任命していただいたとか。大変光栄なことではないですか」

 

 その情報はまだ公にはなってないはずだが。まぁ情報源は言わずもがなだろう。

 さて、先の例えからもわかると思うが、ファイクは最上位の実力は持っていれども、魔法使いの中で一番というわけではない。ではなぜ宮廷魔法使いの筆頭に選ばれているのか。

 あまり言葉を選ばずに言うと、彼はライストン公の犬だからである。今帝国内で一番権力を持っている男の従僕であるからこその抜擢だと、宮廷内ではもっぱらの噂だ。

 

「流石に耳が早いですな。老骨にはちと荷が重い役目ですが、精一杯勤め上げさせてもらいましょうぞ」

 

 それにしても、ライストン公か。形式としては俺をお目付け役に任命したのは彼だが、周りの圧力によってねじ込まれたような形で役目に就いた俺を疎ましく思っていてもおかしくはない。

 「宮廷魔法使いとしてのナトゥーア」を維持するのも、そろそろ限界が近くなっている。一応八十歳を超えているのだ、あまり長く生きていると人間としては不自然になってしまう。

 例の魔法も、完成は近い。無理にこの立場に居続ける必要は最早ない。

 

「さて、お互い仕事があるでしょうし、この辺りにしておきましょう。ではファイク殿、ご健勝であらせられよ」

 

「ナトゥーア翁こそ、あまり無理はしないようにお願いしますよ」

 

 …………身の振り方を、考えておく必要があるな。

 

 

 

 

 





 空間に干渉する系の魔法は人間に扱わせるにはちょっと強すぎたかなとも思いましたが、実質あの人だけの専用魔法なので許してください。
 ラントやユーベルとかも正直かなり無法寄りの性能してる魔法使ってるし、まあこれぐらいならええやろ……
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