ハリー視点
僕たちが鍵穴に鍵がついたままだった部屋に入ったトロールを閉じ込めたと思ったら、その部屋から甲高い悲鳴が聞こえた時は血の気が引いた。
即座にその部屋が女子トイレだったと理解して突入すると、まさに惨事そのものが広がっていた。
べっとりと血のついた棍棒を持ったトロール。
何故かスリザリン生のシャルロットが血まみれで倒れており、右腕があらぬ方向にへし折れ、左目にガラスが刺さって呻いている。
トロールの正面の個室の中で、ハーマイオニーが錯乱状態で叫んでいる。
…僕たちの行動によって、とんでもない事態になってしまった。
トロールは血まみれのシャルロットの方を仕留めたかったらしく、彼女に歩み寄ってゆっくりと棍棒を振り上げた。
僕は無我夢中でロンに叫んだ。
「何か投げて注意を引くんだ!早く!」
僕は無我夢中でトロールが入り口に入る時に崩れたであろう瓦礫を握ってトロールの頭に投げつけた。
どうやら注意を引くのには成功したらしい。煩わしかったのかトロールはこちらへと方向転換して歩み寄ってきた。
それを見てロンは必死で走り、ハーマイオニーをまず逃そうとした。
「行くぞ!早く!」
だがハーマイオニーは腰が抜けてしまったらしい。口を開けて恐怖で動けない。
どうする!どうすれば…!
そんな時、死にかけだと思っていたシャルロットが左手に杖を持ってふらりと立ち上がった。
そして、僕にどくよう叫ぶと、信じられないことに凄まじい火力の魔法を放った。
「ブオオオオオォォォォ!!!!!?」
トロールが醜い悲鳴をあげながら、必死に炎を振り払わんと体をジタバタ動かしてもがく。
だが圧倒的な火力の前に抵抗虚しく力なく倒れ伏した。ピクピクと跳ねていたが、その生命活動もやがて完全に停止した。
その巨体は今や煤のように表面が真っ黒に染まり、ぐずぐずと音をたてて焦げ尽きていた。
「すっげえ…。」
思わずロンがそうポカンと口を開けて呆気に取られ、小さく呟いたのが聞こえた。
「シャルロット!!」
ハーマイオニーがはっと気を取られた様子で、再び地面に倒れ伏したシャルロットに駆け寄る。
僕も慌ててハーマイオニーに続いた。
ハーマイオニーは血で濡れた彼女の首元に手を当てている。脈を測っているようだ。
「ハーマイオニー!まさか…」
「大丈夫、脈はある!でも酷い傷だわ!早く医務室に運ばないと…!」
僕はいまだに呆気に取られているロンに大声で声をかけ、二人でぐったりと目を瞑ったままのシャルロットを持ち上げた。
そして慌てて外に出ようとすると、バタンという音が聞こえ、バタバタという足音が聞こえた。
あれだけ凄まじいトロールの悲鳴に破壊音だ。外に聞こえていたのだろう。
最初にマクゴナガル先生が飛び込んできて、次にスネイプ。最後にクィレルだった。
クィレルはトロールの遺骸を見て悲鳴をあげたが、血まみれのシャルロットを見て悲鳴を引っ込めた。
マクゴナガルは右腕があらぬ方向に曲がって意識のないシャルロットを見て、真っ青になって駆け寄った。スネイプも同様だった。
「なんてこと!シャルロット!意識はありますか!?」
「先生、気絶してるみたいです。生きてはいますけど…。」
僕がそう必死で答えた。
すると、スネイプが杖を取り出して袖を持ち上げると凄みのある声で僕たちに言った。
「どけ。」
僕たちが慌てて彼女をスネイプに預けて後ろに下がると、スネイプは彼女を仰向けにして杖で全身の傷口をなぞりながら、呪文を唱えた。まるで歌うような呪文だった。すると、まず目の出血が治った。そしてまたそれを繰り返すと、だんだんと傷口は閉じていった。
そしてシャルロットも微かに穏やかな息をし始めた。
「これでひとまずは問題ないでしょう。後は医務室のマダム・ポンフリーに。」
マクゴナガルは顔を青くしながらも頷くと、クィレルが普段とは打って変わって落ち着きのある声で答えた。
「私が運びましょう。」
スネイプはクィレルに何か言おうとしたが、マクゴナガル先生がそれを制して早口で答えた。
「お願いします、クィレル先生。」
クィレルは丁寧にシャルロットを両手で持ち上げると、不気味なほど冷静に彼女を運んで出て行った。
それを見送ると、マクゴナガル先生は蒼白の唇を震わせながら僕たちを見下ろした。
「あなた達は一体全体どういうつもりなんですか?事の重大さを理解していますか?」
スネイプは普段のように嫌味を溢すことはなかったが、それ以上に鋭い瞳でまさに僕たちを射殺すと言わんばかりの眼力で見つめている。
「ミス・スラグホーンは死んでいたかもしれませんよ。一体全体何があったというんです?」
すると、僕たちの背後で無言で押し黙っていたハーマイオニーがぽつりぽつりと呟いた。
「マクゴナガル先生……聞いてください。三人とも私を探しにきたんです。」
「ミス・グレンジャー!」
「私がトロールを探しに来たんです。その…本でトロールのことは知っていたので、やっつけられると思って。」
僕たちは動揺しながらもハーマイオニーの真っ赤な嘘を聞いていた。
「シャルロットが大怪我を負ったのは、私のせいなんです。きっと、ハリー達から私がトロールを探しに行ったって聞いたんだと思います。もし彼女達が来なかったら、私は死んでました。本当に、殺される寸前で…。」
僕もロンもその通りだと言わんばかりの顔をして頷いた。マクゴナガルはうまく騙されたようだ。
「まあ、そういうことでしたら…。」
すると、今まで黙っていたスネイプが血の底から響くような低い声で呟いた。
「なるほど…なるほど。つまり、ミス・グレンジャーの蛮勇の尻拭いを、我々に告げるでもなく勇敢にもトロールを倒そうというポッターに無理やり連れられた、ミス・スラグホーンがしたというわけですな?」
「代わりに、トロールを一人で死にかけながらも倒したミス・スラグホーンを、君はただ座り込んで見つめていたというわけだね?」
「………はい。その通りです。本当にすみません。」
普段からスネイプは嫌なやつだが、スネイプの今の迫力は、どこか鬼気迫るものがあった。
まさに人を殺せそうなほどだ。
「我輩に謝ってどうする。彼女の友人や育ての親がどう思うか気にもしなかったのかね?」
その責め言葉に、ハーマイオニーは今でも泣き出しそうなほど縮こまって震えている。
すると、流石に見かねたのかマクゴナガル先生が助け舟を出した。
「貴方の仰ることも尤もですが、そこまでにしておきましょう、セブルス。」
「………………」
スネイプは無言でまだハーマイオニーを睨んでいる。
マクゴナガル先生は淡々とハーマイオニーに告げた。
「ミス・グレンジャー、なんと愚かしいことを。助けに来る友が居なければ死んでいたのですよ。グリフィンドールから5点減点です。さあ、もうお行きなさい。寮でパーティーの続きをやっているはずです。」
ハーマイオニーは無言でとぼとぼと女子トレイを出ていった。
マクゴナガル先生は今度は僕とロンの方に向き合って言った。
「貴方達は運が良かった。ですが、野生のトロール相手に友を助けようとしたその勇気に、一人5点ずつ与えます。さあ、もうお行きなさい。」
ロンは嬉しさから笑顔で僕を見たが、僕は複雑な気分で軽く笑い返した。
少なくとも大怪我したシャルロットが居るのに僕たちだけ得点を貰うのは複雑な気分だったのだ。
するとスネイプがマクゴナガル先生に食ってかかった。
「まさか我輩の寮の生徒を瀕死にまで追いやった彼らに点を与えるというのですか?」
マクゴナガル先生は冷静に言葉を返した。
「セブルス。ミス・スラグホーンは自身の意思でここに来たのだと思いますが?」
「……………」
スネイプは無言でマクゴナガル先生を軽く睨むと、足早に歩き去っていった。
慌てて二つ上の階まで僕たちは歩くと、ロンが話しかけてきた。
「二人で10点は少ないよな。」
僕は淡々と答えた。
「二人で5点だろ。ハーマイオニーの減点を除くと。でも貰えただけいいよ。それに僕らは無傷だ。シャルロットみたいに腕がぐちゃぐちゃになってない。」
ロンはバツが悪そうに頭を掻いて、不思議そうに呟いた。
「あー…うん。そうだよな。なんであいつあそこに居たんだろ。単にトイレかな?」
「さあ?ハーマイオニーに聞いてみようか。」
僕たちは太ったレディの肖像画の前にたどり着くと、合言葉を言って中に入った。
談話室に入ると、賑やかにパーティーの続きが行われていた。
そんな中、扉の外にぽつんとハーマイオニーが一人で立っていた。
僕たちがなぜあそこにシャルロットが居たのかとハーマイオニーに聞くと、彼女は驚くべきことを言った。
「彼女、私を励ましてくれてたのよ。友達になりたいって言ってくれたの。…私のせいで、あんな目に…。」
不思議とハーマイオニーを嫌っていたはずのロンが彼女を励ました。
「大丈夫だって、ほら。まだ生きてるならなんとでもなるさ。見舞いにでも行こう。」
この出来事から、僕とロン、そしてハーマイオニーは友達になった。シャルロットがその輪の中に入るのかは、まだ分からない。
そこで、僕はふと思い出して、二人に慌てて告げた。
「ハーマイオニーの嘘を、シャルロットは知らないよ。もしスネイプが疑ってるなら、嘘ってバレるかもしれない!」
見舞いに行く必要が、またできたのだった。
*********************
シャルロット視点
シュ……………は………シュ…の
…何だろうか。耳の奥から、変な声が聞こえる。これは…蛇の鳴き声?でも、何だか気持ち悪い。中途半端に意味が分かるような、分からないような声が聞こえる。
おま………は…………わ……の
何でしょう。何を言っているんだろう。
その意味が何となく分かりかけたような気がした時、私はうっすらと目を開いた。
「ぅ………あ…………」
喉が掠れて上手く声が出ない。見知った天井だ。どうやら私はまた医務室で寝させられているらしい。
「い…づっ…!!」
右手を動かそうとすると、激痛が走った。左手を代わりに動かして体を探ると、私の目、右手、そして脇腹に満遍なく包帯が巻かれていることがわかった。
段々と意識がはっきりしてくる。そうだ。私は確かトロールに思いっきり殴られて…
どうやらもう日を跨いだらしい。日の出が窓から見える。
「目が覚めた?結構。丸一日寝ていたんですよ。」
そう隣で声が聞こえたので、首を動かして見ると、マダム・ポンフリーが呆れた様子で水差しとコップを持って立っていた。
「ここまで短期間で大怪我を二回した一年生はそう居ませんよ?ほら。飲みなさい。」
私は上体を起こしてありがたくコップから水を飲み干した。乾きが潤う。少しずつ声が出るようになった。
「ぁ…ありがとうございます、マダム・ポンフリー。」
マダム・ポンフリーは淡々とどういたしましてと返して、不思議そうに答えた。
「寝てる間に、蛇みたいな掠れ声で寝言言ってましたよ。普通に喋れなくなったのかと不安になりましたよ。」
…?何だろう。何となく覚えているような、覚えていないような。
「スネイプ先生が毎日見舞いに来られてましたよ。まあ私は入れませんでしたけどね。」
…スネイプ先生が。
ご心配かけて申し訳ない。
やっぱりスリザリン生には甘いですね、あの人。
「三日はここに居て貰いますからね!生やすほどではないですが、骨に相当ヒビが入ってるので、完治まで軽く痛みますが、我慢しなさいよ。」
そう言い切ると、マダムは早々に苦い骨再生薬を飲ませて、歩き去っていった。
「………はあ。情けない。完璧とは程遠いなあ。」
そう一人ごちで反省する。
トロールに気づかずに背後を取られ、思いっきり棍棒で殴られるなど大恥も良いところだ。
まだ運が良かったが、頭に食らっていたら死んでいましたね。
しばらく落ち込みながら左手で自慢の父様譲りの黒髪を弄っていると、医務室の入り口が開かれた。
「…起きたか、シャルロット。」
いつも無表情であまり感情を表に出さない(ハリーを痛ぶっている時は除く)スネイプ先生ですが、今は明らかに…苛立った様子でした。
マダム・ポンフリーに軽く許可を取ると、スネイプ先生はつかつかと私のベッドまで歩み寄ってきた。
「君に大事なくて大変喜ばしいと言いたいところだが…少し聞きたいことがある。」
「何ですか?スネイプ先生。」
私が尋ねると、スネイプ先生は淡々とハーマイオニーから聞いたという話を語った。
ハーマイオニーが無謀にもトロールを退治せんと一人でトロールを追ったこと。
それに気づいたハリーとウィーズリーが私に助力を求めてきたこと。
私がそれに応じて瀕死の重傷を負いながらもハーマイオニーを助けたということ。
「間違いないかね?」
私は無言で少し考え込んだ。
これは、真っ赤な嘘だ。だが、まず間違いなくハーマイオニーはウィーズリーとハリー…そして私の手柄にしたくてついた嘘。
彼女の人柄から見て、それ以外でついた嘘とは思えなかった。
スネイプ先生が心を見透かすような瞳で私を見つめている中、私ははっきりと答えた。
「間違いありません。」
スネイプ先生はしばらく私の答えを聞いて黙っていたが、やがて大きなため息をついた。
「馬鹿者が。」
「…本当にすみません、スネイプ先生。」
私は深々と頭を下げた。
嘘をついた罪悪感で胸が痛むが、ハーマイオニーをこれ以上心理的に追い詰めるわけにはいかない。
スネイプ先生は去り際にポツリと呟いた。
「スリザリンから5点減点。反省して安静にしたまえ。」
スネイプ先生がスリザリンから減点したのは今年これが初めてでした。
私は深く落ち込んで、頭を抱えた。
私が完璧じゃないせいで、皆の足を引っ張ってしまった…
**********************
マダム・ポンフリーが持ってきてくださった、かぼちゃ尽くしの明らかにハロウィンを引きずった昼食を食べ終わって黄昏ていると、また訪問者が現れた。
今回の事件に私以外に関わった三人だ。ハリーにウィーズリー、それとハーマイオニー。そして、何故かネビルもついてきていた。
私のベットの横にまで来ると、ウィーズリーが口を開いた。
「なーんだ!意外と元気そうじゃないか。」
その軽口に、ハーマイオニーがウィーズリーを睨んで黙らせた。私は気を遣わせないように笑って元気だとアピールしようと包帯で巻かれた右手を持ち上げた。
「はは。まあ元気ですよ。こんな風に大袈裟に包帯巻かれてますけど…ッ!」
私は言い切る前に激痛で右手を堪らず下す。それを見てハーマイオニーが慌てて私の肩に手を置いた。
「無茶しないで!ほら。お見舞いのフルーツ。全く、ロン。煽らないで。」
大広間で出たものだろう。更に色とりどりのフルーツが盛られたものをハーマイオニーが私に見せて、横のテーブルに置いた。
「えっと…ありがとうございます。」
私が不思議に思いながらもそう答えると、ハーマイオニーは微笑んで首を横に振った。
「お礼を言うのは私の方。貴女が居なかったら、私は死んでたわ。…本当に、ありがとう。」
「まあ、僕とハリーが居なかったら君も死んでたけどね。」
そのウィーズリーの一言を、ハリーがやんわりと諌めた。
「そもそも僕らが女子トイレにトロールを閉じ込めなかったらこうはならなかったけどね。」
「まあ、そりゃそうだけどさ…。」
ウィーズリーはバツが悪そうだった。
すると、青い顔をしたネビルが割って入ってきた。
「そもそも、僕が君にハーマイオニーのことを言わなかったらこんなことには…」
私はあまりのネビルの優しさにくすりと微笑んでしまう。そして、ネビルの頭を優しく撫でた。
「大丈夫ですよ、ネビル。君のおかげで、ハーマイオニーを助けられたんですから。私の怪我は、私の責任です。」
その言葉を聞いて、ウィーズリーとハリーはキョトンとした様子だった。そして、ウィーズリーは不思議そうに呟いた。
「君、ほんとにスリザリン?」
私はあまりの言われように苦笑いしながらも、誇りを持って答えた。
「ええ。私はスリザリンです。誇りを持って、そう言えます。」
「よくわからないなあ、君。」
すると、ハーマイオニーが意を決した表情で私の左手を握った。柔らかな女の子の手の感触が伝わって、軽く頬が上気してしまう。
彼女は私の瞳を見て、僅かに照れくさそうにしたが、それでもまた意を決した表情に戻った。
「…その。あなた、言ったわよね。私の友達になりたいと望んでるって。」
(うっ…!)
私は心の中で小さく呻いた。そうだった。純血の私は、マグル生まれの彼女とは真の意味では友達と言える存在にはなれない。
だって、流れる血が違うのですから。
純血はマグル達を導く存在で、マグルは導かれる存在。
それ以上にもそれ未満にもなれないのだ。
しかし…マグル生まれを助けるのも純血の務め。
ここで嘘でしたと言ったりしたら、本気で彼女を傷つけるのは火を見るより明らかというやつだ。
父様なら、どうしたでしょうか?
「私も、その…今はそう望んでるの。私の友達になってくれない?」
うああああああ!!どうしましょう!?ええい!お父様の仰った、なるようにしかならないぜ!と言うやつでしょう!
「……ええ。もちろん。嬉しいです。よろしくお願いしますね、ハーマイオニー。」
私は強がって内心焦りまくりながらも微笑んでみせた。
私の顔を見つめて、ハーマイオニーも嬉しそうに笑った。
ま、まあウィーズリー達と友人になれる良い機会ってことで…。
その後に私がスネイプに嘘をついたと知ると、彼らはまた私に聞いたのだった。
「君、ほんとにスリザリン?」