シャルロット視点
敵対意識が凄まじかったグリフィンドールにクィディッチ試合で完膚なきまでに負けたスリザリン寮内は、まさにお通夜状態だった。
特にクィディッチチームの面子は激しく落ち込んでいたが、一年生でクィディッチに思い入れが最も強いであろうドラコも、項垂れている様子でした。
そして、案の定ハリーのことをさらに強く敵視し始めたのです。
「あの『木登り蛙』のやつ、まぐれ勝ちで喜んでるよ。」
そう周りに声高にハリーを侮辱しようと叫んだが、スリザリン生でさえあまり反応はなかった。
それもそのはずだ。側から見てもハリーポッターの箒の飛行技術は見事そのものだった。
ドラコに恋心を抱いているようで、いつもドラコのそばに居るパンジーでさえ、曖昧に微笑むだけだった。
…そんな中、私はそれよりも重大な…いや、そりゃクィディッチに負けたのは腹立たしいし負けた日は眠れませんでしたけど…。
クィレル先生のことで頭がいっぱいでした。
いつものようにクィディッチ試合の翌日の朝、大広間に朝食を取りに行くと、教員席で普段通りにクィレル先生が不安そうに周りを見回しながらも、しっかりと座っていたのだ。
…まあ、その日は違和感がありながらも納得しました。
実際に怪我人も出ていないわけですし、きっと穏便に荷物を纏めて去る時間を与えていくだけだろう…と。
しかし一週間経っても…
「そ、そ…そそれでは護身術入門の132ページを開いて…ひえっ!」
教壇に立っていていつも通りぼそぼそと授業をしていたのだった。
そんな時、面白がってお騒がせ幽霊のビーブスが教室に入ってきてクィレルの周りを飛び始めた。
「そ、それでは!おお!クィレル坊やは吃りすぎ!何を言ってるかも分からない!」
クィレル先生は慌てた様子で固まっている。他の先生のようにビーブスに冷静に対処できないようで、たまにこうやっておもちゃにされているのだ。
私の前の席に座っていたドラコはぷっと吹き出すと、ビーブスに対抗してクィレルの先生の物真似までし始めた。
「そ、そそ…それでは!そ、それでは!先生?なんて仰ったんですか?僕には理解不能だったんですが!」
クィレル先生はすっかり萎縮して、顔を真っ赤にして震えて立ち尽くしていた。
…普段の私ならこんなことになったら流石に止めに入ろうとするが、今日は違った。冷静にクィレル先生を見つめながら、黙々と教科書を開いて、我関せずのノットと同じく自習に取り組んだ。
隣に座っているダフネはさほど興味もなさそうで暇そうにブロンドの綺麗な髪をくるくると指で巻いている。
彼女は何気なく私の方を向いて問いかけた。
「珍しいわね。ドラコがあそこまで調子に乗ったら大抵あなたが口を出すのに。」
私は苦笑いして羽ペンをインク瓶につけながら答えた。
「ええ、まあ。今はそれどころじゃなくて…。」
「ふうん?まあいいけどね。別にクィレルの授業はつまんないし。ドラコもよく飽きないわよね…。」
そうなのだ。クィレル先生はここ一週間でよく観察してみたが、おどおどして、悪く言えば頼りない気弱な先生以上の存在には見えなかったのだ。
それが、箒に直接影響するほどの呪いをかけていた…誰に言っても信用されないかもしれませんね。
しかし私は見たのだ。そしてスネイプ先生も勘付いているようでした…。
なら、スネイプ先生になぜ彼が放置されているのか聞く必要がありますね。誰にも聞かれない場所で。
そう思案して、私は最早授業の体すら保てなくなった混沌の中、ダフネと喋りながら自習に耽ったのだった。
****************
どうやらその機会は早々に訪れたようだった。
その日の夜に地下室の寮でぼんやりと窓から巨大イカの足が蠢いているのを眺めていると、低い声でスネイプ先生が声をかけてきたのだ。
「ミス・スラグホーン。ついて来たまえ。杖以外は不要だ。」
そう言って彼はつかつかと寮の階段を上がって出ていったので、私は慌てて彼の後に小走りでついていった。
彼はいつも通り地下の自分の研究室に向かうのではなく、一階の空き教室に私を案内した。
そして、ぶっきらぼうに何故私をここに呼んだか説明し始めた。
「ミス・スラグホーン。吾輩が君から点を取った一件から察するに、君は少々自分から問題に首を突っ込んでいく気質があるようだ。」
「うっ…はい。その節はご迷惑をおかけしました…。」
そう私は申し訳なさから項垂れた。
情けない。純血のスラグホーンともあろうものが、日本の名家キムラの血を引く者が、寮の得点を減らしてしまった。
挙げ句の果てに、大怪我まで負ってしまった…。
完璧とは程遠い結果だ。マダム・ポンフリーの手を煩わせてしまった。
スネイプ先生は暗い瞳で私の顔をじっと見下ろすと、淡々と話を続けた。まるで全てを見透かすかのような瞳だ。
「吾輩は君を責めたいのではない。ただ、君には先んじて自衛の手段を教えても良いと判断したのだ。」
「校長からの許可もとってある。何かにつけて物を燃やすだけではあまりにもとな。無論、吾輩としては君がもうこれ以上騒動に首を突っ込まないと切に願うところではあるがね。」
私は少し驚いてスネイプ先生を見る。闇の魔術に対する防衛術の現教師がクィレル先生である以上、彼よりは適任だとは思いますが、スネイプ先生に防衛魔術を教えてもらえるとは思いもしなかったのだ。
「先生が、その…防衛術を教えられるのなら、クィレル先生よりも適任ではないですか?」
彼は私の意外そうな問いかけに、嬉しそうに口角を上げて笑うと、軽く咳払いをして満更でもなさそうに言った。
「まあ、吾輩としてもその職に就くのはやぶさかではないが…。闇の魔術は多種多様、千変万化、流動的にして永遠なるものだ。吾輩以上にホグワーツで防衛術を学ぶに足る存在がいるのならぜひご教授願いたいと常々校長に問うているのだが…。」
私は思わず彼の演説に聞き入った。闇の魔術に少し傾倒しすぎているとも感じたが、それ以上に彼は魅力を人に伝えるのが上手いと感じました。
魔法薬学の最初の授業でもそうでしたが…。
スネイプ先生は気を取りなおすと、懐から杖を取り出して私に告げた。
「構えたまえ。」
私は緊張しながらもゆっくりと杖を取り出し、決闘の構えをとった。
そして、身構えた次の瞬間ーーーーー
「エクスペリアームス!!!」
私の杖は私の手から弾き飛ばされていた。…速い!スネイプ先生が呪文を唱えてもまるで反応すらできなかった。
彼は私の杖を拾うと、私に手渡しながら歌うように告げた。
「故に、防衛術もこのように、柔軟で素早く、創意的でなくてはならぬ。これは武装解除呪文である。杖などの武器を使う人間はもちろん、君が以前相対した棍棒を持ったトロールなどにも有効だ。」
「初歩的ながら、万能に近い呪文の一つと言える。」
「さあ、やってみたまえ。」
そう説明し終わると、スネイプ先生は素早く杖を構えた。私は緊張して手が汗ばみながらも、集中して唱えた。
「エクスペリアームス!!」
辿々しい呪文だったが、一応は効果を発揮し、スネイプ先生の杖を手から弾いた。
スネイプ先生は淡々と告げた。
「初回にしては、悪くはない。だが精度が覚束んな。それではまだ実戦では使えん。なにより…遅すぎる。」
「…はい。そうですね。スネイプ先生のそれよりもずっと遅かったです。もう一度いいですか?」
私がお辞儀をしてお願いすると、彼は当然だと答えて、また杖を構えた。
私はもう一度呪文を唱えようと…
「エクス「エクスペリアームス!」」
だが、その前に呆気なくスネイプ先生に先に呪文を唱えられた。赤い閃光が私の杖にあたり、また手から弾き飛ばされた。
「もう一度だ。」
「ッ!はい!」
実感した。スネイプ先生は優秀な魔法使いだ。彼から一対一で教わるなんて、滅多にない機会だ。本当にクィレルなんかより彼の方がずっと防衛術の教師に向いているのにと思いながらも、ひたすら杖を振るった。
そしてざっと12回目の挑戦の時。
「「エクスペリアームス!!」」
私とスネイプ先生がほぼ同時に魔法を唱えた。赤色の閃光が激突し、火花を散らした。そして、相殺され、かき消えていった。
「やった!やりました!!」
私が嬉しさのあまり両手を高く上げてはしゃぐと、彼は淡々と私に告げた。
「君の杖は24センチのニレの杖だったな。…吾輩の先立にも1人ニレの杖の持ち主が居られたが、君には彼以上に優雅な呪文の才能がある。くれぐれも魔法に振り回されぬことだ。そして。」
そう言うと、彼はもう一度杖を構えた。私は不思議に思いながらも杖を構える。そして素早く呪文を唱えようとして
バチィッ!!!
私の杖は、エの一文字を告げる前に、スネイプ先生の赤き閃光に弾かれた。
彼は杖をしまうと、自慢げにしながらも何でもないことのように告げた。
「上には上がいると常に忘れぬことだ。命が惜しいのならばな。今日はこれで終わりだ。それと…」
彼は一際低い声で私に忠告してきた。
「クィレルの件に深入りするのはやめたまえ。あれは学生がどうこうすべき問題ではない。」
彼は私の心が読めるのでは、そう改めて思ったのでした。
****************
クィレル教授の授業でスリザリンが騒いだ件で、どうやらスネイプ先生にも話がいったらしい。
ただ、彼は皆の前で薄ら笑いでこう言っただけだった。
「諸君、かのクィレル教授の授業が…あー…吾輩のそれよりもとてもつまらんからと言って、騒いでいいというものではない。だが、吾輩としてもクィレル教授の責任が大きいものと感じているので、諸君らに罰はない。」
ドラコはクラップ達と顔を見合わせてニヤついていたが、スネイプ先生も似たようなものだった。
…どうやらドラコはこれを見越していたようでした。
スネイプ先生が闇の魔術に対する防衛術の教授になりたがっていて、クィレル先生が嫌いだというのは最早共通認識でした。
ドラコは上機嫌で笑いながら談話室のソファで寛ぎながら、パンジー達に言った。
「スネイプ先生が二つ授業を掛け持ちした方がいいんじゃないか?この学校にはクズが多すぎるからね。」
「ほんとね!校長があんなんだし…。」
私はそこまで言わなくてもと流石に思ったので、やんわりとドラコ達に近寄って嗜めようとした。
「…ドラコ。流石にそれは言い過ぎでは?」
ドラコはふんと鼻を鳴らすと、私に向かって皮肉げに言葉を返した。
「君はよくそう言うけども。実際クィレルとスネイプ先生の授業ならどっちを取る?」
私はため息をついて答えた。
「スネイプ先生です。」
「それが答えだろ?」
私は全くドラコはと思いながらも、否定できなかったのだった。
実際、クィレル教授の授業は内容以前に、聞き取ることすら困難だった。
私は気分転換に図書室へと向かった。クィレル教授のことを探ろうかと思ったが、これ以上寮の得点を減らすのは嫌でしたし、スネイプ先生の忠告を無視するのも気が引けたのでした。
ダフネも暇そうにしていたのでついてくるようでした。まあ彼女は基本、本を読まずに私と小声で雑談しに来てるようなものでしたが…
図書室に入ると、栗毛の長い髪のてっぺんが、山積みにされた本の隙間からちらちらと見えました。
「あれ…グレンジャー?ふん。相変わらずのガリ勉ね。」
そうダフネは鬱陶しそうに呟くと、視界にグレンジャーを入れないようにしながら私に尋ねました。
「で?今日は何の本を読むの?」
「そうですね。今日は基礎に立ち返って魔法薬の…何ですか?」
私とダフネが小声で雑談していると、ハーマイオニーが私に気づいたようで、本の間から立ち上がってこちらに歩み寄ってきたのだ。
すると、見えなかったがハリーとウィーズリーも居たようでした。
彼ら三人組が急に近寄ってきたので、私は少し驚きながら要件を尋ねた。
ウィーズリーはまるで分からないとばかりにハーマイオニーに食ってかかった。
「ハーマイオニー!まさかスリザリンにスネ…あのことを話すんじゃないよな?」
スネイプ先生と言いかけたのだろうか。何かされたのでしょうか。彼スリザリン生以外には本当冷たいですからね…。
「違うわ、ロン。今調べていることを聞きたかっただけよ。その…ニコラス・フラメルについて。彼がどんな人か知らない?どう調べても出てこなくって…。」
私はそのハーマイオニーの問いかけによく意図が分からぬまま答えた。
「ニコラス・フラメル?賢者の石の創造に唯一成功した人物ですよね。ええ!私の尊敬する1人ですとも。いつか私も命の水を錬成したいものです。」
その答えに、ハリーポッターは急に大声で叫んだ。
「それだ!蛙チョコレートのダンブルドアのカードに書かれてたよ!」
ハーマイオニーも一言礼を言うと、凄まじい速さで本棚へと駆け出していった。ウィーズリーだけは何が起こったのか分からないといった顔で呆然とハーマイオニーを見つめていた。
「えっと…何があったんです?」
私が問いかけると、ウィーズリーは肩をすくめて一言だけ答えた。
「さあ?」
そう答えると、彼も足早にハーマイオニーの方へと歩いていった。
「何だったの?あれ?」
ダフネはそう面倒そうに呟いて私に答えを求めたが、私の方が聞きたいのだった。
**********************
それから数週間して、ホグワーツのクリスマス休暇が着実に迫ってきていた。
粉雪がしんしんと降り始め、湖は氷を張り始めた。
雪の中でふくろうの行き来は少なくなりましたが、これから雪が本格的になるとハグリッドさんが世話をするらしいです。
ヒデヨシはどうも食の好き嫌いが激しいので不安です。
まあハグリッドの生物への知識量ならおそらく大丈夫でしょうが。
しかし特に凍える魔法薬学の地下室でも、私のうきうき気分を妨げることはできませんでした。
上機嫌で鼻歌を歌いながら魔法薬を煎じて、スネイプ先生にギョッとした目で見られましたが、完璧な手順だと褒めてもらいました。
「僕らだったら減点だったぜ?」
そうウィーズリーが目敏く皮肉を隣のグリフィンドール生に小声で溢したが、スネイプ先生は見逃さなかった。
「聞こえましたぞミスター・ウィーズリー。吾輩が君たちから減点するのは君たちの薬が壊滅的であるからとご存じないらしい。」
「グリフィンドール5点減点!」
ウィーズリーは、苦虫を噛み潰したような目でこちらを睨んできた。
いや、私のせいじゃないでしょう?
ダフネは授業が終わって私と教室を出る時に、嬉しそうに可憐な笑顔で尋ねてきました。
「随分ご機嫌ね?そんなにクリスマス休暇が楽しみ?」
「ええ!勿論。初めて友達のあなたのホームパーティーに招かれたんですから。勿論ですとも!」
そうなのだ。私はダフネから純血一族を招くホームパーティーに招待されたのです!
ドラコも最近私と口喧嘩が多かったのですが、ぶっきらぼうに私を招待してきました。
「父上が君を是非うちに招いておけと言うのでな。僕としてもまあ…そうしても良いと思ってる。」
「ありがとうございますドラコ!是非!」
私はホグワーツに来るまでの時間を魔力の制御と、ホラス伯父様の魔法薬学の授業で費やしてきた。
当然、他の純血一族と是非交流を深めたいと思っても、それは叶わぬ願いだった。
父様のキムラ本家とも連絡らしい連絡は一度きりでした。それも私が物心もつかない頃の話だ。
…父様が気が触れてから間もない頃だったそうです。
ホグワーツの教師を辞めて今の家に引っ越してきた途端だ。
一人の頭髪の薄いキムラ本家の召使だと言う、黒いローブに身を包んだ小柄の東洋人男性がホラス伯父様を訪ねてきたらしい。
不気味なほど腰が低かったが、妙に図々しい男だったとホラス伯父様は愚痴っていました。
ホラス伯父様が紅茶を出すから中に入って話そうと言うと、玄関先から一歩も動かずにこう言ったのだとか。
「お気遣い恐縮ですが、結構です。私はただの言伝役ですので。」
「はあ。それで言伝とは何だい?」
彼はホラス伯父様が誘いを断られて若干気を悪くしたのも気にせず、咳払いをしてこう一息で伝えたのだとか。
「キムラ総家当主第六位継承権を保持されていたカズキ様が精神喪失状態になってしまわれたので、キムラ家の血を継ぐシャルロット様にも現時点で継承権が生まれたとお伝えに参った次第です。まあ、数えるのも億劫なほど後の方ですので…。一応お伝えにあがりました。それでは。」
そう言い切ると彼は名乗りもせずに立ち去ろうとしたらしい。ホラス伯父様は思わず怒りを抑えきれずに問いかけたそうだ。
「それだけ?…血を分けた家族が狂ったというのに、それだけかね?あまりにも薄情というものではないかね?」
そう問いかけると、彼は淡々と形式ばったお悔やみを述べて去っていったそうだ。
それ以来、音沙汰はない。
私としても思うところがありますが、今はそれよりもイギリス魔法界の純血一族と交流を深めることが第一。
そして何よりも…初めての対等な友達との交流を深められる機会!
そう思うと、張り切らずにはいられない私なのでした。