シャルロット視点
気持ち良い朝日が家の辺りを照らしている中、私は窓を閉め切って暗い中で作業をしている。魔法薬作りに光は邪魔だ。
ホラス伯父様に見守られて、私は黙々とリンと錫の鍋に向き合う。
正確に言えばホラス曽祖伯父様なのだが…呼びにくいので伯父様で通している。
彼の前で魔法薬を作るのはいつもの私の日課だ。
伯父様は木造りのゆったりとした椅子に座って、紅茶を飲みながらも私の作業をじっと見つめている。その視線は穏やかで、見つめられるとほっと安心するのだ。
私はホグワーツ5年生のO.W.Lレベルの試験によく出題されるという、安らぎの水薬の製作に取り掛かっていた。
月長石の粉末を、薬が緑色になるまで…よし。
薬が青色になるまで丁寧にかき混ぜ…
その後も次々と変わる薬の色に注目しながら、適切な手順でヘレボルスのエキス、一角獣の角、山嵐の針を入れていく。
やがて軽く銀色の湯気が立った。
私は恐る恐るそれを瓶の中に詰め、ホラス伯父様に手渡す。
ホラス伯父様は難しい顔で薬を見つめていたが、やがてにこりと満面の笑みになって私に言った。
「おめでとう!シャルロット。ついにこの薬も完璧に調合してみせたか。…まず間違いなく、君は私が見てきた中で最も優れた魔法薬学の才能を持っているね。」
その言葉に、私は何でもないかのように装いながらも、嬉しさを隠しきれない。口元が軽くにやけてしまう。
そんな私を、ホラス伯父様は優しく見つめていた。
ホグワーツからの入学の手紙が梟便で届いたのは薬ができて一時間後ほどのことだった。
私がそれを夢中で読み始めると、ホラス伯父様は私の作っておいたベーコンとトーストに目玉焼き、そしてベイクドビーンズが乗った、自信作のイングリッシュ・ブレックファストを頬張りながら、嬉しそうに言った。
「ほっほー!ついに、シャルロットもホグワーツに入学か。…なら準備をせねばならんな。教科書にペット…新しい梟を買おう。あとは……杖も買わねばならん、か。」
そう複雑そうな顔を浮かべるホラス伯父様の言葉に、私は歓喜の声を上げた。
「杖!本当に杖を買っていいんですか、伯父様!やっと本格的に魔法が使える…!」
私とホラス伯父様は、イングランドの都市であるバースとビットンの間の、森林部の中にあるレンガ造の小屋の中で、ひっそりと暮らしている。
それ自体は魔法使いでは別に珍しいことでもないのだが、私はこの家と周辺の森林以外に行ったことは殆どない。
何故ならば、私は魔法の力をうまく制御することが出来なかったのだ。だから物を壊したり人を浮かせたりなんてことが度々あり、その結果、魔法の力を制御できるようになるまでひっそりと森の中で暮らすことになったのだ。そして、半年ほど前にようやくある程度制御できるようにはなった。
ホラス伯父様は本当に申し訳なさそうに私に常に言っていた。今もそうだ。
「すまない、シャルロット…私が君と君の両親を助けられなかったせいで、今までこんな場所に篭りきりで…」
「気にしないでください、伯父様。伯父様は何も悪くありません。…悪いのは、全て例のあの人でしょう?伯父様には感謝してもしきれませんよ。両親だって、きっとそう言うはずです。」
それは心からの私の本音。でも、ホラス伯父様はまだ苦しそうで。
そんな彼を心配しながらも、私は弾む心を抑えきれなかった。ついにこの家の外に出れる。
そして、杖を使って存分に魔法を学ぶのだ。
そんなウキウキした様子の私を見て、ホラス伯父様も気を取り直したようで、煙突飛行用の緑の粉…フルーパウダーを手に、私を炉辺に手招きした。
「さあ、ではこの退屈な家から飛び出すとしようか、シャルロット。」
「ふふ。…はい!伯父様!」
伯父様はフルーパウダーを炉の中に放り投げ、緑の炎が立ち上る。
私と伯父様は炎の中で一斉に言った。
「「ダイアゴン横丁!!」」
すると、次の瞬間には目の前は活気のある魔法使いの店が立ち並ぶダイアゴン横丁だ。
私は思わず見入って立ちすくむ。箒のショーウィンドウの前に群がる子ども達も、紳士用の品のあるマントの店も、馴染みの薬草などが並んでいる魔法薬学の店も、全てが新鮮で信じられないほど美しい光景だった。
そんな私を見て、ホラス伯父様は嬉しそうに言った。
「気に入ったかね?結構。私も連れてきた甲斐があったよ、お嬢様。」
そんな風に揶揄う彼に顔を赤くして、私は慌てて歩き始めた。
「それで、まずは何から買いに行きましょうか?」
その私の問いかけにホラス伯父様は小さく唸ると、思案しながら答え始めた。
「まずはイーロップの梟百貨店で君の梟を買うとするか…猫がいいかね?流石にカエルは無いと思うが…」
そう言えば教科書類を知らせる手紙に書いてあった。ペット類の持ち込みも可だと。可愛らしい猫も捨てがたいが…手紙の持ち運びができるだけ梟かな。カエルは…ないな。
「はい。梟が良いです。伯父様と手紙でやり取りしたいですし。」
その答えに、嬉しそうにホラス伯父様は私の頭を撫でた。さらりとして綺麗な父譲りの黒髪だと伯父様には褒められている。それがささやかな私の自慢だ。
私は様々な種類の梟から、茶色のアメリカオオコノハズクの雄を選んだ。
くりっとした目に、知的さを感じさせるのだ。
神経質そうなのも気に入った。
名前は…確か父様の好きなジャパンのマグルの武将の名前がヒデヨシだった。ならヒデヨシにしよう。
その名前がツボに入ったらしい。ホラス伯父様はしばらく笑いを噛み殺していた。
次は教科書や羊皮紙を買うためにダイアゴン横丁の北側に向かった。フローリッシュ・アンドフロッツ書店は、私と同じように教科書を買いに来たであろう生徒達で溢れかえっていた。
店側もそれを予期していたのだろう。教科書類を店の一番取りやすい目立つ場所に並べている。
隣の本棚にはギルデロイ・ロックハート著の、金文字にデカデカと自身の写真が貼ってある本が並んでいる。
ギルデロイ・ロックハート氏の本のフェアでもやっているのだろうか。
一度彼の本を読んだことはあるが、文才はあったが創作の話に思えた。あまりにも話が突飛すぎるのだ。かと思えば臨場感のある描写もあり…何とも判断に困る本だった。あと高い。無駄に高い。
ホラス伯父様はそのお茶目にウインクしているロックハートの写真を無表情で見つめると、つまらなさそうに顔を逸らした。
私はいそいそと教科書類を手に取っていく。
バチルダ・バグショット著の『魔法史』に、ミランダ・ゴズホーク著の『基礎呪文集』…この魔法薬学の本、簡単すぎませんか?
そう私が一人呟くと、ホラス伯父様は苦笑いして答えた。
「君には少し初歩的すぎるかもしれんな。君の魔法薬学の知識はもはや最高学年の学生と遜色ないだろう。…流石私の薫陶を受けただけはある。」
そんな風にホラス伯父様に褒められて満更でもない顔をしていると、私の後ろから冷たい男性の声が聞こえてきた。
「これはこれは…スラグホーン先生、お久しぶりですな。相変わらずお元気なようで何よりです。」
その私の背後の人物を見て、ホラス伯父様は苦々しい顔になり、吐き捨てるように言った。
「…ルシウス。よく私たちの前に顔を出せたものだね。」
私はその一言で慌てて振り向く。そこには品のある黒いローブに身を包んだ、プラチナブロンドの長髪に灰色の瞳をした、白い肌の男性が立っていた。
ならば彼が…母様を殺し、父様をあんな状態に追いやった元凶の一人…ッ!
私が彼を睨むと、周りの本棚がぎしぎしと音を立てて軋み始める。店の中がざわつきだす。それを見てホラス伯父様が慌てて私を抱き寄せた。
「落ち着け!落ち着けシャルロット!…落ち着くんだ。」
その言葉と彼の体温で、少しずつ私は落ち着きを取り戻していく。
ルシウスは驚いた様子で私を見つめると、口角を上げて呟いた。
「なるほど。あの方の実験は、成功していたようだ。だが私は嫌われているようですな。…私とて、カズヤとミス・コルネリアの件は非常に…その、残念に思っているのですよ。」
その言葉には、本当の悲しみが篭っている気がして。私の怒りも急速に収まっていく。
代わりにホラス伯父様が怒りの声を上げた。
「よくもまあそんなことを…言えたものだな!」
「…どうやら落ち着いて話というのは難しいようだ。私はそろそろ失礼しますよ。ミス・スラグホーン、私の息子も今年入学するのです。同じスリザリン寮になることを祈っていますよ。貴女にも尊い、穢れなき血が流れている。」
まるで自身の息子はスリザリンに入って当たり前と言わんばかりの言葉だ。私も少し落ち着いたので淡々と答えた。
「ええ。私もそう願っています。確かに私たちには、共に純粋なる血が流れているのですから。」
その一言に、ルシウスは少し驚いたような顔をした後、笑顔で頷いて店を出て行った。
それからはつつがなく教科書を買い、私は隣の仕立て屋で制服を作ってもらうことになり、その間ホラス伯父様は先にオリバンダーの杖店に行くこととなった。
私がマダム・マルキンの洋装店に入ると、ちょうど入れ違いでルシウスさんをそのまま小さくしたような、ブロンズ髪の少年が出ていくところだった。
思わずぶつかりそうになるので私はさっと道を譲った。
「おっと、すまないね。」
「いえ。」
そうそっけなく謝ると、彼はつかつかと歩き去って行った。父親と合流しに行ったのだろう。
私が改めて店の中に入ると、藤色の服を着た、ずんぐりむっくりした、愛想のいい魔女が駆け寄ってきた。どうやら彼女がマダム・マルキンらしい。
「おや、お嬢ちゃん。ホグワーツなの?すぐ仕立てますからね。もう二人ほどお若い人の仕立てをしているところですよ。」
店の奥で、二人の少女が踏み台に立っていた。
一人は黒髪のおかっぱ頭の…どこかパグ犬のような可愛らしさがある少女だ。
もう一人はさらりとした長い金髪に、緑の瞳が印象的な美少女だ。
マダム・マルキンはその二人の隣に私を立たせ、頭から長いローブを被せ、丈に合わせてピンを留め始めた。
黒髪おかっぱ頭の少女が話しかけてきた。
「貴女もホグワーツなの?へえ…家名は?純血なのよね?」
随分と直球で物を尋ねる子だなと思いながら、苦笑いして私は答えた。
「スラグホーン家です。聖28一族のひとつ。私はシャルロット・スラグホーン。母方がスラグホーンの娘で、父はジャパンの純血の一族の生まれです。貴女達は?」
その言葉に二人は少し驚いた顔をした後、探るような目から一転して笑顔で話しかけてきた。
「へえ!知らなかったわ。純血一族のパーティでも会ったことなかったわよね?私はパンジー・パーキーソン。パーキンソン家は当然知ってるわよね?」
私は記憶を探り出す。パーキーソンといえば、確か聖28一族で…
「マグルとの結婚を禁止する法律を作ろうとした、魔法大臣の家…ですよね。ええ。知ってます。会えて嬉しいですよ、パンジー。」
私が笑顔でそう答えると、パンジーは少し顔を赤くして満足げに頷いた。金髪の少女もどこか親しげに話しかけてくる。
「私はダフネ・グリーングラス。…美人さんなのね、シャルロットは。パーティでもさぞ人気出たでしょうに…出ない理由でもあったの?」
美人と言われると照れ臭くなる。母譲りの美形だとはよく伯父様からも言われるが。
私は言葉を選んで答えた。
「私は生まれながら…あー…魔力が強すぎて。制御するのに手間取ってて危なかったので。」
その一言に、パンジーはどこか怖がった顔をして、ダフネは興味深そうに問いかけた。
「へえ。…凄いわね、それ。流石に純血の一族だけあるのね。…ねえ、今度私の家に遊びにおいでよ。」
「ええ、是非。純血の友達ができて、大変嬉しいです。」
「私もだよ。よろしくね、シャルロット。」
そうして二人の友人を作った後、私は上機嫌で伯父様の待っているオリバンダーの杖の店に向かった。
その場所は、狭くて見窄らしい店だった。看板も剥がれかかっており、金色の文字で『オリバンダーの店-紀元前382年創業 高級杖メーカー』と書かれている。
…どこが高級なんだろうか。
父さんがまだ辛うじて正気だった時に言っていた、ボロいラーメン屋が一番美味いというやつだろうか。
私が店の扉を開けると、中の小さい店内にある古臭い一つの椅子に、ずんぐりとしたホラス伯父様が座って窮屈そうにしている。
何千という小さな杖を納めたであろう箱が、店中に積み上がっている。
「やあ、シャルロット。制服はできたようだね。似合っているよ、まるで君の母親の昔の頃みたいだ。」
「ありがとうございます、伯父様。ええ!しっかりできましたよ。」
そう胸を張る私にホラス伯父様は笑顔で肩を叩いた。すると、ちょうどよく店の奥から一人の老人が歩いて出てきた。彼がオリバンダーさんか。
薄暗い中で、老人の二つの目が爛々と輝いている。
「おやおや。どちら様かと思えば、スラグホーンのお嬢様。…髪は父親そっくりじゃが、顔つきはお母様そっくりじゃのう。」
「両親を知ってるんですか?」
私がそう尋ねると、何でもないことのようにオリバンダーさんは言った。
「ええ、ええ。当然覚えておりますとも。お母様は二十九センチのセイヨウトネリコの杖。強い精神力を持つ人じゃった。」
「父様の方は三十センチのサクラの木で…あれは東洋では…」
「あー…話はもう構わないので、シャルロットに杖を選ばせてもらえないかね、オリバンダー。」
そう長くなりそうなオリバンダーさんの話をホラス伯父様が遮る。オリバンダーは無言で頷き、銀色の目盛の入った長い巻尺をポケットから取り出した。
「杖腕はどちらですかな?」
「右です。」
巻尺は私の頭や腕、様々な部位の長さを自動で測っていく。
「もうよい。」
そうオリバンダーさんが一通り測り終わった後に呟くと、巻尺は一人でに丸まった。
「さて、ではシャルロットさん。まずはこちらを。ヤマナラシの杖に一角獣の毛、30センチ。滑らかできめ細やか。手に取って振ってごらんなさい。」
だが、振った途端何も起きないままオリバンダーさんに取り上げられた。
そこから何度か杖を交換し、爆発を起こしたりしながらもとうとうその時がやってきた。
「ニレの杖に一角獣の毛、24センチ。品があり忠実。さあ、どうぞ。」
その杖を持った瞬間、確信があった。指先が急にあっかくなり、まるで羽のように軽く杖を振るった。次の瞬間、一陣の風が店内を駆け巡った。
オリバンダーさんとホラス伯父様が笑顔で拍手した。
「いや、おめでとう。ふーむ…なるほど。ニレの木は純血の一族に好かれるというが…いや、あれはただの迷信じゃな。おぬしの上品さに杖が惹かれたのじゃろう。おめでとう。」
その言葉に私は少し違和感を覚える。持ち主が杖を選ぶのでは?そう問いかけると、オリバンダーさんは指を鳴らして言った。
「いや、違うのですよ。杖が持ち主を選ぶのです。それをくれぐれも忘れぬよう…さすれば、貴女の杖は貴女の想いに応えてくれるでしょう。」
そして二人で店を出ると、大体の必需品は揃えられた。最後に私は伯父様にお願いをした。
「あの、ホラス伯父様。帰る前にあの場所に寄りたいのですけれど…」
「うん?珍しいな、君がお願いだなんて。勿論だとも。どこだい?」
「父様の入っている、聖マンゴ病院です。」
伯父様は、その言葉にどこが悲しそうに頷いた。
お父様は、私が育つまでに、狂われてしまった。
最初はまだ寝たきりで多少話す程度の余裕はあったのだが、やがて暴れるようになった。なので、今は聖マンゴ病院に収監されている。
私は癒者さんの案内で、父様の病室にたどり着いた。が、父様は寝たきりだった。癒者の方が言うには、寝ている時と暴れている時のどちらかだと言う。
魔法薬でも、廃人となった人間を助けることは難しい。だから私は魔法薬学を学ぶのだ。
いつか父様を助ける薬を作るために。
私がトボトボと病室を出ると、隣の病室からハゲタカの剥製を帽子に乗せている、派手なお婆さんが出てきた。丸顔でぽっちゃりした男の子を連れている。
私はその男の子が何か丸い玉のようなものを落としたのを見て、慌てて拾って追いかけた。
「あの、すみません。これ、落としましたよ。」
「え…あ!ご、ごめんなさい。ありがとう。」
その男の子は申し訳なさそうに私からその玉を受け取った。お婆さんがじろっと男の子を睨むと、私に優しく話しかけた。
「ご親切にありがとう。よくできたお嬢さんだこと。まったく。うちのロング坊やも見習ってほしいものね。ここに誰か入院しているの?」
「えっと、その…はい。父が。…例のあの人にやられて廃人になってしまって。治る見込みもないそうです。」
その答えに、男の子とお婆さんは言葉に詰まる。あ、不味いな。変な空気にしてしまった。
「あーと…その…すみません。変な話を。」
「…ううん。驚いただけだよ。僕の両親もそうなんだ。あ、僕はネビルっていうんだ。ネビル・ロングボトム。」
そう自己紹介する彼に、私は驚きながらも同じ境遇の辛さを思って同情気味に答えた。
「あ、そうなんですね…。私はシャルロット・スラグホーンです。そうですか。…ロングボトム家の。」
お婆さんはどこか同情したような声音で私の頭を撫でて言った。
「…そう、スラグホーンのお二人なのね。あの二人の話は聞いてるよ。残念だったね。でも、私たちは前を向いて進まなきゃいけないわ。彼らに報いるためにもね。」
「…ええ、そうですね。」
強い人だな、私は心の底からそう思った。
そして私とネビルはまたホグワーツで会おうと挨拶をして、別れた。
様々な出会いがあった。外の世界はやっぱり新鮮だ。ホグワーツでの暮らしを想像して私は弾むように家へと帰った。
そして、ついに9月1日。ホグワーツへの出発の日を迎える。