シャルロット視点
9月1日の早朝。私はトランクに教科書類、使い慣れているリンと鈴の大鍋、黒く質のいい望遠鏡、さらに列車内で着替える制服の黒いローブ、その他諸々を詰め込んだ。
ホグワーツの『準備するもの』リストをもう一度チェックしながらなので少し手間取ってしまった。
そして忘れてはいけない梟のヒデヨシも黒い鳥籠にきちんと入れておいた。
つまらなさそうに足で毛繕いをしている。
ホラス伯父様もいそいそと手伝ってくれた。セイウチのような髭を、立派に整えてある。…今日の見送りに相当気合を入れてくれているらしい。思わず私も上機嫌になってしまう。
「感慨深いものだ…もう君も11歳か。とうとう、門出の時というわけだね。…本来ならば、君の父と母が…」
そんな伯父様に、私は明るく答えた。
「伯父様。私には敬愛する伯父様が居ます。…私はとても幸せ者です。それに、母様もきっと天国から私を見守ってくれていますよ。…お父様は、いつか私が必ず救ってみせます。だから、大丈夫ですよ。」
そう私が言い切ると、ホラス伯父様は小さくため息をついて呟いた。
「…私なんぞより、君の方がよほど強いな。私はただ君の両親を置いて闇の帝王から逃げることしかできなかった。そして、彼にあのことを…」
そこから先は声が小さすぎてよく聞き取れない。私は思わず尋ねる。
「え?何か言いましたか?伯父様。」
「ああいや、何でもないんだ。それでは、遅れないうちにキングス・クロス駅に向かうとしようか。」
そうして私たちは最寄りのマグルのバース・スパ駅までマグルのタクシーで移動し、また2時間かけてマグルの列車でキングス・クロス駅まで辿り着いた。
ホラス伯父様はまあローブなど着ていく訳にもいかないので、新品のマグルのシャツの上から、いつもの栗色のビロードの上着を羽織っている。
私はこの日のためにマグルのファッション誌を適当に見繕っていたので、まあ問題ないだろう。
うん。確か10年前のファッション誌だったけど。きっと大丈夫。
「え?マグルの鉄道ややこし過ぎませんか?」
二人して運賃の計算に手間取ったり、電車を間違えそうになったりしながら何とか時間通りにキングス・クロス駅に辿り着いた。
本当に、移動キーやらでさっさと行ければ楽なのに。
ホラス伯父様曰く、その試みはあったが、移動キーを時間までに探すことができなかったり、マグルに回収されたりして半分以上の生徒が来れなかったことで、結局は今の列車でホグワーツまで行くスタンスになったのだとか。
当時の純血主義の人間からは鉄道などマグルの物を使うのは、という意見もあったそうだが、それも昔の話。
不思議な服装のマグルでごった返している駅内を、軽くため息をつきながら伯父様と進んでいく。
…ほんっとうに、マグルの世界は非効率この上ない。列車の時刻表や線路図の複雑さと来たら…
それにローブを着た魔法使いが一人も居ないと違和感が凄い。
私は純血主義だが、別にマグルを軽蔑したりはしない。ただ我々とは違う人間というだけだ。
…尊い血が流れている純血をマグルが敬うのは当然だが…勿論だが、それは我々が彼ら非力なマグルを助けてこその話だ。
なぜマグルと我々は半ば不可侵状態なのか分からない。
いっそ、彼ら全員を我々が教え導けばよりよい世界が来るだろうに…。
そんな風にぼやきながらも、私はそういえばと思い返す。私の前で汗だくで歩いているホラス伯父様に、そこのマグルの店で買った飲料水を渡して尋ねた。
「ホラス伯父様、そういえば九と四分の三番線は見当たりませんが。…どの…あーっ…ぷらっとほうむ?に行けば良いんです?」
私たちが今居るのはプラットホームの9と10番線だ。どう見てもその中間はない。マグルの車掌が知っているはずもないし。というか知ってたら国際魔法使い機密保持法にぶっちぎりで違反していることになる。
その言葉に、ホラス伯父様はにやりと笑って私に囁いた。
「それはだね…こういうことなのさ。」
すると、ヒデヨシのカゴを持っていた伯父様は、9と十番線の間の柵の前に立ち、周りをきょろきょろと見つめ、誰もこちらを見ていないことを確認すると、私の手を取って柵にぶつかっ…
次の瞬間、新たな景色が私の目の前に現れていた。
紅の蒸気機関車が停車している。『ホグワーツ行特急便11時発』と書いてある。
色とりどりの猫が足元を行き交い、やはり魔法使い特有の黒や紫のローブを着こんだ魔法使いや魔女が子供を連れている。…マグルっぽく偽装している方もちらほら居るが、開き直っている人と半々ぐらいだ。
鳥籠に閉じ込められている梟達も元気に鳴いている。
「…凄いです。こんなに活気があるなんて…」
「ふふ…ホグワーツはもっと凄いぞ、シャルロット。さて、それでは私はここまでだ。…楽しんできたまえ。体には気をつけるんだよ。」
そう言って彼はヒデヨシの入った籠を地面に置き、私と握手をした。私は頭を下げてありったけの感謝の意を伝える。
「…本当に私をここまで育ててくれて、ありがとございます伯父様。精一杯学んで参ります!」
そうして私は全ての荷物をよたつきながら運んで列車の中に入ろうとする。すると、隣から聞き覚えのある男の声が聞こえて来た。
「おやおやミス・スラグホーン、これはまた偶然ですな。…ああ、妻のナルシッサと愚息のドラコだ。まあよろしく頼むよ。これドラコ、荷物を持って差し上げなさい。紳士の務めだ。」
プラチナのブロンドの長髪に伶俐な目、そして少し尖った顎の黒いローブの紳士がそこには居た。ルシウス氏だ。
隣には色白のスラリとした青い瞳の美人が立ってにこやかにこちらにお辞儀をしてきた。
その脇にいるルシウス氏をそのまま小さくしたような少年は、愚息と呼ばれたことに少し不満そうに顔を歪めると、こちらのトランクを持ってくれた。
「ありがとうございます、私はシャルロット・スラグホーン。よろしくお願いしますね、ドラコ。ナルシッサさん。」
そうにっこりと微笑んでお礼のお辞儀をする。
ドラコくんは少し顔を赤くすると、ぶっきらぼうに言った。
「別に構わないさ。同じ純血同士、よろしく頼むよシャルロット。」
そんな光景をホラス伯父様は複雑そうに見ていたが、こちらに軽く手を振るとそそくさと退散していった。…よほどルシウス氏と話したくないらしい。
私とドラコくんは蒸気機関車の中に入る。すると、その光景を見ていた二人の肥満気味の大きな少年達がこちらに駆け寄って来た。
ドラコはふんと鼻を鳴らすと、彼らに私の荷物を押し付けた。
そして私に彼らを紹介した。
「こいつらはクラップとゴイル、一応純血だよ。…こちらは」
そう言ってドラコが私に自己紹介を促してくる。私は丁寧に服の裾を持ってお辞儀した。
「私はシャルロット・スラグホーン。聖28一族の純血です、よろしく。」
クラップとゴイルも不格好ながらお辞儀を返してくれた。
私たちは手頃なコンパートメントに入って四人で座った。
ドラコくんはじろりとこちらを見ると、疑問を問いかけた。
「君、どこかで会ったか?」
「制服を仕立てる時に、マダム・マルキンの店で軽くすれ違いましたよ。」
「ああ、あの時の。あの時は失礼したね。不意にぶつかりそうになって…」
「いえ、構いませんよ。その前にはルシウスさんに会って…」
そんな風に雑談をしている間も、クラップとゴイルは適当に相槌をしたりしている。
しばらくそうしていると、見知った顔が扉を覗き込んで入って来た。
「ドラコ!それにクラップとゴイル。あら、シャルロットも居たの。」
「貴女も探してたのよ?聖28一族の女子達で親睦を深めないかって。」
パンジーにダフネだ。どうやら彼女達とドラコ達は既に知人らしい。純血のパーティってやつかな。…私も行きたかったな。
「ああ、パンジーにダフネか。久しぶり…ほどでもないか。先月のパーティ以来だな。」
やはりそうらしい。良いな。私も可愛い純血の女の子と知り合いたかった。ダフネのような。
パンジーがドラコ達に興奮した様子で告げる。
「それより聞いた?この先のコンパートメントにあの"ハリーポッター"が居るんですって!」
その言葉に、私は驚きを隠せない。
生き残った男の子!…あの忌まわしい愚か者のヴォルデモート卿を退けたという張本人!
半純血で、ポッター家の血を引いている。
ポッター家はかつて魔法薬学で名を馳せた一族だ。彼もそうだったりするのだろうか?
是非会って話してみたい!
ドラコもそう思ったらしく、即座に立ち上がるとクラップとゴイルに言った。
「クラップ、ゴイル。生き残った男の子に、是非挨拶しに行こうじゃないか。」
が、その時タイミングが悪いことに、えくぼが素敵なにこやかな車内販売のおばさんが来た。
「何か要りませんか?」
クラップくんとゴイルくんは即座に買い占めれるだけのお菓子を買い占めて、豚のように貪り始めた。
…彼らも純血だ。こんな彼らでも、きっと素晴らしいところがあるんだろう。
ドラコは呆れた様子で二人を眺めると、杖で魔法をかけても動きそうにないなとため息をついて、椅子に座り込んだ。
私は立ち上がると、同じく呆れた目線をクラップ達に向けているダフネさんとパンジーさんに声をかけた。
「なら、私たち女子でハリーポッターを見に行きませんか?構いませんか?ドラコ。」
「構うも構わないも、こいつらの面倒は僕が見なきゃならない。先に行っててくれ。僕も行けたら挨拶する。」
パンジーはドラコと一緒に居たそうだったが、クラップ達のお菓子の残骸を見て考えを改めたらしい。私とダフネに結局はついてきた。
「このコンパートメントだね?」
「ええ、間違いないわ。さて、彼はどんな姿をしてるのかしら…。」
私はダフネに確認すると、コンパートメントをノックする。すると、暫くして男の子の声が聞こえてきた。
「どうぞ!」
許可が降りたので私は扉を開ける。すると、中には2人の男の子が対面に座っていた。1人の少年は、背が高く、ひょろりとして燃えるような赤い髪の少年だ。そばかすが目立つ。
もう1人はくしゃくしゃな黒髪の癖っ毛の、ボロい眼鏡が特徴的な少年だ。…容姿的には、こちらが。
私が何か口を開いて言おうとすると、その前にパンジーがかん高い声で、見下すように言った。
「あらあら!生き残った男の子と一緒に居るのが誰かと思えば…薄汚いウィーズリーじゃない!血の裏切り者が、さっさと出ていきなさいよ。」
…パンジーの言い分で理解する。赤毛の彼は聖28一族の1人、ウィーズリー家の少年だ。
ただし、彼らは純血を否定し、マグルと親密にあろうとすることで血の裏切り者と、純血主義者の間では忌み嫌われている…らしい。
その手についてのゴシップ本を何度か読んだことがある。
ウィーズリーは穢らわしい豚とお友達だとか、箒に何歳になっても乗れない、とか。
ホラス伯父様は心底くだらないとぼやいていたが。
私も同感だ。彼らがその…多少"変わり者"でも、純血の一族には変わりないのだ。むしろ、マグルと近く在ろうとしているのなら、彼らもマグルを導こうとしているのかもしれない。
…できればもっと違う初対面になりたかったなあ。パンジーの発言で第一印象最悪ですね、これは。
案の定彼は髪の毛と同じぐらい顔を赤くしているし、ハリーポッターも苛立った顔つきになっている。
「来て早々なんだよ!まったく。ふざけた純血主義の連中か!…嫌んなるね。お前らの親玉の例のあの人を退治したハリーが居るんだ!さっさとそっちこそ消えろよ!」
そう叫んでウィーズリーの彼は立ち上がり、ハリーも続いた。
ダフネは言い返す気もないようで黙っているが、面倒そうにため息をついている。そして冷たく2人を見下した。
一触即発の状態に、慌てて私が間に入る。
「ま、待ってくださいよ。喧嘩しに来たわけじゃないでしょ?パンジー。そっちの二人も、落ち着いてください。喧嘩はダメですよ。良くないです。」
その私の言い分に、全員が面食らった様子で私を見る。ウィーズリーの彼がぶっきらぼうに言った。
「いや…そもそも君誰なのさ。」
私は丁寧に服の裾を掴んでお辞儀をする。
「私はシャルロット・スラグホーン。貴方と同じ、聖28一族の一人です。仲良くしましょうよ、同じ純血同士。」
私のその言葉をウィーズリーは鼻で笑った。ハリーは会話についていけないという顔をしている。
「純血だって?くだらないね。僕のご先祖様にはマグルが居るし、それを誇りに思ってる。君達だけで勝手にやってろよ、そんなの。」
その言葉に、パンジーが苛立った声を上げる。
「話にならないわね!やっぱりこいつらは血を裏切る者よ。シャルロット、さっさと行きましょ。」
ダフネも口にこそ出さないが似た意見らしい。肩をすくめると、私にもう行こうと合図をした。それでも私は食い下がる。
「…なぜそこまで純血を嫌うか、尋ねても良いですか?」
ウィーズリーは若干私の問いかけにたじろいで、うんざりした様子で答えた。
「そりゃ、純血なんて嘘っぱちだし、マグルを差別するなんて馬鹿馬鹿しいと思ってるし、僕らみたいな健全な思考の魔法使いを迫害するからだろ。他に理由ある?例のあの人なんて最悪だ。彼の信奉者の純血主義者なんて…」
「それは違います!」
…なるほど。要は、最低のヴォルデモート卿時代のイメージがまだ残っているのか。
私は歯軋りする。まったく腹が立つ。
清く正しい純血を謳い文句に、不当な殺しをしてきたあいつのせいだ。
私の叫びにウィーズリーは驚いた顔をする。ダフネとパンジーもだ。
「私は殺しなんてしたくありません。あれと一緒にしないで。」
ウィーズリーは困惑したように黙っている。すると、ハリーポッターが突然とんでもないことを口走った。
「例のあの人って…ヴォルデモートのこと?」
次の瞬間、場が凍った。私も含めて、全員がハリーの方を見る。信じられない。彼は何の躊躇いもなく口にしたのだ。闇の帝王のことを。
パンジーはその場に居たくないとばかりに慌てて走り去っていった。ダフネも驚きで口を覆っている。
すると、周りを見てハリーは申し訳なさそうに言った。
「あ…ごめん。言っちゃいけないんだった。」
私は賞賛を込めて答える。
「驚きました。流石例のあの人を倒したというだけある。…ええ、そうですよ。私は彼を心の底から嫌悪している。だから貴方に一度感謝が言いたかったんです。本当にありがとう。」
私は頭をポッターくんに下げる。ポッターくんとウィーズリーくんはずっと困惑しっぱなしだ。
「い、いや別にそんな。お礼を言われることなんて!僕何にも覚えてないんだ!」
「それでも、です。…お邪魔だったみたいですね。私たちは行きます。それでは。」
そして私は困惑したように私を見つめるダフネを連れてその場を去った。
ウィーズリーがポカンとした様子で最後に呟いた。
「何だったんだ?あれ…。」
その後、パンジーと合流した私たちは、到着間近ということで、男子陣とは別れて制服のローブに着替えた。
ダフネはやっぱり綺麗だ。肌も雪のように白く、綺麗な目をしている。
その途中、ダフネは呆れたような声音で私にぽたりと呟いた。
「貴女、純血主義なのは間違いないみたいだけど色々と変わってるのね。」
いや、おかしいのは例のあの人に歪められた今の純血思想だ。
それをパンジーとウィーズリーのやり取りで痛感した。
排他的になってしまったし、無辜の民の殺人なんてもっての外。
マグルを優れた純血の者が教え導くことこそ、純血思想の在るべき姿。
私は、例のあの人全盛の中、穏便な純血主義を貫いた両親の意志を継ぐのだ。
素晴らしい才能を持って生まれた、純血として。