シャルロット視点
一週間が終わり土曜日を迎え、ホグワーツに入って初の休日だ。
スリザリン寮でも、一年生達は浮かれ切っていた。
ミリセントのように中庭でゴブストーンに興じるものもいれば、クラップやゴイルのように宿題の対処に時間をかけすぎて休みを潰す者、そしてブレーズ・ザビニのように純血の女の子とデートに向かう者、セオドール・ノットのように図書室に籠る者。
パンジーとドラコは二人で湖を見にいくそうだ。
そして私とダフネは談話室の温かい暖炉の前のソファに座り込んで、チェスに興じていた。
「王手(チェック)」
「あ!…むう。私の負けですね。」
私のキングがダフネのクイーンに取られて破壊され私が唸ると、ダフネは小さくほくそ笑んだ。
「これで私の二勝一敗ね。…意外だわ。賢いのに案外チェスが得意ってわけでもないのね。」
私はむううと悔しさから唸って頭を掻きながら言葉を返す。
「…勉学とチェスでは使う頭が違うんですよ。それに、ダフネが強いんじゃありませんか?」
「別に普通よ私なんて。」
そうやってダフネは涼しい顔で微笑む。
可憐な花のような笑顔に思わず見入ってしまうが、悔しさから私はふいっとそっぽを向いてチェスの駒を片付け始めた。
直ったキングは恨みがましく私に苦情を呟いた。
「何故あそこでナイトをあの位置に移動させてしまうのか…ホラス様ならば…」
「うるさいですね…分かってますよ!」
私はチェスの駒に軽く八つ当たりしてチェス駒を綺麗に片付けた。黒と金の装飾の施された見るからに高めのチェス盤は、ホラス伯父様からホグワーツに行く際に譲り受けたものだ。
ホラス伯父様はかつての生徒から新しいのを貰ったからと私に譲ってくれた。
だがこの駒どもはホラス伯父様の手癖が染み付いているのでどうも私の肌に合わない。…まあ、まだ使い始めたばかりですしね。
ダフネは私のその様子を面白がって小さく笑うと、杖を振ってティーカップを取り寄せた。
「少し早いけどお茶にしない?」
「ええ、是非。」
紅茶を淹れて私たちは優雅に談話室の窓から神秘的な池の生物達を眺める。
ダフネは私の顔をまじまじと見ると、ぽつりと呟いた。
「でも、驚いたわ。」
「?何がです?」
私は紅茶に砂糖を入れて、スプーンでかき混ぜて適度に甘くしてからゆっくりと飲んでいた。私が不思議そうに尋ねると、ダフネは淡々と話し始めた。
「貴女よ。…授業は完璧、変わり者だけどスリザリンで一番得点を稼いでる一年生…おまけに魔法の力も強い。…一見完璧超人かなと思ってたんだけど。チェスはそこまで強くないのね。」
私は少しダフネの容赦ない切り込みに落ち込みつつ答える。
「…いや。そりゃあ私だって弱点の一つや二つありますよ。純血ならそれは良くないとは分かってるんですけど。」
そうだ。純血ならば完璧であらねばならない。それでこそ、マグルやマグル生まれ、異種族との混血種を導くに足る存在になれるのだ。
私はまだまだ未熟だ。
そんな私の答えを聞いて、ダフネは軽く呆れたような顔で答えた。
「別にいいんじゃない?純血ってだけで私たちは尊いのよ。…完全な魔法使いなんてこの世に存在しないと思うけど。…"仮にも"今世紀最高の魔法使いと言われてる我らが校長のジョークを聞けば分かるでしょ?」
「そうでしょうか?……それでも、私は…」
完璧にならなければいけない。純血を残してくれた両親の想いに応えるためにも。それが私の"存在価値"の全てなのだから。
「それに、その…結構致命的な弱点もありますし…」
「ふうん?私に何かできることがあったら言ってよね。」
いや、この弱点は私がどうにか克服するしかない。そう、飛行訓練の授業までに、何とか…ッ
私たちは午前中をそんな風に過ごすと、大広間で二人で食事をとった。入り口に入ったところでは…
「おや、ポッター。相変わらずウィーズリーにご自慢の傷を見せびらかしてるのかい?ウィーズリーなら何でも喜ぶだろ?自分の服すらまともに買えない連中なんだから。」
「黙れマルフォイ!」
…何やらドラコとクラップ、それにゴイルが、ハリーとロンに絡んで口論になっている。パンジーとミリセントも参戦した様子だ。ますます収拾がつかなくなっていく…
純血同士で争うなど…流石に看過できない。私が介入しようとすると、隣のダフネが私の腕を握って制止した。
「関わらないほうがいいよ。面倒臭い。それにどうせ…ほらきた。」
すると、騒ぎを聞きつけたのかマクゴナガル先生が入口にやってきて、両方から1点を取って行った。騒ぎはそれで収まり、彼らもしょぼしょぼと大広間の中に入って食事を始めた。
…マクゴナガル先生ではなく、スネイプ先生だったら多分グリフィンドールから10点減点してたでしょうね…そう思いながら私はデザートの糖蜜のかかったタルトを頬張った。
その後、ミリセントと共に図書室に自習に向かうダフネと別れて、私は二頭のガーゴイル像が喋りかけてくる中、一階の職員室の扉を叩いた。
フリットウィック先生の甲高い声が入室を許可したので、私は扉を開けて挨拶する。
「スリザリン一年生のシャルロット・スラグホーンです。フリットウィック先生とマクゴナガル先生、それにシルバヌス先生はいらっしゃいますか?」
教室を見渡しながらそう問いかけるが、雑多な物に溢れた職員室では、フリットウィック先生とマクゴナガル先生は対面してお茶を飲んでいたようだったが、他には自分のものと思われる机の前の椅子に腰掛けているスネイプ先生しか居なかった。
「魔法生物飼育学のシルバヌス先生なら今は森に居られる。…何の用かねミス・スラグホーン?」
そういつも通りの甲高い声でにこやかにフリットウィック先生が私に尋ねてくる。
彼は確かに小鬼の血を継いで入るが、かなり優秀な先生だ。なので私も素直に敬意を示すべきだろう。その知識に。
「ええ、実はその…今の授業より先のことを学びたいんです。基礎を固める期間の重要性は理解しています。ただ…それだけでは完璧にはなれません。模範的な生徒になるために、是非御三方からご指導頂きたいと…」
その説明にマクゴナガル先生はティーカップを置くと淡々と答えた。
「その向上意識は素晴らしいものです、ミス・スラグホーン。ですが、貴女も言いましたが基礎を固めることは大事なことです。そう焦らずとも…」
それにフリットウィック先生も頷いて説明を続ける。
「その通りですな。…それに魔法生物飼育学は3年からの授業ですぞミス・スラグホーン!せめて2年からでも遅くはないのでは…」
その二人の反論に私は言葉を返せない。すると、それまで黙って座っていたスネイプ先生が話に入ってきた。
「お二方の言うこともごもっとも。ですが、ミス・スラグホーンは我輩の知る限り今年最も優秀な学生です。…先んじて学ばせるのも、悪くはないのでは?」
その提案に、フリットウィック先生とマクゴナガル先生はそれぞれ対照的な反応をした。
「ふむ。確かに彼女は優秀な生徒です。…よろしい!時間がある時ならば先に学ぶ魔法を教えて差し上げよう。その後は一人で学べばよろしい。」
「…『変身術』はホグワーツで最も危険なものの一つだと以前も伝えたとは思いますが…一人で練習させる訳にもいきません。私は残念ながら協力はできかねます。」
…私としてはまあ予想通りではあった。
マクゴナガル先生は厳格な先生だ。誰に対しても公正で、特別扱いはそうそうしない…今の所の印象では、ですけど。
一方でフリットウィック先生は気さくに生徒に接する先生だ。生徒に対しては平等な点ではマクゴナガル先生と同じだが、気質が異なるのだ。
私は笑顔で頭を下げた。
「よろしくお願いします、フリットウィック先生。…無茶を言って申し訳ありませんでした、マクゴナガル先生。」
フリットウィック先生はにこやかに最初の呪文を教えてくれた。杖を持った手首のしなやかな動かし方の復習までしてくれた。
「いいですか?ビューン、ヒョイ、ですよ。呪文を正確に、これも大事ですよ。ウィンガーディアム・レビオーサ!」
「ウィンガーディアム・レビオーサ!」
私は何とかこの呪文を数回かけて身につけることができた。羽がふわふわと宙に浮く。
フリットウィック先生がご褒美に甘いチョコをくれた。
マクゴナガル先生も微笑んでそれを見届けると、私に淡々と話し始めた。
「お見事ですミス・スラグホーン。ですが、シルバヌス先生は3年生以上の生徒の対応でお忙しいです。魔法生物飼育学について尋ねるのなら、もう一人適任がいます。彼を訪ねると良いでしょう。」
その言葉に私が首を傾げると、フリットウィック先生がにこやかに補足してくれた。
「なに、ハグリットのことだよ、君。確かに彼は魔法生物に詳しい。あー…ほら、大柄の森番の彼だよ。」
私はその言葉に軽い衝撃を受ける。いや。え?いやいや。流石にあの半巨人がそこまで賢いとは思えなかった。
巨人とは魔法耐性を持ち、優れた力と体躯を持つが、頭の方は悪い。殺しを楽しみ、トロールとさほど変わらないのだ。
そんな血を引き継いでいるのなら、彼もそうだとばかり思っていた。
…いや、確かに半巨人と彼を誰かが明言したわけではないけれど。いや、でも…あの大きさは間違いなくそうだろう。
私は取り敢えずお礼をもう一度言って職員室を出ていく。半巨人に教えを請う?私が…
どこかモヤモヤした気持ちを抱えながら私はダフネ達と合流するために図書室へと歩き始めた。
****************
シャルロットの去った後の職員室では、フリットウィックとマクゴナガルが彼女の背中を見て懐かしむように話していた。
「いや、あの真面目さは実にミス・コルネリアに似ていますなあ…彼女に似た優秀な生徒になりそうです。」
そうシャルロットの母親であるコルネリアをフリットウィックは懐かしんでいた。
自身の呪文クラブに入っていた彼女は、フリットウィックにとっても可愛い生徒であったのだ。
マクゴナガルは頷くと、言葉を返した。
「そうですね…ですが、あの大胆さはキムラ譲りでしょう。懐かしいですね…まあ、校則破りまでは似てほしくないですが。スネイプ先生から見て彼女はどうです?あの二人と一番親しかったのは貴方だったでしょう?」
マクゴナガルがスネイプに話を振ったのは、彼がシャルロットの両親と同期の学生だったからだ。三人はよくつるんでいた。
ジェームズとキムラはよくスネイプを巡って決闘したり、嫌がらせをしあったりしていたのだった…。
マクゴナガルから見ればキムラが気質的に似ているのはむしろジェームズだったりするのだが…
スネイプは二人に目線を向けずに淡々と答えた。
「…そうですな。確かに彼女はあの二人の娘なのでしょう。真っ直ぐで、どこまでも誇り高い。…失礼、我輩はそろそろ自室に戻らせてもらいましょう。」
そう断ると足早にスネイプは去って行った。
まるであの二人について話すのが苦しかったかのように、その顔はかすかに歪んでいた。
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シャルロット視点
その後私は結局あのハグリットに教えを請うべきかどうか悩みながら日々を過ごした。
月曜日の夜のスネイプ先生との個別授業では、初めての個人授業ということでまずは腕を見せてもらいたいと言われたので、安らぎの水薬と、集中薬を煎じた。
スネイプ先生は集中薬を煎じた際の、満月草の茎の切り方が非常に鮮やかで素晴らしいと褒めてくれた。そしてスリザリンに5点くれた。
そんな順調な一週間の出だしではあったが、私の気持ちはどんよりと落ち込んでいた。
いや、だって…今週の木曜日はアレがありますから…どうしましょう。いや、本当にどうしましょう。
そんな調子なので、スリザリン生がその掲示を見てドラコを中心に苦虫を噛み潰したような顔になっている時も、私はさらに絶望した気持ちになったのです。
『飛行訓練は木曜日に始まります。グリフィンドールとスリザリンの合同授業です。』
ドラコは大広間に入ると、グリフィンドールの机を見て大声で言った。
「まったく。あんな箒のほの字も理解していないような連中と一緒に飛ぶだなんて冗談じゃないね。」
パンジーはそんなドラコに寄り添うようにピッタリと隣に座ると、嘲るように言った。
「でもドラコ、貴方の華麗な飛び方を見せつけるチャンスよ。それに…あのロングボトムの馬鹿の初飛行は楽しみじゃない?」
ドラコはその猫撫で声に褒められたことにすっかり機嫌を良くしたようで、一転して穏やかに答えた。
「確かにね。ああ、僕はマグルのヘリコプターとかいう不細工な鉄の塊程度なら軽く躱せるしね…ロングボトムならぶつかって鼻の骨でも折るだろうさ。」
ドラコはよくこの自慢話をした。
自分の飛行術はいかに優れているかということを延々と話した。
一年生は寮のクィディッチチームに入れないのは残念だ、とか。
将来はイングランドのタッツヒル・トルネードーズから最年少でスカウトされるだろう、とか。
パンジーやクラップとゴイル…それとミリセントはその話を熱心に聞いていたが、他の皆は正直聞き飽きていました。
ダフネなんて相槌を打つのも面倒になったのか欠伸をしているし、ノットはそもそも聞いてすらいない。
ブレーズ・ザビニも冷めた目線で見るだけだ。
私は…そんな余裕なかった。食事を口にする余裕もない。何か入れたら戻してしまいそうだ。冷や汗が止まらない。
その様子に気づいたのか、周りがこちらを心配そうに見始めた。
ドラコも流石に気づいたのか、私に声をかけてくる。
「おい…どうしたんだ?食欲がないのか?何ならクラップ辺りにでも保健室にまで運ばせるが…」
ダフネが呆れたようにその言葉に答えた。
「ちょっと、女の子をクラップに運ばせる気?私が肩ぐらい貸すわよ。」
そんな周りの心配は嬉しいが、私は辿々しく言葉を返すことで精一杯だった。
「い、いえ…大丈夫です。ただ、その…今日の飛行訓練が不安で…以前のトラウマというか…何というか…」
その言葉に、周りが不思議そうな顔をする。ダフネだけは何となく察しがついたのか同情するような目線を送っていた。
「何だ?…まあ、苦手ぐらい誰にでもあるだろ。僕が君の分も補って活躍してみせるさ。」
「言うじゃないか、ドラコ。期待して見物させてもらうよ。」
「ふん。まあ、楽しみにしてるがいいさ、ザビニ。」
そんな風にドラコ達は雑談に戻っていく。
ダフネだけは心配そうに私にせめて何か食べなさいよとオートミールを手渡してくれた。
……はい、実は私、箒以前の問題なんです。
高所恐怖症、というやつです。はい。
…それは5年前ぐらいだったか。ホラス伯父様が篭りっきりの私を気遣って、箒で空を飛ぼうと提案してくれたことがあったのです。
私は喜んで箒に乗りました。ただ…二メートル上がっただけで私は硬直して、震えながら泣いてしまったのだ…
ホラス伯父様は慌てて私を地上に連れ戻してくれました。そして優しく励ましたのです。
「大丈夫さ、シャルロット。誰にだって不得意なものはある。…別に恥じることはないよ。」
ただ、私はどうしようもなくそれを恥だと感じた。
純血ならば箒に乗れて当然、というのが私の意識にあったからだ。実際、そういった通説は世の中にそれなりに出回っている。
それからも克服しようとはしたが、結果はついてこなかった。怖いものは怖い。
そんな私のどんよりとした気持ちと対照的に晴れやかな空の下、とうとうその時がやってきてしまった。
私たちスリザリン生は先に正面階段から校庭に揃って集まった。
グリフィンドール生もやや遅れてとうちゃくしたようだ。
生徒達が箒を地面に丁寧に並べた。
すると、短髪の白い髪をした、鷹のように鋭い目をした女性が現れた。あれが『飛行訓練』担当のマダム・フーチだろう。
「さあ、何をグズグズしているんですか!みんな箒の側に立って!さあ!早く!」
彼女は早々に檄を飛ばした。私はだんだん頭が真っ白になってくる。
「右手を箒の上に突き出して!そして『上がれ!』と言う!さあ!」
生徒達は一斉に上がれ!と叫んだが、実際に手の中にまで上がったものは二人だけだった。
ドラコとハリーは一言で箒が手の中に収まった。
私の箒はピクリともしない。
「上がれ!…上がれ!」
私は必死に呼びかけるが、箒が私の恐怖を感じ取ったのかピクリともしない。暫くしても上がらないのは私とネビルくらいだった。
隣のダフネが心配そうに私に耳打ちしてくる。
「大丈夫よ。誰にだって苦手はあるんだから。笑ったやつは私が止めてあげるから。」
その言葉で少し冷静になった私は、箒をなんとか手中にできた。ネビルが最後だった。
次にマダム・フーチは箒に跨る方法と箒の握り方を教えて見せて、生徒全員が跨ったのを見て大声で言った。
「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください。箒はぐらつかないように抑え、二メートルぐらい浮上して、それから前屈みになって降りてきてください。笛を吹いたらですよ!一…二…」
えっ!!!?もう!!!?飛ぶの!?早くない!?その…早くない!?
私は頭が真っ白になって声が聞こえなくなる。え?今カウントした?何?何?
次の瞬間、地面を蹴る音がした。遅れたらいけない!私も慌てて地面を蹴った。が、それが不味かった。
「ロングボトム!スラグホーン、も、戻りなさい!」
どうやら私とネビルだけ焦って地面を蹴ってしまったらしい!地面から一気に上昇していく。五メートル…八メートル…ッあ、あわわ…
私とネビルはやがて同時に箒から手を滑らせた。
「「あっ」」
そんな間抜けな声を二人してあげ、箒に振り落とされた私たちはどんどん地面に落下していく。
「「ひやアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!?」」
やばいやばいやばい!このままだと本当にやばい!死ぬ!死んじゃう!
だが、そんな時チラリとネビルの顔が見えた。その顔は、その目は私に縋っているようで…
なら、助けなきゃ!私は服の中から杖を急いで取り出す。
「ウィンガーディアム・レビオーサ!!!」
私はネビルに覚えたての浮遊呪文を辛うじてかけることに成功する。ネビルは地面に落ちる直前にふわりと浮遊してゆっくりと落ちた。
ああ、よかった、これで…
グシャッ
そんな音と共に、鋭い痛みが私の全身に走る。そして、私の意識はそこで途絶えた。
その前に、大勢の悲鳴が聞こえた気がした。