「……あれ?」
適当に夢境を歩いていたら、何か変なところに出ちゃった。ここはもしや夢境のホテルレバリーではなかろうか。今は工事中とかどうとかで閉鎖されてるって聞いたけど。
「なんで……?夢境のバグ…?」
ロビンに連絡すれば助けてもらえるだろうか。サンデーさんにも繋がるだろうし、とりあえず電話………
「繋がんないし……どうしよ…」
とりあえずの目標は人のいる場所に戻ること。明らかにファミリーの想定を超えている状況だろうし、なんか嫌な予感もする。一秒でも早くここを出────
『─────!!!!』
耳朶を打ったナニカの叫び声
俺の背後に現れた多眼の怪物。その姿を目に入れた瞬間、俺の足は動き出した
「───や、ばい。あれは絶対やばい」
アレは駄目だ。本能がヤバいと叫んでいる。夢境の中では死ねないらしいが、アレはそういう問題じゃない。アレは───恐らく『死』そのものだ
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
俺に戦闘能力は無い。普段から色んなところを歩き回っているせいか体力には多少自信はあるが、それだけ。足が速い訳でもなく、腕っぷしが強い訳でもない
「っ─────!」
走る、走る、とにかく走る。階段を飛ばし、柵を飛び越え、とにかく走る。ホテルの中を駆け抜けて、何とかアレが見えない位置まで───!
「ここっ、ホテルのロビー!?」
走っているうちにホテルのロビーにやって来た。だだっ広くて視界も開けたここは、隠れるにも逃げるにも不向き。とにかくあいつを振り切らな────
「────あ」
体が宙に打ち上げられる。正面には俺を追ってきた怪物。直線距離の移動は、どうやら得意分野だったようだ
凶刃が迫る。刺される。死ぬ、死ぬ、死ぬ、しぬ
「いっ……た」
刺された痛みではなく、単に地面に落ちた痛みが俺を襲った。あのまま刺されるものだと思っていたが、一体何が………
「……あぁ、そういうこと」
怪物の頭を掴んで押し留めている、背の高い───銀色の鎧
『怪我は?』
「な、ないです!」
星核ハンター、サム。俺を助けた者の名だ
「熱っ!?」
鎧が燃える。ロビーの至る所にも火が燃え移り、炎が広がっていく。俺以外にはいないロビーだし、うまく調整してくれるだろう
『掃滅、開始!』
怪物を掴んだまま空を舞うサム。怪物を地面に押し付け引きずり回したかと思うと、壁に叩きつけたところに追い討ちの蹴り
「……強」
見ているだけしかできないが、一方的な戦いだ。怪物も暴れて抵抗しているようにも見えるが、サムの強さは圧倒的だ
「ってあれ、消えた……?」
怪物が、紫色っぽい霧の中に消えて行った。ボコボコにされてたし、諦めて逃げたのだろうか。
「……え?ちょちょちょちょ!?」
次の瞬間、サムが全速力で俺の元へと飛んできた。反射的に目を閉じて伏せ───鈍い打撃音が、背後から聞こえた
『彼に手を出すのなら───貴方はここで終わりです』
俺の背後に回っていたらしい怪物を殴ってから掴み、そのまま後ろに投げ飛ばした。怪物は地面に叩きつけられ、そのまま倒れ込んでいる
『────協定採択』
サムが、遙か上空に飛び上がる
鎧から吹き出す炎はより激しく、最早炎そのもののようにも見えた。全てを破壊する隕石のように、倒れ込んだ怪物の元へ
『焦土作戦実行ッ──!!!』
大爆発。そうとしか言いようが無かった。紅蓮に燃える炎がロビーから吹き上がり、地面を砕いて怪物を飲み込んだ
「……死んだの?」
『直前で逃げられました。ですが、当分は動けないでしょう』
とりあえずは安全。という事だろう。傷が治るまでの僅かな間だけだが、あの怪物が夢境で人を襲うことはない
「いやー本当、助かったよ。迷い込んじゃってさ、死ぬところだった」
『改めて、怪我は?』
「おかげさまで無いよ。……にしても」
『……どうかしましたか?』
小さく笑みを浮かべながら、サムを見つめる
「せっかく久しぶりに会ったのに、鎧越しは寂しいなーって」
『…………』
鎧が、炎となって消える
星核ハンターサム。その正体
「……久しぶり、ホタル」
鎧と同じ、綺麗な銀髪をした幼い少女。
「……本当に、怪我してないんだよね?」
「してないよ。頑張って逃げたからね」
「……よかった」
抱きつかれた。少し力が強い気はするが、振りほどこうなんて気持ちは湧いてこない。とりあえず頭を撫でた。こっちの方が落ち着くし
「君に何かあったら、あたし……」
ホタルは、とにかく俺のことを気にかけてくれる。自分の体も大変だろうに、俺を思いやってくれる。優しい子だ
「……そうだ。ホタル、あれやってよ」
「あれ?」
「ほら、焦土作戦」
ホタルの顔が、あっという間に真っ赤に染まる。サムの技名はめちゃくちゃかっこいいけど、考えてるのはホタルなんだ。これをいじるとすっごくいい反応が見れる
「恥ずかしがってるホタルもかわいいなぁ」
「ばかばかばかばかばか!」
ぽかぽかと痛くもない拳が叩きつけられる
「かっこよかったなーホタルのあれ!」
「〜〜〜〜〜っ!!!もう知らない!ばか!」
「あははっ、ごめんごめん。とりあえず、そろそろ帰────!?」
ホタルの手が、俺の胸ぐらを掴んだ。細腕からは考えられないような力で抱き寄せられる。
「ど、どうし」
「囲まれてる」
ホタルの顔が、さっきまでの軽い雰囲気を微塵も感じさせないほど険しくなっていた。肩に回された手には力が入り、俺を決して離さないとでも言うように引き寄せられる
周囲を見ると……確かに、前にも出会ったナイトメア劇団が、俺たちを取り囲んでいた。
「……あたしから離れないで。大丈夫、君の事はあたしが守るから」
可愛いホタルが、今はめちゃくちゃかっこいい。無理だ。ギャップで死ぬ。あかん、耐えられへん
「結婚して下さい」
「へ!?」
──────────────────
「帰ってこれたね……」
「お疲れ様。怪我はない?」
あの後は普通にホタル無双で終わった。ナイトメア劇団は全滅。ちゃんと人のいる夢境に帰って来れた
「……なんとか」
「あはは……大変だったね」
笑いながらホタルが頭を撫でてくれる。可愛くてかっこいいとか最強でしょ……
「でも、君が無事でよかった」
「かっこいい……素敵…顔がいい……」
「もう。からかわないでよ」
ホタルの微笑みが、俺の心を撃ち抜いた。可愛い……好き……
「……はぁ、本当にありがとね。とりあえず、そろそろロビンの所に行かなくちゃ」
……まぁ、旅をしている以上人との別れは訪れる。互いの目的が違う以上、いつまでも一緒にいられるなんて事は無い。今回の邂逅はここで終わり。また次の機会を………
「………?何言ってるの?」
去ろうとした俺の服を、ホタルが掴んだ。さっき、ロビーで俺を抱き寄せた時と同じ……いや、それ以上の力強さを感じる
「ホタル?あ、あれ?お礼とか?結構金欠だからあんまり高くないと嬉しいな」
「そうじゃないよ。……あたしから離れて、また旅をするの?」
また、力が強くなる。いつも通りの微笑みを浮かべてはいるが、目が完全に笑ってない
「わかったでしょ?君一人だと自分の身を守れない。……死んじゃうよ?」
……心配、してくれている。実際、さっきのはホタルが来なければ死んでいた。また同じことになれば、今度こそ死ぬかもしれない
「あたしなら君を守れる。だから、ね?あたしと一緒に行こうよ」
提案じゃない。ホタルのそれは、完全に確認だ。全ては彼女の中での決定事項。俺が拒否しようものなら、実力行使も辞さないだろう
「さっきあたしに言ったこと、覚えてるから。あたし、絶対に逃がさないよ」
俺の体はホタルに抱き寄せられる。高鳴っていく心臓の音が煩い。ホタルの顔が、俺の体に近づく
(うっっっっわ顔良っっっっっっ)
やっばい何の話だっけ。悪い癖が発動してしまった。ホタルが可愛いことしかわかんない。俺はどうすれば……とりあえず………
「お付き合いを前提に結婚して下さい」
「……逆じゃない?」