進撃! 犬耳機動部隊   作:神谷萌

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練習艦隊襲撃さる これは演習に非ず
Chapter-01


 青い海。

 降り注ぐ、初夏の日差し。

「空はすっかり晴れたねぇ」

 頭の上に乗る、犬のそれのような耳をピコピコとさせながら、広げられたクッションマットの上で、1人の女性が、セパレートの水着姿で寝そべり、くつろいでいる。

 空は、白い雲が浮かびつつも、吸い込まれそうなほどに青い。

 女性は、童顔、そのために少女と呼んでもよい容姿だった。胸のサイズはどちらかというと小さい部類に入るが、全体的な肢体は、滑らかで、健康的な色気は放っている。

「こら、アサギリ。こんなところで()広げないでくれる?」

 別の女性が、水着姿の女性に、呆れた様子で声をかけてきた。

 水着姿の女性よりも、長身で体格が良いが、全体的に女性として恵体。その肢体を、ツナギの作業着に包んでいる。そして、胸には軍の階級章のような ──── というか、そのものがついていた。

 

 アサギリ、と呼ばれた女性が、マットを広げてくつろいでいるこの場所は、ビーチなどではない。

 濃灰色の構造物に囲まれているが、プールサイドでもない。

 ──────── チハーキュ帝国海軍航空母艦『トヨカムネア』の飛行甲板、その上だった。

 

 チハーキュ帝国は、不均等の連星『アマテ』と『ラス』を主星とする恒星系の、第4惑星『エボールグ』に存在する、およそ151万2千km²の島国(亜大陸とも言われる)に存在する。

 かつては魔法文明が先行し、その行き詰まりから発展が止まりかけていた。

 しかし、約200年前、チハーキュ本土の地下で発見された、鋼鉄の遺跡、その巨大な船のような形状から“舟形遺跡”と呼ばれる、それまでの文明とは異質の遺跡が発見された事で、新たな発展が始まった。

 舟形遺跡の遺構の分析を元に、蒸気機関が再現した事を皮切りに、電力の利用の開始、内燃機関の発明、鉄道、自動車、航空機の出現 ──── それまでの魔法文明、幻想文明とは異質の、科学文明、あるいは機械文明と呼ばれる形態の技術系統によってもたらされた産業革命により、生産力は大幅に向上し、民衆は労働以外の、多様な生活様式、娯楽を手にした。

 ──────── だが。

 舟形遺跡の発見された頃、チハーキュ帝国はその大層な国名に反して、周辺の強国から干渉を受ける、決して強国とは言えない存在だった。

 それが、科学文明の導入によって世界の最強国に肩を並べ、あるいは抜き去りかける事態をみた他の諸国も、国力を高めるための努力を始めた。

 ある国は後進でも科学文明の導入を図り、ある国はそれまでの魔法文明で優勢にいた立場から、それを科学技術同様に系統立てて整理する事でブレイクスルーに至った、()()()()への脱皮によって国を発展させた。

 それらは世界を富ませたが、同時に負の面もあまりに大きかった。

 それまでの、農地と人の奪い合いにとどまらず、相手の国土を破壊する “全面戦争” の概念が完成した。

 そのあまりの破壊力に、いずれの国も、戦争の抑止力とし、いざ戦争の際には敵戦力を破壊する準備をする ──── 大軍拡時代が訪れたのである。

 

「そんなこと言ったってさぁ……」

 水着の女性 ──── チハ・アサギリ・サンミル海軍飛行中尉は、黙っていれば美少女そのものの(かお)でヘラヘラと笑いつつ、上半身を起こして、言う。

「まだ飛行許可も出てないんでしょー? いざとなったらすぐ片付けるから」

「ったく……あまりモノ散らかさないでよね」

 ツナギの女性、トヨカムネア最先任整備班長、ミラ・セルウィン・ブロンディア海軍技術大尉が、呆れきった様子で、処置なしとばかりにそう言った。

 

 これが作戦目的の行動中だと、こんな行動は当然言語道断なのだが、空母『トヨカムネア』は、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦2隻、警護巡洋艦2隻、艦隊型駆逐艦8隻、フリゲート8隻、旧型客船改造の訓練艦2隻、それに空母3隻からなる艦隊を組みつつ、練習航海の最中だった。

 いずれも、各々の艦種としては旧式化している。『トヨカムネア』も威風堂々とした空母だが、同型艦『アヴァロニア』共々、2万トン超の空母としては最旧式だ。右舷側艦橋前と、左舷側の点対称の位置にある、1門ずつのケースメイト式単装20cm砲は試行錯誤期の設計を示している。

 もう1隻の空母、『ホワイトアロー』は、栄誉あるチハーキュ帝国海軍初の航空母艦である。 ──── と、言えば聞こえは良いが、その実態は旧式化した客船を改造したに過ぎず、機関もタービン機関ではなく、レシプロのスチーム・エレクトリックのみで、「後は捨てるだけ」と言われて久しい。

 規模だけは立派でも、一線級とは言い難い寄せ集めの艦隊だった。

 

「その様子だと、まだ本国とは連絡取れない感じ?」

 アサギリ ──── 彼女は普段、ミドルネームで名乗り、周囲にそう呼ばせることが多い ──── は、マットの上で胡座をかきつつ、多少困ったような様子を見せつつも、好奇心旺盛そうな表情で、ミラに訊ねた。

 2時間ほど前、練習艦隊は、気象予測を外れる濃霧に包まれていた。一時は艦隊運動が危険なレベルまで視程が狭まった。

 そして、それと同時にほとんどすべての無線通信が不可能になった。すぐ隣りにいる()()の艦への極短距離通信すらできなくなった。

 それが、小一時間も経たないうちに今の晴天の下。

 接触事故がないのは良かったが、無線の復旧はもうしばらくかかった。

「うん……隊内無線の58MC/s(メガサイクル毎秒)と、電波警戒器の300MC/sは通る様になってるんだけど、本国との16.5MC/sは未だに反応なし、届いてんのかどうか……」

「ふーん……」

 軽い困惑顔のミラの答えを聞いて、アサギリは、後頭部を手で抱えるようにしながら、マットに仰向きに転がった。

「…………」

 昼寝しかけたアサギリだったが、ぼーっと空を見ていると、 ────

「ねぇ」

「ん?」

 アサギリの問いかけに、自身の職務に戻ろうとしていたミラが、短く聞き返す。

「お陽さま、なんかおかしくない?」

「え?」

 アサギリに言われて、ミラも、手を目の上にかざすようにして、陽の光の方を見た。

「…………」

 彼女達の見慣れている主星、『アマテ』と『ラス』は、密度が異なる為見た目の外径と色温度に差がある連星だ。

 だが、 ────────

「確かに、『ラス』が見えない気がする」

「でしょぉ?」

 怪訝そうな表情で陽の光を観察しながら、ミラがそう言うと、アサギリはどこか興奮したような様子でそう言った。

「連星食なのかなぁ?」

 惑星『エボールグ』の公転周期と、二連恒星の公転周期は一致していない。何ヶ月かに一度、大きな『アマテ』が、見かけ上『ラス』を隠してしまう「連星食」が発生する。

「うーん……艦橋に聞いてみる?」

「あ、いや、別にそこまでしなくても……」

 ミラが提案するように言うが、アサギリは誤魔化すように苦笑した。

 艦橋に訊ねられると、アサギリがこんな事をやっている事も知られる。

 グレーゾーンのあんまり褒められない事をやっている自覚はあるので、見られないに越したことはないのだ。

「…………おっ!?」

 アサギリが声を出す。2人の犬耳がピコピコと動いた。

 チハーキュ帝国の圧倒的マジョリティ住民は、 “ヴォルクス” と呼ばれる種族で、頭の上には犬のような耳、尾(てい)骨からは同じく尻尾が生えている。

 人間と同じ位置にも耳はあり、4つ耳があることになる。ただし、犬耳の方の聴覚が良すぎて、人間の耳の方は衰退しており、ほとんどの者は神経が鈍くなっていて、聞こえている事を自覚できていない。

 そして、ヴォルクスの社会では、「実際に家族を守るのは本来メスの役割」という考えから、軍人は女性が大半を占める。

 ──── 2人の耳には、少し離れた場所で、航空用エンジンの爆音が響いているのが届いていた。

「飛行許可出たんだ」

 アサギリが呟く。

「はいはい、そう言うことならとっととこの()畳んだ畳んだ」

「へーいへい」

 ミラに言われて、アサギリはかったるそうに、周囲に散らかした自身の私物を片付け始めようとする。 ──── ────

チハ()キュ()のエンジンじゃない!」

 驚いた表情で、アサギリは音源の方に視線を向けた。

 まだ芥子粒にしか見えない編隊が、しかしこちらに向かってきている。

「え!? どういう事!?」

「わかんない! 多分空冷、でも聞いたことないよ!」

 ミラが驚いて聞き返すと、アサギリはそう答えた。

 それは、チハ()キュ()はもちろん、アサギリが知る限り、科学文明で独自の航空エンジンが開発できる国のエンジンのものではなかった。

 ドンッ

 艦隊の上空に差し掛かりかけた編隊に対し、機帆併用のフリゲート『ペオニアス』が、警告の意図で、75mm対空砲を編隊の前方に向かって撃つ。

 だが、編隊は、何らかの意思を見せる事もなく、輪形陣の防空範囲内に入り込もうとしていた。

 ドガガガガガガガ…………

 ドン・ドン・ドン・ドン……

「うわぁっ!!」

 突如鳴り響く、あたりを支配する轟音に、アサギリは、悲鳴を上げながら頭を押さえるようにして、耳を塞いだ。

 75mm対空砲、125mm両用砲、45mm前装式ケースレス・リボルバーカノン、20mmAPIブローバック機銃が激しく撃ち上げる。

 同時に、トヨカムネアはスチーム・エレクトリックのみで巡航していたところへ、高速用蒸気タービンを起動して加速する。 ──── チハーキュ海軍や船舶業界では、蒸気機関は、低速運転時はタービンよりもレシプロの方が効率が高い、と本気で信じられていた。

 トヨカムネアの側面を突くかのように、その編隊は迫ってくる。

「見たことないマークだよ!!」

 アサギリが、視界内に捉えられたその機体の国籍表記を見て、声を張り上げた。

 アサギリだけではない。空を見渡せる場所にいた誰もが、それを見た。

 

 ──────── ()()()()()()()()()()()()()()の国籍表記を ────

 

 明らかに爆撃コースを取ろうとしている編隊に対し、トヨカムネアは回避運動をする。

「あーっ!?」

 発生したGで、アサギリの広げていたマットの周辺の私物が、転がっていって、飛行甲板の端から落下していった。

「こんなところでそんなもの広げてるからでしょーが!!」

 ミラが呆れたように言う。

 そう言っている間にも、 ────

 ヴァアァァァァン……

 ──────── 彼女らが「ケルベロスの咆哮」と呼ぶ、急降下爆撃機のダイブブレーキが空気を振動させる音が鳴り響く。

 だが、 ──── 結局、6機の急降下爆撃機がトヨカムネアに向かって投弾したが、そのすべてが右舷側にそれていった。

「やーい、ヘタクソ!!」

 アサギリが、その編隊を睨んで舌を出しながら罵る。

 しかし、幸運ばかりは続かない。

「アヴァロニアが!!」

 ズゴォオン!!

 悲鳴のような誰かの声の直後に、トヨカムネアの後方で爆発音が轟く。

 アヴァロニアの艦尾付近で、自軍の500kg爆弾と同程度の対艦爆弾と思われる爆発が起こる。飛行甲板の後端が千切れ飛んだ。

 さらにその後ろで大爆発が発生する。練習船『ジノプス』に3発の爆弾が命中していた。ジノプスは中古客船を改装して、訓練用に少数の兵装を乗せただけのものだ。

 アヴァロニアは艦尾付近の上部構造物が破壊されただけで、消火活動を続けつつも32ノットの全力で驀進していた。だが、ジノプスの方は ──── 爆煙が晴れた時、ジノプスだったモノが、漂うようにしつつも確実に沈んでいっていた。

「くっそ、あいつらァ……」

 アサギリは、離脱にかかろうとしている編隊を睨み、直後、トヨカムネアの第1カタパルトの待機位置に視線を向ける。

 セレス飛行機製造製、Se9艦上複座戦闘機。アサギリの乗機だった。

 本来、平時航行態勢で警戒態勢は敷かれていなかったが、艦隊が霧に包まれ始めた頃、不慮の事態に対応するため、緊急発進の為にカタパルトに据え付けられていた。

 その後、霧が濃くなりすぎた事で、飛行停止となったが、そのまま待機位置に置かれていた。

 多目的機を指向して設計されたため、虻蜂取らずの性能になっていて、単座戦闘機に主力の座を奪われたが、不測の事態に際して、連絡、偵察、邀撃いずれにも対応できるとして、緊急発進に備えていた。

 アサギリは、

「カタパルト準備させて!!」

 と、怒鳴るような声でミラに伝えてから、愛機に向かって駆け出す。素早く翼に飛び乗って、そのまま操縦席のキャノピーを開く。

「けどアサギリ、後席は!?」

 本来、複座のSe9には、操縦士の他に偵察員兼後部機銃手が乗るのだが……────

「今は待ってる場合じゃ……」

「もう乗ってますー」

 アサギリが、ミラを振り返って言い返しかけた時、後席から何処かすっとぼけた声が聞こえてきた。アサギリは、目を(まる)くしながらずっこけるようにして、そのまま操縦席になだれ込む。

 そのまま、前転するようにして、セパレートの水着姿のまま操縦席に座る。チョークレバーを引いて、ひねりレバー式のスタータースイッチを、OFFからON、更にIgnitionに押し込む。プロペラが回りはじめ、セルモーターがレイアナー重工業製S5-Mk(マーク).XXII(22)型、空冷星型9気筒エンジンを始動させる。

「CS2-1、サンミル中尉機、発艦許可願う」

 インカムを手早く装着すると、無線で司令塔に言う。

 その返答がくる間にも、計器盤を確認していく。

「ブースト1速正常、アイドル正常範囲、油圧……」

「気にしても仕方ありませんー」

 アサギリ機の偵察員、アイリ・リード・ウェブスター二等飛行曹長が、アサギリの点呼を先読みしたかのようにそう言った。

 アサギリは、一瞬振り返り、拳の親指を上げながら笑みを浮かべる。

「ラダーペダル、操縦桿、異常反応なし」

 アサギリが一通りの点検を終えたところで、司令塔から無線の声が届いてくる。

『CA2アイランドタワーよりCS2-1、発艦の目的は?』

「送り狼」

『…………了解』

 アサギリの言い分に、若干呆れたような口調が混じりつつも、肯定の返事が来た。

『発艦態勢へ』

 司令塔に代わって、ミラの声が響いてきた。

 アサギリはスロットルレバーを離昇出力まで()()

「CS2-1、出して」

 アサギリの言葉の直後、甲板側の要員がレバーを倒す。バシュッ、という音を立てて蒸気圧カタパルトが作動し、アサギリ機をトヨカムネア前方の空中へと射ち出した。

 そのまま、上昇しながら、国籍不明機が進入し、離脱していった方角へ向かう。

 その先を、アサギリは睨みつけた。

「このまま逃さないんだから!!」

 





具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。


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