「電波警戒器に新たな感!」
『キャルヴェロン』戦闘艦橋。
「東側より接近しつつあります、数、3!」
電波警戒器オペレーターが言う。
「日本隊の可能性は!?」
アリシアが問い返す。
「いえ! 日本隊は探知圏外から出ていません! 敵で間違いないかと!」
「…………」
アリシアは少し考えて、
「古鷹に打電! 『敵新手接近しつつあり、我、貴艦指揮す』」
「了解!」
打電、とは言うものの、流石に日本も隊内の至近距離通信まで未だにモールスということはない。
キャルヴェロンの通信士は、ヴォルクス・フィリシス用に受話器が少し飛び出たような形状をしている電話機型受話器と共に、2本並んで吊り下げられているPTTスイッチ付きマイクのうち、「SHB・SSB」と表示されている方を手に取った。
チハーキュ帝国陸海軍では、空中間通信、隊内至近距離通信に周波数変調、地球ではFrequency Modulationの略でFMと呼ばれるものを使っている。
大日本帝国陸海軍にはそのようなものはまだ採用されていない ──── が、チハーキュ側の無線機は日本が使用している振幅変調、所謂AMにも対応できる。
問題は周波数の方だった。日本の軍艦の大多数に搭載されている九〇式無線電話機の使用周波数は上限が53Mc/sで、チハーキュの198年型海軍複合無線器設備が隊内通信で使う58Mc/s帯にわずかに届いていなかった。そこで、普段は本国との長距離通信に使う短波の16.5Mc/s帯を使うことになった。
エボールグと地球とは、まったく同一ではないが、地上での電波発信に対してはほぼ同じように振る舞う電離層がどちらにも存在している。16.5Mc/s帯を含む短波帯(3~30Mc/s)は、電離層と地表との間での反射によって、送信出力100W未満で惑星を半周以上する。それを利用した長距離通信用だが、逆に言うと短距離の通信の際にも広範囲に電波をバラまいてしまうことになるため、地球派遣艦隊の第一陣は16.5Mc/sの出力にわざと減衰させる
58Mc/s帯、超短波送受信機を50Mc/sに対応させるワイドバンド化も考えられたが、アンテナの整合からやり直しになって手間がかかりすぎるため、第一陣は減衰器で凌ぐことにした。後続は超短波送受信機のワイドバンド改造が実施されることになっている。
チハーキュでは
──────── 閑話休題。
「左舷側輸送船団に1航過で痛撃を浴びせつつ、東から接近する敵艦隊に向かう!」
アリシアが下令する。
「左方雷撃戦、砲戦用意! 中間砲も使っていくわよ!」
「了解!」
ヴァレリアが自艦に下令した。
「古鷹、荒木艦長より変針、『我貴官に従う』!」
通信士が、人間族やエルフ系、ドワーフ系より高い位置に着けることになるヴォルクス・フィリシス用イヤーレシーバーに手を当てながら、アリシア達を振り返って声を上げた。
指揮権についてもざっとではあるが決めてあった。どちらかの旗艦が指揮不可能になったり、また乱戦になることが予想された事から、今の古鷹のように自隊からはぐれてしまった場合など、相互に旗艦が指揮を宣言することになっていた。
時間が圧していたためにかっちりとした取り決めに至っていなかったが、とりあえず、一方の佐官が相手側の将官より立場が上に振る舞うとお互い変な前例を作りかねないということで、取り交わしてあった。
「右方雷撃戦準備! 砲も同じ!」
キャルヴェロンの前方を進む古鷹で、荒木が下令する。
「魚雷は全部当てる気で行くぞ! 1航過で全艦仕留める気で行け!」
「右方雷撃戦用意! 砲も!」
駆逐艦『リムブラ』戦闘艦橋。
「このまま巡洋艦にいいとことられたままで終わるかと思ったが、やっぱり駆逐艦は魚雷撃ってなんぼよ!」
尻尾をバタバタさせ、尖り耳をぴーんとおっ立てたシルヴィア駆逐艦長の下令で、艦軸上に配置された4連装、3連装1基ずつの魚雷発射管が、右舷側を向く。
チハーキュの、駆逐艦用の55cm両舷型魚雷発射管mod.199は、新学暦199年、当時試験中だったSSB-55/200魚雷用に開発され、
「目標多すぎます! 絞れません!」
魚雷長が困惑した声を上げる。
「絞らなくていい! これだけいればどれかには当たる! 魚雷発射後に砲戦開始! 75ミリも撃っていいぞ!」
シルヴィアは唇の端を釣り上げながら言う。
「輸送船団から、水雷艇……いえ! 小型駆逐艦がこちらに向かってきます!」
「かまわん! もろとも沈めてやれ!」
「魚雷、投射!」
バシュゥ……ッ!
リムブラの発射管から、7本の魚雷が発射される。
この時、すでに先行する、古鷹、ミネルヴィア、ヴァルヘイムが魚雷を発射していた。僅かに遅れて、ツラギ島側輸送船団全体が見通せる位置で、カスティラナ、リムブラ、チャペラ、スコルナ、ブルピナの、魚雷戦隊が魚雷を発射する。
2段合計、44本の、九三式、SSB-55/200それぞれの魚雷が、41ノット以上の速度で、砲火の乱反射する海面の直下を、薄白い淡い航跡だけを曳いて突進していく。
魚雷の射線は、ツラギ島側輸送船団を半ば取り囲むように発射されており、そこに安全帯は存在しなかった。
「魚雷再装填急げ!」
「了解!」
「撃て! 撃て! 撃て! 戻って来る余裕はない! 全部燃やしてやりなさい!」
キャルヴェロンの艦橋で、アリシアが叫ぶ。
ドドォン……ドゴォォン!
古鷹、ミネルヴィア、ヴァルヘイムが容赦なく主砲弾を輸送船団に向かって撃ち出す。
時間が圧している。どんなに遅くとも3時までにはサボ島の西まで抜けている必要がある。東側から接近している艦隊を処理した後、再攻撃の余裕がある可能性は低い。
「小型駆逐艦、1隻爆沈!」
セミケースメイト式の35口径20cm中間砲の1発を浴びたその小型艦は、炎に包まれながら急速に沈み始める。それは、実際には
備砲は4インチ(約10.2cm)。当然、輸送能力確保のために、重量物の魚雷発射管はすべて撤去されている。重巡洋艦に有効な打撃を入れられる能力はない。それどころか、戦後第2世代であり、なおかつワシントン・ロンドン海軍軍縮条約に比べて、チハーキュにとって概して緩いラミューズ海軍縮条約の元で建造されたリムブラ達モンスローバ級駆逐艦すらも危険な相手だった。
ツラギ島側輸送船団には、コルホーンの他『リトル』『マックキーン』『グレゴリー』の輸送駆逐艦がいた。彼らは他の輸送艦を逃がそうと、古鷹とチハーキュ艦隊に舳先を向けたが、大した意味を持たなかった。無数の砲火を浴び、4隻ともたちまち炎上した。
「魚雷到達、今!」
ミネルヴィア魚雷手が、叫ぶような声を上げる。
ドォッ……ドォォォッ……ン!!
少しの間隔を置きつつ、敵輸送船団のあちこちで水柱と
「戦果はどうだ!?」
「…………完全な視認は無理です、とにかく、まだ浮いてるのはどれも燃えてます!」
シルヴィアが問いかけると、リムブラの見張員はそう言った。
「しっかり戦果確認している時間がないのが惜しいが、まぁ、いい狩りだったな!」
シルヴィアは、笑顔でそう言う。
先行する巡洋艦に続いて、4隻の駆逐艦も、東から接近している、敵の新手に向かって右へ転舵する。
「さぁ後は、飼われたキツネ共を一掃して帰るぞ!」
「くそっ、ジャップにパピー共、好き勝手しやがって! 生かして帰すと思うなよ!」
東集団の旗艦、アトランタ級軽巡洋艦『サン・ファン』上の指揮官、ノーマン・スコット少将は、ガダルカナル島側の輸送船団停泊地で炎が上がっているのを忌々しげに睨みつつ、そちらへ向かって、僚艦の豪海軍・パース級軽巡洋艦『ホバート』、米海軍グリーブス級駆逐艦『モンセン』と共に急行していた。
ただ、ついにTF62司令部が混乱から抜け出せなかったこともあって、情報不足に置かれていたスコットも、ここまでの一方的な状況だと考えていなかった。敵艦隊は味方艦隊の抵抗で、もっと損傷しているはずだと考えてしまっていた。
『東からの敵艦隊上空。吊光弾投下よろしいか?』
『よろしい』
パッ
「!?」
サン・ファンのすぐ前方の上空に、突如2つの光源が現れ、艦橋内まで眩い光が差し込んできた。
カスティラナ搭載のSe6が、CH-30-1吊光弾を投下していた。
「左舷側! 敵艦います!」
「何だと!?」
見張員の叫び声に、サン・ファン艦長、ジェームズ・エリオット・マーハー大佐が声を上げる。
東集団は日本隊よりも西側に出てしまっていた。しかも、距離も、日中であれば裸眼でも見えるほど至近にいた。
「レーダー・オペレーターは何をしていた!」
マーハーが荒い声を出す。
サン・ファンは、この場では唯一、多分割陽極共鳴空洞型マグネトロンを使った、Sバンド(3
だが…………
「
「馬鹿野郎!」
「怒鳴ってる場合か、艦長! 左方砲撃戦だ!」
苛立ちから怒声を上げてしまったマーハーを、スコットが更に叱責する。
サン・ファンはすでに砲の準備はなされていた。直ちに主砲が左舷側に向けられ、先頭の日本型重巡 ──── 鳥海に向けて射撃を開始する。
サン・ファンの射撃は、数発が鳥海に命中した。それは鳥海に決して小さくない損傷を与えることに成功し、鳥海の第4砲塔が旋回不能になった。
だが、その変わりに鳥海、それに、衣笠、青葉、加古の4隻から、文字通りの倍返しを受ける。
「艦長! 徹甲弾の残弾が尽きます!」
「何ッ!?」
鳥海砲術長の報告に対して、先に神重徳が反応した。
「構うな! 榴弾でも構わん、相手は所詮
早川が、自艦の砲術長に向かってそう声を上げる。
鳥海の周囲への着弾により、相手の砲が20サンチ砲よりも小さいことが解った。味方の軽巡はチハーキュ艦カスティラナしかいない。
「黙らなければ黙るまで撃て!」
早川の下令通り、鳥海は動かない第4砲塔以外のすべての砲で、サン・ファンに榴弾を撃ち込み始める。
「長官!」
「うむ」
神が問いかけるように、三川に声をかけると、三川もまた、闘志を顕わにした表情で言う。
「後続の第六戦隊にも、『弾種を問わず砲戦継続せよ』と打電せよ!」
「くそっ、ジャップめ! どこまでやれば気が済むんだ!」
マーハーが
サン・ファンは無数の20サンチ榴弾を浴びた。装甲の損傷は浅かったが、代わりに艦上構造物は破壊され、無惨な姿に変えられつつあった。
── レーダーによる警戒網を突破し、これだけの攻撃……日本軍は夜目が効くという……
開戦初頭の東南アジア近海での戦いで、日本艦隊と連合軍艦隊の衝突が発生したが、特に夜間であっても、日本艦は恐ろしく正確に攻撃してきたという。
── パピー共は、犬の縁戚なら夜目が効くのは当たり前か……
一方で、チハーキュ艦に対しては錯誤を起こしていた。混乱のあまり、まだ、周囲に飛び交っている860~890Mc/sの電波の正体に、誰も気づいていなかった。
ドッ、ゴワッ、ドォォォォーン!!
「くぅっ!」
スコットが僅かに逡巡したその時、サン・ファンを強烈な衝撃が襲った。左舷側に巨大な水柱が上がる。
「魚雷か! クソッタレが!!」
Se6が吊光弾を投下した時、実際には鳥海はすでに魚雷を発射していた。その時点では右舷側の発射管はまだ再装填前だったが、左舷側はすぐに発射できた。
「ホバート炎上!」
「モンセン、総員対艦を命じたそうです!!」
「な、何!?」
すれ違いつつある日本艦隊は、まだサン・ファンを執拗に狙ってきているはずだった。魚雷命中で目標を変えるにしても、手が早すぎる。
僅かに前。
「敵巡洋艦の反対側、艦影見えます!」
「敵か!?」
見張員の報告に、早川が問い返す。
「…………味方です! 先頭古鷹、チハーキュ重巡が続いています!」
見張員は言う。
日本艦もチハーキュ艦も、敵味方識別のため、両舷に白い吹き流しを吊るしていた。
「いいぞ、これで挟み撃ちだ! 敵を全艦撃滅し、離脱するぞ!!」
更に興奮した様子で、早川は言う。
「あははははは! とっとと逃げればよかったのに! わざわざ突っ込んでくるから!」
キャルヴェロンの戦闘艦橋で、アリシアが、燃え上がるホバートを見ながら、哄笑の声を上げた。
「…………」
一方、リティアの方は、腕組みをして難しい顔をし、何かを考え込んでいる。
「どうやらここまで、味方の大勝利のようですが、なにか?」
丈乃が、リティアに声を掛ける。
「ええ、今回我々、電波警戒器で見つけて根こそぎにしたようなものなんですが……」
「なるほど。聞くところによるとアメリカ軍も高性能な電波兵器を持っているそうです」
とは返したものの、それでリティアがどうして悩んでいるのか、丈乃は疑問に思った。
「それなのに、この一方的勝利が疑問だということですか?」
「いえ、それは解りきっています。哨戒がおざなり過ぎたんですよ。こっちが哨戒艦のすぐ横を突っ切ったのに、本隊は臨戦態勢になかった。何のための哨戒艦やら」
丈乃の言葉に対して、リティアは、呆れたような声で、手のひらを上に見せる素振りを加えながらそう言った。
「問題は我々の電波警戒器の性能が、今のところだと頭打ちなんです。電波警戒器の性能を上げるには、電波の波長を短くする、つまり周波数を上げる事が効果的なんです。理想は10cm以下なんですが……今の我が国では、最新の分割陽極型マグネトロンを使っても現用の35cm波長が実用のほぼ上限で……」
「ちょいちょい」
リティアが愚痴るようにつらつらと言うと、アリシアが、睨むような表情をリティアに向けた。上に向けた右手の人差し指を前後に揺らす。
「あんまべらべら喋らない」
「あ、す、すみません。つい……」
アリシアに言われ、リティアは慌てたようにする。
「あ……すみません、自分が話をうかがおうとしたもので」
リティアを庇うように、丈乃は、アリシアに向かって苦笑交じりにそう言った。
「あ、いえ、情報の管理は将校の重要な仕事ですから」
アリシアは、丈乃にはそう言って笑顔を繕った。
「マグネトロンなるものがどういうものかわかりませんが……日本にはないだろうなァ……ドイツなら持っているかも知れないが…………」
丈乃はそう言ったものの、これが後に丈乃自身、さらには日本全体の恥を晒すことになる。
──────── 2時36分。
“殴り込み艦隊” はサボ島北側を通って離脱。
完全には隊列を整えず、前方隊、日本隊本隊、古鷹とチハーキュ隊本隊はそれぞれ別個に、27ノットで “ザ・スロット” を北西へ向けて撤退していった。
米豪軍にとっては惨憺たる結果となった。TF62、及び輸送隊で、まともな状況で残っている艦はいなかった。特にヴィンセンスは乗員全滅だった。浮いてまともに航行できるという意味では、クインシーがもっとも軽傷と言えた。
クラッチレー少将の旗艦、オーストラリアは、ガダルカナル島側船団泊地にいてまともに身動きも取れないまま、魚雷を受けて、上部構造物は比較的無傷のまま、着底していた。
もちろん、これで連合軍への “破壊” が終わるはずがなかった。陽が高くなり始めた頃、Re4重爆撃機30機、一式陸攻24機が、零戦15機の護衛を伴って押しかけた。もう輸送船団はいない。陸揚げ済みの物資を燃やすのは、搭載量3.5トンの重爆には容易いことだった。その上、零戦まで低高度へ降りてきて、機銃掃射を行った。戦闘機の援護もない連合軍兵は、一昨日の日本兵と同じように、惨めに逃げ回るしかなかった。陸揚げ用の施設もすべて破壊された。
後に、戦史家サミュエル・エリオット・モリソンは、こう綴る。
「この時点にあっては、この敗北は真珠湾すら凌駕するものだった。勇ましく上陸した海兵隊員は、一夜にして泥の中を逃げ回る存在に成り下がった。我々が勝利の美酒と思って開けたワインボトルの中身は、強烈な毒酒であった。そしてなお嘆かわしいことは、我々の司令部はこの毒酒を飲み干そうとしたことだ」
──── だが、この海戦は、まだ終わっていなかった。
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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チハーキュ帝国海軍軍装、どちらがいい?(絵のリンクは Chapter-12 あとがき)
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