進撃! 犬耳機動部隊   作:神谷萌

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Chapter-17

 午前8時。

 “殴り込み艦隊” は、27ノットの高速を維持したまま、 “ザ・スロット” を北西に進行し、ショートランド諸島の日本軍泊地へと向かっていた。

 予定は大きく遅れており、まだ米空母からの攻撃を警戒しなければならない、と推測される範囲内にいた。このため、日本第八艦隊司令部の置かれた鳥海では、依然緊張した空気が流れていたが、この8時を過ぎた頃から、もうまもなくショートランド泊地に到着するということで、その緊張が緩み始めていた。

 ショートランド泊地を出発した後は、空母ホワイトアローが戦闘機を向かわせられる範囲内に入る。この事も、夜間、緊張状態に置かれていた艦隊乗組員が緩む遠因になった。

「?」

 8時をほんの数分過ぎた頃、急に、軽巡カスティラナが単縦陣を外れ、増速してヴァルヘイム、キャルヴェロンを追い抜きにかかった。

「なに、どこへ行こうっての?」

 カスティラナの動きに、キャルヴェロンの戦闘艦橋で、アリシアが疑問を口にすると、

『減速されたし』

 と、カスティラナが無線で各艦に伝えてきた。

 

「キャルヴェロンの司令部からではなく、軽巡が直接……?」

 同様に、鳥海の第八艦隊司令部もこれを受信しており、報告された三川が怪訝そうな顔をする。

「頭越しであちらには申し訳ないが、カスティラナに理由を訊ねてみてくれ」

「了解」

 鳥海の通信士が、カスティラナに真意を訊ねる。

「カスティラナから返信。潜水艦の恐れあり」

「何っ!?」

 鳥海の艦橋内に動揺が走った。

 三川の判断が遅れた。それというのも、前日の夕方、ラバウルの北方、ニューアイルランド島を越えてタバー島との間で、902航空団の洋上哨戒隊のRe2飛行艇が、連合軍の潜水艦を発見していた。

 日本軍潜水艦ではないかの照会中に、その潜水艦は急速潜航して逃走を試みたが、Re2は対潜攻撃に移り、30kg航空対潜爆雷4発を投下した。Re2は潤滑油と残骸が浮かんできたことを確認してからその空域を後にした。

 チハーキュ・日本側は知る由もなかったが、これはアメリカ海軍S型潜水艦S-44だった。

 その情報が三川とアリシアにももたらされていた。一方、フレッチャーのTF61がガダルカナル島から大きく離れた場所で日本軍空母の捜索を行っていることを三川達は知らない。

 航空攻撃の回避を優先するか、対潜警戒を行うべきか、三川の判断が遅れてしまった。

 

 チハーキュ帝国海軍の標準的な水上中・小型艦用アクティブソナー、SOK-2水中音響警戒器は、前述した通り構成が日本軍の九三式水中探信儀に酷似していた。一番の大差は、送受波装置に日本は水晶管を使用していたが、チハーキュのものは金属板による磁歪式を使用していた(後に日本もこの方式になる)。

 その構成こそよく似ていたものの、その設置などの細部はより徹底して、ノイズを除外する工夫がなされた。これは、魔学技術の静圧タキオンエンジンを使うイビムの潜水艦の静粛性が極めて高かったことに由来する。パッシブ・ソナーでの探知はまず不可能だった。

 以前にも書いた通り日本軍では未採用の、ソナードーム周囲の整流フェアリングをすでに採用していた。また、受波装置の固定金具には要所要所に防振ゴムを挟み、余計な振動を極力排除した。ノイズを嫌って、ソナー用の電源は、新学暦201年以降のチハーキュ艦の標準電源系である単相交流375V・30c/sとは別に、遠く離れた主発電機室内の小型直流発電機で別に直流200Vを送り出していた。また送受波器の旋回には整流子(ブラシ)でノイズを生まないよう、交流誘導電動機が使用されている。

 これにより優れた探知能力を確保し、仕様上は24ノット時でも探知範囲800mを確保できるとされている。

 だが、それはあくまで “()()()” だ。しかも、24ノットを超えると一気に探知能力が低くなり、ほぼ実用不可能になると言っても良かった。いくら音に敏感なヴォルクスやフィリシスでも、27ノット以上での探知は望めなかった。

 だが ────

「お願いします、絶対にいるんです」

 目を閉じて、ヴォルクス・フィリシス用のイヤーレシーバーに片手を当て、片手でゲインダイヤルをつまんだまま、カスティラナの聴音手、フィリシスのオリヴィア・ニカ・トレンス上級曹長が、懇願するように言う。

「ううーん……」

 カスティラナ艦長、レナ・メイソン・カートランド大佐は、腕を組んだ姿勢で、唸ってしまう。

 三川の第八艦隊、アリシアの第71任務部隊、どちらの司令部もまだ判断を下していなかった。

「お願いします、せめてタービンを止めてください。それがなくなるだけでも……」

 オリヴィアの懇願する様子は、誰の目にも逼迫した状況のように見えた。

 高速用タービンの振動ノイズはそれなりに大きい。チハーキュ艦の場合、速度を落としてタービンを止めれば、自身の回転数は速くないレシプロ機関のみになる。

「…………解った、機関強速(15ノット)、タービンカット」

 レナがそう下令した。

「大丈夫ですか、艦長」

 レナの副長が、あまりかんばしくない表情で聞き返す。

「もちろん、無制限にはできない。本隊が追いついてくるまでの間だ」

 レナは、副長にそう言ってから、険しい表情になってオリヴィアに視線を向ける。

「絶対に見つけろ」

「は、はい!」

 オリヴィアは返事をすると、集中度を高めるように、上半身をやや前傾させて軽く俯く。

 それまで日本隊に追いつこうと、全速進行していたカスティラナが、一点、一気に速度を落とす。

 

「カスティラナ、減速します!」

「! 全艦タービン停止! 強速まで減速!」

 キャルヴェロンで、前方に出たカスティラナが減速したのを見た見張員に報告されて、アリシアは思わず、オールギアードタービンの日本艦が一緒にいることが意識から外れた指示を出す。

 

「…………」

 カスティラナ、聴音室。

「! いる!」

 そう言って、オリヴィアがバチッ、と目を開いた。音響警戒器のディスプレイを見る。

「本艦から50°の方向! 推定距離1300!」

「日本隊の真横じゃないか! それは!」

 レナが、素っ頓狂な声を出すが、直後に受令電話器の受話器をひったくるように持ち上げ、

「警報を出せ! 潜水艦がいるぞ! 日本隊の右舷側だ!!」

 と、戦闘艦橋に指示を飛ばした。

 

「なにっ!? 潜水艦」

 カスティラナの発した警報を聞いて、ヴェンタ・トレドールの戦闘艦橋で、マグダレナは、その場からは直接見えるはずもないのに、日本隊がいるはずの後ろを振り返ってしまった。

 だが、直後に、

「逆転だ! 強速後進! 右20°に転舵しろ!」

 と、ハッとした様子で、マグダレナは下令する。

「ええ!?」

「いいからタービンを切り離せ! モーターだけでいい、逆転させるんだ!!」

 驚きの声が上がったが、マグダレナは、まず、有無を言わせないかのように言ってから、

「こっちの方が図体がでかいんだ、魚雷食らっても生き残る可能性は高い!」

 と、説明を加えた。

 高速用タービンへの蒸気がカットされ、同時にクラッチが切られる。レシプロユニットからの電気で推進する巡航用モーターの極性が入れ替えられる。

 だが、それでもヴェンタ・トレドールは、己の質量からの巨大な慣性で前進し続けようとする。

 しかし、急減速したことで、他の艦に対しては相対的に、後進しているのと同義になった。

 日本隊の先頭の鳥海が、ギリギリのところでヴェンタ・トレドールを左舷側に避け、すれ違う。

「撃った! 魚雷! 500m!」

「総員衝撃に備えろ!!」

 ヴェンタ・トレドールの見張員が、海中から出現した雷跡を見つけた。酸素魚雷のものではない。澄んだ海中で派手に雷跡を曳きながら、避ける気のないヴェンタ・トレドールに、3本の魚雷が迫る。

 ドゥ……ドゥ、ドゥン……ッ!!

 丁度、加古がヴェンタ・トレドールの左舷側に隠れた時、ヴェンタ・トレドールの右舷側に、3本の水柱が上がった。

 

「機関全速、爆雷砲用意! 逃がしゃしないぞ!」

 レナが下令した。カスティラナは一気に加速する。

 4隻の駆逐艦も、タービンを起動して全力にし、古鷹・キャルヴェロン・ヴァルヘイムを右舷側から追い抜き、潜水艦の想定位置へ急行を開始し始めた。

「綺麗な海だ、丸見えだぞ! 確実に当たる!」

「爆雷砲、2番4番全弾発射!」

 カスティラナに片舷3基ずつ装備されている、4連装365mm爆雷砲のうちの2基が、親子式対潜爆雷弾8発を発射した。

 ちなみに説明しておくと、前方から左舷側が奇数、右舷側が偶数になっている。

 子弾に分かれ、投網を投げ入れるように着水した爆雷弾の爆発が、海面に多数の小さな水柱を拭き上げる。

 やがて、気泡とともに、黒い潤滑油が海面に浮き上がってきた。

「はっ、ざまぁ見れ」

 艦橋の、右舷側の窓から、敵潜水艦 ──── 米潜水艦S-46の最期を見届けたレナは、まずそう言ってから、

「ヴェンタ・トレドールはどうなったっ!?」

 と、表情を険しいものにしつつ、左舷側を振り返った。

 

「第1缶室浸水中!」

「第1主缶室隔壁閉鎖だ! 急げよ!」

 チハーキュ艦は、特に新学暦200年以降の新造艦は、セミ・シフト配置になっている。ラピス・デル・プエルト級の場合、前方から、J字型をした海軍省185年式水管式トラップ炎路型ボイラーを背中合わせに2列4基配置した第1主缶室、第2主缶室があり、直後にタービン室・予備発電機室があり、その後ろは、左舷側は2缶が存在する第3主缶室、左舷側主発電機・主電動機・歯車室の順で並び、右舷側はその逆、右舷側主発電機・主電動機・歯車室、第4主缶室の順に並んでいる。また、第2主缶室が石炭混焼(ボイラー)、他が重油専燃缶になっている。

 完全にボイラー室と主機室を分けるシフト配置は、冗長性という点では生存性を上げるものの、集中配置よりも機関部が占める容積の割合が増え、結果として装甲により多くの重量が割く必要がある。それができない場合だと、装甲が薄くなり防御力が下がる。チハーキュ帝国海軍はその一部だけをシフト配置にして、バランスをとった形である。

 そして今、ヴェンタ・トレドールの第1主缶室に浸水が発生していた。第1・第2主缶室は左右間に固定の仕切りがないが、非常時には密閉する隔壁が存在している。

「…………傾きは大丈夫そうだな……」

 浸水がひどければ、反対側の右舷バルジに注水して復元する必要があったが、マグダレナが想定したよりは、ヴェンタ・トレドールが受けたダメージは小さかった。

 ── 日本の魚雷が地球の水準だと思ったから、覚悟はしたが、アメリカの魚雷は我が国のものより威力は低そうだ。

 油断は禁物だと思いつつ、マグダレナはそう結論付けた。

 ── うちら(ヴェンタ・トレドール)はデカブツだから、これぐらいで済んだが、制海権や制空権の優勢な場所にホイホイ潜水艦が顔を出すようだと、より強固な対策が必要になりそうだ。

 その事はアリシアや、その上のカティナも解っていると思ってはいたが、

「念の為に、上申書は書いておくか」

 と、声に出して呟いた。

 

「…………」

 緊張はありつつも、それまで、どこか勝利に酔っていた、鳥海の第八艦隊司令部は、一気に冷水をぶっかけられた雰囲気に包まれていた。

「ヴェンタ・トレドール、2缶失火。速力上限24ノットに低下、航行には支障なし、とのことです」

 鳥海の通信士が、受け取った報告を読み上げる。

向こう(チハーキュ)(フネ)の防御力に助けられたな……」

 神重徳は、重い口調で呟くように言った。

 基準排水量でヴェンタ・トレドールの半分しかない加古が、3本の魚雷を受けていたら、もっと重傷になっていただろう。沈められていたかも知れない。

「どうも、米潜水艦に対して意識が低すぎたようだ。ラバウルに帰投後、山本長官に進言しておかなければ……」

 三川もまた、自戒を込めつつ、そう言った。

 

 だが、日本軍の問題はそれだけではなかった。

 実際のところ、米豪軍艦艇もそれなりに撃ち返しており、 “殴り込み艦隊” 側もほとんどの艦は被弾していた。

 そして、日本艦は52名の戦死者を出していた。それに対して、チハーキュ艦の戦死者は18名にとどまっていた。そのうち最大のものはヴェンタ・トレドールの8名だった。

 理由は、チハーキュ艦は全体的に、搭載兵装に比して大きめに作られており、その分、装甲や乗員防護に重量を割いているからだ。

 ただしこれは、決して日本軍が積極的に乗員を軽視したわけではない。

 日本は、ワシントン・ロンドンの両海軍軍縮条約で、アメリカ、イギリスを基準国とし、厳しい制限を受けたため、その枠内で可能な限り戦力の数を揃える必要があった。そのため、ある程度割り切らざるを得ないところがあった。

 それに対して、チハーキュはラミューズ海海軍軍縮条約において、言ってしまえば地球の軍縮条約におけるアメリカやイギリスと同じ、基準国であり、自国に充分な枠を設定する立場にあったため、より余裕を持った設計ができたのである。

 

 いずれにせよ、三川達も、アリシア達も、勝利の興奮の後に冷水を浴びせられた消沈を伴って、艦隊はラバウル方面へ撤退していった。

 






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チハーキュ帝国海軍軍装、どちらがいい?(絵のリンクは Chapter-12 あとがき)

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