西暦1942年、昭和17年、新学暦206年、8月17日。
グォオォォン……
「!」
ここ数日、聞き慣れたのとは明らかに違うエンジン音が響いてくる。
空を見上げると、単発の機体が4機編隊を組んで上空を通過していく。
「零戦じゃない!」
敵軍、米豪軍の輸送船が燃やし尽くされた海戦の夜が明けてから、連日、味方の爆撃機が何十機もやってきては、米海兵隊の上に爆弾を降らせていた。
その多くが、チハーキュ帝国陸軍の第902航空団、レイアナーRe4爆撃機とエリアAr10攻撃機だというのは、日本軍人としてはむず痒いものがあったが。
エリアAr10は、この時点では史上最大の大型爆撃機となるXHB-202(後のRe4)の保険も兼ねた、双発多用途攻撃機として、XHB-203として発注されていた。 ──── が、本来爆撃機の老舗だったエルードがXHB-202の競作にリソースを注ぎ込んでしまい、どちらかというと小型機中心のメーカーであるセレスとエリアの競作になり、エリアが勝ち取った。
Ie9のリズ・リンナ・イエラ技師が主体的に参加した機体ではないため、エリア本来のメーカー号である “Ar” になっている。
Ar10の部隊は、本来、中部太平洋方面の第901飛行団に配属される予定だったが、急遽予定を変更して、ラバウルに送られてきた。
その一方、日本軍の最も近い飛行場であるラバウルまでは1,000km以上の距離があるため、護衛の戦闘機は常に日本の零戦が担当していた。
だが、今頭上を通過していった機体は、明らかに零戦ではなかった。
単発機は旋回して戻ってくる。双眼鏡を持っていた1人が、それを使ってその機体を見上げた。
「アメ公でもないぞ! 間違いない、友軍機だ!」
その主翼には、日の丸に
あーんまりにボーイングB-17そっくりで誤射しかねなかったり、逆にB-17を逃がす羽目になったりしたので、Re4の主翼と胴体にウンザリする程バカでかく描いたため、地上からもよく見えた。
「これが飛んできたということは……味方の空母が近くまで来ているのか?」
大日本帝国海軍第11設営隊長であり、現状の日本側ガダルカナル守備中隊を指揮する門前鼎大佐は、しかし、まだ安堵した様子のない、やや険しい表情と口調で言う。
やがて、その回答は海上に姿を表した。
「船だ! 船が接近してくるぞ!」
「アメリカ軍の増援か!?」
日本海軍施設隊が武装して立てこもる、ガダルカナル島・クルツ岬に向かって、複数の船舶らしきものが接近してくるのが見えた。
「……機帆船だな。おまけに外輪船だ。アメさんがあんなの使ってるのか?」
双眼鏡でじっくりと確認した門前は、訝しげに思いつつ、そう言った。
すると、その船は、一旦自分達とは反対側へ舵を切ったかと思うと、後進で接近してくる。
「ぶつけないように行くけど! 念の為に全員衝撃に備えて!」
「了解!」
ジークライス級兵員運搬艦、ネームシップの『ジークライス』は、艦尾操舵室の操縦で、ボックス付きセミインボード
簡単に言ってしまって強襲揚陸艦なのだが、エボールグでの事情に合わせた
ただ、その場合、どうしても場所を移さなくてはならなかったのが舵だ。初期型の兵員運搬艦では、ラダー・バウという舵付き艦首が試験されたが、成績は良くなかった。とは言え、左右の外輪の回転差である程度方向転換できるため、それでも良かった。
その後、改良型として出てきたのが、前部サイドスラスターとして、セレス精密機器のマリン部門がタグボート用に開発した刀刃型全周式推進機を前部両側に取り付けたものだった。
これと同じものは、この時代すでに地球にあって、シュナイダー・プロペラと呼ばれる。ただ、前部サイドスラスターとして使う例は、地球では試験段階に留まっていた。
チハーキュの場合、主推進と方向制御はあくまで外輪がやるため、「推力を発生させて抵抗にならない補助舵」であればいいので、実用化につながった。
動力は戦闘艦同様、蒸気レシプロ・タービン併用。ただしタービンの軸は主推進機である外輪には物理的に接続されておらず、どちらも発電してモーターで外輪と補助推進機を駆動する。
ビーチングのための艦尾操舵室があり、ジョイスティックと4本の推進機レバーがある。後に言うところのフライ・バイ・ワイヤ式だが、コンピューターがアシストしてくれるわけではないため、操舵には独特の技能を必要とする。
「すごいな……水に浸からずに上陸できてしまったぞ」
日本軍、大日本帝国陸軍からの増援として、運ばれてきた、第18師団から抽出された4,000名の支隊を率いる川口
「あ、ああ……友軍だ……友軍だぞ……」
やっと現実だと実感してきた、と言う様子で、声を出しながら、ボロボロの軍服を着た日本人が、川口支隊の近くにやってきた。
「陸軍川口支隊、川口清健少将である!」
川口がそう名乗ると、多少よろけていたようにも見えた海軍施設隊の人間は、慌てて姿勢を正し、敬礼した。
「来てくださると信じておりました!」
川口は返礼して彼らの敬礼を解かせながら、問いかける。
「海軍指揮官はどちらか?」
「は、門前大佐です。ご案内いたします!」
そう言って、海軍施設隊員は踵を返して歩き出そうとしたが、途端にふらつき、脚をもつれさせた。
「お、おお、大丈夫か、お前ら……」
川口支隊の兵士の1人が、咄嗟に倒れかけたその兵士の腕を掴み、支えた。
「ありがとうございます。すでに食料は7日前に尽きました。ココヤシや木の実を狩って飢えをしのいでいました」
「そうか、そうか、それは大変だったなぁ……」
海軍施設隊員の言葉に、陸軍兵士は慰めるように言う。
「いいえ、どうせすぐに、アメさんも同じ目に……いや、よりひどい目にあっていますから。連日押し寄せる友軍爆撃機が、片っ端からアメ公の物資を焼いてくれて……」
「日本人は貧乏飯に慣れとるが、アメさんは肉をたらふく食わんと戦争できんだろうしな」
海軍施設隊員と陸軍兵士が話している間に、川口がなにか、妙に若く見える、しかも日本軍とは明らかに違う軍服を着た軍人と、なにかやり取りをしていた。
「もう大丈夫だぞ。ワシらが来たからな。安心するといい」
陸軍兵士がそう慰めた時、何隻かが入れ替わり、人員と物資を下ろしていた兵員運搬艦の1隻から、貨物を満載したハーフトラックが降りてきて、彼らの方へ走ってきた。
「
「
ハム、練肉、パン、米飯の缶詰、袋入りの干し肉、それらを満載した、チハーキュ帝国陸軍200年型4.5トン半装軌車の荷台で、ひょこっと顔を出した、童顔の青年が、口をとがらせた苦い顔でそう言った。
「あんた方がチハーキュさん……」
海軍施設隊の人間は、話だけは聞いていたが、チハーキュの住人を直接見るのは初めてだった。
なるほど確かに、聞いていたとおり、犬のような尖った耳と尻尾がある。
ついでに、彼らは男性であるにもかかわらず、スカートの軍服を身に着けていた。
…………別にガダルカナルと指定して用意されていたわけではないが、いきなり女性の少数部隊を同行させても日本側も困るだろうということで、少ない男性兵士を選出した支援偵察隊が、最初にラバウルに送られてきた。偵察、と名前はついているが、早い話が雑用係に近い。
「食い物に贅沢は言いません!」
海軍施設隊員はそう言って表情を引き締めた。
「腹を満たし、体制を整え、一刻も早く飛行場を奪還せねば……」
「いや」
海軍施設隊員の言葉に、川口が、手で制するような姿勢を取りながら、言う。
「先日、大本営で米豪遮断作戦は完遂しないことが決まった。どんなに遅くとも、我々は来年初旬までにこの島を撤退する」
「えっ、どういうことですか!?」
川口の言葉に、海軍施設隊員は、不満そうな表情をしつつ、聞き返した。
「先日、我が大日本帝国とチハーキュ帝国の作戦会議が開かれた。そこで、アメリカを屈服に追い込む為の新たな戦略目標が設定された。それにより、米豪遮断作戦は順次中止される」
「米豪遮断作戦を中止して、一体どうやってアメリカを落とすというので……す……」
海軍施設隊員は、川口に食って掛かるように言いかけて、ハッとしたような表情になり、言葉を途切れさせる。
「まさか…………」
「すまないな、
愕然とさえする海軍施設隊員に、川口は、努めてニュートラルな表情でそう言った。
「で、ですが、そうでしたら、なぜ陸軍は増援を?」
途方もない自身の予想に、返って、それに反する答えを求めて、縋るように言ってしまう。
「時間稼ぎだ。どうしても今すぐに、というわけには行かないようでな。ここでアメさんが援軍を寄越さざるを得ない状況を作り続けて、損害を強いる。有力な艦隊が出てきたら潰す、そう言う方針だ」
川口は、まずそう説明してから、
「なので、貴隊は輸送艦の復路で帰還することも認められているが?」
「いえ!」
川口の言葉に、施設隊員が表情を引き締めて言う。
「我々をこのような目に合わせたアメ公に、報いなければ気が収まりません!」
その言葉を聞いて、川口は一瞬だけ口元で笑ったものの、
「後は門前大佐次第だな」
「はっ、ご案内いたします!」
ニュートラルな表情に戻って言った川口に対し、その施設隊員は、今度こそ踵を返そうとしたものの ────
グォウ!! グォォォォォゥッ!
エンジンの咆哮を聞きつけ、振り返った。
「こいつは……」
兵員輸送艦から、自ら走って降りてきたそれを見て、声を漏らす。
どことなく、日本のそれに似てはいる。だが、巨大な砲塔は、今まで見てきた日本のそれとは、本質が違うように感じられた。
水平対向8気筒、ユニフロー式2ストロークディーゼルエンジンが上げる、480hpの雄叫び。
巨大な砲塔に装備された、対空砲ベースの50口径75mm戦車砲。
絶対的な大きさでは、軍艦の方が遥かに大きい。それは頭では解っている。だが、大海原に浮かぶ軍艦とは、また違う迫力があった。
36トンの鋼鉄の闘牛、MLB-3 mod.205中戦車は、この日、ガダルカナル島に降り立った。
「貴官の素晴らしい働きによって、日本人と犬人間どもは多大な戦果を上げた。まさしく海軍軍人の鑑だ。 ──── 貴官が
アメリカ合衆国、カリフォルニア州、サン・ディエゴ。
海軍基地の建屋で、合衆国艦隊司令長官兼海軍作戦部長、アーネスト・ジョゼフ・キング大将は、1人の将官を詰めていた。
キングにはどうしても許せないものが3つあった。日本人と、イギリス人と、ドイツ人だ。だが最近それが増えた。異世界からやってきたという犬人間どもだ。
「ですが、あの場面で空母をリスクに晒すわけには……────」
「黙れ」
弁明しようとした将官 ──── すでにTF61指揮官の立場も剥奪されたフレッチャーに、キングは、重く、冷たい言葉でそう言った。
「結果が全てだ。日本軍の空母はいなかった。犬人間どもの旧式小型空母がいただけだ。それを貴官が任務を放棄し離脱した為に、ジャップと犬人間どもの巡洋艦部隊にいいようにされた」
「…………」
キングに睨みつけられ、フレッチャーは次に言う言葉を見つけられずにいた。
「ガダルカナル島にはジャップの援軍が上陸した。戦車の上陸も確認されている。兵員数では我々のほうが上回っているが、それだけだ。むしろそれが厄介だ。占領のために援軍を送るにしても、撤退させるにしても、人数が多すぎる。凄まじい代償を払わされることになるだろう。今回の件では、貴官を敵前逃亡で軍事法廷にかけろと言う者もいる。もちろん、私もその1人だ」
「それは……しかし……」
「弁明の余地はない。この後は謹慎していたまえ」
キングはそう告げて、フレッチャーを退室させた。
── 犬人間どもの国はどれだけの力を持っている?
キングは、声に出さず、言語で思考を走らせる。
── あれだけ強力な軍艦を整備しているという事は、あちらも、あちらの世界で敵対している国があるということだ……こちらの世界に海軍すべてを送ってくることはできないはず。
これはその通りだった。イビムは再起を狙い、軍事力を高めると同時に、一旦は解体された魔学連合の旧加盟国と水面下で通じ合っていた。
── 問題は、その閾値だ。それを読み誤ると、この戦争は我々にとって、厳しい試練になることになる……とにかく、情報を集めなければ……
チハーキュ帝国陸軍 Ar10 攻撃機
設計・製造:エリア航空機製作所
全長:18,000mm
全幅:19,850mm
主脚展開時高さ:5,000mm
尾翼形状:双尾翼(H型)
エンジン:
レイアナー S5-Mk.
搭載量:
爆弾または魚雷1,600kg(胴体爆弾倉・主翼下爆弾架合計)
あるいは
爆弾1,050kg+燃料増槽280l×2(主翼下)
最高速度:448km/h (高度6,500m)
実用上昇限度:9,800m
航続距離:
2,400km(本体燃料のみ 爆装正規)
3,170km(燃料増槽あり 爆装正規)
3,865km(フェリー、燃料2,797l)
防御武装:
20mmAPIブローバック機銃×4
(背面後部動力銃塔2連装、後部動力銃塔2連装)
8mmショートリコイル機銃×4
(機首1丁、前方下部銃座1丁、背面前部ブリスター銃座1丁、下面後部銃座1丁)
データは特筆なき場合Mk.
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チハーキュ帝国海軍軍装、どちらがいい?(絵のリンクは Chapter-12 あとがき)
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