Chapter-19
新学暦206年、昭和17年、西暦1942年。
8月14日。
この日、東京の大本営において、チハーキュ帝国と大日本帝国の最初の戦略級作戦会議である第1回作戦参謀会議が行われた。
そもそも、チハーキュ・アメリカ間の初交戦が6月5日。地球派遣艦隊の到着が7月7日、交渉決裂による宣戦布告が8月1日なので、この時点にしてようやく、というのは、無理もない話だった。この段階では、
チハーキュ帝国の主な参加者
国防参謀本部長 アレクシナ・ベルナ・ストーヴェル海軍上級大将
陸軍総隊長 マルグリット・サリナ・エバンズ大将
陸軍総隊長補佐 ナタリー・カリス・ドーヴァー少将
海軍艦隊総長 ローザリン・デラ・ブライス大将
海軍艦隊総長補佐 カミラ・ローレン・ハミルトン少将
産業監理省軍需局長 トーマス・ハルトン・フィンドレー
大日本帝国の主な参加者
陸軍参謀総長 杉山
陸軍参謀次長 田辺盛武中将
海軍軍令部総長 永野
海軍軍令部次長 伊藤整一中将
(オブザーバー)
陸軍参謀本部付 辻政信大佐
聯合艦隊司令長官 山本五十六大将
もちろん、これに当然、事務方の人間がくっついてきて、総勢は両方とも20名を超えるわけだが…………
── 日本側は、統帥権の中枢にある人物は出席しないのかしら……
若い期間が長い、と言われるヴォルクスでも、流石に壮年期後半に差し掛かりつつある事が解るアレクシナは、日本側のメンバーを紹介されて、まずそう疑問に思った。
チハーキュ帝国も現状、陸軍省、海軍省と別れてはいる。だが、この省庁は、いわば軍備を整備し維持管理する、要するにカネ勘定担当の役所でしかない。
そもそも憲法に「(軍の)統帥権の多元性はこれを認めず」とあり、これに基づいて、皇帝の名代として国防参謀本部が設置されていて、特に有事における作戦監督はここが強力に掌握する。
── あくまで皇帝が作戦の中枢で、この2人がその意志の代行者、という解釈でいいのかしら?
一方 ────────
「ええ、そちらの方は、武官ではらっしゃらないようだが……」
永野が、挨拶の直後に、そう切り出した。手のひらを差し出すようにして、トーマスを指す。
「ええ、軍事作戦において、兵站の補給に産業界の協力は欠かせませんから……場合にもよりますが、参謀本部長が決済しても彼がダメと言ったら通らないこともあるんですよ」
カミラが、真摯的ではあるが、特に深刻でもなさそうにさらっと言う。
「そんな……言い過ぎですよ。私はただのカネ勘定担当の事務屋です」
この場のチハーキュの要職者の中では、唯一のフィリシスであり、男性でもあるトーマスは、むず痒そうに苦笑して、カミラの方を覗き込むようにしながら言った。
「お国柄によっても違うでしょうが、今回は特に我が国の産業界が密接に関わる話をさせていただくことになると思いましたので、お席を用意していただきました」
アレクシナが、フレンドリーさを出しつつも、真摯な表情と口調でそう言った。一応、棘が立たないように配慮したつもりだったが、アレクシナのこの言葉を聞いて、日本側出席者は各々自国側の他者と顔を見合わせ、微妙に困ったような表情をしている。特に、伊藤と山本が渋い顔をしている。
「あの、なにか、失礼なことを言ってしまいましたでしょうか?」
アレクシナが、気にかけて問いかける。
「いえ……そうですな、上級大将閣下の仰られるとおり、軍と銃後との協力は不可欠であります……」
田辺が、体裁を整えるかのようにそう言った。
そして、社交辞令が交わされた後、会議は本題に入る。
「第八艦隊の三川中将からも報告されておりますが、米豪遮断作戦はアメリカが継戦を諦める動機として弱いと、そう判断されているようですが……」
永野が、手を机の上で組んだまま、そう問いかける。
「はい」
アレクシナが答える。
「アメリカ合衆国は、主要産業の資源を国内、及び至近の周辺国から確保しており、オーストラリアとの経済的な遮断は、アメリカの経済、産業に対して、ほとんど打撃になりません。逆に生産力の差から、この方面での攻勢と維持は、逆にこちらのリソースを浪費するだけに終わる、というのが、我々の分析です」
「…………」
日本側からはすぐに言葉が出ない。アレクシア達チハーキュ側は、その反応に「あれっ?」という表情をした。
会議に反論はつきものだ。そもそも、チハーキュは現状、数字でしか地球情勢を判断できない。数字には見られない理由があって、日本軍は米豪遮断作戦を行っている、と、チハーキュ側は思っていた。その為、日本側の言い分によっては、米豪遮断作戦が継続された前提の戦力抽出について、国防参謀本部、陸軍省、海軍省とも、シミュレートしていた。
ここに乖離があった。日本の方針は、アメリカとオーストラリアを遮断することで、オーストラリアの上位に位置するイギリスへプレッシャーを与えて連合軍の足並みを乱しつつ、戦術的勝利を重ねて、欧州方面で事態が好転するのを待つ、という、ドイツ頼みの戦争方針で動いていたのである。
だが、太平洋方面でより積極的にアメリカを追い込む、という事になると ────────
「それでは、貴国側の想定されている戦略目標について、お教えいただけませんでしょうか?」
他の日本側の将官とは違い、辻が、さして動揺した様子もなく、そう促した。
あくまでオブザーバー役の名目で参加しており、しかもこの場では文官のトーマスを除き、どちらも将官が揃っている中で頭越しに質問したので、日本側、特に永野が顔をしかめたが、チハーキュ側はさして気にもしなかった。
「それでは、小官から、宜しいでしょうか」
「お願いします」
日本側に訊ね、杉山が促すのを待ってから、ローザリンが立ち上がり、手に持っていたペンのキャップを外す。
それを見てすら、山本と伊藤が複雑そうな表情をした。
チハーキュの帝都顔料塗料工業という会社が製造している、商標名『サイエンスティック・ペン』。まぁ地球のフェルトペン、後に代表的な商標名から『マジックペン』『サインペン』と呼ばれるものだが、当時日本では、これを本格的に生産している企業はなかった。
テーブルの上に置かれていた太平洋の海図に、ローザリンが、緑色のペンを使い、その進攻ルートを書き込んだ。
すると、その最中から、日本側参加者がどよめき始める。中には取り乱しかけている様に見えるものもいた。ただ、山本と辻は冷静そうな様子でいるが、山本は深刻そうに黙していて、対象的に、辻はどこか愉快そうだった。
「ほ、本当にこのようなことを計画していると……」
「はい」
絞り出すかのような口調で聞いてしまう永野に、ローザリンは即答した。
「理屈ではそうなりますな」
辻が、軽い口調でそう言った。
「し、しかし、これが本当に可能だと、貴国は、貴官らは真剣に考えているのか!?」
意図はなかったが、思わず叱責してしまうかのような口調になってしまいつつ、田辺が問い返した。
「そうですね……」
それを言われ、チハーキュ側も表情を少し、曇らせる。
「戦力の供給能力を考えた時、アメリカ合衆国は我が国の国力を明らかに上回っている……2倍弱、と言ったところでしょうか……」
深刻そうな表情と低い声で、アレクシナがそう言った。
ところが。
── え゙っ!?
アレクシナの言葉を聞いて、辻を除く日本側の全員が、目を
「あ、あ、アメリカとの格差が2倍もない!? 貴国がですか!?」
伊藤は、普段からはまったく想像できない、素っ頓狂な声を出してしまった。
その伊藤の声で、今度はチハーキュ側が驚き、ほぼ全員が、背中と椅子の背ズリの間で尻尾をおっ立て、耳を伏せながら、慄いたようにのけぞりかける。
「そ、そうですね、トーマス局長……」
「はい」
アレクシナがそちらへ顔を向けて促すと、まるで辻と対象になっているかのように、平然とした様子のトーマスが、資料を手にしながら立ち上がり言う。
「貴国が提供してくださった資料に基づいて、割り出したものですが、アメリカは西暦1934年から1939年の5年間、同様に我が国は新学暦198年から203年の平均値で、物価指数から見た国内総生産では、アメリカ合衆国は我が国のおよそ1.89倍です。ただ、アメリカは金融業の割合がかなり大きいため、実業での格差はもっと縮まります」
日本側の将官がゴクリと喉を鳴らすが、それに気づいてもいないかのように、トーマスは続ける。
「アメリカの実業で大きいのは石油事業ですね。これは生産量基準で、我が国の1.55倍程度あります。次に鉄鋼、この格差は1.42倍程度と見込まれます。また、自動車、航空機は1.25倍から1.35倍程度の開きがあります」
このあたりは流石にアメリカ、上回っているか、そう、日本側将官は考えていたが ────
「逆に、アルミ生産量は我が国が僅差で勝っており、アメリカに対しおよそ1.14倍あります。同様に、船舶製造は排水量ベースで約1.18倍、また、鉄道は車両製造数で1.21倍、事業の生産力換算で1.08倍。総発電量は1.24倍で我が国が有利です」
茫然自失。辻を除く日本側将官は一時的にその状況になっていた。
チハーキュ帝国が、日本を上回る国力を持っているということは、確かに日本側は承知していた。故に、亡国の敗戦を少しでも避けるために、米と敵対関係になったチハーキュと同盟した。
だがそれでも、せいぜいドイツと同じか、それよりは大きい程度だろう、と考えていた。日本が欲したのは、主に資源だ。石油やアルミ、鉄を向こうの世界から送ってくれれば、継戦能力は延長される。
それが、地球最大の国家・アメリカ合衆国と直接比較して、
「神風が吹きましたかな」
押し黙ってしまった日本側の将官の中で、辻が、ぽつり、とそう言った。唇の両端を釣り上げている。
「天佑ですよ。神州をお見捨てにならなかったのです」
── だが!
辻の言葉とは対象的に、山本は、逆に声に出すのを必死に抑え、胸中で言葉にする。
── だがそのような、しかも技術的に日本より進んでいるような国が、なぜアメリカと戦争をしたがっている!? それも、このような全面戦争を…………!?
「私からは以上です。他に詳細が必要であれば、資料はお渡しします」
そう言って、一旦席に座ったトーマスに代わり、
「引き続いて、宜しいでしょうか?」
と、言って、ナタリーが立ち上がった。
「ど、どうぞ……」
まだ平静を取り戻しきっていない様子で、杉山が促す。
「我が国にも敵対国はあります。エボールグは瑕疵のない平和な理想世界というわけではありません……」
「…………そうですな、こちらに貴国軍のすべてを送ってもらうわけには行かないでしょう……」
ナタリーの言葉に、落胆を伴いつつも落ち着きを取り戻した伊藤が、そう言った。
「あ、いえ、もちろんそうではあるのですが、ええと、すみません、言い方の順番を間違えたようです」
「と、言うと?」
ナタリーが多少焦ったように言うと、伊藤が意外そうな表情をして問い返す。
「我が国もいつでも大陸間戦争が始まっても対処できるよう、平時から戦時の為の生産体制を準備はしています。ですが、今から人員を集めて生産設備が戦時体制に移行するのには、しばらく時間がかかります」
「…………確かに、それはそうですな……」
「はい、なので、戦時生産体制の立ち上げまで、半年、現状で我が軍が抽出できる戦力と、日本軍で、保たせたいわけです」
手振りを加えつつ、ナタリーはそう説明した。
「山本長官」
杉山が、山本の方を覗き込むようにして、訊ねる言葉をかける。
「君は開戦前、半年か1年の間は暴れてみせる、と言ったな?」
「…………」
「あと半年だ。どうにかなるだろう?」
チハーキュ側の参加者の視線が、一斉に山本に向く。
山本は、憮然とした表情をしていたが、やがて、
「やる以外の選択肢はないでしょうな」
と、静かに、しかしはっきり聞き取れる言葉でそう言った。
「それともうひとつ」
ナタリーがいい、参加者の視線がそちらに移動する。
「日本から我が国に、技術支援が欲しいのです」
「技術支援?」
伊藤が、不思議そうに小首を傾げる仕種をしてしまいながら、聞き返す。
「帝国海軍を代表する将官としてこう言うのは問題かも知れませんが、貴国の技術力は我が国より進んでいるように思えますが……」
「そうとも言い切れませんよ」
ナタリーは、苦笑しながらそう言い、
「カミラ」
「はい」
と、カミラと交代した。
「まず喫緊なのは、艦上攻撃機です。我が国は艦上運用可能な全金属単葉の雷撃機の開発に失敗してしまい、現状、
「確かに……ああ、いえ、失礼した」
「いえ、事実ですから、お気になさらず」
呟いた失言に慌てる永野に、カミラが苦笑しながらフォローする。
「それともうひとつ……図々しいようですみません」
「いえ、構いませんとも」
カミラの言葉に、伊藤が返す。
すると、そこで、カミラの、否、チハーキュ側の参加者の全員の表情が険しくなった。
「これは、より核心的な技術であり、日本が、軍事的、自国の産業的に保護しなければならない製品でしょう。これは断られてもしょうがないと考えます」
「そんな物が、ありましたかな?」
田辺が小首をかしげる。
「ええ、 ──────────────」
それを聞いた伊藤と山本が、はっと目を見開いた。
── まさか、そう言うことか!?
結局、この1日目の会議では、ソロモンから東ニューギニア方面で、撤退の機会を失わないようにしつつ、局地的な漸減邀撃作戦を展開し、チハーキュの軍備体制が整うのを待つ、ただし無制限ではなく、最終期限を1943年2月とする、という大筋に、委細の軍事作戦が決定された。
1日を挟んで翌々日も会議が行われ、お互いの技術協力の取り決めについての大筋の合意がなされた。
また、ソビエト社会主義共和国連邦に対し、ウラジオストック経由でアメリカから武器供与を受ける事は、ドイツ第三帝国と同盟している日本に対する中立義務違反と見做し、ウラジオストックへの限定的な軍事作戦と日本の接続水域内を航行する全ソ連船籍の臨検を行う、またその結果ソ連側から満州国・日本に攻撃した場合、チハーキュ帝国は対ソ全面戦争に踏み切ると、無期限最後通牒の通告が決定された。
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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Discordは「一時メンバー」となりますので、私のオフライン時に来られた方は、「エントランス」及び「一時メンバーの連絡用チャンネル」のアナウンスに従って必要事項を書き残してください。
チハーキュ帝国海軍軍装、どちらがいい?(絵のリンクは Chapter-12 あとがき)
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