進撃! 犬耳機動部隊   作:神谷萌

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はじめに
 アサギリのペアの名前を変更しました。ミラと被っていたので。


Chapter-02

 

 重巡洋艦『ミネルヴィア』 ────

 詳しい説明は後ほどするが、エボールグでは、それまでの近代型巡洋艦に対して抜きん出て「()武装」であることから “重巡洋艦” が先に登場し、後に、やはり軍縮条約でイチャモンがついた後、その技術を使って、より洗練され、高性能化された “軽巡洋艦” が出現した。

 ミネルヴィア級重巡洋艦はチハーキュ海軍、というよりエボールグにおいて最初に、重巡洋艦として建造された艦級だ。

ただ、実証艦や試作艦としての性格が強く、艦橋より前方が艦軸上に2基の20cm連装砲塔を搭載したモダンな形状であるのに対し、艦尾側は旧式の巡洋艦のコンポーネントを流用したケースメイト式中間砲の存在する、一般的な見方だと野暮ったいデザインをしている。

 ただ、()()()全体を見た時に、チグハグさを感じられる事が多い反面、厳つく力強いという印象を持つ者もそれなりにいる。

 そして誰あろう、チハーキュ帝国第1皇女・第1皇位継承者皇太子、ヒカル・エヴァンジェリン・ブレイク・チイイニ・チハーキュ・レムゼンは、その1人だった。

 その彼女は今回、この練習艦隊と行動を共にしていた。建前は訓練生の士気向上だったが、実際には、彼女のお気に入りであるミネルヴィアに乗ること自体が目的である事に加えて、宮廷の食事に飽きが来ているときの定番行動でもあった。チハーキュ皇族の食事は宮廷料理と呼べるような特別なものではないものの、シンプルな一汁三菜や、アラカルト系のメニューが恋しくなることがある ──── と本人は主張している。

 そして現在、艦隊指揮官のマデリン・グレイス・ローレンス少将の頭を悩ませていたのが、この皇女の意見だ。

「敵の所在は捜索しているのでしょうね?」

 艦橋のゲスト席に腰掛けたヒカル ──── チハーキュ皇族のファーストネームは皇族としての幼名で、その次が純粋な個人名なのだが、彼女はこの名前を好んで呼ばせている。 ──── は、あからさまに不機嫌そうな表情で、マデリンに向かって言う。

 ヒカルは中背で、ボリュームのある長髪を結い上げて纏めている。よく見るとツリ目なのだが、全体的に瞳が大きく、普段ならおっとりとした印象を受ける顔立ちをしている。なので、険しい表情をしている今は、普段のその印象からかなり落差が感じられた。

 状況が状況とは言え、相手を“()”と言うヒカルに少し眉を(ひそ)めながら、マデリンは状況についての追加情報を説明しようとする。

「トヨカムネアの戦闘偵察機が1機、送り狼……()()の編隊を ────」

()()()

 マデリンの言葉に、ヒカルは途中で覆いかぶさった。

「接近している段階から、こちらは呼びかけていたけれど返答はなかった。警告射撃もしたけど向かってきた。そして一方的に攻撃された。これは本土への先制攻撃と同義で、それも軍艦となれば、我が父、我が母が攻撃されたのと同じこと。したがってこの存在は敵です。私の見解は間違っていますか?」

「いえ…………」

 ヒカルの理論に、マデリンは即座に反論できなかった。

 民間航空の非常周波数帯まで使って呼びかけたが、応答はついになかった。相手が敵意を持って攻撃してきたのは明らかだ。

 ただ、自分達の置かれている状況が、あまりにも異質すぎた。

 問題の編隊は、国籍表記だけではなく、機体自体もまったく見たこともないものだった。

 独力で航空機を開発できる国は多くない。それらの国々の国籍マーク、主要な軍用機については、マデリンには頭に入っている。だが、いずれも一致しない。

 正体不明だが、とにかく自国のものではない航空機の編隊から攻撃を受けたのは紛れもない事実で、ヒカルの言い分は間違ってはいないのだが、即決即断をしていいものかと言われると慎重にもなりたくなる。

 だが、この感情はヒカルだけのものではない。死傷者が出ている。それも国家として看過できる数字とは言い難い。戦時なら命を賭すのが軍人だが、今は実戦を前提とした作戦行動中ではない。無闇に殺されて良い訳がない。

「──── 敵編隊が去っていった方角を中心に、水偵を飛ばしていますが、数が少ないのでこれは期待できません。サンミル中尉機が敵艦隊まで追尾できるかどうかにかかっているというのが実際です」

 ヒカルに対しては事務的に説明しつつも、マデリンは、自身の胸中では、見つからなければそれまで、それでいいとも思ってしまう。

 相手の敵がどのような規模なのかも解らない。自分達の認識では単発機が往復できるような位置に陸地はなかった筈だが、実際の現状がそうとは限らない。

 それに対して、自分達の編成は心許ない。

 戦艦はゼロ。重巡洋艦戦隊はチハーキュの最も旧式な艦。随伴の水雷戦隊も同様。

 水雷戦隊指揮用の軽巡洋艦は2隻ともマルマリア級だが、この艦は、軍縮条約以前に建造された小型巡洋艦を改修した、現在艦隊運用に投入されている軽巡洋艦としては最旧式の艦となる。

 駆逐艦も、いずれも外洋型駆逐艦としてはもっとも旧い世代のものだ。

 ただ、艦隊戦力として数えられているという点では、空母の3隻共々マシな方であるとは言える。

 特に問題は警護巡洋艦とフリゲートだ。これらは、海域警備や海賊退治、民間船護衛など、正面戦力以外の任務に当たる艦だが、これも後々再度詳細を説明するが、簡単に言うと燃料を節約、最悪航走用の燃料が確保できなくても最低限の航行能力を確保できるよう、機帆併用となっている。

 その制約から、基本的に主武装は前後に砲塔1~2基、フリゲートは大砲と呼べるものは持たず、海賊撃退用のリボルバーカノン銃塔というものもある。

 敵が陸上兵力なら返って良いが、もし艦隊戦になると懸念点は多い。

 さらには、練習航海であるため、練習船を除いても、艦隊の人員の約1/5が新人と候補生で占められている点にも、不安があった。

 もっとも、「若いチーズを古い蔵で熟成」という例えがチハーキュにはあるが、空母搭載機はこれらの艦と同じヨレヨレの旧式機ではない。特に戦闘機と急降下爆撃機に関しては、最新のものと言って差し支えなかった。

 理由や意図は解らないが、相手が明らかにこちらに害意を持っているのは事実だ。こちらに水上戦力に不安がある以上、相手が優勢な水上部隊だった場合、空母搭載機による攻撃で撃退する以外にない。マデリンは、すでにトヨカムネアとホワイトアローに攻撃隊準備を指示していた。

 

 

「いちちちち……」

 正体不明の急降下爆撃機の編隊を追尾していたアサギリだったが、ビキニ姿で露出している鎖骨外側あたりが、エンジンの振動もあって4点式シートベルトが擦れ、赤く擦りむけかけていた。

「そんな格好で飛ぶからですよ」

 まずため息交じりにそう言ってから、アイリは、一旦自分のシートベルトを外し、小柄な身体で器用に座席と逆向きになると、

「私が見ていますから、今のうちにこれを」

 と、そう言って、座席の脇からフライトジャケットを差し出した。

「よく持ってたね」

「何をしていたのかは見ていましたからね」

 目を(まる)くするアサギリの言葉に、アイリは、そう答えつつ、反対側の手で双眼鏡を取り出して、アサギリの頭越しに前方へ向けて覗き込む。

「それにしても ────」

 操縦桿をロックしてから、自身も一旦シートベルトを外して、モゾモゾと身体を動かしながら、フライトジャケットの袖に腕を通しつつ、アサギリが切り出す。

「──── 私達がくっついてるのに気付かないとか、後方への警戒が足りてないし、だいぶ練度に難があるのか、それともそんな余裕もないのか…………」

「確かにそうですねぇ」

 アイリも、呆れたように小さくため息を()きながら、言う。

「そのどっちにしても、これだけ雁首揃えて命中弾が9発、そのうち6発は対空火器持ってない練習船、その上こっちに空母がいるの解ってて送り狼に気付いてない、と。チハ()ーキュ海軍()だったら全員再教練ですねぇ」

 アイリがそう言っている間に、アサギリは、フライトジャケットを着終え、シートベルトを締め直し、操縦桿を握りながら、左手でそのロックを解除した。

「もう良いよ」

 アサギリがそう言うと、アイリは顔を引っ込めて身体の向きを戻し、自身も座席に座り直す。

 

 

「急げ! だがしくじるな!」

 空母トヨカムネアの格納甲板では、攻撃隊準備が急ピッチで進められていた。

 普段より新兵や訓練生が多い中で、ミラ達ベテラン組の檄が飛ぶ。

「遅れればそれだけアサギリ達を危険に晒すと思え!!」

 ミラは、自ら戦闘機のエンジンに工具を向けながら、声を張り上げた。

 艦上戦闘機 エリア Ie9 『セイレーン』。

 1,000hp超級エンジンである、レイアナー重工業製の液冷V12気筒LV12、もしくは同社製で空冷星型9気筒のS5を搭載する戦闘機の開発要求に対し、要求性能のほとんどの項目を上回り採用された、女流技師リズ・リンナ・イエラの手に成る高性能戦闘機だ。

 通常、エリア航空機製作所のメーカー号は “Ar” だが、この機体はイエラ技師の功績を称える為、 “Ie” となっている。

 エンジンはLV12で、その高性能を担保するために、過給器としてターボチャージャーが採用されている。

 特筆すべきはエンジンの配置で、本来機首に搭載されるエンジンを、コクピットの後方に搭載し、プロペラシャフトを延長して機首のプロペラを回す構造をしている。これは、当初の発想としては、前後長の長い液冷V型エンジンの搭載と、艦上機としての前下方の視認性を両立させることが目的だった。また、副次効果として同調装置による機首搭載が不可能とされていた20mm機銃を、プロペラ軸を中空とすることで機首に搭載した。

 しかも現在、トヨカムネアに搭載されているIe9は、エンジンを1,375hpのLV12-Mk.LVIII(58)とし、冷却器空気取入口周りの構造見直しにより、水平最高速度を向上させたMk.III(3)で統一されている。

 ミラ達がIe9の準備を行っている傍らで、雷装を終えた攻撃機がエレベーターで飛行甲板へと上げられていく。

 

 

「!」

 アサギリが、下方の洋上に遊弋しているそれを見つけた。

「下方、いる!」

「えっ!」

 アイリは、まず反応する声を出してから、自身もその白い航跡を視認すると、双眼鏡をそちらへ向けて覗き込んだ。

「空母います! 多分大型、他に巡洋艦2、駆逐艦…………6! いずれも形式は不明!」

 アイリは、言葉に出してその内容を確認した。

「ただ、編隊はその空母には降りないみたい!」

「まだ別にいるってことですか!」

「それも含めて、司令部に報告して! 現在位置、母艦から磁気方位約5°方向、距離およそ160海里!」

「了解です!」

 アサギリの指示に、アイリは座席に座り直すと、艦隊内無線のPTT(Push-to-Talk)スイッチ付きマイクを手に取った。

 

 

「サンミル中尉機より入電中! 我が方より磁気方位約5°方向、距離およそ160海里の方向に不明艦隊発見! 大型空母1、巡洋艦2、駆逐艦6を認む! 至近に別部隊いると見て捜索続行中!」

 ミネルヴィアの戦闘艦橋に、その内容が伝えられた。

 マデリンは、一瞬だけ逡巡し、

「空母複数か……少し不利ではあるが……」

 と、小さい声で呟いた後、ちらりとヒカルを見てから、軽く頷く仕種をして、下令する。

「第一の目標は空母とする! 攻撃隊発艦!」

 

 

「すわーて、雷撃屋の腕を見せてやらないとなぁ!」

 チハーキュでは珍しい男性軍人の、エリック・ハーパー・フジタ大尉がそう言って、手を叩いた。

 カタパルトに据え付けられた彼の乗機は、魚雷を抱えた複葉の艦上攻撃機。

 チハーキュ海軍の空母搭載機開発で、全金属単葉世代で唯一、不実に終わったのが艦上攻撃機だった。

 XTB-199として各社に提示し、エリアともう1社が応じたものの、軍の速度性能に対する過剰な要求もあって、いずれも高翼面荷重の失速速度が高い、艦上機としては危険な機体になってしまい、両者不採用となった。

 その為、複葉最終世代となるはずだったエリアAr7を延命せざるを得なくなり、先のイエラ技師が手直しして固定脚を引込脚に改め、半密閉風防とし、航続距離の延長と僅かな速度向上を行い、形式号はIe7となった(したがって、番号は若いが、 “Ie7” として登場したのはIe9より後である)。

 航空エンジン寡占メーカーであるレイアナー重工業製液冷W型9気筒のLW3エンジンを搭載していたが、最新のMk.(5)は軽量化と出力向上のために空冷のS5に変更している。

 ただ、トヨカムネアとアヴァロニアには、LW3のMk.IIIが搭載されていた。皮肉なことに、離着艦性能の向上から、ホワイトアローにはMk.Vが搭載されている。

 操縦席は主翼前方に位置し、主翼より後ろ側に跳ね上げ風防の銃座になっている偵察員席がある。チハーキュ海軍の艦上攻撃機はAr7 Mk.IIまでは三座機だったが、XTB-199では要求が複座となっていて、それに準じてIe7へのモデファイで複座に変更された。

『CA2アイランドタワー、CT2-1発艦準備如何?』

「CT2-1、フジタ大尉、いつでもどーぞー!」

 そう言いながら、フジタは自機のスロットルを離昇出力に入れる。

 攻撃隊が対艦装備で準備されていたのは、最悪の想定が「相手は戦艦を含む有力な水上艦部隊」だったからだ。陸上基地であれば、再準備が終わるまで離れていればいい。

「第1カタパルト、CT2-1出して!」

「了解!」

 甲板上の技術要員が、マンホール状の蓋の裏側部分に取り付けられた、カタパルトの操作盤の、射出レバーを回す。

 魚雷を抱えて重くなった複葉攻撃機は、蒸気カタパルトの推進力で急加速し、空へと舞い上がった────

 





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