進撃! 犬耳機動部隊   作:神谷萌

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 現在の設定に合わせて、アイリの階級の呼称を変更しました。


Chapter-20

「おおっ、本当に太陽が2つある」

 新学暦206年、昭和17年、西暦1942年。

 8月22日。

 

 チハーキュ帝国、北部港湾都市スターリー。

 

 東京湾から “(ゲート)” を通ると、そこは地球同様、緑のある陸地が見える、群青の海の上だった。

 スターリーの内湾内で、海も穏やかだ。

 ゆっくりと航行する、その巡洋艦の甲板上で、チハーキュ側の随行員から渡された手持ち遮光板で、空に浮かぶ二重太陽を見、写真家・西尾(かつ)(さぶ)(ろう)はそう呟いた。

 

 エボールグと地球の最大の違い、連星主星アマテとラス。見た目にはアマテの方が大きいが、実際にはどちらも太陽の0.75~0.8倍程度の質量だ。にも関わらず見た目のサイズが違い、なおかつ、「赤いアマテ」と「青のラス」と言われるように色が違うのは、ラスはその構成に、恒星としては金属を多く含んでいるからである。金属元素が光スペクトルを変えている。同時に、比重の大きい金属を多く含むラスは、アマテと大きな質量差がない、というよりラスの方がわずかに大質量でありながら、自身の引力によって密度が高くなり外見の大きさが小さくなる。

 

 むしろワケがわからんと、チハーキュと日本の天文学者が共に頭を抱えてしまっているのが、エボールグと地球のスペックが似すぎていることだった。

 直径約12,756km、自転周期24時間±1秒未満、公転周期365.25×自転周期、公転軌道に対する地軸の傾斜角は、地球の23.44°に対してエボールグ24.2°。自身の10%程度の地球惑星型衛星を持ち、これの公転周期が地球の月27.32日に対してエボールグの月27.86日。標準大気圧およそ1bar(バール)。大気構成は多少ばらつきがあるものの、主成分は窒素で20%内外の酸素を含む。

 違うところを上げるほうが早いぐらいで、まず、主星が単一の太陽に対しアマテ・ラス2連恒星。エボールグは内惑星が3つの、アマテ・ラス2連恒星系第4惑星。エボールグは地磁気がやや強い。また地球の月は自転周期≒公転周期であるため、常に地球に同じ面を向けているが、エボールグの月は自転周期が26.95日と公転周期と僅かに差があり、ゆっくりとだがエボールグから見えている面が変わる。また、エボールグの月は地殻活動があることが確認されていて、両極部で地下から水の噴出が観測されたことがある。と、これぐらいだ。

 しかもご丁寧にどう言うわけか暦が連動している。 ──── が、これはおそらく天体のスペックのせいと言うより、春分・夏至・秋分・冬至から割り出して作られた暦が一致しているという、人為の範囲が大きいだろう。

 この2者の相似性は、そのうちのいくつかはヒューマノイドが文明を持つに至る必須条件なのかも知れない。と、そう考えられる一方で、2つの惑星には、現状の人智を越えたなにかの意思のようなものがある、と言う考えもあった。

 なにせ、主星の名前が『アマテ』と『ラス』だ。日本神話の神・天照大神と同じ名前をしている。しかも、天照大神は、太陽神なのだ。偶然と切って捨てるには出来すぎている。

 ちなみにチハーキュと日本の間には、チハーキュ帝都・レングードに対して日本帝都・東京に+4.5時の時差がある。

 

「おお、確かに少し、涼しいな……」

 興味深そうに2連太陽を見ていた克三郎だったが、軽く吹いた風に、身体を震わせながら屈めるような仕種をして、そう言った。

「聞いてなかったのかい、季節が逆だって」

 同行者の1人である、丹波(たけ)()が苦笑しながら言う。

 チハーキュ帝国本土カムイガルド亜大陸と、日本列島とは、ちょうど赤道を挟んで南北に対照的な緯度にある。日本ではまだまだ暑さの残るこの時期、チハーキュでは冬が終わりに差し掛かるところだった。

 とはいえ、今の克三郎の仕種は、些かオーバーリアクションだった。これがレングードだと、今の時期は降雪も少なくないのだが、スターリーはカムイガルドのほぼ北端に位置する。日本で言えば鹿児島湾のような場所だ。現に今も、晴れた空から2連太陽の陽射しが届き、うらうらとしている。

「いやーっ、用意はしてきたんですが、出発のときは暑かったもので、つい」

 克三郎は、まずは苦笑しながらそう返したが、

「そう言う丹波さんこそ、荷物も取りに帰らないから、服まで用意してもらって」

 と、苦笑したまま、その事を指摘した。

 丹波丈乃は、先日チハーキュ艦隊が参加したソロモン沖海戦の、その旗艦・ミネルヴィア級重巡洋艦『キャルヴェロン』に報道班員として同乗していた、本業は作家をしている。

 ラバウル帰還後、今度は損傷して修理に戻る超大型巡洋艦『ヴェンタ・トレドール』に同乗し、東京へ帰還することになったが、その途中、日本からチハーキュへの視察班が同乗するという話を聞きつけると、同行を志願した。

 最初、日本の当局側は難色を示したが、

「この際だから、丈乃さんにスターリー軍港の様子まで見てもらった方がいいんじゃないですかね」

「職業軍人でもないのに、あの撃ち合いの中、平然と艦橋にいたってんだから、いい度胸してますよ。物怖じしないところは、視察班員にちょうどいいと思います」

 と、ソロモン海海戦のチハーキュ側艦隊指揮官、アリシア・グレイス・ローレンス少将と、ヴェンタ・トレドール艦長、マグダレナ・ローザ・キャスタイン大佐の推薦を取り付けて、参加が認められた。

 その結果、冬着を取りに帰ることもせずに、そのまま他の班員とヴェンタ・トレドール艦上で合流したものだから、丈乃の冬着は、チハーキュ海軍に用意してもらうことになった。

 ユニセックスな、厚手のシャツにコットンパンツという出で立ちだが、よく見ると尻に、チハーキュのマジョリティ種族である犬耳・犬尻尾をもつヒューマノイド・ヴォルクスと、その次点である猫耳・猫尻尾のフィリシスが、尻尾を通すための穴があったりする。同じく主要4種族のダークエルフが着ても不都合がないよう、ボタンで閉じることができるようになっているが。

 一方の西尾克三郎は、戦前は鉄道写真家として活動していた。16歳にして鉄道形式写真に目覚めたという、後の世に言う『撮り鉄』の草分け的存在の1人だ。日華事変の激化とともに、戦略情報の制限として鉄道写真の撮影が制限されると、商業誌の『鐵道』と『鐵道趣味』が相次いで無期限休刊となると、鉄道趣味サークル『クラシカル・ロコ・クラブ』の主催者の1人となり、会員向け自費出版誌、早い話が同人誌の『古典ロコ』を刊行した。

 しかし、それも対米戦の機運が高まり始めた昭和15年に、ついに私鉄電車まで実質的に撮影禁止となり、鉄道写真入り出版物の刊行が実質的に不可能になり、『古典ロコ』も終刊とした。

 彼が今回、情報局からわざわざ指名されて、視察班に参加することになったのは、ここに理由があった。

 今回の視察班は、2回目だ。日本はまず、1回目に小規模な視察班を送った後、本格的な視察団を送る予定だったが、1回目の視察班の報告を受け、その内容から、特定の分野の知見がある人間を第2回の小規模視察班として送り込むことになった。

 もうこの時点で分かる通り、克三郎は鉄道車両に知見があって、また、鉄道写真の撮影の技術があるということで選ばれた。

「第1回視察班の報告によると、どうも、日本のものに酷似した鉄道車両が使われているらしい。それについて、記録し、可能であれば写真を撮影してきてもらいたい」

「はぁ……そう言うことであれば、鉄道省の人間が行けば宜しいのでは……」

 体勢に振り回されてきた側ということで、克三郎は当初、そう反発もしたのだが、

「いや、それが私鉄電車に酷似したものもあるというのだ。鉄道省の役人は、自身の管轄の地区以外の私鉄には詳しくない」

 そう言って、担当の局員は、そこで『古典ロコ』の4号を取り出して見せ、

「このような全国津々浦々の私鉄写真を誌面にしていた貴殿なら、その知見は鉄道省員以上であろうと判断した」

 と、言われてしまい、断りづらくなった。

 しかも、チハーキュ側は鉄道写真を制限するつもりはないと確約を取り付けているらしい。

 ── 異世界の鉄道写真を撮ってみるのも、一興かもしれないなぁ……

 そう思ってしまったら最後、鉄分の濃い血が騒ぎ、チハーキュ行きを承諾してしまった。

 一方、2人の近くで、湾内をキョロキョロと見渡している女性がいた。

 軍服は着ていないから、チハーキュ軍人ではない。それにヴォルクスやフィリシスの耳尻尾がなかったし、ダークエルフのように濃い褐色肌でもない。デミ・ドワーフにしては身長が高すぎる。ということで、典型的な黒髪のモンゴロイド女性、とくれば日本人だ。

「外輪船が多いですね。地球では外洋型外輪船はもう、ほとんど造られていないのに」

 夕刊大阪新聞社から派遣されてきた、磯原珊瑚は、そう感想を口走った。

 珊瑚は京都の淑女高等女学校を卒業した後、同社で働き始めた。とは言っても、まだ女性の職業人が限定されたこの時代、採用は所謂お茶汲み・掃除婦としてだ。だが、日華事変の激化で、男手が不足したために、ある程度学があるということで校正・編集の真似事もすることになり、そのままそれが本職になった。

 ちなみに、夕刊大阪新聞社は、同社が発行している日刊(朝刊)経済紙である日本工業新聞を中心に、年内には戦時統合で周囲の地方経済紙と合併する方針とされていた。

 珊瑚の言う通り、湾内を出入りする、一部の軍艦以外の船舶は、その多くが外輪船だった。外輪船は特に波浪のある外洋では不利という事で、地球ではスクリュー船にとって代わられたが、ここでは逆に、スクリュー船こそ近海航路用と思しき小型船しかいない。大型船はボックス付きセミインボード外輪船ばかりだ。

「外輪と言うだけじゃない。よく見てみな。大型船は帆を張るマストがある船ばかりだろう?」

「あら、ホントだわ!?」

 丈乃に言われて、珊瑚がそれに気づいた。

「でも、この巡洋艦は、日本のと同じように、石油や石炭で動いてるのよね?」

 珊瑚は、好奇心旺盛そうな様子で、スターリー港に出入りする民間船舶を眺めながら、問い返すように言う。

「地球と違って、エボールグには地球と同じ科学技術の他に、アストラル・タキオン・エネルギー学というものに基づいた、魔学という技術形態があるんだそうだ。そのせいで、寄港する港によっては、石油や石炭の補給が受けられない。だから、最悪外海で燃料切れになっても完全に航行できなくならないよう、外洋船ほど機帆併用が多いそうだ」

「でも、軍艦は違うんですよね?」

 丈乃が説明すると、今度は克三郎が問い返す。

 ちなみにこの中では、丈乃が最年長だ。明治42年(1909年)生まれ。物書きとしてはまだまだ若輩と思っていたが、克三郎は大正3年(1914年)、珊瑚は大正6年(1917年)生まれ。丈乃は、まるで修学旅行の引率係になったような気分になっていた。

「軍艦は補給艦とかをバッチリつけることが前提だからさ。それに、それも主力艦隊の戦闘艦だけだよ。その補給艦が機帆併用なんだ。海上護衛用の海防艦なんかもそうだと」

「なるほどなぁ……」

「でも、それは、外輪船であることと、関係があるんですか?」

 納得する克三郎をよそに、珊瑚が訊ねる。

「帆走用のマストがあると、船体の上にそれほど大きな、客室とか荷室とかを造れないだろう? だから、できるだけ船体本体の容積を有効に使いたい。そこで、スクリューとその歯車室のスペースが必要なスクリューよりも、横に突き出せる外輪船になるんだそうだ」

「ああー……なるほど」

 珊瑚も納得の声を出した。

「詳しいですね」

 克三郎が、丈乃に視線を向けながら言うと、それまで、真面目な表情で説明していた丈乃が一転、きまり悪そうに苦笑する。

「チハーキュ海軍のリティア少佐と、キャスタイン艦長の受け売りだよ」

「ああ、そう言うことですか」

 克三郎は納得したが、逆にそれを聞いて、珊瑚は何かに気づいたような視線を丈乃に向けた。

 ちなみに補足すると、燃料の効率で言えばスクリューの方が優れている。だから、一見すると「帆走を維持した結果の外輪化」は本末転倒に思える。だが、この場合求められているのは「燃料の節約」()()()()、「()()()()()()()()()()()()」なのだ。いくら燃料を節約できても、燃料が尽きたら動きません、ということではダメなのである。

 また、少しでも動力がスペースを制約するのを避けたいわけだから、外輪の駆動も物理的なギアボックスではなく、勢い頭ポルシェ博士電気駆動になる。

「でも、平和そうな様子だわ……」

 珊瑚が言う。

 大手民間海運会社の船は、そのホイールボックスに色とりどりの看板装飾を入れていた。穏やかな湾内に、それが映える。本来、戦時下では考えられないことだ。チハーキュではほんの2ヶ月半前まで、平和な世の中だったことが伺える。

「アメリカが攻撃なんかしなければ、この国は平和でいられたのよ」

 

 一方。

「恨みますからねー」

「好きにして……」

 アイリ・リード・ウェブスター海軍二等飛行曹長の声に、その隣にいたチハ・アサギリ・サンミル海軍飛行中尉が項垂れる。

 2人とも、礼式軍装を身に着けていた。

 10日ほど前 ────

「対潜哨戒飽きたー! せめてガダルカナル島の上空まで行かせろー!!」

 などと、世界に冠たるチハーキュ帝国海軍初の全通甲板式空母という名の旧式小型空母『ホワイトアロー』に配置されて、毎日毎日、しかも殆どは対象を見つけずに終わるという潜水艦狩りを繰り返させられたアサギリがそう言っていたら、

「そうか、なら、ちょっと本国行って来い」

 と、上官に言われた。

「休暇? 休暇ですか?」

「そんなわけ無いだろう、仕事だ。本国に日本人の視察班を招待する。お前、こっちでしばらく生活してたろ、ちょうどいいから案内係やってこい」

「えぇぇぇ……」

 思い込みで糠喜びし、犬耳なのに猫なで声を出していたアサギリは、一転、愕然とした表情になった。

「あ、あの自分は」

「セットに決まってるだろ!」

 引きつった表情で言うアイリに、上官はそう言い渡した。

「ですよねー」

「ああ、それともハンセリアの後部座席に乗るか? 今のやつに休暇をやりたい」

「いえ、と、とんでもありません! 重要任務、引受いたします」

 ハンセリア・ルーデリア・ルーピェン海軍飛行少佐と言えば、500kg爆弾2発を抱えられるセレスSe12『ホーネット』双発艦上爆撃機で、60°の垂直降下をやる事で有名な急降下爆撃パラノイアである。慕う部下も多いが、傍から見ている分には、後部座席に乗せられるのは拷問にも思えてしまう。

「そう言うわけだから、行ってくるように」

 上官にそう言われ、そのまま、飛行艇に乗せられて東京に送り出され、そのままヴェンタ・トレドールに乗り込んだ。

「まったく、あの状況であんな子供みたいな駄々のこね方したら、こうなるのも当然じゃないですか」

 アイリが言う。

 なんせ日本軍が無頓着だったのか、ニューギニアから台湾までの海上交通路に連合軍の潜水艦がちょいちょい出現していると解って、第901航空団・第902航空団に、本国からさらに、虎の子の4発機、レイアナーRe4重爆撃機の対潜哨戒型Mk.(5)Sの部隊を含めた対潜哨戒飛行隊・沿岸哨戒飛行隊を送って全力で潜水艦狩りをしている最中だったのである。

 その最中にこう言い出せば、さもありなん、と言ったところだった。

「反省してます~」

 アサギリは、うなだれたまま、右手を上げてヒラヒラさせながら、そう言うものの、アイリはヤブニラミの目つきのまま、鼻を鳴らす。

「反省だけなら、ただの犬でもできます」

 

 






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チハーキュ帝国海軍軍装、どちらがいい?(絵のリンクは Chapter-12 あとがき)

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