進撃! 犬耳機動部隊   作:神谷萌

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Chapter-21

「お世話になりました、キャスタイン艦長」

 第二次事前視察班の本来の班長、川口学海軍大尉が、ヴェンタ・トレドール下艦に際して、見送りに来たマグダレナと挨拶を交わす。

 学の敬礼に対し、マグダレナが敬礼を返す。それから、マグダレナは手を差し出した。学は一瞬だけ戸惑ったが、すぐにマグダレナの手を握り返した。

 続けて、マグダレナは他の班員とも握手を交わす。

「次に乗せるときは、戦艦だといいねぇ。もしくは空母?」

「期待してますよ」

 丈乃と握手を交わしたときに、マグダレナがいい、丈乃も笑顔で返した。

「出発します」

 随行員を務めるアサギリがいい、視察班を乗せた内火艇が、ゆっくりとヴェンタ・トレドールを離れた。

 

 チハーキュ帝国の首都、帝都は内陸のレングードだが、最大の都市はここスターリーだ。エボールグ南半球の最大のハブ港であり、特に科学同盟圏の国の船舶が、昼夜を問わず常に出入りしている。

 また、軍港としても最大であり、エボールグ最大、そして枢軸軍3位の巨大艦、ユリン級戦艦『ユリン』を始めとする海軍の大型艦の数々を建造した第2海軍工廠をはじめ、多くの建造、整備用ドックが存在する。また、弾薬・燃料・部品の備蓄施設としても最大だった。

 陸軍も、全体としては最大でこそないが、重要港湾施設の防御のため、多数の戦闘機隊と洋上哨戒飛行隊、沿岸哨戒飛行隊を配下に置く第2航空団の根拠地としている他、強襲揚陸を行う水陸両用部隊の訓練施設・基地施設がある。

 当然、商業港地区を中心に、巨大都市が広がっている。

「中世の欧州を思わせる町並みだが……────」

 丈乃は、人出で賑わうスターリーの商業街区を見渡しながら、呟く。

「どことなく日本を思わせる感じもあるな」

「そうね、異国どころか異世界のはずなのに、妙な安心感があるわ」

 丈乃の呟きに、珊瑚が、自身もキョロキョロとあたりを見回しながら、言った。

「屋台が日本式だな」

 学が言う。

「あ、言われてみれば」

 移動式の屋台があちこちに出ているが、日本の、明治維新後に車輪を持つようになった屋台を思わせる形状をしていた。屋根にブリキ板を張っていたり、木製ソリッドタイヤではなくゴムタイヤを履いていたりするが、日本の多雨故の切妻屋根を持つ様式が使われている。

 それでいて、ドーナツやポップコーン、メルトサンドイッチのような、地球では西洋発祥のメニューまでそんな屋台で販売しているものだから、どこかチグハグにも見えた。

 ほとんどの屋台は、カムイガルド語で書かれており、視察班員が読むことはできなかったが、

「あらっ?」

 と、珊瑚は、日本語で書かれた屋台の看板を発見した。

 『鳥カツレツ』と書かれている。

 もっともその下に、エボールグ固有のものだろう文字が添えられていたが。敵性語狩りで最近は見なくなっていたが、日本で英字の看板を掲げるのと似たようなものだろうか。

「鳥のカツレツか。牛、豚、クジラは聞いたことがあるが……」

「興味がお有りですか?」

 学が呟いていると、アサギリが近くまでやってきて、人懐こそうに笑いながら問いかけた。

「よろしければ、御馳走しますか? 日本では御国に支給金を出していただきましたし」

「あ、いや……予定を優先で」

「ええ……」

 学がアサギリに答えると、珊瑚が不満そうな声を上げた。

「うん? サンミル中尉」

 あることに気がついたように、丈乃がアサギリに声を掛ける。

「はい、何でしょう?」

「カツレツの調理法、肉以外の材料はどうなっていますか?」

「あ、えっと、衣ですか」

 そう言われて、アサギリは、少し慌てたようにしながら、左の掌を広げて、右手でそれを数えるような仕種をする。

「えっと、パン粉と、小麦粉と、えっと」

「溶き卵です」

 アサギリが考えながら答えていると、途中でアイリが割って入ってきて、呆れたような口調でそう言った。

「そうそう…………」

 最初は、思い出して笑顔になったアサギリだったが、途端にムスッとした表情になって、アイリに睨むような視線を向ける。

「パンというのは、小麦で作るパンでいいので?」

「基本はそうですね」

 丈乃が更に質問すると、アイリが答えた。

「主に食パンで、耳を落とした時に、それを細かくして作ります」

「なるほど、カツレツの作り方は日本と同じ、でいいのか」

 アイリの答えを聞いて、丈乃は呟くようにそう言った。

「日本と同じじゃない食べ物って……どんなのです?」

 珊瑚が、不思議そうに聞いてくる。

「あ、ああ、ヴェンタ・トレドールで東京に戻る途中に気がついたんだが、この国では “蕎麦” と呼んでいるものが、日本の “うどん” なんだ」

「えっ? 蕎麦がうどん? どう言うことです?」

「あ、それは……」

 アサギリとアイリも気がついて、声を出しかけた。

「うん? 今回行くことになっている “舟形遺跡” から、 “蕎麦” の製法を発見したんだが、この世界には蕎麦の実が無いんだ。それで、それっぽい粉ということで、小麦で代用した結果、なんだと」

「へぇ~……そんな事があるんですね」

 珊瑚は、感心したような声を出しつつ、言ったが、

「でも、蕎麦の打ち方が書いてある遺跡なんて、面白いですね」

 と、可笑しそうに笑いながらそう言った。

「…………川口大尉」

 4人のやり取りを聞いていた克三郎だが、ふと気がついたように、学に話しかける。

「大尉の専門は?」

「通信科だよ」

 学は特別な感情は表さず、気軽な口調でそう答えたが、

「チハーキュは我が国のマグネトロンを欲しがっているんだ おそらくその関係だろう」

 と、途中から声を低くし、表情も幾分険しくしながら、そう言った。

「マグネトロン?」

 克三郎が、小首を傾げながら聞き返す。

「高い周波数の電波を出すのに使う特殊な真空管だよ。そのものはこの国にもあるらしいが、我が国の物の方が遥かに高性能らしい」

「日本のモノが……ですか、意外だな」

 後の世も西洋からの舶来品を自国製より一等高く評価するクセが抜けない日本人だが、この当時はまさに、舶来品は絶対的な良質品、という考え方が染み付いている。

 それに、克三郎はディープな鉄道趣味者であるため、日本の鉄道技術、特に蒸気機関車がどれだけ遅れているか、そのあたりを知ってしまっていた。

「ただ、まぁ、それなら、東京帝大の理工学者か、日本無線の技術者でも連れてこいとも思うんだが…………」

 学が、ぼやくように言った。

「大尉は、ずっと通信科じゃないので?」

 それを聞いた克三郎が、意外そうな顔をして問いかける。

「海軍に入ってからはずっと通信だが、俺は幹候で入ったクチでな」

「幹候、ですか」

 幹候、幹部候補生の略だ。多くの国で、軍初等学校からエリート教育される職業軍人とは別に、市井で高等教育を受けた者を士官候補生として採用するやり方である。チハーキュにもあった。

「ああ、京城帝大を出ている」

 あえて言わずにはいたが、学は京城帝国大学の、所謂地元組、だった。(カン)(ハク)という朝鮮名も持っている。

「と、言うことは理工学部なんじゃないんですか?」

 克三郎は、半ば自然にそう考えて、訊くように言う。

「いや、大学は国史だったんだよ」

「へぇ、それがどうして海軍に?」

「実家が商屋なんだが、昭和恐慌で金回りが悪くなってな」

「ああ、それで……」

 克三郎は、そう納得の声を出してから、

「すみません、変な事を聞いてしまいました」

「いや、構わんよ」

 と、失言だと感じて謝罪する克三郎に、学は、気にした様子もなく、軽く手を振りながらそう言った。

 一応説明しておくと、1929年のウォール街の株式市場大暴落に単を発する世界恐慌による不景気のことを、この当時の日本では昭和恐慌と呼んだ。

「しかし国史、歴史学ということは、ひょっとしたら、 “舟形遺跡” とやらを見に行くことと、なにか関係があるのかも知れませんね」

「それはあり得るが、しかし、それこそ東京帝大の学者でも連れてくるべきだとも思うね」

 克三郎は、好奇心を出しつつも険しい表情をしてそう言ったが、学は緊張感のないままに返した。

「あらっ、アレはなに!?」

 珊瑚が、軽く驚いたようにしつつ、好奇心旺盛そうに言う。

 この通りには、路面電車の架線のようなものが、というかまぁ架線そのものなのだが、それが張られているにも関わらず、路面に軌道が張られていなかった。

 ただの電線か何かと思っていたら、前から、バスのような、しかし路面電車のトロリーポールを備え付けたモノが、走ってくる。

「ああ、あれはトロリーバスですね。無軌道電車ともいいますが、要は、軌道 ──── 線路を使わない市電みたいなものです」

 克三郎が説明する。

「へぇ、でも、西尾さんが知っているってことは、地球にもあるのね。日本では見かけないけれど……」

「いえ、日本にもありますよ」

 珊瑚の言葉に、克三郎が即座に反応した。

「京都に1路線だけですが」

「え、ええ!? 京都にあるの!?」

「はい。市電局が運行してます」

「し、知らなかった……地元なのに……」

「まぁ、仕方ありませんよ。趣味人でもなければ、自分が毎日利用するものでも無い限りは」

 ショックを受けた様子の珊瑚に対し、克三郎は苦笑しながらそう言った。

 スターリーの、国鉄 ──── チハーキュの国有鉄道の駅の前へ出た。今まで通ってきた大通りとクロスする、東西方向の大通りが通っている。銀座か上野か ──── この当時、すでに山手線が開業して、新宿などもだいぶ開発が進んでいたが、日本のモダン文化の発信地と言えば依然、銀座や上野など、東北本線・東海道本線沿線である ────、という人出で賑わっている。この東西方向の通りには、路面電車の軌道が敷かれていた。

 しかし、しばらく待っていると、電車が走ってきたが、それは郊外電車のような高床式の大型車だった。

「連接車か……」

 克三郎の呟きかき消すように、電車はバタンバタンと音を立てて目前を走り去っていく。

「アメリカのインターアーバンのような感じか。でも確かに、車両はどことなく日本っぽいな……」

「そうだなぁ……」

 克三郎は呟いたつもりだったが、丈乃が反応する。

「丈乃さんもそう思いますか」

「ああ。と言っても、俺には具体的にどこが、とは言えないんだが」

「私にはわからないわ……電車なんて万国共通なんじゃないの?」

 珊瑚は、チンプンカンプンと言った様子で、首を傾げながら言う。

「なんていうかな、日本はやたら直線で作りたがるんです。できるだけ無駄な空間を造らないようにしがちなんですよ」

「ああ、そう言うことか。理解できた」

 克三郎が珊瑚に対して言った説明を聞いて、丈乃も理解したような声を出した。

「でも、日本にも流線型電車があったわよね?」

「いや、日本はそう言う極端に走るときだけなんですよ。アメリカやヨーロッパじゃ、普通の電車でも飾りの意味で窓を(まる)くしたりするけど、日本は基本的に四角にしたがる」

「ふーん…………」

 克三郎が説明するものの、やはり珊瑚にはイマイチピンときていないようだった。

 チンチンチンチンチンチン……

 別の方角から、そんな、小さめの鐘の音が聞こえてきた。

 ── お、これは……

 克三郎が、音に対して反応する。

 自分達が歩いてきた方角とは別、駅から商業貨物港の方へ向かっている通りがあるそこにも併用軌道が敷かれていたが、鐘の音とともに、ポール集電の小さな電気機関車が、おそらく港湾からの貨車を牽いて、ゆっくりと、駅の脇へと続く軌道を走っていく。

「サンミル中尉」

 克三郎は、アサギリを呼び止める。

「はい?」

「今回、国鉄車両や帝都の私鉄車両を主に拝見させていただくことになっていましたが、今の市電や貨物線の機関車も、後ほど取材させていただけないでしょうか?」

「あ、はい。もう列車の時間が迫っていますので、帰りでよろしければ。私の一存では決められませんが、日本の方々のご希望にはできるだけ沿うようにと言われておりますので、上に話を通せば大丈夫かと」

 アサギリは、軽く苦笑しつつ、克三郎にそう答えた。

「安請け合いして、無理だったら恥かきますよ」

 アイリが、脇からチクリと刺す。アサギリは、顔の向きは変えず、ジトーっと視線をアイリに向けた。

「いえ、無理でしたら今回は仕方ないということで。すみません、よろしくお願いします」

「あ、はい、解りました。なんとかねじ込んどきます」

 一行は、大通りを横断し、帝都レングードに向かうため、駅の中に入る。

「駅の構造は、まるでロンドンかどこかのようだな……」

 丈乃が、駅の中を見回しながら呟くが、

「いえ待ってください、プラットホームが日本式ですよ!」

 どこか、徐々に興奮している様子の克三郎が、声を上げる。

「え?」

「高床式ホームは、欧米じゃ珍しいんです!」

「あ!」

 イギリスなども高床式だが、それでも日本ほど極端ではない。車両の床面とほぼツライチという高床式ホームは、珍しい存在だ。

「こちらが皆さんを帝都までお送りいたします、我がチハーキュ国有鉄道が誇ります、特別急行『ラスティナ』号です」

 アサギリが、振り返って紹介する。

「…………」

「どうしました? 西尾さん?」

 珊瑚が問いかける。克三郎は、口を開け、脚を開きつつ軽くのけぞるような姿勢で、凍りついたように、愕然としてしまっていた。

「どうか……しましたか?」

 アイリが、やや心配そうな表情で問いかける。

「そ……そんなバカな……これは……これはまるで……」

 特急ラスティナは、単端式ホームに、最後尾の展望車を向けて停車している。その行灯式テールマークには、ツバメを抽象化したシンボルがあしらわれていた。

「まさかっ……」

「あ、西尾さん!?」

 突然、克三郎はホームの奥の方へ向かって駆け出した。列車にとっては、先頭の方向だ。

 慌てて、アサギリとアイリが追いかけかける。アサギリがはっとして、躊躇しながら、他の日本人を振り返ってしまうが、アイリがそのまま克三郎を追う。

 先頭まで来て、克三郎は、列車を牽く機関車を振り返った。

「あ、ああ、そんなバカな。なんで、なんでここまでそっくりなんだ!!」

「どうしたんですか、西尾さん!」

 アイリが声をかけながら駆け寄ってくるが、克三郎は、視線を向けもしない。その機関車の姿に視線を釘付けにされたまま、愕然としている。

「どうして…………」

 

 飾りなどいらない。

 小細工など片腹痛い。

 ボイラーをそのまま外装とし、質実剛健、黒一色の塗装。

 そして、エボールグの固有文字ではないはずの文字で書かれた、形式プレート────

 

「どうしてC58形が、この世界にあるんだ!!」

 






Q:鉄道回書くのそんなに楽しい?
A:すごく楽しい

具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。

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チハーキュ帝国海軍軍装、どちらがいい?(絵のリンクは Chapter-12 あとがき)

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