「日本の機関車にそっくりなのがあるゥ?」
アイリから経緯を聞いて、アサギリが素っ頓狂な声を上げる。
克三郎とアイリを追って、残りのメンバーもホーム先端まで走ってきていた。
アサギリが他の日本人メンバーを振り返り、アイリもそちらに視線を向ける。
「あ……」
丈乃が、学と珊瑚の顔を一度見た後、
「その、我々は西尾さんほど詳しいわけではないので……」
と、少し慌てたような表情をアサギリとアイリに向けて、そう言った。
「だが、確かに日本独特の機関車の姿をしているとは思うな」
学が、C58に視線を向けつつ、呟くように言う。
「その、ウェブスター二飛曹、ひとつお聞きしますが」
「はい、なんでしょう?」
克三郎がアイリに問いかける。アイリが聞き返すように促す一方で、アサギリがムッとした表情をアイリに向けた。
「チハーキュ国鉄の軌間はどうなっていますか?」
「きかん? えーと、機関車の “機関” という意味ですか?」
克三郎の問いかけに、アイリが聞き返す。
「あ、いえ、線路の幅の事です」
「えっと? あれ? いくつだったかな……」
アイリは、そう言いつつ、アサギリに視線を向ける。
「私が知ってるわけ無いじゃん」
アサギリは、アイリから気まずそうに視線を逸らしつつそう言って、肩をすくめるポーズをした。
「はぁ……」
アイリは盛大にため息を
「ああ、でも、列車の中で国鉄の者が案内に合流しますので、その者に聞いてもらえれば。機関車の事ももっと分かるかと」
アサギリが、明るい表情でそう言った。
「そうですか……あっと」
言いながら姿勢を正した克三郎は、思い出したように言う。
「機関車の撮影を」
「あ、はい、どうぞどうぞ」
克三郎の言葉に、アサギリが軽い口調で言う。
克三郎は、やや大きな、革製外皮のカメラバッグから、銀色のボディに黒い樹脂製グリップのレンズ交換式カメラを取り出す。
「このカメラは日本製ですかな」
いつもの、どこか掴みどころのないような口調になって、克三郎のカメラを覗き込む。
「ええ、キヤノン最新型と言います」
「なかなか品質が高そうですね」
「カメラ本体はどうか……しかしレンズは素晴らしいですよ。大口径のニッコールレンズは、とにかく光量が大きく、鉄道写真撮影にはありがたい存在です」
………………今、「え?」と思われた方は多いだろう。
ところがこの当時、ニコンはカメラの
「お詳しいので?」
「一応、専門が航空偵察なので。カメラは色々触っています」
克三郎に聞き返され、アイリは口元で笑いながらそう言った。
「確かに、
学が、呟くようにそう言った。
「三脚を使わなくて大丈夫ですか?」
カメラを構えた克三郎に、アイリが訊ねる。
日中だが、駅の屋根がある程度光を遮っている。光量を補う為にシャッター速度を落とすと、像がブレる。
「ええ、先ほど言いましたとおり、大光量レンズですし、超高感度フィルムを使っていますので」
「写真技術は、日本はなかなか進んでいるようですね」
「ええ、今回の用途には合わないので持ってきておりませんが、総天然色フィルムも発売されております」
「おお、カラーフィルムもすでにあると」
「それってそんなにすごいの?」
「何年海軍で飛行機乗ってるんですか」
克三郎とアイリの会話に、アサギリが割り込んでくると、アイリは、視線をアサギリに向きもせずに呆れ返った声を出した。
「我が国にも軍用には高感度フィルムがありますが、まだ一般向けには市販していませんね。カラーフィルムはすでに発売してますが」
「ふーん……」
アイリの言葉にアサギリが反応するのを待ってから、克三郎がカメラを構え、シャッターを切る ──── ────
「あ!」
シャター音を聞いた瞬間、その時に、フィリシスの機関士と、ヴォルクスの機関士と機関助手、3人が
「あんたら!」
アサギリが声を荒げるが、機関士達は何事もなかったようにキャブの中に引っ込んでいった。
「ああ、ちょうどいいですよ。機関車本体だけだと、ここが日本じゃないって解りづらかったですから」
「それならいいですが……」
「ったく」
克三郎が苦笑して言うと、アイリとアサギリがそれぞれ、呆れた声を出した。
撮影を終えた後、克三郎は、再度機関車を観察する。あくまで目視でだが、寸分違わず日本のC58形と同型のように見えた。
「…………?」
機関車としてはほぼ同型だが、炭水車の後部に、枕木方向の筒状のものが乗っている。それは日本のC58には無いものだった。
「西尾さん?」
移動し始めた班員から遅れて、それに気づいたアイリが振り返って声をかけた。
「あ、すいません。今、行きます」
他の班員と共にホームを歩いて、最後尾の方へと歩いていく。
── 客車は、日本のものに似ているが、機関車と違ってまるっきり同じものではないようだ……
克三郎はそう思いながら、客車を観察しながら歩く。
まず、客車の色が違った。日本では茶色、正式には鉄道省ぶどう色1号に塗られているが、青に塗られている。ただ、鮮やかなものではなく、暗いもので、あくまで蒸気機関車の煤煙による汚れが目立たない程度のものだった。
機関車の次、座席・郵便・荷物合造車。二重屋根で、乗降扉が日本の鉄道省制式客車とは異なる、電車のような引き戸になっている。
── 雑型客車(日本の鉄道国有化以前や、その後の買収鉄道の客車の総称)の鋼製化という感じか?
形式に『スハユニ09』と書かれている。
── 形式にカナ文字? いや、記号のつもりで使っているのか……
それ自体は、日本人がアルファベットを使うのと似たようなものだ。
2両目、3両目。丸屋根で、日本の国鉄客車と同じ内向きのヒンジ扉になっている。
── オハ35形に似ているが、若干違うな……
形式には『オハ47』『オハフ46』と書かれていた。
4両目……────
「おぉ?」
車体の、窓の上下の強化帯、ウィンドウ・シル、ウィンドウ・ヘッダーがなく、車体外板が平滑にできている。
思わず近寄って観察してしまった。窓の中を除くと、車内は食堂車だった。
形式には『スシ57』と書かれていた。
「どうかしましたか?」
アサギリが追ってきて、克三郎に声をかける。
「いえ……この後、国鉄の方に説明いただけたらと」
克三郎は、アサギリの方は向かず、少年のように目を輝かせながら、興奮した様子でその車体を眺めつつ、そう答えた。
「了解です」
アサギリは、なんとなく苦笑してしまいながら、そう返した。
5両目、6両目。二重屋根で、やはり日本の車両に似ている。
先ほど食堂車に駆け寄った場所から、至近を歩きながら観察する。
形式には『スロ34』『スロ32』と書かれている。
── これはまったく日本型に近いが……
見ていくと、真ん中あたりの窓がひとつ、潰されていた。
車内ですでに着席している乗客が、仰け反るようにしてドン引きするのも構わず、窓に密着して車内を覗き込む。
── やはり冷房車か……
車内の天井にダクトと吹き出し口が設けられているのを見て、自身の予想があたっていると確認した。窓が潰されている部分は、床下の冷房機から天井へのダクトだ。
ついでで、車内の装備が目に入った。
──
「…………」
「なんだったんだ、今の人間族は……」
克三郎が去っていったのを見て、その座席に座っていたヴォルクスの乗客は、怪訝そうにそう言いつつ、座席に座り直し、手に持っていた新聞を広げた。
7両目 ────
「この車両も平滑車体だな……」
声に出して呟き、ベタベタと手で触る。
形式には『オロネ10』と書かれていた。
── 寝台車なのか……連結している理由は、この後国鉄の者に説明してもらえばいいか。
克三郎はそう思いつつ、
「すみません、サンミル中尉」
と、アサギリに声をかけた。
「え、はい」
「この寝台車も撮影させてもらっていいですか?」
「え? あ、はい。大丈夫ですよ」
アサギリに断ってから、克三郎は、一旦編成から離れ、カメラで『オロネ10形』を撮影した。
8両目。
「こちらが、みなさんをお乗せする車両になります」
アサギリがそう言った。
克三郎が形式を確認すると、『スイロ49』と書かれていた。
「西尾さん?」
「え、ええ」
珊瑚が声をかける。克三郎は、最後尾の展望車を確認してから、車両に乗り込んだ。二重屋根、記憶している限り日本の展望車のどれとも一致せず、展望デッキの反対側は出入台が車端部になく、車掌弁付きの車掌室があった。形式は『オイロテ19』。
「まるで豪邸の応接室だな……」
6人用一等区分室に案内されて、学がそう言った。その車内はシックな調度になっており、ゆったりと座面の深いフルファブリックのソファのような座席、間接照明、カーテンも鉄道車両とは思えない豪華なものがついている。
「日本にもありますが、我々とは縁が無いですからね……」
「あははは、そう言う意味では似たようなものですか」
丈乃が苦笑しながら言うと、アサギリが頬を掻くようにしながらそう言った。
「私は乗ったことがありますよ」
珊瑚が言う。
「本当ですか!?」
克三郎が驚いた声を出す。
「ええ、学生の頃、両親に連れられてだけど。『燕』の展望車の区分室に」
「
丈乃が、ため息混じりにそう言った。
「『燕』の方が、多少豪華だった気もするけど、美化や身内贔屓のところがあるかしらね」
「まぁ、趣味も同じとは限りませんし」
珊瑚の感想に、アイリが苦笑しつつフォローを入れた。
ジリリリリリリ……
発車ベルが鳴る中、ホーム係が、手動の乗降扉を閉めていく。
ベルが鳴り止み、ホーム係の主任が白い旗を上げる。
フォオォォォッ
「出発信号、確認」
汽笛を鳴らしながら、シリンダーの
ブラスト音を奏でるC58に牽かれて、近代化した神殿のようにも見えるスターリー駅から、客車が引き出されていく。機関車のいたあたりで、展望車の車掌室の窓から身を乗り出している車掌が、ホーム主任と手を触り合う。
併用軌道になっている駅前南側広場を縦断する。展望車が広場を通り過ぎて専用軌道内に入ったところで、主機関士は加減弁をさらに開き、列車は加速度を増した。
「おっ……?」
複々線の内側、上り急行線を進むラスティナが駅に差し掛かると、下り急行線に停車している地域急行とすれ違う。
一見、電車に見えた。だが、駅を通過していく列車の窓から見ていると、6両の客車の後ろに、4軸で従輪のない電気機関車が連結されていた。
だが、先頭の客車には、確かに前照灯が取り付けられていた。
「機関車と反対側の車両に、運転台だけ取り付けてあるのか」
克三郎が呟いた。機関車と逆側へ走るときは、客車の運転台から機関車を操縦する方法だ。日本ではあまり馴染みがないが、ヨーロッパでは後に多用されるようになる。
「しかし車両の姿が……本当にごちゃまぜになってるんだな。あれは満鉄のジテ車そっくりじゃないか」
満鉄、南満州鉄道の略称だ。日清、日露の両戦争に勝利した日本が、領土の租借とともに権利を得た満州地区の鉄道網を運行する企業体である。
ジテ車、正式名称ジテ1型は、日本国内に先駆けて投入された初の日本製高速電気式ディーゼル・プッシュプルトレインだ。超がつくほど保守的な日本本国の鉄道省と異なり、満鉄では思い切った構造の車両が投入されることがよくあり、ジテもその1つだった。
「満州の車両と、内地の車両が一緒の線路を走ってるのようなものか」
学が言う。
「だが、確か満州は内地と違って、広軌なんじゃなかったか?」
「ええ、ですから、あくまで設計が似ている、というところでしょう」
学の疑問に、克三郎が答える。この場合の広軌とは、世界的に言う標準軌の1,435mm軌間を意味する。日本国内の1,067mmより広い、と言う意味だ。
コン、コン
扉がノックされる。
「はい、サンミル中尉ですか?」
学が、扉越しに問いかけた。少し緊張する。アサギリとアイリは席を外していた。
チハーキュでは日本語のことを『ユーエンビー古代語』と呼び、特に技術関係の記述に使うということで、話者も多い。とは言っても、誰もがだれも話せるわけではなかった。
なかったが、果たして。
「失礼いたします。チハーキュ帝国内務省、国土庁国有鉄道総局のユージン・スキンブルシャンクス・クライトンと申します」
と、日本語、ユーエンビー古代語で返ってきた。
「私もいますよー」
さらに、アサギリの声も聞こえてくる。
「ああ、どうぞ、お待ちしておりました」
そう言いながら、学が、自分で扉を開く。ビジネス・スーツ姿の、見た目は若い、猫耳……──── フィリシスの紳士が立っていた。
「失礼いたします」
ユージンは軽く会釈をしてから、区分室内に入った。
ハーメルン版付録(何
スハユニ09形:架空。文中にあるように、不況期に救済買収した私鉄客車の鋼体化車
オハ47・オハフ46形:実在したが戦後。スハ42系の軽量化対策車
スシ57形:架空。食堂座席付きビュッフェ。3軸ボギー。実在のオシ17形の計画段階(台車を交換せず3軸ボギーのまま)の仮称スシ58形から
スロ34・スロ32形:実在。ただし冷房化・リクライニングシート化は架空
オロネ10形:実在したが戦後
スイロ49形:架空。実在のオハ35系と同系列。3軸ボギー。二等2人用区分室(個室)×4 ・一等1人用個室×4・一等6人用区分室×2
オイロテ19:実在車改造の架空。オテン9020の鋼体化改造+走行抵抗減少の為の3軸ボギー→2軸ボギー化車。1等座席+展望サロン
─※──※──※──※─
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チハーキュ帝国海軍軍装、どちらがいい?(絵のリンクは Chapter-12 あとがき)
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