進撃! 犬耳機動部隊   作:神谷萌

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Chapter-24

 地方都市オデスバーグの駅に、特急ラスティナ号は停車している。

 ボロクシャイア連山系の麓より少し上がった、標高650m程度の場所にあるこの都市は、スターリーとレングードの間に2ヶ所存在する特に難所となる場所の、北側のそれである。

 もう1ヶ所と合わせて、この2ヶ所だけ、拠点間を結んだ線に対して大きく線路が蛇行している。線路の勾配を少しでも緩くするためだ。

 だがそれだけでは越えられない、連山系の山頂間に存在する峠が存在する。機関車単機(1両)で上がれないとなると、補助機関車、補機をつかう事になる。

 スターリーからほぼ南のボロクシャイア山と、その西隣のカズブレイ火山の間の、河川によって形成された谷に存在するボロカズ峠を越える。

 オデスバーグは独立前からの宿場町だったが、この鉄道のボロカズ峠越えの基地として整備された事で、地方都市と言えるまでの規模になった。

 列車に続いて、後補機として入線してきた機関車を、克三郎は待ち構える形で撮影する。ダイヤ上の停車時間は2分。ここも、本来なら3分乃至4分とるところを、ラスティナはその時間を削っていた。

 ジリリリリリリ……

 2回、シャッターを切ったときには、すでに発車ベルが鳴っている。機関車は特徴的だったが、今の克三郎にはそれに思いを馳せている余裕はない。

「西尾さん、急いで!」

「は、はい!」

 アサギリの声に、克三郎はとるものもとりあえず駆け出し、最後尾の展望車の出入台から駆け込む。克三郎が入ったところで、ホーム係の副班長が扉を閉めてから、緑の旗を掲げた。

 フォオォォォォウ……!!

 フォオォーォォッ……!!

 列車の先頭に立つ本務機C58形の汽笛に対し、後補機 ──── 9020形がこれに答えるように汽笛を鳴らし、起動する。最前部の従台車の上に設けられた小さな(デッキ)の上に、その手すりに付けられた皮の命綱を腰のベルトと結んだ解結係を乗せた9020は、比較的オーソドックスかつシンプルな2シリンダ機のC58とに比べて複雑な、複式シリンダのブラスト音を立てながら、展望車を押しつつ走り去っていった。

「やれやれ、マレー式が出てくるとはな」

「マレー式?」

 克三郎の呟きに、アサギリが反応する。

「ええ、後ろの補機……補助機関車のことです」

 通常、蒸気機関車の蒸気は左右どちらかのシリンダを駆動した後に排出されるが、まだそれなりに熱量が残っている。そこで、船舶などの蒸気機関同様、再度シリンダを駆動させよう、としたものが複式機関車だ。

 大抵の場合は高圧シリンダと低圧シリンダの2段で構成されていて、同じ軸を回す船舶のものと異なり、それぞれのシリンダが2~3軸ずつ動輪を担当する。見た目には小型の機関車の下回りが2両連なっているように見える。

 また、9020の場合、台枠が前シリンダ駆動の動軸と後シリンダ駆動の動軸で分割されていて関節になっている。複式機関車は前後に長くなって曲線を通過できなくなるため、このように台枠に関節を設けているわけである。

 この複式・関節機関車をマレー式と言う。

 このような形態の機関車と言うと、後年にはアメリカのユニオン・パシフィック鉄道の『チャレンジャー』と『ビッグボーイ』が、日本でよくマレー式機関車の例として紹介されるが、両形式は複式ではなく前後どちらもボイラから直接蒸気が供給されることと、後者のビッグボーイは動軸が8であることから、マレー式に分類されるかについては議論がある。

 同様に、日本の事情で造られた4500形、4510形、そしてこの9020形は、シリンダごとの動軸数が2軸ずつの4軸であり、そもそも “マレー” とは先述の “パシフィック” “プレーリー” “ミカド”、あるいは後に登場するC62形などの “ハドソン” 同様に、軸配置も同時に示しているため、本来3軸+3軸のマレーに対して “ベビーマレー” と呼ばれることがある。

 ただ、日本では初の純国産幹線用機関車であり、シンプルな構造の9600形の性能が優秀で機関車の規模としても程よく、複雑で高価なマレー式は国産化に移さず全廃することが決まり、昭和8年(1934年)までに全廃された。

 この為 ────

「自分も詳しい事は説明できないんです。日本では自分が鉄道写真を始める頃にはもう殆ど残っていなかったので……」

 と、克三郎にとってはこう言う事になる。

「ただ……」

 アサギリにそう言いながら、車内を歩き、そこでちょうど、自分達の区分室まで戻ってきた。

「撮影は間に合いましたか?」

「ええ、おかげさまで」

 ユージンの問いかけに、克三郎は、まずそう答えるも、怪訝そうな表情をして、

「候補機の9020形、あれは日本では機関車が完全に国産化される前に、海外から輸入した機関車でしたが、貴国ではどういった経緯で?」

 と、ユージンに問い返した。

「ああ……我が国では各鉄道管理局が、メーカーと協力して割とバラバラに設計していた時期のものになります。全国路線網が完成する以前の体制が継続されていた時期です。9020形はスターリー管理局とサワナン鉄鋼製品会社……現在のセレス精密機器スターリー第1工場の前身で製造されました」

 言うまでもないかも知れないが、艦上複座偵察戦闘機Se9、双発艦上爆撃機Se12、水上偵察機Se6のメーカー、セレス飛行機製造はここの系列である。

「なるほど。では、現在の中央で制式化するようになったのは……」

「機関車製造技術の統合を図って、制式機関車として、8620形と9600形が製造され、この成功をもって現在の体制になりました。その後もスターリー管理局では何形式か設計しましたが、こちらはメーカーともども管轄内の電車と気動車がメインになったので、C52形1形式以外は、現在は民間の簡易鉄道用の小型機関車を請け負っているだけになります」

 重ねて問いかけた克三郎に、ユージンはそう答えた。

「我が国ではマレー式は、高価で複雑ということで、本格的には採用されず、昭和の初期までに全廃されたのですが、貴国では現在も多用しているのですか?」

「いえ。我が国でも同じです。ある程度は製造されましたが、現在の体勢に入ってからは、コストのかからない制式機関車に置き換えられました。ただ、9020形はこのボロカズ峠の補助機関車としてちょうどいいということで、ここに集められて、過熱化改造を実施したうえで現用しています」

「過熱化……?」

 克三郎とユージンの会話を聞いていた丈乃が、その言葉を反芻する。

「ああ、蒸気機関用のボイラには、発生させる蒸気で2種類に分かれるんだ」

 それに気づいた学が、説明する。

「単純に水を沸かして蒸気にして送り出すのを飽和式というんだが、単に発生させただけの蒸気は、まだ温度が低くて湿り気が多くて重いままで、効率が悪い。そこで、再加熱機とかドライヤと呼ばれる機構を使ってより高温まで加熱した蒸気を送り出すのを過熱式と言う」

「へぇ……川口中尉も鉄道にお詳しいんですか?」

「いや違うよ」

 感心しながら聞き返す丈乃に、学は苦笑した。

「海軍も蒸気タービンだからな、専門外だが、そのあたりは聞けばわかるってだけさ」

「あ、そうだった……」

 学の言葉に、丈乃が気まずそうに言った。

 元々、日本でも飽和式だった9020は、チハーキュでは過熱式に改造された結果、これは必要な装置をボイラ前方の煙室内に設置するため、原型ではボイラ中程のベル型蒸気ドームから、高圧側シリンダへ向かって直接蒸気管がボイラ外側を回っていたが、これが撤去され、ボイラ下側に高圧側シリンダまでの蒸気管が増設されている。同時に、高圧側シリンダの機構が過熱式に合わせたものに交換されていた。

 

 渓谷にブラスト音を響かせながら、ラスティナは本務機C58を先頭に進む。

 フォオォォォォッ

 汽笛を鳴らしながら、小さな駅を通過する。腕木式の場内信号機の腕木が上がって赤現示になり、その下の、色灯式2灯の通過信号機も()()現示から赤現示に変わる。

 フォオォォォォッ

 C58が再度汽笛を鳴らしながら、出発信号機の横を通り過ぎる。腕木式の出発信号機が、カチャン、とテコが作動する音を立てて、やはり赤現示に変わる。

 今更言うまでもないかも知れないが、レングード・スターリー線は、最大の都市であり貿易港であるスターリーと、帝都であるレングードを結ぶ最重要路線である。

 そのため全線が輸送力増大に備えて複線化されている。また、軌道回路(レールに電流を流しておき、列車が通過中は車軸によって2本のレール間が短絡されるため、その短絡を検知することで、1本の列車が占有できる区間、閉塞区間内に列車がいるかどうかを検出する)による自動閉塞化も行われていた。

 鉄道路線が重点的に整備・近代化されている反面、このあたりは鉄道開業前からある街道沿いの宿場町が点在していて、駅こそ設置されていたが、鉄道の開業が宿場町としての存在意義を薄くし、他に企業設備を誘致しようにも平坦な土地が少なく、いくつかの例外以外は、ストロー効果で町としての規模が縮小してしまっていた。

 平地を走っていたときとは一転、C58も、最後尾の9020も、喘ぐようなブラスト音を立てながら、必死にラスティナを進めていく。

 

「クライトン部長、そろそろ頃合いじゃないですか?」

「そうですな」

 克三郎とユージンを中心に会話していたが、アサギリがそう切り出すと、ユージンもそれに気づいたように言葉を返し、自身の腕時計を確認した。

「皆様に特に見せたいものがある……ということで、展望車までお願いできますか?」

「見せたいもの……?」

 克三郎と学、丈乃が、それぞれ顔を見合わせる。

「今回の本題としてはそれほど重要では入りませんが、多少は物味遊山も取り入れておきたい、というサンミル中尉の意向でして……よろしければ、お付き合いいただけたらと」

 そこまで言われては、という様子で、克三郎達は、ユージンとアサギリの引率で、後の展望車に移動する。

「日本の展望車と違って、こちらには区分室はないのか……」

 車内を見回しながら、克三郎が呟くように言う。

 車掌室、出入台デッキを挟んで、前側は2+1配置の、ソファのような豪奢なリクライニングシートを備えた()()1()()()()、その後に、観葉植物の置かれた仕切りがあり、そこからは展望サロン席が設けられていた。展望サロンは、2等の扱いになっている。

「おおっ」

 大きなガラス窓が設けられた仕切りと扉の無効に、開放式の展望デッキを挟んで、9020がまるで列車に突進してくるかの様子で、後から列車を押し上げている、煙室扉に円形のナンバープレートを着けた前方からのその威容を見ることができた。

 学が声を上げた。だが、それほど驚いたとか、興奮したという様子ではない。

「これを……我々に?」

 丈乃が、イマイチ意図がわからない、と言った様子で、ユージンやアサギリに訊ねる。

「ま、ま、しばらく見ていてください」

 どこか調子よく、アサギリが言う。

「…………もしかして……」

 ガラス窓越しに、展望デッキに、車掌が立っている。

 それを見て、克三郎は、呟きながら、その仕切の傍にまで歩いて進む。

 9020形の先頭部分に乗っている解結係の姿に、克三郎は気づいた。

 そして、その乗っているデッキの手すりに取り付けられた箱と、展望デッキ側との間に、太い電線のようなものが渡されている。

「これは……もしかして……?」

 

 フォオォォォォォーォオォッ……

 ひときわ長く汽笛を鳴らしながら、C58が信号機の横を通過する。

 青現示から赤現示に変わるその信号機の腕木は、黄色の矢羽型の遠方信号機(絶対信号機である場内信号機・出発信号機の現示を、その手前で予告する予告信号機)ではなく、オレンジ色の腕木を持っている。そしてその下に、腕木式の通過信号機が設置されている。これは駅の場内信号機である事を示していた。

 つまり、まだしばらく何も無い複線のレールの上だが、すでにここから駅の構内という事になる。

 そして、通過信号機のすぐ横に、通常は見られない黄色の回転灯が併設されていて、それが回りながら光っている。

 

「あっ!」

 克三郎が声を上げた。

 

 解結係が、手すりに設置されている箱を開けて、その中の6接点型ナイフスイッチを切り替える。

 それを確認した、展望デッキ側の車掌が、展望車の手すりに設置されていたジャンパ栓受(主に電車や気動車などで、信号線や電力線をつなぐ車両間のケーブルを日本の鉄道用語では “ジャンパ” と呼び、そのプラグの事を “ジャンパ栓”、車両側のコンセントを “ジャンパ栓受” と呼ぶ)からジャンパ栓を引き抜き、意図して落とす。

 フォオォォォォ……ォオォッ

 フォオォォッ

 9020が長く汽笛を鳴らし、C58がそれに答えるように汽笛を鳴らす。そして、

 ガチャン

 すでに錠が外されていた、展望車と9020の間の連結器が外れる。

 9020の姿が後ろに離れていく。実際には、9020が減速し、ラスティナの方が前進して離れていっている。

 

「おぉぉ……ぉぉ」

 克三郎が、興奮の声を挙げている。

「いや……走行したまま補助機関車を切り離すとは、なかなか豪快なことをしますね……」

 丈乃が、息を呑むような口調でそう言った。学も、丈乃と似たような表情をしている。

「すごいでしょう?」

 アサギリが、何故か得意そうな表情になって、そう言った。

「い、いえ、同じことは、日本でもやっているんです」

「え!?」

 それまでガラス越しに凝視していた克三郎が、振り返って言う。アサギリが軽く驚いたように声を出す。

「そう言えば、東海道線の旧線でやっていたと言うな……」

 丈乃が、考えるようにしつつ、呟くような口調でそう言った。この東海道本線の旧線とは、箱根峠を越えるルートで、後の御殿場線の事である。

 短絡線である丹那トンネルの開業により、長距離列車が通過しなくなったことで、箱根では行われなくなったのだが……

「ええ、それと、山陽線の瀬野と八本松の間では現在もやっていますよ」

 通称セノハチ。この区間は迂回線をつくる余地もなく、後々電化されてからも貨物は補機連結が続いており、走行開放もかなり遅くまでやっていた。

「え、じゃあ、西尾さんは何に驚いていたんです?」

「それは……」

 丈乃に問いかけられて、克三郎は、言いかけつつ、視線をユージンに移す。

「客車とつながってたあのジャンパは、もしかして、ブレーキ用の信号線ですか?」

「ええ、空気管を繋いでいると、走行開放は難しいですし、連結の際にも時間がかかりますから」

 ユージンが答える。

「そ、そうか! なるほど、ブレーキ管をつなぐ代わりに、電磁気で補助機関車にブレーキの信号を送っているのか!」

 機関車側から電気を送り、客車側のブレーキ管に取り付けられた圧力スイッチを経由して、回路を構成する。

 チハーキュと日本で、機関車牽引の列車で使われている自動ブレーキでは、本務機側でブレーキをかけると、ブレーキ管は減圧する。

 その減圧が発生すると、客車の圧力スイッチがOFFになり、回路が成立しなくなる。それを後補機で検知すると、機関士のブレーキ弁の代わりに電磁弁を開いて自身のブレーキを作動させ、同時に補機の運転台に取り付けられているランプが点灯する、という仕組みが作られていた。

 列車側ブレーキ管の圧力に応じて、圧力別に3つの圧力スイッチが取り付けられており、補機側の電磁弁はそれに合わせて3段階に開放するようになっている。

 走行解放を行う際は、あらかじめ機関車側の回路を短絡させて圧力スイッチのON-OFFを無効にして、切り離す。それが解結係の扱っていたスイッチだ。

「日本では、単純にブレーキ管接続を省略してたんですよ」

「えっ? そうだとすると……」

 克三郎の言葉に、丈乃が唖然とした顔になる。

「はい、非常ブレーキがかかったりしたら、補助機関車が列車に突っ込みます」

「えぇ……」

 克三郎がしれっと説明すると、丈乃は()()()ような表情になった。

「我が国でも同様だったのですが……」

 ユージンが、割って入るように言う。

「実際に、このボロカズ峠通過中に非常制動をかけた列車で、補助機関車が追突した大事故が発生しまして」

「ははぁ、それでですか……」

 ユージンの説明に、克三郎が納得した声を出した。

「その当時は木造客車がまだ多く残っていたのですが、やはりこの事故で大破しまして。そこで車両の鋼製化と同時に、この機構が考案されたのです」

 

 フォオォォォォォッ

 走行開放の為の長い構内を持ちつつ、駅としては特急停車に疑問の残る小さな宿場町の駅のホームを通り過ぎる。青現示の出発信号機の横を、C58が通過し、ラスティナはレングードへ向けて進んでいく。

 

 

チハーキュ帝国海軍軍装、どちらがいい?(絵のリンクは Chapter-12 あとがき)

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