時間は少し前後する ────
7号車。2等寝台車。
上り特急ラスティナ号は日付を跨がない昼行列車だが、鉄道の路線行程で521.1kmを、スターリー駅10時30分発、レングード中央駅19時20分着と、全行程8時間50分をかけて走る。長時間の工程だけに、仮眠の時間としたいという要望もあって、連結されている。
開放型寝台で、レール方向の2段寝台が通路の両側に並んでいる。上段寝台を格納して下段寝台を分解すると座席になる。
カーテンを開いた状態で飲み物を飲んでいる下段の乗客もいたが、ほとんどのカーテンは閉まっていて、窓のブラインドも閉じられている。その上照明も減光されていて、日中だと言うのに車内は薄暗い。
「ウェブスター二飛曹」
「んぉっ!?」
そろっと開かれたカーテンの外側から声をかけられて、アイマスクを着けて寝ていたアイリは、軽くビクッとしながら起き上がる。
某国の独裁者のヘアスタイル黒電話こと日本の3号電話機の受話器のように装着されている、ヴォルクス・フィリシス用のヘッドホン型耳栓を外す。耳栓と言ってもざわつきのような雑音を遮ることが目的で、意図して発された声を遮るほどではない。
続いてアイマスクも外す。
「ああ、えっと……────」
顔は覚えているが、名前は咄嗟に出てこなかった。
「磯原です、磯原珊瑚」
「あ、ああ、そうでした。すみません。磯原さん」
アイリは思い出すように言うと、申し訳無さそうに謝罪の言葉を告げた。
「いえ。こちらこそ起こしてしまって申し訳ありません」
「あ、気にしなくて大丈夫です。あなた方は国賓と言っていいんですし、こう見えても軍人、就寝中を叩き起こされるのは慣れてます」
日本人の感覚でも明らかに小柄なアイリは、そう言って、私物の婦人用腕時計を見る。
「5時間は寝ましたか。仮眠には充分です」
そう言って、寝台の上で身を起こした状態で
「それで、どうしました?」
と、珊瑚に訊ねた。
「いえその、私、その……少し、お腹が減ってきてしまいまして……」
珊瑚は、恥ずかしそうにして、アイリの顔の正面から視線を伏せてしまいながら、そう告げる。
「アサギリはどうしました?」
アイリは、疑問に思って、珊瑚に問いかける。
「その、殿方と一緒に、鉄道関係の話で盛り上がっているようでして……」
珊瑚がそう言うと、アイリは苦い顔になる。
「ったくしょうがないですね……」
アイリはそう言いながら、準備を始める。アウターキャミソールに、チハーキュ帝国海軍々装の半ズボン ──── そう、海軍はズボンなんだよね……────、という格好で寝ていたが、その上から軍仕様のジャケットを身につける。それから、軍用ブーツを履いて、通路に立ち上がった。
「そうですね、お昼時も過ぎていますし、食堂車も混んでいないでしょう。こっちです」
そう言って、アイリは区分室車・展望車とは逆の方へ、珊瑚を先導して歩き始めた。
その間に入っている2等座席車を通り抜ける。
「自在座席なのね……」
2等車内に並ぶリクライニングシートを見て、珊瑚が呟く。スターリー駅の出発前には、覗き込んだのは克三郎だけだ
6号車を通り抜け、5号車も通る。
車体中央付近の冷房ダクトの前を通り過ぎる。その隣接する座席の窓側で、新聞で顔を覆いながら寝ているヴォルクスの乗客がいた。
4号車。食堂車 ────
車内放送が、チャーンヴィレ駅への到着をアナウンスしているが、当然カムイガルド語の為、珊瑚には聞き取れない。
列車が減速する中、食堂車の中に入る。
「ビュッフェレストラン……と、いったところかしら」
カウンターで軽食を販売するスタイルだ。立食スペースだけではなく、この車内で食事を採れる座席が用意されているかたちになっている。
「少し待っててくださいね」
カウンターのところまで来ると、アイリは珊瑚にそう言って、カウンター内の接客係と話し始めた。それはカムイガルド語の会話であり、珊瑚には理解できない。
物音とやや荒い声がして、珊瑚はそちらに視線を向ける。搬入用の扉を開いて、食材用のワゴンを載せ替えているところだった。
調理場では、調理着姿の女性達が慌ただしく調理をしている。
ホットサンドメーカー ──── 自前では熱源を持たないオーブン用 ──── にパン、チーズ、ハムとソース、チーズ、パンと挟んで閉じ、電気オーブンに挿入する。電気保温釜から白飯を盛り付ける。ベーグルサンド用のハンバーグを焼いている。
── 電気を使っているようね……
珊瑚はそれを観察していた。電熱調理器は日本でもすでに登場しているが、普及は大容量の送電網が整備されている都市部に限られていた。
「お待たせしました」
アイリの声で、珊瑚は意識を引き戻す。
「いらっしゃいませ、日本の方」
エプロンに三角巾で髪とついでに耳をまとめた販売係も、流暢なユーエンビー古代語 ──── 日本語で、笑顔で珊瑚に挨拶をする。
「メニューをどうぞ」
そう言って、メニューを差し出す。珊瑚はそれを受け取り、目を通そうとするが……────
「あ、あの、すみません……」
言い辛そうに、珊瑚は言う。
「読めません……」
「え? あ、そうだった……」
「あ、も、申し訳ありません。そうでした」
アイリが驚いたようにした直後に、「あちゃー」と顔を手で覆う。販売係は慌てて、カウンターの下に手を伸ばした。
「こ、こちらをどうぞ」
冊子状になった、別のメニューを差し出す。
「ユーエンビー古代語のメニューなんかあるんですか?」
珊瑚が受け取るのと引き換えるかのように、アイリが、キョトン、とした様子で販売員に訊ねる。
「いえ、でもこちらは外国人の方全般用のメニューですので」
笑顔のままアイリの方を向いて、販売係は言う。
「ええ、これなら解りやすいです」
珊瑚が言う。アイリが覗き込もうとしてしまうと、珊瑚がページの1枚をアイリに向けた。
「おお、なるほど!」
そのメニューは、料理の写真が添付されていて、そこに値段だけが書かれていた。
「ラスティナは、様々な国の方がご利用になられますので」
販売係が笑顔でアイリに言う。珊瑚はメニューをじっくりと見る。
若干しっかりとしたメニューとして、ライスカレー、カツレツライスカレー、ハンバーグシチュー。その他、食パンサンドイッチ、ベーグルハムサンド、ベーグルハンバーグサンド、メルトサンドイッチ(ミートソース/スパイスソース)、鳥カツレツ、グリーンサラダ、温野菜サラダ、コーンスープ、白飯、食パン(バター付)、ベーグルパン(バター付)、カスタードプリン、ミルクプリン、カムイック・コーラ、サイダー、オレンジジュース、ココア、牛乳、米酒、麦焼酎、アクアビット、が用意されている。
「ええと、この ────」
珊瑚は、販売係に見えるようにメニューを持ち、写真を指差しながら、注文する。
「ライスカレーと、牛乳を……」
そう、販売係に言ってから、
「すみません、ちょっとしっかり食べたいので……」
と、アイリの方を向いて言う。
「え? ああ、構わないですよ。私達も日本にいる時にお世話になりましたから」
アイリは、慌てて手を振り、そう言った。
「かしこまりました。こちらは小パンと小温野菜サラダがつけられますが、いかが致しますか?」
「…………」
「いいですよ」
「……お願いします」
販売員に問われると、珊瑚はチラリとアイリの方を見る。アイリが笑ってOKすると、珊瑚は少しおずおずとそう言った。
「かしこまりました」
販売員は伝票に鉛筆で書き込むと、
[注文入りましたー! カレー、パンサラダ付きですー!]
[りょうかーい!]
カムイガルド語で調理係に伝えつつ、伝票を“注文”と書かれた箱に入れた。
その最中。
ピィイィーィッ!
「あら……」
C58形、日本でおなじみの蒸気機関車のものとは異なる、甲高い汽笛が鳴らされた。
「先にお会計を宜しいでしょうか?」
「あ、これでお願いします」
アイリと珊瑚の方を向いて言う販売係に、アイリがそれを取り出して、カウンターに差し出した。
当然カムイガルド語だが、『来賓国鉄等利用料金払出票』と書かれている。発行者は『帝国外務省』になっていた。
「あ、はい。かしこまりました」
ジリリリリリリリ……
6分間と、長めの停車時間が終盤にかかり、発車ベルが鳴る。
ホーム係が客車の扉を閉めていく。
食堂車の搬入扉のところでは、ホーム側の食堂要因と、列車側の調理係が、笑顔で手を振りあって挨拶し、搬入扉が閉じられた。
ピィイィィィーッ!
C58形に代わり、2枚窓の半流線型の車体を持った、EF58形電気機関車が、汽笛を鳴らす。
ピィイィィィーッ!
ラスティナの後ろの方から、EF58の汽笛に答えるように、別の汽笛が鳴らされる。
EF58が起動し、ゆっくりと、しかし蒸気機関車よりかなり滑らかに加速しながら、ラスティナは、旧来の一大宿場町であり、鉄道開業後もその拠点として発展した都市・チャーンヴィレの駅のホームを滑り出ていく。
すでに
ホーム班長と、展望車の車掌室から身を乗り出した車掌が手を振り合う。
そしてその直後、ED38形のナンバーを着けた、箱型のやや小ぶりな電気機関車が展望車の後ろから押し上げる。
このチハーキュ国鉄ED38形は、スターリー管理局内で私鉄用に製造された電気機関車のひとつで、救済買収を受けた私鉄からそのまま国鉄に移籍した過去を持つ。回生ブレーキを持っていることが特徴で、同様に回生ブレーキや発電ブレーキをもっているやや小さめの機関車がここに集められていた。
やはり展望車と、ブレーキ連動用のジャンパで接続されている。
ラスティナは、レングード・スターリー線のもうひとつのサミット、べスコット連山系のべスコット山・チョーンウッド山の山頂の間に位置するチョーンベス峠に向かって、補機付きで進んでいく。ここを越えれば、レングードのある大盆地地帯まではまもなくだった。
「ああ、美味しそう。お昼が遅れていたから、いくらでも食べられそうだわ」
食堂車内のテーブル席で、出されたライスカレーを前に、珊瑚が笑顔で言う。
「でも、…………チハーキュでは、タマネギを一緒に煮込まずに、盛り付ける時に長ネギを添えるんですね」
珊瑚がスプーンを手にしながら言う通り、ライスカレーは日本のものによく似ていたが、カレー自体にはタマネギが入っておらず、盛り付けの際に刻んだ長ネギがその中央に乗せられていた。
「へーっ、日本のカレーではタマネギを使うんですか」
向かい合って座っているアイリが、興味深そうな表情と口調で言った。
そのアイリの前にも、メルトサンドと深皿のコーンスープが置かれている。
「はい……あ」
「どうしました?」
何かに気づいたように、珊瑚がアイリの頭に視線を向ける。
「確か、犬や猫にネギを与えると耳が落ちるって……」
「私達は大丈夫ですよ。コボルドじゃあるまいし!」
言われて、アイリは犬耳を抑えながら、苦笑しつつ言い返した。
「コボルド?」
聞き慣れない単語に、珊瑚が聞き返す。
「あ…………、ええ、私達ヴォルクスとは別に、二足歩行ですが、より獣の特徴を強く残した
「えっと、ヴォルクスは大丈夫なんですか?」
「はい。フィリシスともども、若干毒にはなるようですが、もう見た目に『そんなにタマネギばっか食ってたら体調悪くするぞ』ってぐらい食べなければ。理屈はわかりませんが。ルーピェン少佐……私の上官の1人なんか、それこそバリバリ赤タマネギ生でかじってますし」
「へぇ…………」
興味があるんだかないんだか曖昧な様子で、珊瑚が返す。
「冷めますよ」
「あ、すいません、いただきます!」
食事中の前掛けに使う大判紙ナプキンを着けて、珊瑚は食事にとりかかった。
チョーンベス峠は、ボロカズ峠よりも険しい。険しいから、レングード都市圏から電化がチャーンヴィレまで伸びてきた。
ピィイィィィーッ!
ピィイィーィィッ!!
本務機EF58と後補機ED38が、意思疎通の為に何度も汽笛を鳴らしている。
もっくもっくもっくもっく……
「…………? どうしました?」
アイリが、ミートソースのメルトサンドを頬張り咀嚼していると、すでにカレーはほとんど食べ終えた珊瑚が、じーっとアイリを見ていた。
「いえ。文化人形さんみたいだなと思って」
珊瑚が、ハッとしたように視線をそらしつつ、そう答える。
すると、アイリは、まず驚いたように目を
「…………磯原さん、実はアサギリ ──── サンミル中尉と同じ部類だったりしません?」
「え、そうですか?」
漫才みたいな事をやっているその車窓の外で、すでに傾いた
「えっ!?」
窓から入ってくる夕陽の光が、鮮やかな青紫の煌めきを放つ。
珊瑚が思わず窓にへばりつくようにして外を見る。放射状のオーロラのように、発光現象が発生していた。
「すごい……」
周囲が山林地帯であることも加わって、幻想的な光景に見えた。
「日本では、見られませんか?」
アイリが、どうしたこともないと言う様子で、訊ねる。
「ええ、日本……地球ではこのような現象は見たことも聞いたこともないわ。オーロラに似ているように見えるけど、こんな形はしていないし……」
「エボールグでも常に見えるわけではありませんが……ラスの方がアマテよりもエボールグに近い時に、見られる現象ですね」
当惑したような口調で言う珊瑚に、アイリは真摯な口調で説明した。
「そうか、太陽が2つあるから、こんな現象も起きるってことね……」
青紫の発光を伴う夕陽を右手から浴びつつ、ラスティナはレングードへ向かって南進していく。
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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チハーキュ帝国海軍軍装、どちらがいい?(絵のリンクは Chapter-12 あとがき)
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