進撃! 犬耳機動部隊   作:神谷萌

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Chapter-28

「はい」

 珊瑚が挙手した。

「磯原さん、ですね。質問をどうぞ」

 アレクシオが言い、珊瑚の発言を促した。

「ありがとうございます。ええと、今のお話ですと、この世界には人間と同じように言葉で意思疎通ができて、なおかつ空を飛べる種族がいる、ということですよね?」

「アヴィスティアとセレスティアの事ですね。はい。その通りです」

「それなのに、この世界でも飛行機が登場したのですか?」

 指をどこへというわけでも指すような仕種をしながら、珊瑚は怪訝そうな表情で質問した。

「そうですね ────、それでは、その質問は専門のサンミル中尉に説明していただきましょう。サンミル中尉……────」

 アサギリに話を代わろうとして、アレクシオは、彼女が座っている席の方へ視線を向けつつ、指名するが…………

「中尉、中尉、呼ばれてますよ、中尉、アサギリ!」

 長い話で退屈したのか、昨日までの疲れが出たか、アサギリはうっつらうっつらとし始めてしまっていた。隣に座るアイリが肘でつつきながら、小声で起こそうとする。

「ふぇ?」

 覚醒しかけたアサギリは、何を思ったのか、右手で挙手すると、

「ふぁい、私鳥カツレツカレー定食ねー!」

 と、寝ぼけた笑顔で無邪気にそう声を上げた。

 その場にいた全員が、脱力したようなリアクションをとる。ヒカルは椅子に座ったまま仰向けになりかけた。

 スパァアァァン!

「何やってんですか! いい加減目を醒ましなさい!!」

「え? は? え?」

 どっから取り出したんだか、アイリがハリセンでアサギリの頭をしばく。アサギリは、ようやく覚醒して、オーバーリアクション気味にあたりをキョロキョロと見回す仕種をした。

「あ…………す、すみません、殿下!」

 ヒカルの顔を見つけたアサギリは、敬礼しながら立ち上がりつつ、謝罪の言葉を口にする。

「私はいいから、日本の皆さんに」

 腕組みをしたヒカルは、苛立ちを無理やり抑えているかの様子で、そう言った。

「はっ……す、すみません!」

 敬礼のまま、日本視察班の方を向いて、謝罪の言葉を口にした。

「それで……えと……」

「あ、ああ、サンミル中尉。アヴィスティアとセレスティアと、航空機の話です」

 前後不覚な様子のアサギリに、アレクシオがそう言って、促した。

「あ、はい。それでは……コホン」

 アサギリは、誤魔化すような咳払いをしてから、説明を始める。

「その疑問は、このエボールグにおいてもしばしば出るものですが、そうですね……例えば、私達、この場合、日本の皆さんも含めてですが、2本の脚で立ち、歩くことができますね?」

「ええ」

 珊瑚が同意の声を出したことで、アサギリはそちらに視線を向けた。

「同時に、2本の腕で物を持ち、運ぶことができますね?」

「そうですけど……?」

 アサギリの言葉が、何を意図しているのかわからない、と言った様子で、珊瑚は言う。

「では、鉄道や自動車は不要ですか?」

「あっ!」

「そうです。それと同じことなんですよ」

 アサギリは、苦笑しながらそう言ってから、表情を引き締め直す。

「たしかに、かつて航空機が登場する前、アヴィスティアやセレスティアを航空偵察ができる存在として、傭兵として雇う例は珍しくありませんでした。しかし、今や民間機ですら何十人もの人を乗せて、高度は4,000mを越え、速度は400km/hを越えて飛ぶ時代です。生身で空を飛べることに意義はあるのかも知れませんが、それを主体とする時代は、少なくとも私達にとっては過去のものです」

「ふむ……」

 その説明を聞いていた丈乃は、納得の声を出しながらも、

「ですが、まずそもそも、それでもなお、航空機が発明されたということが若干疑問になりますが……空を飛べる種族が存在するのに……」

 と、疑問の言葉を口にした。

「そうでしょうか? 私は、むしろ『だからこそ』ではないかと思います ────」

 

 ──── 空を飛びたい!

 

 翼持つ者達と同じように!

 

 それ以外の野心も、掛け値もなく!

 

 ただ、自分達の思うがままに ────!!

 

「──── 『それ以外に理由など必要ない、空は彼らを待っている』。レイアナー重工業、現・航空機部門統括取締役副社長、アンドレイ・フィリップ・ズバルスキー男爵のお言葉です」

 

 

「続きまして」

 5分ほどの小休止を挟んだ後、アレクシオの言葉で説明が再開される。

「この世界に存在する、魔法について説明します」

 魔法技術がどれほどだいそれた事を実現できるのか、日本人はすでに目にしている。なにせ地球とエボールグを結ぶ “(ゲート)” も、それによって開かれたのだから。

 ──────── にも関わらず、現在は、エボールグのおよそ半分が、魔法技術を頼らず、地球人にも当然の科学技術を頼って国を動かしていると言う。

「──── 説明する、と申しましても、 “従来できたことを、慣習として使い続けている” 部分が多いため、現時点で推測を含めて部分的に判明している内容になることをご了承ください。まず、エボールグのような生命の誕生を可能とする環境の惑星の大気中には、魔法を作用するタキオン物質というものが存在しています」

「タキオン物質!? それは、この世界独特の物質があるということですか?」

 丈乃が、怪訝そうな表情をして、問いかける。

「いえ、タキオン物質というのは、そのものが未知の物質というわけではありません。タキオン物質というのは、構成する素粒子の全部、もしくは一部が、質量が虚数の状態になっている状態をいいます。つまり、『“タキオン物質” なる独立した物質が存在する』のではなく、『質量が虚数の状態になっている素粒子で構成された既知の物質』ということです」

 そこまで説明して、アレクシオは視察班のメンバーを見渡す。

 珊瑚がメモを取っていたが、概して理解したようなしていないような……という様子だったが、アレクシオは先を続けた。

「タキオン物質状態の物質は、質量が虚数である為、通常の方法では、質量を計測するどころか、まず触れたり、科学的な方法で任意に加熱・冷却したりすることもできません」

「それでは、どうやって……」

 丈乃が問いかける。

()()()()()()()()()()()()()、唯一干渉すると解っているのが、知的生命の精神です」

「せ、精神?」

 学が、どこか呆れたような表情になりつつ、声を出してしまった。

「はい。ただし、所謂精神論、根性とか心の持ちようとかいうものではありません。生物の神経が電気信号であることは皆さんご存知かと思います……が……?」

 アレクシオは話しつつ、視察班の様子を見ていると、日本人は小首を傾げるようにしてみたり、怪訝そうな表情をしたりしている。

「そ、そうか、地球には魔法技術がないから、このあたりの解明もまだなのか……!」

 てっきり、同じ技術レベルだと思い込んで、説明用の原稿を用意してしまったアレクシオは、困惑した表情になってしまう。

「あ、ええ、ああ、つまり、エボールグでは人間の神経伝達が電気信号であると、そこまで、()()()()()()解明されているということですね」

 助け舟を出すかのように、丈乃が立ち上がりかけながら、そう言った。

「ええ、まぁ、そう言うことなんですが……」

「解りました。それを前提に、進めてください」

「はい、ありがとうございます」

 アレクシオは、そう言って表情と姿勢を整え直してから、話を続ける。

「タキオン物質に唯一干渉するのが、この生物の神経の電流が電波として漏出する部分なのです。そして、知的生命がこの干渉を制御し、一定の現象を起こせるようにしたのが、魔法というわけです」

「なるほど、エボールグにはタキオン物質が存在しているから、魔法技術が存在した、というわけですね?」

 克三郎が、問いかけるようにしつつも、納得したように言う。

「いえ。そのものは、地球にも存在します。それは、我々の方で確認済みです」

「え、そうなんですか!?」

 アレクシオの言葉に、克三郎は軽く驚いたように聞き返す。

「はい。ただ、エボールグより確かに希薄ではありますが。タキオン物質が有用な濃度で存在するには、安定かつ流動的な大気の存在、それを留めておく地磁気と電離層の存在が必要になります。このあたりが地球とエボールグでわずかに差があるようですが、地球にも確かに存在しています。現に “門” を開くのに必要なだけのものは有りました」

「そう言えば、 “門” は、チハーキュ側がここでしか開けない、といって東京湾になった、と言っていたな…………」

 学が、思い出したかのように言う。

「大気と同じように、タキオン物質もまた、天体の活動で一定の流動をしています。この流れを、エボールグでは “アストラルストリーム” と呼んでいます。そして、日本列島は地球におけるアストラルストリームの集結点のひとつであることが、この2ヶ月強の観測で判明しています」

「それで、東京湾が最適だった、と……」

「はい」

 学の言葉に、アレクシオは、はっきりと答え、頷いた。

「チハーキュが魔法技術から科学技術に転じたのは、その事もあって?」

「ひとつではあります。ですが、もっと根幹的なことです」

「根幹的なこと?」

「はい」

 丈乃が鸚鵡返し気味に聞き返すと、アレクシオは、強く頷き、説明する。

「タキオン物質に干渉する能力は、種族、そして個体差も激しく出ます。先程種族について説明した際、エルフは神性を持つとされている、と説明しましたが、そのひとつの根拠です。しかし、それは力の偏在を招きやすいのです」

「力の偏在……」

「はい。魔法技術下での文明というのは、簡単に言ってしまえば魔導師が固定された特権階級である社会です。何よりもそれが優先され、総合的な資質の判断なしに国家を指導する立場になります。そしてそれは、容易に腐敗を生みます」

「確かに、そうなるだろうな……」

 学が、顎に手を当てて考え込むような姿勢になりつつ、呟くように言った。

「嫌な話をしますが、科学技術社会であれば、相応の訓練を受けて銃を持てば、誰でも(いっ)(ぱし)の兵士にはなれます。もちろん、より資質的に適した者が望ましいのは確かですが。確かに技術職は必要ではあるものの、整えられた条件において、万人に平等な結果をもたらすものが科学技術です。そして、かつて強力な社会性を持つ人間族の魔法文明社会によって支配された我が国が、独立を勝ち取り、それを維持し続けるのに必要としたのが、科学技術による強力な産業、国家を強靭にする工業生産力だったわけです」

「なるほど。そのことは理解できました」

 丈乃が言い、それに問いかける。

「そこで気になるのですが、チハーキュの皆さんが呼ぶ、魔学技術というのは、魔法技術とは、異なるものなのですか?」

「魔学技術というのは、科学技術に対抗して、既存の魔法技術を系統立てて整理し、より研ぎ澄ますことで、類似の結果をもたらせるようにしたものです。先ほど説明した魔法技術の原理を、 “アストラル・タキオン・エネルギー力学” としてまとめ、その汎用性、自在性を高めたものです。ただし、それを扱うには依然として高位の魔導師を必要とし、彼らが特権階級であることは変わりがありません。それに……────」

 険しい表情でそこまで言って、アレクシオは、言葉を途切れさせ、更に表情を歪めた。

「それに?」

 丈乃が続きを促すように言うが、アレクシオは少し唸るような声を出す。

 列席するヒカルやセルギオスも、何故か苦渋に満ちたような雰囲気を放っている。

「その、皆さんに(ちか)しいだろう、人間族の国家であるイビムの不都合な真実を伝えるのは、日本人の方々にその、失礼と言うか、我々が敵愾心を抱いていると思われるのではないかと……」

「構いません」

 凛とした声で、そう言ったのは、珊瑚だった。全員が一旦、珊瑚に視線を向ける。

「教えていただきませんか? それは、新聞関係者として知っておきたい情報です」

「それに」

 学が続いた。

「我々が同盟を結んでいるのはあなた方だ」

 そこまで言って、視線を鋭くする。

「決して植民地支配を ──── 収奪を目的として他種族他民族を支配する人間の国家ではない」

「解りました……ただ、衝撃的な内容なので覚悟してください」

 ゴクリ、と、何人かが喉を鳴らした。

「魔学技術社会においてはタキオン物質に干渉するための効率的な手法が必要となります。その為に、人為的に造られた高濃度のタキオン物質封入溶液を使います。これを魔学技術圏では “エリクシル・エーテル” と呼びます。もちろん、科学文明圏におけるエーテルとは全く別の代物です。そしてそれは、魔法資質のある高等知的生命体が自ら触媒となって抽出することになります。エルフの小国であれば、有志からの提供で充分国を回せるのですが、イビムのような人間の大国ですと、それでは足りない。そこで、 ──── ──── ──── ──── ──── ──── ──── ─。 ──── ─」

「なっ!?」

「ぅ……っ!?」

 それを聞かされ、日本人達は表情を驚愕と戦慄に染めた。

「そんな事が……そんな事が許されるのか!?」

 学が声を荒げる。

「……もちろん、我々には理解できない価値観です。ただ、勢力圏は縮小したとは言っても、イビムの潜在的な国力はまだ強い。前大戦 ──── バイハイ戦役でも、無条件降伏に追い込むには程遠かった……我々チハーキュ帝国がまず守らなければならないのは帝国臣民、次いで同盟国です。それだけを大義名分に()()()()()()()()()()()()()を始める事はできない…………」

「あ、ああ……」

 苦渋、悔しさに満ちた表情で言うアレクシオに、学がはっと我に返る。

「すみません……貴方がたを責める意図ではない……ただあまりに……そう……」

「解ります。これを聞かされて義憤に駆られるのは正常な精神です。少なくとも我々にとっては…………」

 申し訳無さそうに言う学に対し、アレクシオは息苦しそうな言葉を出した。

 ──────── その後の、チハーキュの現況の解説は、その重苦しい空気の取り切れない中で進むことになった。

 






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チハーキュ帝国海軍軍装、どちらがいい?(絵のリンクは Chapter-12 あとがき)

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