進撃! 犬耳機動部隊   作:神谷萌

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第二次珊瑚海海戦
Chapter-31


 新学暦206年、昭和17年、西暦1942年。

 8月25日、夕方。

 地球、ガダルカナル島北方沖 ────

「いるいる」

 フィリシスのミリア・エリカ・ノルシェル少尉は、人間やエルフよりも1段上の位置に装着するイヤーレシーバーに手を当てながら、口元でニヤリと笑う。

 ヴォルクス、フィリシスの聴覚は鋭い。単純な聴力も人間族より有意な程度には優れているが、それ以上に音の分解能が高い。音自体は聞こえていても、それがどのような音なのかの判断ができる範囲が大きいということだ。

 そして、それが近代海軍を運用するとなると、もっとも凶悪な兵器と化すのが、潜水艦に他ならなかった。

 チハーキュ帝国海軍、SSH-40型潜水艦SSH-48。

「方位的には、南西から北東か。ガダルカナルになにか下ろしたわね」

 ヴォルクスの潜水艦長、カミーラ・サリナ・ウェストン中佐が、呆れたと言うか、嫌味を言うような口調と態度で、声量を抑えながらそう言った。

()きに捕まえられれば言うことなかったんだけど、まぁ、捕まえたからには沈めましょうか」

「んん?」

「どうしたの?」

 怪訝そうな声を出したミリアに、カミーラが、聞き取りやすいが抑えた声で訊ねる。

「いえ。1軸ですが多分大型が1、4軸の中型1、2軸の小型1」

「1軸の大型?」

 カミーラも、胡散臭そうに表情を歪めた。

 エボールグでは小型船以外の外洋船で1軸は珍しい。外洋船の主力が(スー)(パー)()(イー)(ラー)であるため、それと同等の操舵性の確保をするため、近海用大型スクリュー船でも殆どは複数軸駆動だ。

「まぁいいか。聴音だけでいける?」

「当てるだけでいいですか?」

 カミーラの問いかけに、ミリアが聞き返す。

「いいわよ。どれでも」

「了解。主電動機と発射管準備させてください」

 そう言って、ミリアは軽く目を閉じる。

「釣合、主電動機起動用意。魚雷戦用意、注水は待って」

 カミーラが指示を出す。

 潜水艦の魚雷発射管は、発射前に外部と圧力を同一にするために、艦内側を閉鎖して注水する。

 この際、気泡が放出されるため、水中の潜水艦は水上艦にその位置を露呈することになる。なので、発射の直前に注水して、直ちに発射、遁走というのが、この当時の潜水艦の基本攻撃シーケンスになる。

 ──── が、この時カミーラが注水を待たせたのは、その際に出る音を嫌ったからだった。

 訓練を積んだフィリシスの聴音手にとって、一度神経を研ぎ澄ませば、その時は水中が見えていると言っても過言ではなかった。

 しかも、こと静粛性だけに限って言うならどの化学式のエンジンよりも静かなタキオンモーター相手を前提に訓練しているチハーキュ海軍の聴音手にとっては、アメリカのオールキーアードタービン艦などチンドン屋当然の音源だった。

「…………右7°。距離1,800。いけます」

「転舵、右7°、魚雷管注水、主電動機無速起動」

 ミリアの言葉に、カミーラはその隣に寄り添うように立ち、指示を出す。

 無速、はチハーキュ帝国海軍の独自の用語で、基本的には潜水艦が使う。舵を効かせるためにスクリューをわずかに回転させる事を言い、前進・後進を意識しない状態を言う。もちろん、スクリューの運転自体は始まっているので、全く動かないわけではないが。

「1番2番発射、転舵右10°、転舵後に3番4番発射」

 カミーラの指示が実行に移されていく。

 6門の前部55cm魚雷発射管2門から、SSB-55/201魚雷が発射される。

 水上艦用のSSB-55/200はその長さが9,010mmなのに対して、SSB-55/201は潜水艦用に7,050mm詰められている。以前はSSB-55T(Taikou)S(Shirinda-)に対してSSB-55M(Mizikai)TSといった感じで英字記号を付け加えていたが、SSB-55/200の制式化後は、形式からその構造を悟られる事を嫌って年式の数字を付け加えている。

 長さを詰めている分、航走距離と炸薬が少ないが、それでも450kgとアメリカ軍のMk.10魚雷の倍近い炸薬量を持っている。

 発射管から押し出された2本の魚雷は、圧搾空気で3気筒対向ピストンエンジンを起動した後、ベンチュリーバルブが作動して、シリンダーに供給される空気がII(2)号酸化剤 ──── 高純度酸素に切り替わる。

 SSH-48はわずかに向きを変え、さらに2本の魚雷を発射する。

「ずらかるわよ! 深度釣合、主電動機全速!」

 SSH-48は2基の主電動機を全力運転にし、水中速力16.5ノットでその場から離脱を始めた。

「当たりました」

 ミリアが、イヤーレシーバーを少し耳から浮かせつつ、言う。

 

 アメリカ合衆国海軍、セントルイス級軽巡洋艦『ヘレナ』。

 ヘレナは、ベンソン級駆逐艦『ファレンホルト』と共に、航空機輸送の任務を与えられた護衛空母『ロングアイランド』の護衛にあたっていた。

 ガダルカナル島上陸後、日本軍が建設した飛行場を奪取した後、速やかに海兵隊飛行隊を上陸させる予定だった。上陸当初、それは予定よりかなり順調に進むと思われた。ガダルカナル島の日本軍は武装が足りていないようで、飛行場の占領は想定よりも遥かに短時間で完了した。

 だが、その日の夜、上陸輸送艦隊の停泊地となっていたガダルカナル島・フロリダ島間の日本とチハーキュの巡洋艦隊が急襲。輸送艦隊と、護衛・上陸支援のTF62(第62任務部隊)の巡洋艦・駆逐艦の大半を喪失、深刻な損傷を受けていない艦が存在しないという大敗北を喫した。

 その後、ガダルカナル島に上陸した1万名以上の海兵隊員の為に、日没から日の出前の限られた時間を使って、輸送隊の涙ぐましい努力によって物資の陸揚げが行われていたが、翌日の午前中にはパチモン(knockoff)B-17(B-17)が爆撃にやってきて、それらの物資を焼き払っていく、という毎日が続いていた。

 TF61(第61任務部隊)の事実上の任務放棄で日本・チハーキュ艦隊の侵入を許したフランク・ジャック・フレッチャー提督は更迭されたが、空母『ワスプ』戦闘隊(VF-7)『レンジャー』戦闘隊(VF-4)の損耗は深刻で、再編のために一度パールハーバーに戻らざるを得なかった。

 一方、ソロモン群島西側ではチハーキュのものと思しき哨戒機がやたらと飛ぶようになり、小型ながら空母1隻がラバウル近辺に居座っている。

 この為、アメリカ軍が必死に夜間輸送をしている一方で、日本軍・チハーキュ軍は白昼堂々と輸送艦をガダルカナルに着けて荷揚げしている有り様だ。

「バカにしてんのか!!」

 ミルン湾の基地を飛び立ったオーストラリア空軍の哨戒機パイロットは、日本軍の駆逐艦にエスコートされてガダルカナルに向かう、19世紀の遺物にしか見えない外洋型外輪船の姿を見て、思わずそう叫び声を上げたと言う。

 そのような状況下、陸上部隊はブルドーザーもロードローラーの類も全て破壊され、スコップすら不足する中、人海戦術でどうにか滑走路を使用可能にした。飛行場を確保し、戦闘機を飛ばせるようになれば、海上輸送を確保できる、空母が戦線復帰して制空権を確保できればC-47輸送機による空中補給も可能になる、との観測に基づいて。

 その間の彼らの境遇は悲惨なものだった。食料は1日2食、しかも1食あたりは800カロリーに制限された。実際にはそれだけ食べられている兵士は恵まれている方だった。

 それ以上に彼らを苛んだのは、衛生用品の不足だった。石鹸、殺虫剤、消毒薬、各種医薬品の不足により、海兵隊員の9割はマラリアを始めとする熱帯特有の伝染病に罹患した。

 居住環境は劣悪の一言に尽きた。日本軍・チハーキュ軍の砲撃を避けてココナッツ林の中で就寝せざるを得なかったが、そこは少し強い雨が降るとたちまち冠水した。

 そのような過酷な状況下で、ようやく滑走路の使用の目処が立ったが、ガダルカナルへの展開に備えていた海兵隊の戦闘機隊VMF-223と索敵爆撃隊VMSB-231は進出を拒否した。理由は、現地の状況が悪すぎて、パイロットと整備士の安全と、機体の稼働率、それらを担保できないことと、重機がない中で整備された滑走路の状態がいいとは考えられず、平滑な空母の飛行甲板での運用を前提とした海軍機で編成される海兵隊航空隊では、車輪周りを破損させる可能性が高いこと、これらである。

 この当時、アメリカも陸軍省と海軍省は別れていた。そして、海兵隊は海軍省の管轄だった。アーネスト・ジョゼフ・キング海軍大将は、海兵隊航空隊の意見を支持した。

 正直に言ってしまうと、海軍としては、ここに航空機とその運用のための資材・人員を運ぶ余裕があるのなら、彼らを引き上げさせてやるべきだと考えていた。

 どういう理由か、日本軍・チハーキュ軍は滑走路奪還を意図していないようだった。だが、ヤツらの拠点には物資の備蓄が進んでいる。マタニカウ川東岸の米軍防衛線は、1日数度以上、激しい砲撃に晒されていた。

 だが ────

「陸軍としては海軍の提案に反対である」

 ときた。特に強くソロモン(キャン)(ペーン)の展開を推しているのが、ダグラス・マッカーサー大将だった。

「南太平洋方面での反攻の遅れは看過できない。オーストラリアが脱落すれば日本本土への攻撃発起点を失うことになる。ソロモン反攻だけは約束通り行ってもらう」

 マッカーサーのゴリ押しに対し、政治的野心を持つ彼に直談判に来られてはたまらないと、ワシントンは作戦継続の命令を飛ばしてきた。

 負けず劣らずアクの強いキングが、海兵隊航空隊の進出は認められない、と突っぱね、結果、陸軍の第67追撃飛行隊を輸送することになった。

 そして、ロングアイランドに14機のベルP-400『エアラコブラ』戦闘機を載せて、今日、ガダルカナルの沖合で、彼らをガダルカナル島の飛行場へ向けて発進させたところだった。

「たった14機ぽっちの戦闘機で、何ができるんだって、なぁ?」

 日がだいぶ傾いた頃、ヘレナの見張員が2人、見張り台で話していた。

「マッカーサーの癇癪につきあわされる連中は気の毒だよ」

 そう言いながら、タバコを燻らせていたが ────

「!」

 海面に現れたその、青白い線を発見した。

「まずい! 雷跡だ!」

「何!?」

 もう1人の見張員も、慌てて立ち上がって覗き込む。

「警報、警報だ! 魚雷がきている!! 潜水艦がいるぞ!」

 見張員は、艦内電話機に向かって声を張り上げる。そして、ハッとして一瞬、顔を上げた。

「ロングアイランドに回避させろ!」

「こ、この青白い航跡は……!」

 見張員の1人には、その存在に見覚えがあった。

 ドバァアァァッ!!

 ヘレナの艦首左舷側に、魚雷の1本が命中した。水柱とその飛沫が一瞬、ヘレナの艦首を包みこんだかのように見えた。そして ────

「クソッ、クソォオォーォォッ!!」

 ズドォオォォォォーン……ドドォオォォォン……

 ヘレナの艦首を掠めるように横切っていった魚雷が、ロングアイランドに突き刺さる。2本の水柱が、ロングアイランドの左舷側に立ち上った。

「あ……あぁぁ……っ」

「くそっ、どうなっているッ! 状況を説明しろ!」

 戦闘艦橋に上がってきた、艦長、ギルバート・コーウィン・フーバー大佐が、声を荒げる。

「艦首が……本艦の艦首が!!」

「!」

 艦橋にいた誰もが、愕然とした。

 ヘレナの第1砲塔基部直前から舳先までが、消えてなくなっていた。

 破壊された艦首は切断され、ヘレナ本体の右舷側を漂流していくところだった。

「機関後進! 全速! 前部の隔壁を全て閉鎖しろ!!」

 フーバー艦長が下令する。ここまで艦体が絶望的に見えても、前進による浸水を抑えて浮力を確保できていれば、直ちに沈没しないで済む可能性は充分ある。

「ロングアイランドが……!」

 ヘレナの見張員が雷跡を見つけた時点で、ロングアイランドにはすでに手遅れだった。商船構造で1軸のロングアイランドの舵の効きは、他の軍艦より優れているとは言えない。

 ヘレナからのロングアイランドへの視界を遮っていた、立ち上った水柱が崩れ落ちた時、ロングアイランドはすでに、飛行甲板前部が海水に浸かり、海中に没していこうとしているところだった。

 

 ベルP-39『エアラコブラ』 ──── ベル・エアクラフトが開発したこの戦闘機は、チハーキュの主力艦上戦闘機・エリア Ie9『セイレーン』と同じ液冷V型エンジンをコクピット後方にミッドシップ配置し、延長軸で機首のプロペラを駆動する形態をとっている。

 P-39とIe9の開発コンセプトは、驚くべきことに全く逆である。先にIe9から言うと、海軍の試作要求XF-201に(こた)えたもので、空母用の制空戦闘機であり、最も重視されたのは中低高度である。だが、そこを敢えてエリア航空機製造の主任設計者リズ・リンナ・イエラの決断で過給器にターボチャージャーを採用することが決まった。ミッドシップ配置は最大の重量物であるエンジンを重心位置に近付けることと、エンジン・過給機間のホーシングを最低限にするためである。結果として、高い運動性能と、余録のかたちで高々度性能を得ることができた。

 一方、P-39は当初、高々度迎撃機として開発が始まった。ミッドシップ配置の最大の動機は、 “大砲” に等しいブローニングM4(開発開始時は砲も試作番号のT9) 37mm機関砲を軸内装備することだった。この点、Ie9も軸内機銃は当初から想定していたものの、想定は20mmだ。

 ところが、何を考えたのかベル側からターボチャージャーを廃する提案がなされ、そのまま決定された。この決定がなされた会議に参加していなかった、軍側の担当者であるベンジャミン・スコヴィル・ケルシー中尉(当時)はその事をひどく後悔したと言う。

 それが今、盛大な皮肉となって米軍に返ってきている。

 P-400は、イギリスがそのあまりに期待外れの性能を見て、キャンセルした英軍仕様の『エアラコブラ』Mk.(1)を、米陸軍が引き取ったものである。

 P-39は、低高度ではそれなりの能力を発揮できた。低空においては、高翼面荷重の高速機ゆえにあまりこの高度を得意としないドイツ戦闘機、特にメッサーシュミットBf109相手に優位に立つことができた。

 だが ────

 ガダルカナルの滑走路に並べられたP-400は、敵機接近の報に、直ちに迎撃の為に発進した。

 アメリカ陸軍が1930年代後半にP-39を含むいくつかの高々度戦闘機の試作要求を行った動機は、自国が開発したボーイングB-17『フライングフォートレス』の性能があまりに高かったためだ。自国にできたことなのだから、他国(特にドイツとイギリス)にできる可能性は充分にある。その為に、「B-17を迎撃できる戦闘機」を欲したのだ。 ……そう ────

 

 悪夢が、現実になった。

 

 チハーキュ帝国陸軍地球派遣軍、第902航空団所属のレイアナーRe4重爆撃機36機が侵入してくる。ターボチャージャーを備える4発爆撃機だが、精密爆撃を意図して低めの高度4,000mから侵入した。だが、誘導兵器がないこの当時の戦闘機の大型機の迎撃法は、基本的に後ろ上方から、パワーダイブを利用しての加速を伴った射撃になる。

 だが、P-400の貧弱な過給器では、Re4にパワーダイブをかけられる高度に、速度を維持しながら上昇することすら覚束なかった。

 そして、Re4は丸裸ではない。P-400にとっては最悪に等しい相手を猟犬として伴っていた。

 ドイツ機とは対象的に、航空機の出撃拠点の整備が限られているが故に、航続距離を伸ばすための低翼面荷重を採用し ──── 結果、どいつもこいつもアホみたいに低空格闘戦が得意な日本戦闘機は、P-39にとって最も相性の悪い相手だった。

 上昇も思うに任せない中、P-400は大日本帝国海軍第二五航空戦隊の三菱A6M 零式艦上戦闘機18機に襲いかかられ、Re4が爆撃離脱コースに乗る頃には14機中12機が撃墜されていた。

 ── チハーキュさんのIe9と同じだと言うから、ひょっとしたら今までが錯覚で、手強いんじゃないかと思ったが、気のせいだったか……

 航続距離こそ及ばないものの、零戦に引けを取らない身軽さを披露しているIe9や、エルードEl11『ケツァルコアトル』のミッドシップコンビは、日本海軍搭乗員に、「鰹節」などと揶揄してきたP-39も侮れないのでは、と考えさせていたが、あっけない結果に落胆すら覚えてしまった。

 ── 油断大敵という……チハーキュさんの重爆が敵を乱してくれているから、こちらに有利なのは、心に戒めて置かなければな……

 坂井三郎一等飛行兵曹は、自機をバンクさせて自身が率いる小隊の列機に合図しながら、Re4の編隊とともに離脱にかかる。

 その時には、すでに双発のエリアAr10と三菱G4M 一式陸上攻撃機それぞれ24機が、爆撃を開始しているところだった。

 ロングアイランドが身を賭して運んだP-400は、実質1日で壊滅した。

 

 






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チハーキュ帝国海軍軍装、どちらがいい?(絵のリンクは Chapter-12 あとがき)

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