進撃! 犬耳機動部隊   作:神谷萌

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Chapter-39

 9月6日、夕刻。

 大日本帝国海軍の伊号第一九潜水艦は、哨戒と、オーストラリア経由のソロモン・南ニューギニアへの補給線遮断の為、珊瑚海、ちょうど位置的にはブーゲンビリア島から真南の位置にいた。

「潜望鏡深度、懸吊」

 潜望鏡で海上を見られる深度を占めると、自動懸吊装置を作動させて、深度を一定に保つ。

 潜水艦長・木梨鷹一少佐は、その潜望鏡を覗こうとして、一瞬、聴覚に意識を集中させている自分に気がついた。

「日本の潜水艦の煩さときたら……あれじゃ目覚まし時計が潜ってるみたいなもんよ」

 補給・整備の為にラバウルに立ち寄った際、チハーキュの人間……いや人間ではないが、そう評価しているという話を聞いてしまった。

 木梨が直接聞いた話ではないが、犬、猫の特徴か、聴覚の高い分解能を活かして、アメリカの潜水艦をホイホイ狩り出しているのは知っていたが、はっきりと、

「申し訳ないが、日本の潜水艦はアメリカのそれより見つけやすい」

 と、言われてしまっている。

 原因はいくつか存在したが、最大のものは駆動方式だと言う。

 この時代の大概の潜水艦は、ディーゼルエンジンが浮上中の動力源だが、日本の潜水艦はこの浮上航行時において、ディーゼルエンジンの動力で直接スクリューを回すという方式を採っていた。

 ところが、この為の、浮上時のディーゼルエンジン駆動と潜航時の電動機駆動の切り替えのためのギアボックスとクラッチが、最大の騒音源になっているというのだ。

 チハーキュ帝国海軍の潜水艦では、浮上時も、潜航時も、いずれもスクリューを駆動するのは主電動機になっている。浮上時はバッテリーの充電も兼ねてディーゼルエンジンを使用するが、エンジンは基本的に発電のみ行う。

 複雑な歯車機構は、どれだけクリアランスを確保しても騒音源になる。日本の技術力の低さではなく、その構成が騒音を作り出してしまっていた。

 ついでに言うなら、潜水艦の設計思想そのものは似通っている。基準排水量で1,500トンを超える外洋型潜水艦が主体で、2,000トンを超える巡洋型潜水艦も多く建造されている。

 地球では、いくつかの国が試験したものの、実用の段階に進んだのは日本だけである航空機搭載型潜水艦についても、チハーキュ帝国海軍はこれを保有していた。

 むしろ、チハーキュ帝国海軍は同盟国の防衛のために派遣する戦力として、日本よりも大型の巡洋型潜水艦を強く欲した。

 では駆動系の差はどういうことかと言うと、潜水艦の試行錯誤期にはチハーキュも日本と同じ構造だった。しかし、静粛性の追求が日本よりも強かったところへ、水上艦がスチームエレクトリック・スチームターボ併用のデファクトスタンダード化により、現在のようになっていった。

 もっとも、一方的に日本が劣っているわけでもない。

 自動で潜航深度を一定に保ち、大きくずれた場合には警報を発する “自動懸吊装置” は、日本潜水艦の独自の装備だった。Uボートで知られる潜水艦先進国のドイツでさえ驚いた。

 チハーキュ帝国海軍は同様の機構を “自動釣合装置” の名称で開発していたが、日本のものほど洗練されておらず、特に信頼性が及ばず、頻繁な整備を必要とする、という。

 ──── 複雑な感情を胸中に持ちながら、木梨は潜望鏡を覗き込んだ。

「!」

 水上の様子を伺うと、やがて、潜望鏡の中に特徴的な艦のシルエットがその視界に捉えられた。

「いるぞ……」

「えっ?」

「空母だ、間違いない」

 木梨は声を抑えて、呟くように言い、下令する。

「魚雷戦、1番から4番。進路このまま」

 告げつつも、更に目を凝らして、その艦影を確認する。

 日本やチハーキュの空母が、絶対にいない、と言える海域ではない。誤射は絶対に避けなければならなかった。

 ── 直立の煙突の空母が2隻。

 近海にいる可能性がある味方の空母、翔鶴型、瑞鳳、レムリアス級、シルフィオン級、いずれもが下方湾曲煙突を持っている。

 直立煙突に見えるとしたら、飛鷹型の2隻の上向き傾斜煙突だが、この2隻は今、この方面にはいないはずだった。

 ── 1隻はレキシントン型、もう1隻はエンタープライズ型、いや……

 日本軍は、ヨークタウン級空母のクラスネームシップを『エンタープライズ』と認識していた。

 だが、その “エンタープライズ型” は、すべてミッドウェイ沖海戦に参加し、いずれも戦没している。

 ── だとすれば、ワスプ、か。

「発射管、1番から4番、注水」

 木梨は、攻撃を決断し、下令する。

 ゴボッ……

 魚雷発射管に注水された音が、響いてきた。

「推進機微速、1番2番発射、面舵7°、転舵後に3番4番発射」

 ドッ

 日本海軍の誇る、九五式魚雷、酸素魚雷が放たれる ────

 

 チハーキュ軍に続いて、日本軍の空母航空隊の攻撃を受けたTF61は、巡洋艦の多大な損害の上、サラトガ、ワスプも被雷し、両艦とも軽傷とはとても言えない状態だった。

「あの双発艦爆(SB)、厄介ですね」

「ああ……」

 サラトガの戦闘艦橋で、ハルゼーとブラウニングが話している。

 TF61の攻撃は、確実に敵空母を沈めたという情報がなく、ラバウル攻撃も不充分で、()()()()()、戦術的な敗北だったようにも見える。

 だが、ハルゼーは、さほど悲観的な様子を見せていなかった。ただ、ブラウニングに敵の双発艦爆 ──── Se12の話題を振られて、急に表情を渋くする。

 無敵というわけでは当然ないが、SBDよりも遥かにタフネスな機体で、綿密な対空射撃の中を強襲してくる。

 搭載量は2000lbと目され、巡洋艦にとって数機が()()()になる。

 今のところチハーキュ軍の雷撃機が、イギリス(ジョンブル共)のフェアリー『ソードフィッシュ』からせいぜい引込脚にしたぐらいの複葉機の為、今回は、露払い役をしておいて、トドメを狙える雷撃は日本軍に頼ったかたちだが ────

「戦争が長引いて、雷撃機もマトモなのを装備するようになると厄介か」

「ええ、九七艦攻(Kate)そのままではないでしょうが、日本機をサンプルにはするでしょうし……」

 この戦争にどう落とし所をつけるのか、そこまではハルゼーにとって職責ではないと考えていたが、長引くのは確実だ。トーキョーを占領して、“門” からチハーキュ軍が送り込まれてこないようにしなければならない。

「対空射撃での撃墜が困難だとすると、戦闘機を増やすべきだが、今以上となると攻撃力が不足することになるな……」

 チハーキュ海軍に対しては事実上の先制奇襲攻撃だったミッドウェイ沖海戦でも、SBDの攻撃だけでは空母を沈められていない。確実な確認は取れていなかったが、仮に沈んでいるのだったら賠償交渉の際に持ち出しているはずだ。最近の米海軍では、航空雷撃を重視していなかったが、この先チハーキュ海軍を相手にするとなると、雷撃機ももう少し搭載したい。

 ──────── この時点では、ワスプの方が深手だった。サラトガとワスプは、どちらも3本の魚雷を受けていたが、ワスプは缶室内にも浸水が生じ、一時は速度が8ノットまで落ちた。

 だが ────

 ドゥ……ドゥドゥ……!!

「ウォッ!?」

 戦闘艦橋では僅かな衝撃に感じられたが、4万トン超のサラトガが確実に揺さぶられた。それほどの衝撃とともに、右舷側に大きな水柱が3本、立ち上る。

「Shit! 潜水艦か!!」

 火災の発生などの見た目に激烈な事象は発生していなかったが、航空魚雷でダメージを受けていたところへ、追加で潜水艦用魚雷を受けたサラトガの艦体は、一気に深刻な事態になりつつあった。

 ゴワ……ゥ……!!

 機関室か、艦底の方から貫かれるような衝撃が走る。サラトガの巨体が、一瞬跳ね上がったかのように感じられた。

「機関室との連絡が途絶えました。応急班が電源が使えないと報告しています。本艦の状態は極めて危険です!」

 艦長、デヴィット・クリントン・ラムゼイ艦長が、ハルゼーらTF61司令部スタッフにそう告げた。

「艦長、必要であれば総員退艦を命じろ。我々に責任をもつ必要はない」

 ハルゼーはラムゼイ艦長にそう言ってから、右舷側の海上に目を向けた。

 陽は傾いていた。もう2時間もすれば暮れていただろう。

「ジャップだかパピーだかわからんが、やってくれたな!」

 

 

チハーキュ帝国軍(陸軍/海軍) 損害

 被撃沈 駆逐艦『アウフガスト』

 大破 重巡『グラディンホル』

 中破 空母『アフルヘイムラー』

 被撃墜(空母機) Se12 3機/Ie7 11機/Ie9 3機/El11 3機

 (陸上機) El9 3機

大日本帝国海軍 損害

 被撃墜 九七艦攻 12機/九九艦爆 9機/零戦 6機

アメリカ合衆国海軍 損害

 被撃沈 空母『サラトガ』

  重巡『サンフランシスコ』『ソルトレイクシティ』

  軽巡『サンディエゴ』『ジュノー』

  駆逐艦『スタック』

 大破 空母『ワスプ』

  重巡『ニューオリンズ』『ミネアポリス』

 小破 戦艦『ノースカロライナ』

 被撃墜 SBD 19機/TBF 21機/F4F 32機

 

 

 数時間後 ──── 現地時間、同日午前。

 ノーフォークの合衆国艦隊司令部で、キングは作戦の速報を受け取っていた。

「ふむ……」

 戦果の割に損害の大きな報告を見て、しかし、キングは唇の端を吊り上げた。

「上出来だ。想定を超えるものではなかったが、及第点には達している」

「は…………?」

 明らかに、戦術的な敗北、あるいは作戦失敗という彼我の損害差だが、激情家のキングが、不快感を表さずにそう言ったのを見て、彼の参謀や書記官達は、呆気にとられたような表情で、間の抜けた声を出してしまった。

「サラトガが沈んだのは流石にきついがな……今回の作戦は、まず手段を選ばず、犬人間どもの空母に軽微ではない損傷を与えることが必要だった。実際には、ラバウル攻撃の方が余録に過ぎん」

 キングが作戦の意図を説明しても、それを聞いていた彼らはまだ理解ができないように、狐につままれたような表情をしている。

「犬人間どもの国の情報はまだ充分ではない。だが、ひとつだけ確実に言えることがある。それは、これだけの軍備を持っているということは、それだけの “敵” が、向こう側にいるということだ」

「つまり……軍事力のすべてをこちらへ送り込んでくる事は不可能、ということですか?」

 参謀が、聞き返すように言った。

「正解だが、パーフェクトではないな」

 キングは、ニヤリと笑いながら言う。

「重要なのは、やつらにとってこの戦争は突発的に始まったということだ。つまり、軍備を整える技術力と生産力をもつが、それが戦時体制になっていない。この点が重要だ。その戦時生産体制が整うまでは、こちらの世界に本格的に戦力を送ってくることはできない」

「な。なるほど……」

 参謀は、自身にも妙に思える笑いが浮かんできたことに気づきつつ、言う。

「その間に我々は準備ができる……──── と」

「そうだ」

 我が意を得たり、と、キングは言う。

「一度その格差が開いてしまえば、二度と縮まることはない。合衆国の戦争遂行は順調に進んでいる。修正は必要ではあるようだが、リカバー可能な程度でしかない」

「な、なるほど……」

 開戦から9ヶ月が経過している。アメリカは実質的には、正式な参戦前から、ヨーロッパや蒋介石政権に有償無償で兵器を供給していたため、ある程度生産体制が整っていた。現状はまだ完全とは言えなかったが、それはアメリカとしてのもので、()()()()()()()()()()()()()

 ──────── 逆に、チハーキュ帝国が、アメリカの正式参戦前の状態、パーシャルな戦時生産体制にはなっていない。と、これはキングだけの()()ではなかったが、それは確実と考えられていた。

 なぜなら、もし国家単位で生産の統制が必要なほどの規模の、戦争、紛争があちら側の世界で起きていたとして、それに介入している、あるいは介入する可能性がある、とすれば、わざわざ世界を超えてこちらの戦争に介入してくるというリスクは侵さないはずだからだ。

 そして、それは少なくとも、間違ってはいなかった。

 直近に北方大陸の同盟国の為に紛争に介入したことがあった。だが、それはチハーキュ帝国にとって、技術的なターニングポイントとなっていたが、武力行使事態という面で見た場合は、戦争とは到底表現できないような小競り合いでしかなかった。そして、それはすでに終結してから2年弱が経過している。

「だからこそ、今はあの目障りな2隻の空母を活動不能にする必要があった。後続の戦力の準備はできていないか、できているとしても現在の規模と同程度を追加する程度が限界になるはずだ。ソロモン方面での枢軸軍の活動は大幅に制限される。ハルゼーは目的を達成してくれたよ」

 そこまで、キングは皮肉めいた笑みを浮かべながら言った。

 ただ ────

 ── 問題は、犬どもの国家がどこまで力を持っているか、だ。

 部下の手前ということと、それはキングの職責を逸脱するということから、目の前の部下には話さず、胸中での思考だけに留める。

 ── ホワイトハウスの連中は、少し楽観的になっているな……

 キングの懸念は、とにかくなにより「チハーキュ帝国の情報が少ない」という点だ。

 ── 合衆国の国力に少し安心が過ぎている……向こうはジャップからある程度の資料をもらっていて、その上で戦争計画を立てているはずだ。

 キングも、自国の優位を疑いはしていなかったが、「情報がない」という点は、重大な懸念材料であることは間違いない。

 現に、キングの手元には、すでに “()()()()()()リカバー不可能ではない” 程度の修正案件が、わざわざ速報にハルゼーが追記するかたちでもたらされていた。

『チハーキュ軍の空母は、レーダーによる警戒防御能力と日本空母に比して高い抗堪性を持ち、急降下爆撃のみでの撃沈は困難であり、雷撃機が重要となる。しかし、TBFでは飛行性能不足のため損害が甚だしく、TBU、もしくはより高性能機の配備を必要とする』

 

 






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チハーキュ帝国海軍軍装、どちらがいい?(絵のリンクは Chapter-12 あとがき)

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