地球、大日本帝国、横須賀。
東京急行電鉄湘南線は、陸上交通整理法により合併した、旧京浜電気鉄道線・湘南電気鉄道線の路線であり、後の京浜急行電鉄本線である。
その追浜駅、近くの蕎麦屋。
「はい、お待ちどう様」
そう言って、テーブルに3杯のたぬき蕎麦が置かれるのだが…………
「ソバ、なの!? これが!?」
そう声を上げたのは、明らかに日本人では ──── 地球人類ですらない特徴を持った女性だった。
「なんか、おかしいところがありますかい?」
「いえ……」
素っ頓狂な声を上げてしまった、チハーキュ海軍飛行中尉、チハ・アサギリ・サンミルの代わりに、同飛行少佐、ハンセリア・ルーデリア・ルーピェンが、取り繕う言葉を発した。
「ただ……私達の知っている “ソバ” とだいぶ違ったものですから……」
「はぁ……」
ハンセリアの言葉を聞いて、蕎麦屋の、初老の主人が困惑気な声を出す。
「これがソバ…………」
アサギリの方は、しげしげと丼を眺めてしまっている。
「ちょっと……サンミル中尉、失礼だぞ」
ハンセリアが、テーブルを挟んで向かい側に座っているアサギリを、小声だが強い口調で嗜める。
「ほぅでふよ」
アサギリの隣に座っている人物からも、声をかけられる。
「
「ウェブスター二飛曹は行儀悪いことしない」
アサギリとペアを組んでいる、アイリ・リード・ウェブスター二等飛行曹長が、蕎麦をすすりながらアサギリに言ったのを見て、ハンセリアは、今度はアイリを嗜める。
「いえ、つい、つゆの匂いが良かったもので」
一度口の中の物を嚥下してから、アイリはへらっと笑ってそう言った。
「確かにいい匂い……」
アイリの声を聞いて、アサギリは、そう言うと、箸を手に取った。
「いただきまーす」
そう言って、丼に入ったたぬき蕎麦に手をつけ始めた。
「まったく……すみません、ご迷惑おかけして」
「いいですがね……それよりどうぞ、そちらのお嬢さんも」
軽くため息を吐きつつ、主人に謝罪するハンセリアに、主人は手振りを加えて、勧める。
「お嬢さんという若さでは……ええ、いただきます」
偶発的に、ミッドウェイ海戦に参加
両空母は練習艦隊として運用されていたため、乗員、搭載機搭乗員が、訓練生や訓練過程を終えたばかりの者の為、このような判断になった。
ベテラン搭乗員である、ハンセリアやアサギリ、アイリ達は、地球派遣艦隊の予備戦力として、搭乗機ごと大日本帝国海軍横須賀基地に降ろされた。
チハーキュ海軍栄光の、初の全通甲板式航空母艦、と言う名の旧式艦『ホワイトアロー』は、搭乗員は訓練生を含んでいなかった事もあって、支援戦力として地球派遣艦隊に配置された。
「あー美味しかった、ごちそうさまー!!」
つゆまで飲み干したところで、アサギリは満面の笑顔でそう言った。
「ごちそうさま。美味しかったですよ」
「いえ……」
やはり完食したハンセリアが、主人に向かってそう言うと、3人の食事の様子を傍らで、別のテーブルに腰を寄りかからせて見ていた主人は、一瞬、謙遜したような様子を見せてから、
「お嬢さん
と、自身の疑問を口に出して問いかけた。
「はい」
ハンセリアより先に、打たれて響いたように、アサギリが声を出す。
「ただ、
「…………?」
アサギリがそう説明していると、店主は、視線を上に上げながら、怪訝そうな表情になって、顎を摘むような仕種をした。
「確認させていただきたいんですが、その “蕎麦” はもしかして、小麦でつくってませんかい?」
すると、今度は、問いかけられたアサギリ達が、軽く驚いたような表情になる。
「え、そうですけど……」
「“ソバ” ってそう言うものじゃないんですか?」
アサギリに、アイリが続いて、頭の上の耳をピンと立てながら、聞き返すように言う。聞き返すように言う。
すると、店主は軽いため息とともに苦笑した。
「それじゃ “うどん” ですぜ。聞いた限り、そのものです」
「へ?」
アサギリとアイリが、目を
「そちらさんには、蕎麦粉はないんですかい?」
「あるにはありますけど……」
店主の問いかけに、アサギリがそう答えかけるが、それをハンセリアが遮る。
「お話からすると、店主の言われるそれは、小麦粉のグレードとは別物ですね?」
「蕎麦粉は、蕎麦の実から作るもんです。小麦とは別物ですぜ」
ハンセリアの問いかけに、店主が答える。
「どういうこと?」
アサギリが声に出し、アイリとともに理解がいっていないという表情をしている。
ハンセリアは、アサギリ達の方に視線を向けると、
「聞いたことがある。チハーキュのソバの製法は “舟形遺跡” から発掘されたものだったが、当時、材料になる粉の種類が解らず、小麦で代用して現在の “ソバ” になったとな」
と、そう言った。
「“フナガタ遺跡” とやらはよくわかりませんが、打ち方だけ伝わって、蕎麦粉がなかったって事ですかい」
「まぁ、そう言うことですね」
店主の言葉に、ハンセリアが苦笑を浮かべてそう言った。
「あ」
それまで会話を聞いていたアイリが、彼女の華奢な腕には不釣り合いな軍用腕時計を見て声を出す。
「少佐、そろそろ戻りませんと」
「あ、もうそんな時間か」
アイリはこの中で最上位のハンセリアに言ったが、ハンセリアより先に、アサギリがそう反射的な声を出した。
「よし、戻るぞ。店主、ご馳走になりました」
ハンセリアが、そう言いながら椅子から立ち上がると、アサギリとアイリがそれに続く。
「支払いは……」
「あ、私払っておきまーす」
ハンセリアが、財布の場所を探ろうとすると、先にさっと財布を取り出したアサギリが、そう言った。
「領収書出せます?」
「できますぜ。宛先は横須賀さんで?」
「はい ──── あ、違う、チハーキュ海軍省でお願いします」
先に店を出たハンセリアとアイリの背後で、アサギリが店主とやり取りをしている。
「ちょ、お客さん? これは困りますぜ」
「え? …………あ!?」
戸惑った様子の店主の声に、アサギリは、自身が無意識に、チハーキュの紙幣と硬貨を取り出してしまっていたことに気がつく。
「いけね…………えっと、支給金、日本のお金は……と」
そのやり取りを聞いていたハンセリアが、アイリの方に視線を向けると、アイリは戯け混じりに肩を竦める。それを見て、ハンセリアがため息を
7月20日(日本時間基準)。
ポルトガル領ティモール。
インドシナ半島から東南東に続く、島嶼群の最東端近くに浮かぶティモール島は、ほぼ東西に二分され、西側をオランダ、東側をポルトガルが植民地として支配していた。
開戦直後の1941年、イギリス・オーストラリア軍は保障占領の名目でポルトガル領域を軍事占領した。ポルトガルのサラザール政権はこれに抗議したが、事実上無視された。1942年2月には今度は日本軍がティモール島内の連合軍を駆逐して占領した。日本も基本的にはポルトガルの主権下にあることを前提での占領だったが、実際には領内では日本の軍政が敷かれ、ポルトガルの権利は侵害された状態になっていた。
この為、本来は中立地帯とは言えない状態なのだが、名目だけでも中立となると、太平洋の東西の中間地点にあるのはここしかなかった。他の中立地帯、マカオは日本に、チリ領イースター島はアメリカに、それぞれ近すぎた。
「地球外国家との交渉とは……どう想像力を働かせればいいのか解らんな……」
呟いた男、ハーバート・クラーク・フーヴァー、前アメリカ合衆国大統領は、ノースカロライナ級戦艦『ノースカロライナ』の艦橋にいた。
去る6月4日、ミッドウェイ沖の海域に、不作為に異世界から転移した艦隊を、アメリカ合衆国海軍第16任務部隊・第17任務部隊が、日本軍と誤認し攻撃してしまった。
状況的に日本軍と区別のつかない状況だったとは言え、交戦状態になかった国家の艦船を一方的に先制攻撃した事になる。
その後、その艦隊が所属する “チハーキュ帝国” から、日本から中立国のポルトガルを経由し、アメリカ合衆国に対し、謝罪、賠償等の要求がなされ、回答なき場合は継続して交戦相手国と見做す、と通告してきた。
なにをどう判断していいのか解らない、というのが、アメリカ合衆国政府、フランクリン・デラノ・ルーズベルト政権の、最初の感想だった。
現状で解っているのは、その艦隊が16TF・17TFに反撃し、その結果、ミッドウェイ沖での海戦はアメリカが3隻の空母を喪失した。 ──── 最後まで生き残った、空母『エンタープライズ』は、日本軍の航空攻撃で損傷し漂流状態に陥った後、伊号第168号潜水艦の雷撃を受けて力尽き、沈没。この海戦に参加したアメリカ軍の空母はすべて喪失された。
それに対して、日本の大型艦の喪失は空母『蒼龍』と、上陸作戦中の事故で重巡洋艦『最上』が沈没したのみにとどまった。
ミッドウェイ群島を防衛しきれない場合、戦力の保全の方針が立てられていたが、指揮官のレイモンド・エイムズ・スプルーアンス少将の努力虚しく、ヨークタウン級空母は全滅となった。
とは言え、日本とアメリカの生産力の差を考えれば、ミッドウェイの敗北は戦術的なものにとどまり、海軍の提督達は日本軍の進撃を最小限に抑制しつつ、インド洋への進出を強めてイギリスを圧迫しないよう、太平洋に引き付ける為の作戦に頭を悩ませているだろうが、最終的な勝利への行程は揺るがない…………と、思われていた。
ところが、そのチハーキュ帝国が存在する惑星『エボールグ』と、地球との間に、大型の艦船が通行可能な “門” を、それも東京湾内に出現させた事が判明した。
そして、空母を中心とする「地球派遣艦隊」を送り込んできたと言う。
チハーキュ帝国がどの程度の国家なのか、その国力、国土とその性質などはまだ判明していない。ただ、現代艦と航空機を製造し、現代軍隊を持つという事は確定した。
この異世界の国家が参戦すれば、それは
俄に信じられない状況だったが、現実だと認識し、これを無視せず対応する必要があった。
「向こうの使節団の艦隊が見えます」
言われて、艦橋の前部に立ち、示された方角を見ると、1隻の大型艦と、2隻の巡洋艦、何隻かの小型の駆逐艦からなる艦隊が、彼方から正対してから接近してきている。
「日本艦隊がエスコートにつくはずだと聞いていたが、戦艦の護衛はなしか」
使節団艦隊指揮官のウィリス・オーガスタ・リーJr少将は、その艦隊を観察して、口元に余裕の笑みを浮かべてそう言った。
「日本の扱いからすると、さほど深刻に考えなくてもいいようですな」
リーは、フーヴァーに向かって、横目で視線を向けながらそう言った。
「い、いえ……」
双眼鏡を相手の艦隊に向けて覗き込んでいた、ノースカロライナ艦長、オスカー・チャールズ・バジャー
「Oh……信じられない」
「どうした?」
うわ言のように言うバジャー艦長の言葉に、リーが聞き返す。
「間違いない……巡洋艦に見えるのは……コンゴウ・クラスです!」
「な、なにっ!?」
リーとフーヴァーが、軽く驚いたような声を出しつつ、再度確認する。
「Oh…………」
──────── 前を行く戦艦『榛名』がまるで巡洋艦のように見える。
それだけ見た目にコンパクトに収められた意匠を持ちながら、巨大な存在。
皇家の銀百合を艦首に掲げ、戦艦『ユリン』は進んでいた。
ポルトガル領ティモール、首都ディリ。
会談場所となる議場で、両国の代表は相対した。
── あれだけの戦艦を造れる事も判明した……楽観視はできないぞ……
フーヴァーは内心でそう呟きつつ、相手の代表を見る。
「チハーキュ帝国を代表して参りました。テオフィル・ルキウス・チハーキュ・サヴィニオンです」
「アメリカ合衆国代表使節として派遣されました、ハーバート・クラーク・フーヴァーです」
実際には日本人の通訳を挟みつつ、相手側の使節が名乗ると、フーヴァーはそれに合わせて、ミドルネームを含めたフルネームを告げ、右手を差し出した。
だが、その差し出された手を見て、テオフィルはわずかに顔をしかめる。
「残念ですが、現時点で我々は手を取り合う関係ではないと思います。私は貴方がたに
テオフィルにそう言われて、フーヴァーはハッとする。
── 名前にチハーキュ……つまり、皇帝の縁戚者ということか……
お互い、代表団が向かい合って卓についたところで、テオフィルは険しい表情で切り出す。
「改めて説明させていただきますが、我が国は貴国、大日本帝国のいずれとも交戦状態にない状態で、自由を保証されるべき公海上を航行していた我が国海軍の艦隊を、貴国によってなんの予告もなく攻撃され、人命を含む多大な損害を受けました」
「それについては、我が合衆国海軍の明らかな瑕疵であり、合衆国として謝罪いたします」
まずは、フーヴァーは下手に出て、テオフィルを刺激することを避けた。
「言葉での謝罪のみを受け入れるわけには参りません。貴国の攻撃に晒された艦隊には、我が国の第一皇位継承者、皇太女の御召艦が参加していたのです。聞くところによると貴国は建国来の完全共和制で、我が国のような君主制国家の事情は解りにくいのかとも思われますが……」
逆に、テオフィルは、明らかに企図して高圧的な口調で言う。
「だ、だが!」
フーヴァーの補佐官が、慌てたように言い返す。
「貴国こそ、誤認攻撃後とは言え、我が合衆国と交戦中の日本軍に協力し、我が国の艦隊を攻撃した! 合衆国に損害を与えたではないか!」
そう言われると、通訳からその内容を聞いたテオフィルが、
「おい」
と、端的に自身の随員達に告げると、テオフィルを含めて一斉に立ち上がった。
「待て! 待ってくれ!!」
フーヴァーが、手を振りながら、慌てた声を出す。
「部下が失礼をした……現在、我が合衆国は、大日本帝国、ドイツ第三帝国と戦争状態にある。これに加えて貴国と戦争状態が継続するというのは、どうしても避けたい事態だ……交戦の経緯は明らかに我が合衆国に瑕疵がある……どうか……」
フーヴァーの言葉を聞いてから、テオフィルらチハーキュ側使節団は、席につき直した。
「まず、ドイツ第三帝国は我が国の利害に関係ないとして、大日本帝国と貴国との戦争継続状態が、地球世界にとって大いなる損失と捉えている。よって、我々は同時に、貴国と大日本帝国との戦争の、中止、終結を強く求める」
「それは、我が国に対する干渉……────」
先程の補佐官が言いかけたのを、フーヴァーは手で制した。
「謝罪で終わらない、と言うのは理解している。この際、貴国として求めるものを教えていただけないだろうか?」
フーヴァーは、重い口調で、テオフィルにそう問いかけるように言った。
「そうですな。単刀直入が早いというものだ。それでは、我が方の要求を纏めた物をお渡しする」
そう言って、テオフィルは、英訳された文書をフーヴァーに差し出した。
「拝見させていただく」
フーヴァーは、そう言って文書を手にとり、目を通す ────
チハーキュ帝国がアメリカ合衆国から受けた一方的な攻撃に対して、これの解決のためにアメリカ合衆国に対して以下の通り要求する。
1.チハーキュ帝国がアメリカ合衆国の不適切な攻撃によって受けた損害に対し、アメリカ合衆国は賠償として
2.同時に、今後99年間、アメリカ合衆国は自国内のすべての知的財産について、チハーキュ帝国の求めに応じて、例外なく無条件で公開すること。
3.アメリカ合衆国は、大日本帝国とは、直ちに戦争終結を前提として停戦すること。
4.アメリカ合衆国は、日本時間基準西暦1941年(新学暦205年)12月8日に発生したハワイ・パールハーバーでのすべての戦闘に関して、大日本帝国側の奇襲性を否定し、これを公式声明として世界に公表すること。
5.アメリカ合衆国は、大日本帝国に不当に突きつけた非公然文書、通称「ハル・ノート」について世界に公開し、同時に大日本帝国に対し大統領の名で謝罪すること。
6.アメリカ合衆国は、自国領アラスカを除き、地球の東経60°から経度180°を挟んで西経152°の範囲内で、大日本帝国と他国と間の争議にあらゆる形で介入しないこと。
7.アメリカ合衆国は、大日本帝国の自由貿易を侵害しないこと。
8.アメリカ合衆国は、中華地域の正当な政府として、南京の汪兆銘を首班とする政府を承認し、これ以外を排除することに反対しないこと。
9.アメリカ合衆国は、満州国を直ちに独立承認し、主権の存在を確認すること。
10.アメリカ合衆国は、ソビエト社会主義連邦に対するすべての支援を直ちに中止すること。
11.アメリカ合衆国は、チハーキュ帝国と大日本帝国との安全保障の利害の共有を、いかなる形でも妨害しないこと。
12.以上が守られる限り、チハーキュ帝国は、アメリカ合衆国の主権の存在を保証する。
「な、何だこれは、到底飲めない……あなた方は、これを我が合衆国が許容すると、本気で考えているのか!?」
流石に、自身も怒気を隠せず、激しい口調で問いただしてしまっていた。
「さて。貴国が飲めるかどうか、我が国が思案する事項ではない」
通訳から、フーヴァーの激昂の声の内容を聞かされたテオフィルは、酷薄そうな視線をフーヴァーらアメリカ使節団に対して向けながら、言う。
「飲むか、飲まないのか、それだけだ」
── どういう事だ……相手は戦争を望んでいる。明らかに無理難題をふっかけてきている。やり方としては使い古された、手垢のついたもの…………だが、動機はなんだ!? 現状、たった1ヶ所の “門” でつながっているだけの異世界から、我が合衆国と全面戦争を望む理由は!? 資源か!?
フーヴァーが、状況を理解しようと、チハーキュ帝国側の使節団の顔色を窺っていると、焦れたかのような様子を見せたテオフィルが、バンッ、と机を手のひらで叩き、自らの声で荒く発する。
「Yes or No !?」
──── 西暦1942年、昭和17年、新学暦206年8月1日。
チハーキュ帝国は正式にアメリカ合衆国に対し宣戦布告。
両国は全面戦争状態に突入した。
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
Twitter https://twitter.com/kaonohito2
Discord https://discord.gg/WN23qmRnkQ
Discordは「一時メンバー」となりますので、私のオフライン時に来られた方は、「エントランス」及び「一時メンバーの連絡用チャンネル」のアナウンスに従って必要事項を書き残してください。