カン カン カン
とある一室、暗がりの中を焔だけが煌々と照らしている。
カン カン カン
槌の音が鳴り響く。もうどれだけ長くこの音が続いたか分からない。
カン カン カン
青年は追い求めていた。かつて焔の中に見た万の刀が突立つ刀塚、その中心で鉄を打ち続ける背中を。彼が生涯をかけて目指した究極を。
カン カン カン───
そうして音は止み、部屋には静寂が残された。
*
第22層 南西エリア
「ふぅー……今回も失敗だな」
部屋の窓を開け風を通しながら完成した刀を眺める。単純なゲーム内の性能で言えば現在の最前線でも通用するものではあったが、造り手からしてみればまるで納得のいくものではなかった。
「辿り着けるかどうかすら分からないとは考えてたけど…いざ道を歩き始めると、その途方もなさを実感するな…仕方ない、また卸に行くか」
道具を片し、掃除を済ませてから作業着を探索用の装備に着替える。買い置きのおにぎり(のような料理)をお茶(としか思えない飲み物)で流し込み、トウヤはプレイヤーホームを後にした。
*
第1層 はじまりの街
「頼むよーゲンさん、俺の事助けると思って買い取ってくれよー」
「あのな、毎度毎度持ってこられてもこっちだって困るんだよ」
あれから俺ははじまりの街に来ていた。その目的は、ゲンさんが立ち上げたギルドに作った刀を買い付けてもらうためだ。
「いい加減にしてくれ、第一こんな買取価格はどう考えたっておかしいだろう」
「そんな滅相もない、うちはいつだって良心価格でやらせてもらってますよ」
うーん最初のうちは喜んで買ってくれたが何度も来ているうちにごねられるなったか…おかしいなー
「だって最前線クラスの武器が種類様々で50本、まとめて5万コルですよ?どう考えたってお得でしょ」
「お前に得が無さすぎるんだよ!もっと自分の仕事に見合った対価を要求しろって言ってんだ!」
「してるじゃないですか!本当ならタダで譲りたいところをゲンさんが言うから仕方なく値段つけてんすよこっちは!」
そう、このギルドに卸す武器はいわば俺が求めてるものの失敗作にすぎない。そんな中途半端なものに金を要求していては師匠である爺ちゃんにどやされるだろうし、何より駆け出しとはいえなけなしの自分のプライドが許さなかった。
なので正直に言えば最初はタダで譲る気満々だったのだが、ゲンさんが頑なにそれを認めず、以来渋々ながら二束三文の値段で売りつけてるというわけだ。
「…なぁトウヤよ、お前は仮にも現実で一人前の職人になる男だ、そんな男が自分の作品を安売りしていいはずがないだろ?」
「現実ならこんなことしないですよ。でも中途半端とはいえ、俺の武器で生き残る人が少しでも増えるなら、自分の儲けなんかどうだっていい。それにいつも言ってるでしょ。ギルド内への配備が済んだなら余った分はショップに売って金に変えてくれって。そうすりゃギルドの資金にもなるし、市場を荒らすことも無くほかの鍛冶屋にも迷惑はかからない」
「それはそうだが…」
「あんたは言ったはずだ、より多くの人を救うために頑張ると。だったらこんなことで二の足踏んでないで使えるものは全部使うべきだ。それともあんたの掲げた助けるっていう覚悟はその程度物だったのか?」
この言い方は卑怯かもしれないがこの人はこうでしなけりゃ折れないからな…あ、めちゃくちゃ葛藤してる。
「~~~っああもうわかったよ!5万だな、買ったよ!」
「毎度あり!」
よし、何とか買ってもらうことができた。これでここの人たちの安全も少しは確保しやすくなるだろう。
「はぁ…俺たちはいつになったらお前の支援を受けずにやっていけるんだろうな」
「俺は対等な関係として協力してるだけですよ」
「俺たちが返せるものがあまりになさすぎるんだよ」
「ゲンさんたちが真っ当にギルドの役割を果たしてくれたらそれで満足ですから」
「期待に応えられるように頑張るよ。昼飯はまだだろ、食堂でこのまま食っていけよ」
「そんじゃお言葉に甘えて」
話がついたところで俺たちは久しぶりに一緒に飯を食う運びとなった。
*
「それにしてもクレイドルも大きくなりましたね」
「まだまだ発展途上だがな。けど、少しずつではあるがやりたいことができるようになってきてるのを実感してるよ」
所変わってギルド内の食堂スペースで二人は近況などを語り合っていた。
アインクラッド総合支援機関『クレイドル』
それがゲンたちが立ち上げたギルドの名称だった。
はじまりの街に本居を構えたこのギルドの目的は支援機構の名が表す通り、最前線から離れた中層以下で活動するプレイヤーたちの支援活動を主としている。
ギルドのメンバーはゲンさんが中心になって集まった人たちで、中にはギルド活動のよって助けられ、『今度は自分が誰かの支えになりたい』という志を持って集まった人も多い。
支援内容は多岐にわたり、炊き出しによる食料支援、ギルド内でのアイテム生産などを手伝う形での職業斡旋、メンタルケアを行うカウンセリングなど様々である。
ギルドの運営資金や資材などは圏外での戦闘行える部隊が調達したり、生産したアイテムを上層で販売する形で賄っている(あとたまにトウヤが持ってくる武器をNPCショップで売り捌いたり)
「最近は上層での活動がメインの部隊も形になってきたからな。お前にも助けて貰って言うのもなんだが、かなり自立した活動を行えているよ」
「そういえば最近部隊数が2部隊に増えたって言ってましたっけ、なんでも隊長を任せられるくらいの人が二人加入してくれたとかで」
「そういえばトウヤはまだ会ったこと無かったんだったな。もうすぐ帰ってくるはずだからその時紹介を──」
「ただいま戻りました」
「お、噂をすれば帰ってきたな」
声のした方を見てみると、そこには一組の男女がいた。
一人は見たところ壮年といった年齢、長い茶髪と少し痩せて見える顔、だが体つきはがっしりとしている背に両手剣を担いだ男性。
もう一人は切りそろえられた茶髪と凛とした顔つきが特徴的な女性。鎧を纏い、片手直剣と盾を身につける姿は一人前の戦士の風格を漂わせていた。
「機関長、お疲れ様です。ただいま戻りました」
「今回の上層遠征も全員無事よ。食料や生産素材も予定より多めに手に入ったわ」
「全員無事で何よりだ、お疲れ様。トウヤ、紹介するよ。男性の方がクラディール、女性の方がグリゼルダだ。二人にはクレイドルの遠征部隊の隊長を務めてもらっている」
「初めまして、トウヤです。しがない鍛冶屋ですがどうぞよろしく」
「君がトウヤ君か、改めて私はクラディールという。君のことは機関長からよく話を聞いているよ」
「初めまして、グリゼルダよ。君があのトウヤ君ね、一線級の武器を二束三文で売りつけられるってゲンさんよくボヤいてるわよ」
「今日も新しい武器を大量に売りつけられたところだよ…」
「お得に武器が揃うんだからいいじゃないですかー」
「やかましい!…時間のある時に部隊のみんなで吟味して装備更新をしておいてくれ。余った分はまた彼と相談して──」
「おかえりグリゼルダ、帰ってきてたんだね」
「おっと、いい所に来てくれた」
グリゼルダさんに声をかけ現れたのは一人の男性だった。つばの広い帽子にサングラスのようなメガネ…言い方は悪いが少しチャイニーズマフィアを彷彿とさせる装いが印象的だった。
「ただいま、グリムロック。今噂のトウヤ君に挨拶してたところよ」
「ああ君がトウヤ君か。初めまして、グリムロックです。今はクレイドルで裏方全体のの責任者を任されています。」
「改めまして、トウヤです」
「君のおかげでギルドの懐事情はかなり助けられていてね、一度しっかりお礼を言いたいと思ってたんだ」
「俺としては、さっさとこいつからの支援は受けなくてもいいようにりたいんですがね」
「ゲンくん、気持ちは分かるがギルドの役割を全うするためには受けられる援助は受けるべきだよ。理想を掲げるなら、同じぐらい現実も見て行動しないと」
「そうだそうだ、もっと言ってやってくださいよグリムロックさん」
「てめぇコラ!便乗して煽ってんじゃねぇ!」
「うわっ!?飛びかかってくることないでしょ!」
そのまま二人のじゃれ合いのような取っ組み合いが始まってしまい、周りの大人たちは微笑ましげにそれを眺めるのであった、
*
「あーもう、ゲンさんって変なとこで堅いんだから…」
じゃれ合いの途中、ギルドのスタッフからの用事で呼び出されゲンはその場を後にしていた。
「気持ちは分かるが、機関長の気持ちも汲んでやってくれ。彼は何よりも、君への恩を返したくて頑張っているところがあるからな」
「というかあの人普段俺の事どういうふうに言ってるんですか?」
「君のことはいつも自分の恩人だと言って熱く語ってるよ。たまに僕たち4人でお酒を飲んだりするんだけど、酔ってくると君の話ばかりでね」
「そうそう、『あいつがいなかったらクレイドルは存在しなかったし、俺も死んでただろう』ってもう何回聞かされたか分からないわ」
「たまたま差し伸べた手があの人に届いたってだけですよ。それに、その手を取って立ち上がったのはあの人自身の力でしょうに」
「それでも、その手がきっかけで救われた人間は大勢いる。…我々も含めてな」
「どういうことですか?」
「僕たちもここを訪れる人と同じく、クレイドルのおかげで救われた人間なんだよ」
そこからクラディール、グリゼルダ、グリムロックの3人は各々の過去を話してくれた。
クラディールは元々最前線を探索する攻略組の一人だったのだが、攻略はなかなか進まず、終わりの見えないこの世界での暮らしに段々と嫌気が差し、自暴自棄になりそうなほど追い詰められたことがあったという。
そんな時にはじまりの街で支援活動を行うクレイドルの噂を聞きつけ、藁にもすがる思いでここを頼った結果、スタッフたちの尽力もあり精神的に立ち直り、それ以来攻略を行う傍らクレイドルの部隊長として活動しているそうだ。
グリゼルダとグリムロックはリアルでもゲーム内でも結婚をしている夫婦のプレイヤーであり、元々は『黄金林檎』という自分たちのギルドを運営していたのだが、あることがきっかけでクレイドルに籍を移したのだという。
それはゲーム内におけるお互いの変化から来るすれ違いだった。
グリムロック曰く、グリゼルダは現実でも優しくて気立てが良い何一つ不満のない妻であったという。
グリゼルダにとってもグリムロックは温厚で穏やかな性格を持ち、少々臆病ではあるが自分を受け止めてくれる良き夫だった。
しかし、SAOがデスゲームへと変わった日から、グリムロックは死の恐怖に怯え塞ぎ込みがちになってしまった。
そんな夫を励まそうと、グリゼルダは行動を起こした。自らギルドを立ち上げ、最前線とは行かないまでも順調にレベルを上げて攻略を続けることで夫にとっての希望となろうとしたのだ。
しかし、どんな時でも希望を失わずギルドを率いて戦う妻に、裏方で協力してるとはいえ、怯えてばかりの自分はいつか愛想をつかされてしまうのではないかと、グリムロックは次第に悩むようになった。
グリゼルダも、自分は攻略に力を入れるあまり大切な夫のことを蔑ろにしているのではないか、夫の恐怖を癒してあげられてない自分は妻として彼の支えになれていないのではないかと悩んでいた。
そして彼らは、互いに思いを打ち明けないままクレイドルのカウンセリングを頼るようになった。
しかし互いに内緒でカウンセリングに通っていたのだが、とうとうクレイドルでふたりが鉢合わせてしまったのだ。
そこでスタッフからの勧めもあり、一度腹を割って話し合うことにした二人はお互いに抱いていた誤解をとくことができた。
その後立ち直ることが出来たふたりはギルドメンバーと相談し、全員でクレイドルへの移籍を決めた。
グリゼルダさんは黄金林檎のメンバーが中心となる部隊の隊長となり、クレイドルでの圏外活動を行う新人の教官役もになっている。グリムロックさんギルド運営の手腕を買われ、裏方全体の責任者を任されることになったのだという。
「そうだったんですね。さすがゲンさんだな、ちゃんとこれだけたくさんの人を助けてるんだから」
「なにを他人事みたいに言ってるんだか。そのゲンくんを救ったのは紛れもないあなたなのよ?」
「始まりは小さなことだったのかもしれない、しかし君があの時差しのべた手が繋がって、ここまで大きな支援の輪が広がったのは事実だ。君はもう少し自分が成したことを認めてあげるべきだろう」
「そうだよトウヤ君、僕たちはゲンくんだけじゃなくて君にも感謝してるんだから」
「…褒めたって何も出やしませんよ。さて、そろそろお暇させていただきます。出来損ないの武器でよけりゃまた持ってくるんでその時はどうぞよろしく」
挨拶を済ませ足早にその場を後にするトウヤ。残された三人にはその背中がどうにも危ういものに見えた。
「ゲン君の言った通り、どうにも自己肯定感の低い子ね」
「少し前の僕たちみたいになにか抱え込んでいることがあるのかもね」
「機関長から聞いた話では、時折自分の命を顧みない行動を取ることがあるらしい。ゲームが始まって直後、自らリトルネペントの実付きを倒し、経験値を稼ごうとしたことがあるそうだ」
「なにそれ…完全な自殺行為じゃないの」
「それでも生き残っているのだから、彼はこの世界でも有数の猛者なのだろう。…しかしどうにも心配だな」
「そうだね…間接的にとはいえ、僕らも彼のおかげで救われたんだ。何かあった時は今度は僕たちが彼の力になってあげよう」
「ええそうねあなた」
「グリムロック君の言う通りだな。今は静かに見守ってあげよう」
大人たちは自らを救うきっかけとなった青年の行く末を案じ、いざとなれば今度は自分がと意気込むのであった。
*
(自分が成したことを認めてやれ…か)
自分の家に帰るべく、転移門に向かっているトウヤは先程の言葉を思い返していた。
(俺がゲンさんを助けたことで色んな人が救われるきっかけになった……理屈はわかってるんだけどなぁ)
きっかけとなったのは事実だろう。救われた人間が多くいるのも事実だろう。
だけど
「みんなには悪いけど…いくら人を助けたからって、この血に濡れた手が雪がれる訳じゃないんだよ」
今回はとんでもない原作改変回でした。
SAOの世界にもっとキリトたちを見守ってくれるような大人がいれば色々辛い思いもせず済んだんじゃないかなと思う今日この頃です。なのでその役割は原作では死んでしまった彼らに担って頂きます。クラディールなんかは特に闇落ちしなきゃ真っ当な大人として生きてくれそうな気もするので。
余談ですがオリキャラのゲンさんは20歳のリアルでは大学生、ハイキューの大地さんっぽい人をイメージしています。